日伊文化交流会

サークル「日伊文化交流会」は板橋区で生まれ、元東都生協登録サークルとしてイタリア好きの人たちが集まり楽しく活動しています

LCIイタリア文化セミナー「イタリア文学 ルイジ・ピランデッロ」に行ってきました(2016.3.20)@LCI/吉祥寺

2016年04月10日 | イタリアの本・絵本・雑誌
LCIイタリア文化セミナー「イタリア文学/Letteratura Italiana 第1回 ルイジ・ピランデッロ(Luigi Pirandello)」に行ってきました(2016.3.20)@LCI/吉祥寺



今回のLCI主催イタリア文化セミナーはイタリア文学がテーマで 事前にピランデッロ短編集に続き「月を見つけたチャウラ」を読み DVD「カオス・シチリア物語」を見ましたが セミナーではその中の「甕(La Giara)」が取り上げられました(^^)/ 

また レジュメが配られノートを取る必要がなかったので話に集中できて 前回(昨年)よりも聞き取れるようになっておりとても嬉しかった♡  第2回の「イタロ・カルヴィーノ」(6月12日)の本も早速ぼちぼち読み始めています:


ピランデッロの生きた時代背景(1800年代終わりから1900年代はじめ)は 君主制(monarchia)からイタリア統一へと アメリカへの大量の移民が続き そして第一次大戦へと続く時代でした

フロイト(Sigmund FREUD/1856-1939)と シュールレアリスム(超現実主義/Surrealismo)について説明がなされ 無意識(inconscio)のしくみを氷河に例えたものが白されました 

シュールレアリスムは「夢と狂気(sogno e follia)」がテーマであり 夢判断などが当時なされましたが 同じ時代を生きたルイジ・ピランデッロ(Luigi Pirandello/1867-1936) が 妻の精神病を理解するためにフロイトの理論に近づいていったのだそうです

資産家の娘アントニエッタと結婚しローマで暮らし 3人の子をもうけるも ある時硫黄鉱山が洪水に見舞われ父親が破産し 投資していた妻の結婚持参金も消え 精神錯乱を起こす妻に対してピランデッロは常に「もうひとりの自分」を用意しておかなければならなかった また息子たちは戦争捕虜に 娘も自殺未遂と 家庭の波乱の中で作品を書き続けます

彼の作品の要素であるマスケラ(仮面/maschera) 人にはいろいろな仮面があり その仮面をつけかえながら生きていますが その裏に本人が存在します 
それを「受け入れる」か「批判的に受け入れつつ利益を生む」のか「拒否して仮面を取り去り狂気(pazzi)になる」のか...

このあたりは 「ピランデッロの魅力」(LCI)に詳しく書かれています


次に彼の作品「免許証(La Patente)」 (1954年の映画"Questa è la vita"の一作品)で トトが演じる主人公が Lo Jettatore(疫病神ともいう 不吉なことをもたらす嫌われ者)と呼ばれて仕事もなく困り果てて その免許証を発行してもらい金をかせごうとする企みのシーンが紹介されました 
トトでなければ演じられない!!という名演技に これは上記3つのどれに当たるか皆で考えました

ちなみに 不吉をもたらすlo iettatore(不運をもたらす人)が来ると 特にナポリでは魔よけのおまじないであるcorno(つの)を触る のだそうです (そういえばナポリにはcornoのお土産が至るところで売っていましたっけ...)

       *       *      *


休憩をはさんで後半では 「ヘンリー四世(ENRICO Ⅳ)」のラストのシーンが紹介されました これはマストロヤンニが主役を演じた マルコ・ヴェロッキオ監督作品(1984)ですが カーニバルでヘンリー四世を演じた主人公が 恋のライバルの陰謀で落馬し気絶してしまい 気づいた時には自分が本当のヘンリー四世だと思い込み そのまま20年を過ごすというストーリー

現実を直視したくないため 狂気のマスケラをつけたまま中世の城で生きてゆくのですが 最後に正気であることが周囲に分かった時の彼のセリフがすごい 現実は真の狂気となり 召使いたちはみな彼と同じマスケラをつけて彼に仕えているのです...


