海外企業の巨額買収に絡む減損損失の計上は、東芝<6502>を筆頭に相次いでいます。奇しくも、トール社を買収した時の日本郵政社長は、東芝出身の西室泰三社長でした。日本郵政も東芝のように経営危機に陥ってしまうのでしょうか。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)

プロフィール:栫井駿介(かこいしゅんすけ)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。

東芝よりもタチが悪い? 日本郵政が抱える「本当の問題」とは

課題は金融2社依存からの脱却

日本郵政は、傘下に主要3子会社を抱える持株会社です。3社とは、日本郵便ゆうちょ銀行<7182>かんぽ生命<7181>です。トール社は日本郵便の子会社として買収しました。

出典:日本郵政 株式売出目論見書

出典:日本郵政 株式売出目論見書

もともと郵政事業として国が行っていましたが、小泉内閣により民営化され、2015年11月に日本郵政とゆうちょ銀行、かんぽ生命の3社が上場しました。

なぜ持株会社と傘下の子会社が両方上場するのかというと、そこには複雑な事情があります。
日本郵政は政府が株式の1/3超を保有しなければならないため、現行の法律では完全な民間会社になることはありません

政府関与の残る日本郵政がゆうちょ銀行やかんぽ生命(以下、金融2社)の株式の大半を保有していると、競合他社から「暗黙の政府保証が残る」とクレームが付きます。これでは事業が前に進まないため、日本郵政は金融2社の株式を放出しなければならないのです。

しかし、日本郵政の利益の大半は将来的に売却される金融2社に依存しています。経常利益に占める割合は2社で約9割に及びます。金融2社の株式を売却してしまったら、日本郵政には利益は残らないのです。

出典:日本郵政 有価証券報告書

出典:日本郵政 有価証券報告書

経営の根幹を支える金融2社の株式をこれから売却していこうとする中で、日本郵政は金融以外の成長戦略を示さなければ、投資家から見向きもされないことは目に見えていました。

金融2社に頼らないとなると、残るのは日本郵便です。しかし、郵便はインターネットの普及により年々縮小が続いています。インターネット通販の拡大により、ゆうパックなどの宅配サービスは伸びていますが、人件費の高騰もあり「豊作貧乏」が続きます。

それでも上場を前に目に見える形で成長戦略を打ち出さなければならない中で目をつけたのが、たまたま売りに出ていたトール社です。買収により「上場を経て一気にグローバル企業へ」と言えば、それらしくも聞こえるものです。

要するに、成長の可能性を匂わせるものであれば何でもよかったと考えられます。実際に、日本郵政は買収後も経営陣を送り込むことすらせず、完全に野放し状態が続いていました(そもそも日本郵政はお役所なので、海外企業を経営する能力はないのですが)。

6,000億円の買収は「金額ありき」

さらに問題なのが巨額の買収金額です。これまで「官業」で、ろくに買収などしたことのない会社が、いきなり6,000億円の金額を支払いました。これは市場価格に対して5割ものプレミアムを上乗せしたものです(上乗せ幅は3割が平均と言われます)。

この6,000億円という金額には、実は布石がありました。

上場前の2014年9月に、ゆうちょ銀行は日本郵政から株を買い戻し、日本郵政は1.3兆円の現金を手にしています

これは、ゆうちょ銀行から日本郵政への「手切れ金」とも言えます。おそらく何らかの政治的な力が働いたのでしょう。日本郵政は、7,000億円を長年の問題になっていた退職給付債務の精算に使い、残りの6,000億円を日本郵便の成長戦略へと投資することになったのです。

この経緯を踏まえると、買収金額6,000億円というのはあまりに出来すぎです。つまり、買収金額の6,000億円は、先に金額ありきで決められたものだと考えられるのです。

そこに細かな査定を行うはずもなく、「高値づかみ」はあっさり許容されました。今回の減損はある意味既定路線だったと言えるのです。

リスクは去ったが、成長は見えない

逆に言えば、6,000億円はゆうちょ銀行から「もらった」お金なので、ドブに捨ててもダメージは大したことではありませんでした。自動車免許取り立ての若者が、親から多額のお小遣いをもらって高い外車を買い、調子に乗って事故ったようなものです。

経営の根幹を脅かすものではなく、東芝のように急激に経営危機に陥ることはないでしょう。

巨額損失報道後、株価は一時下落しましたが、その後戻しています。減損処理を行ったことで、今後のリスクが減少すると市場は考えたのです。

これはある意味正しい考え方でしょう。日本郵政が抱える事業はいずれもローリスク・ローリターンのものばかりです。唯一大きなリスクとなっていたトール社を減損したことで、業績の下方リスクは軽減されました。

一方で、日本郵政の本当の問題はリスクの大きさではなく成長性です。

今回の件からもわかるように、日本郵政に成長戦略を実行する能力があるとは思えません。郵便事業はジリ貧の状況が続き、金融2社の株式を売却してしまったら、価値のあるものはほとんど残りません。

日本郵政が持つ最大の資源は、全国2万4,000件の郵便局です。最近ではIIJ<3774>と組んで、郵便局で格安スマホを販売するなど積極的な動きを見せています。

しかし、これくらいでは会社を大きく成長させるものにはならないでしょう。郵便局の局員が、切手を買いに来た人にスマートフォンの売り込みをしたり、複雑な契約をいちいち説明したりする時間や能力は必ずしも備わってないと思われるからです。

また、郵便局は金融2社の窓口業務を担うことで年間1兆円の収入を得ていますが、株式の売却が進めばこの委託手数料にも値下げ圧力がかかるでしょう。大幅な値下げが行われれば、単独としての郵便局はもはや立ち行かなくなるでしょう。

金融2社を除けば「マイナス価値」もありうる

株価のおおもととなる企業価値は、既存事業のキャッシュ・フローと将来の成長性によって形成されます。日本郵政はこのどちらもおぼつかない状況です。

【関連】公募割れ続く日本郵政とゆうちょ銀行 「騙された」株主のとるべき道は?=栫井駿介

日本郵政の価値が日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の3社で構成されると考えると、日本郵政の時価総額から金融2社株式の持分を除いた分が日本郵便の価値です。これを計算すると、上場時には5,000億円もあったものが、現在(2017年4月26日)では2,000億円にまで減少しています。

日本郵政が成長戦略を打ち出せない限り、この部分は今後限りなくゼロに近づいていくと私は考えます。今の体たらくを考えると、マイナスになってもおかしくないでしょう。

日本郵政は今年7月に政府による株式の売出しが予定されています。その際には、上場時のように証券業界を巻き込んだ大々的なマーケティング活動が行われるでしょう。

しかし、既に述べてきたとおり、日本郵政の本質的な価値を考えると魅力的なものではありません。右肩下りの会社に価値を見出すのは容易ではなく、長期投資の対象にはなりません。

それでも株式の売却を担う証券会社は、トール社の買収のようにいろいろと「売り文句」を考えてきます。長期投資家はそんなものには惑わされず、本質的な価値を見つめて投資判断を行いましょう。