筑波大学発のベンチャー企業、サイバーダイン社が開発した「ロボットスーツHAL」について、山海嘉之社長(同大学大学院教授・サイバニクス研究センター センター長)が2月22日、日本記者クラブで講演、「会社を起こして歩んできたが、『重介護者ゼロ』に挑戦し、社会改革や産業変革につなげたい」と述べ、世界初の先進的なサイバニクス技術を介護、難病治療、再生医療、産業現場などに生かす考えを示した。「HAL」などのロボット技術にについて「昨年11月から国内販売が承認され、今年1月に保険適用が認められることが決まり、4月から適用になる」と話し、今後はレンタルの形でより広い分野で利用が広がることに期待感を示した。
動かなかった足が動く
介護用のロボットスーツを開発・製造する会社を2004年に設立。その後は製品の改良を重ね、数年前から介護の現場にスーツを提供、サイバニクスを利用したロボット技術は世界的にも注目されてきた。
このロボットは皮膚にシールを貼るだけで人間の脳神経から出る信号をキャッチし、その信号をロボットの中で整理して、再度人間に伝えることができる機能を持っている。この日はロボットが人間の動きにどのように反応するのかの実演が行われた。圧巻だったのは、人間のそばに置いたロボットと人間の間にケーブルをつないでおくと、人間側が足を動かそうと思うと、その信号がロボットに送られて、人間が足を動かさなくてもロボットの足が動いた。山海社長が「不気味な感じ」と表現したように、この仕掛けを使えば、重病で手足の動かない患者でも、動かそうとする意志があればロボットを装着することで、ロボットが自分の体の一部になって手足を動かしてくれる。
山海社長は「脳神経が壊されて50年間も足が動かなかった人の足を動かすことができた。こうなると動かそうとする信号が神経機能を改善させ、脳の中で再生ループができてくる」と説明、サイバニクスを使ったロボット技術が現代医学では治らないとされてきた多くの重症、難病患者にとって朗報になるとの見方を明らかにした。
再生医療とも連携
脳性まひや脳卒中の病気で手足が動かなくなった患者に対してこの装置を付けると、歩けるようになるなど、「世界初のサイボーグ型ロボット」が驚くべき治療成果をあげており、「今後は再生医療と組み合わせ、iPS細胞(人工多能性幹細胞)との連携も重要になってくる」と述べた。
このロボットを腰に装着すると、65キロもあるダンベルを軽々と持ち上げられる上に、長時間、何回でも安心して重いものを持ち運ぶ作業が楽にできる。このため、建設現場だけでなく、お札の束を運ばなければならない金融の世界にも使われている。お札も束になると重くなり動かすのは重労働になるため、このロボットを腰に付けると重い札束の荷物も難なく上げ下ろしができる。清掃の分野でも使われており「六本木ヒルズや羽田空港では掃除ロボットとして試験中で、空港では車いすの人の荷物をロボットが運ぶこともできる」と活躍が期待される。
開拓型の人材育成を
大学発ベンチャーを規制や制度を変えながら、ロボットの実用化に至るまでは苦労の連続だった。
先端技術のイノベーションの場合、山海社長は「マーケットもない。使ってくれる人もいない。専門家もいないなど何もない中で全部を自分で育てなければならなかった」と振り返った。その上で、問題を解決できる新しい人材開発の必要性を強調、「日本は明治以来欧米に追い付け追い越せで、何でも早く外国のものを取り入れようとしてきた。これは産業の近代化に大きな成果を残したが、フロントランナーとして歩んでみると、この仕組みは限界が来ている。重要なことは、未来分野を開拓する開拓型の人材を育成し社会創出につなげることで、これが社会や産業の変革につながっていく」と指摘した。産業創出に向けた人材育成には「大学院で育成プログラムを準備するなどの方法があるが、一つの大学でなく、複数の大学で一つ持ってもいい」と述べた。
少子高齢化の進行により2050年代には国民の40%以上が65歳以上になる。これをどう解決するのか、人とロボットで共に支えあうテクノピアサポートを提唱したい。サイバニックシステムは介護する側とされる側の両者に対して役立つ技術を作ることができる。
サイバニクスタウン構想
医療産業ではドイツと米国が世界のトップを走っており、「日本で生み出したイノベーションを日本で高く評価できなければ、世界を巻き込んだ産業にはならないので、戦略的な取り組みが必要だ」と国全体としての取り組みが必要だと強調した。
山海社長は「これまで作ってきた開発の仕組みをほかのベンチャーに展開して加速させることが重要だ」と指摘、「研究開発の能力、国際認証を取得する能力、治験を進める能力などをひとかたまりとしてできるCEJ(サイバニクス・エクセレンス・ジャパン)という組織を数年内に作り、新しいベンチャーの成果が社会に展開できるようにしたい」と述べた。この構想は、つくば、東京地区、福島にサイバニクスタウンを作る計画だという。
山海社長は、つくばの計画について「東京オリンピック開催までには、ロボットが歩ける街に着工したい」と語り、建設用地をすでに確保、スーパーコンピューターを配置して進める計画がスタートしている。福島については「被災地支援という形で、ロボットがロボットを作る工場を建設したい。高齢化により技術の伝承が難しくなる中、人の技術をロボットが伝承する場を作りたい」と話した。
平和利用に限定
山海社長は「サイバニクスの技術は軍事利用に転用される可能性が高く、これまでもいくつも誘いはあったがすべて断ってきた。14年3月には東京証券取引所マザーズに上場したが、株式上場の際の目論見書にも平和利用に限定すると明記している」と述べた。またM&A(企業合併・買収)によりベンチャーの会社が買い取られるリスクについては「上場した後に買収されてしまっては大変なことになるので、そうならないように複数議決権という方式で安易にM&Aができにくいようにしている」と話し、買収に対しては防衛策を講じていることを明らかにした。
昨年までは医療用機器として認められていなかったためロボットの利用台数は年間150~200台と少なかったが、昨年12月25日以降は医療用として認められたのでこの半年では福祉用として介護現場などに500台ほど出ている。「今年はさらに700~1000台出るのが目標で、その後が指数関数的に伸びていくのではないか」と大幅な伸びを見込んでいる。
略歴
山海嘉之(さんかい・よしゆき)氏:1958年生まれ。87年筑波大学大学院工学研究科博士課程修了、91年にロボットスーツHALの基礎研究を開始、2004年に筑波大学大学院システム情報工学研究科の教授(現職)に就任、同年に大学ベンチャーとしてサイバーダインを設立。岡山県出身。