ringoのつぶやき

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深層断面/新素材生む“細胞工業” 新たな“化学変化”起こす

2019年06月27日 10時16分44秒 | 社会経済
 
 

(2019/6/27 05:00)

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生物の細胞を新素材の「工場」「設計センター」にする―。ITやバイオ技術の大幅な進歩によって、石油化学技術では生み出せない素材や、より省エネルギーな生産プロセスの実現が期待される。この「スマートセルインダストリー」などに取り組む各社の狙いは2030年に1兆6000億ドル(約180兆円)と予想される巨大なバイオエコノミー市場の獲得だ。(梶原洵子)

NEDO バイオ技術、大幅進歩で実現/植物・微生物「理想の工場」

「植物や微生物の細胞内に生産プロセスを構築し、細胞を工場のように機能させたい」。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)材料・ナノテクノロジー部の林智佳子主査は、プロジェクトマネージャーを務める「スマートセルインダストリー」の狙いをこう説明する。医薬品や食品といったもともとバイオ技術と関連の深い領域だけでなく、プラスチックや情報電子材料なども作りだそうという取り組みだ。

植物や微生物は、石油以外の原料から多様な化合物を作り出せる。植物に必要なのは、二酸化炭素(CO2)と水、太陽エネルギーで、高熱などをかける必要もない。実現すれば、まさに理想の工場と言える。

スマートセルとは、最先端のデジタル技術とバイオ技術によって、生物の機能を最大限に引き出した“賢い細胞”のこと。ITや人工知能(AI)技術の革新によって、膨大な生物情報を効率的に分析できるようになり、「生物の設計図であるゲノムを人間が設計することも現実的になった」(林主査)。

これは07年頃から広がった次世代シーケンサー(DNA解析装置)の貢献が大きい。約7年間でゲノム解読費用は約1万分の1となった。例えば90年にヒトゲノム解読計画が始まった当初、30億ドルの予算で約13年かかるとされたが、現在の技術であれば1日、予算は1000ドルで解読可能だという。容易に遺伝子を切断・編集できるゲノム編集技術も登場している。

NEDOのプロジェクトは16年度に基盤技術の開発から始まり、現在は企業が基盤技術を使いながら、ブラッシュアップする段階に入った。

植物と微生物それぞれの特徴を生かしたアプローチがある。情報解析システムを駆使して最適な細胞をつくる研究は微生物が舞台だ。これまで研究者が知識やノウハウを駆使していた細胞の設計を合理化するため、スマートセル創出プラットフォームを開発する。

プラットフォームの流れはこうだ。微生物のゲノムや代謝系などの膨大な情報を基に細胞を「デザイン(D)」し、これを長鎖DNAを用いて微生物を「合成(ビルド、B)」する。目的通りの微生物ができたかを「評価(テスト、T)」し、この新しい微生物からAIを使って代謝ルールを抽出・定式化し、「学習(ラーン、L)」する。学習内容もデータに追加し、次のデザインに活用する。

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D→B→T→L→D…のサイクルを回すことで目的の細胞を作り出し、プラットフォームも進化させる。このほどプラットフォームのプロトタイプ版が完成。これまでのプロジェクトで、長鎖DNA合成に必要な機器などを開発し、基盤技術などをそろえてきた。新たなプロジェクトに採択された東レなど5社が自社研究にプラットフォームを利用する。「長年の研究で良い化合物が見つかり、次は工業化に向けてブレークスルーが必要という企業がある。まずそこを後押ししたい」と林主査は話す。

一方、植物は数十万種類の化合物を生合成している。細胞内にゼロから生産プロセスを構築しなくても、既存の代謝経路を活用して多様な物質を生産できる可能性の幅が広い。例えば、代謝経路の一部を止めて化合物の生成量を制御する研究や、生育環境を調整して目的の化合物を多く生成する研究が行われている。「葉や根に目的の物質を蓄積する技術もある」(林主査)という。

住友化学 合成生物学VBと提携

化学メーカーもバイオ技術に期待を寄せる。狙いは、石油化学由来の限界の突破だ。

住友化学はバイオ技術を活用したエレクトロニクス分野の新規材料の開発に向けて、遺伝子を編集した微生物の生産を得意とするベンチャー企業の米ザイマージェンと業務提携した。この微生物に化合物をつくらせ、素材開発に利用する。

住友化学の辻純平技術・研究企画部長は「バイオの力で全く新しい性質の物質ができないか、探求したい」と話す。ザイマージェンとの取り組みのほか、18年1月に設立したバイオサイエンス研究所を中心に技術力の拡充を図る。また、プロセス開発を担う工業化技術研究所に、19年度内にもバイオプロセス専門部署または担当者を配置する。生産面でのバイオ技術の活用も検討する。

拡大する市場/海洋プラ・脱石油、解決に貢献

  • G20エネルギー・環境相会合で、カネカの生分解性ストローを使う世耕弘成経済産業相

バイオ技術を活用した工業向け素材は、市場に登場し始めている。海や土中で分解される樹脂として注目されるカネカの「カネカ生分解性ポリマーPHBH」は、微生物が植物油を摂取し、ポリマーとして体内に蓄えたものだ。

カネカはセブン&アイ・ホールディングスとコーヒー「セブンカフェ」用ストローへの利用に向けて、資生堂とは化粧品用容器への利用に向けて協力。19年中には生産能力を年5000トンに拡大し、さらなる増産を視野に入れる。5月に原田義昭環境相を訪問した菅原公一カネカ会長は、「カイコが絹をつくるように微生物がプラスチックをつくる」と説明。原田環境相は海洋プラスチック問題の解決に貢献する技術に興味を示した。

  • スパイバーとゴールドウインが発売を発表した微生物由来たんぱく質を用いたTシャツ

ベンチャー企業のSpiber(スパイバー、山形県鶴岡市)は、クモ糸人工合成の研究成果を生かし、独自の構造たんぱく質素材を開発。原料を石油に頼らず、微生物の発酵プロセスで構造たんぱく質を生産する。同たんぱく質は繊維やフィルム、樹脂など多様な素材に加工できる。タイで計画する工場は同たんぱく質の発酵生産プラントとして世界最大規模となる見込み。

産業創出へ連携加速

バイオ技術は今後ますます注目される。経済協力開発機構(OECD)がまとめた報告書では世界のバイオエコノミー市場は30年に1兆6000億ドルになるとしている。バイオエコノミーは、バイオ技術と経済活動を一体化させた概念。分野別の内訳は健康・医療や農林水産を抑え、意外にも工業の39%が最も大きい。

「バイオ技術によって持続可能なモノづくりを実現すれば、日本の産業力強化につながる」とNEDOの林主査は力を込めて語る。ただ、バイオの研究開発には多くのコストがかかり、単独での事業化は簡単ではない。新たな産業創出に向けて連携を一層広げる必要がある。