さて次にいよいよ好きな「甕(La Giara)」 タヴィアーニ兄弟監督作品(1984)の「カオス・シチリア物語」第3話です このお話はシチリア出身の先生が子供の頃 よく毎年やっていたそうです 

金持ちのドン・ロロが作らせた甕が突然割れてしまい 膠(にかわ)職人ズィ・ディマに修復を命じるも 背中のこぶ(gobba)のためにくっつけた甕の外に出られなくなる 甕を壊して外に出ようとするズィ・ディマを止めるドン・ロロは弁護士の元を訪れ...

テーマは物欲(l'attaccamento a un oggetto materiale) 大甕は人よりも大切だってわけです これがヴェリズム(真実主義)をテーマとする作品です


さらに 「ひとりは誰でもく、また十万人(uno, nessuno e centomilla)」の解説(妻に肉体的欠陥を指摘されたことから 夫の自我の崩壊(la disgregazione dell'io)が始まるというストーリー)が続き 当時は舞台の上で 主人公のうしろに「自我」を表す配役が演技をするという手法がとても新しく それでピランデッロはノーベル文学賞を受賞したのだそうです

さらに ピランデッロ作品を1925年頃に翻訳された初期の翻訳家佐藤雪夫氏の作品紹介が続き この翻訳家の甥ごさんにあたる清水氏(LCIの生徒さん)がこの日この席に出席され この時代の大変貴重なお話をいただきました

詳しくは こちら 

ちなみに このGWに開催される「イタリア映画祭2016」の作品F「待つ女たち(L'attesa)」が上映されますが この映画(ソレンティーノの助監督のメッシーナのデビュー作)は ピランデッロの作品に着想を得たものとのことです!!

      *       *       *

以下は私の予習から(笑):

ピランデッロはその長い一生の中で ノーベル文学賞を受賞するまでの間 様々な人生の節目がありました
シチリア アグリジェント郊外の小村カオスの裕福な家に生まれ 自宅で初等教育を施されたとのこと そしてシチリア大学からボン大学に転校し シチリア方言の論文で卒業
父の家業である硫黄鉱山で少しの間仕事を手伝っていた時の経験が 「月を見つけたチャウラ」に生かされていたのではないかと思いました

硫黄鉱山が洪水に見舞われ父親が破産し 妻アントニエッタ(Antonietta)が精神錯乱を起こし そんな病の妻に対してピランデッロは常に「もうひとりの自分」を用意しておかなければならなかった また息子たちは戦争捕虜に 娘も自殺未遂と 家庭の波乱の中で作品を書きつづける

この体験がやはり作品ににじみ出ている気がします 特に彼が最も好きという「ひと吹き」の中の狂気じみた描写は ともすると人生で一番追い詰められていた時期に作品を最も多く作ったという彼の心の中にあったものを映し出しているのではないかと...

劇作家として また小説家として絶頂期にあった1920年代初頭 ファシズム台頭とともにファシスト党に入党 周囲の批判を受ける
1925年 ローマで劇団「芸術劇場」を長男Stefano そして 女優マルタ・アッバ(Marta Abba)(公私ともに大切な存在)と共に ムッソリーニの財政支援を受けて結成するも数年で解散
1935年にはノーベル文学賞を受賞 2年後の1936年 ローマで死去 69才だった

ファシスト党による国葬を断り アグリジェントの田舎に遺灰を撒くよう遺書を残したピランデッロの思いは...

なぜ彼はファシスト党(Partito nazionale Fascista/PNF)に入ったのかというと...
Pirandello e la politica(wikipedia)によると: ピランデッロの政治思想はpatriottismo risorgimentale(イタリア国家統一独立運動の愛国心)に基づいていた 彼の父親はガリバルディ義勇軍に加わっていたという

また 母方の祖父Giovanni Ricci Gramittoは ボルボン王朝から亡命してマルタ島に逃げた(1849)とあり このシーンは映画「カオス、シチリア物語」のラストのエピソード  「エピローグ 母との対話」の母親の回想シーンにありますね

セミナーはとてもわかりやすくかみ砕いて紹介してくださり たくさんの作品の中からお勧めのものもご紹介してくださいました  おかげさまでこんな私でも(?)ようやく日本語ですが読み始めるようになりました(^^)

*第2回「イタロ・カルヴィーノ」(キューバ生まれのイタリア人童話作家)は 6月12日(日)です!!宮沢賢治との比較という目線で紹介してくださるとのことです(^^)/

イタリア文化セミナー「イタリア文学」は こちら

* 素晴らしいセミナーを開催してくださいましたLCI様に心よりお祈り申し上げます


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コメント (2)
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