日伊文化交流会

サークル「日伊文化交流会」は板橋区で生まれ、東都生協登録サークルとしてイタリア好きの人たちが集まり楽しく活動しています

第2回イタリア語フリートークの集いを中級・上級ダブル開催しました(2017.8.27)@サークル日伊文化交流会

2017年08月29日 | 活動の報告
第2回イタリア語フリートークの集いを中級・上級ダブル開催しました(2017.8.27)@サークル日伊文化交流会


当サークル日伊文化交流会主催「イタリア語フリートークの集い第2回は 中級4名 上級3名各90分 そして私のプライベートレッスンと てんこもりで5時間みっちり!!

中級(livello medio)
は すごろく形式で好きなものを選びゴールにたどりつくゲーム 
次は 一人ずつ有名なイタリア人の写真が貼ってある帽子をかぶり その人が他の人にいろいろ質問して 自分が誰かを当てるという推理ゲーム

実は私 ジローラモ氏の写真があまりに若すぎて誰だかわからず(笑) 今のジローラモ氏の顔しか知らないもんで( `ー´)ノ 

← 若い頃のジローラモ氏の写真♪ 皆さんわかります?

次はロールプレイ 2人ずつ組んでそれぞれの役を演じます 私は母親役 娘が昨夜外でタバコを吸っていたぞという知人の通報を受けて娘に詰問する役で(笑) かなり真に迫る演技でした~( *´艸`) 

最後はイタリアの町の地図を見ながら 目的地への行き方をとなりの人に説明し あとから合っているか確認しました! 私は行ったことのあるナポリを選びました~

30分の休憩(pausa)では 中級メンバーと上級メンバーと イタリア旅行の話などで交流できてよかったです♪ 会議室は喫茶店よりも静かでいいですね♡

後半は上級(livello superiore)3名で 最近出た東京ガイドの本「La Pina I love Tokyo」をもとに 「盆栽」「女性の靴」「お酒」についてディスカッションしました 

盆栽は木にとってはストレスで良くないが 日本の伝統文化として貴重だ という賛成反対に「なりきって」意見を述べました
日本とイタリアの靴のサイズ イタリア人の靴へのこだわり 果てはアルコールがダメな人のパーセンテージの日伊比較まで 話はつきません!!

先生はシェークスピアがお好きでよく読むそうですが 今の本はほんの2~3か月で書かれて出版されるが 何百年も前にじっくり時間をかけて書かれたものを じっくり時間をかけて読む それが好きだとのこと... レッスンの時に聞いた言葉ですが これを聞き取れるようになるまで勉強してきてよかったと思う程 心に残る言葉でした♡ 

その後は中級のようなすごろく形式のゲームをしたのですが ミケランジェロやダビンチについて熱く語り(笑) 最後はイタリアの有名ななぞなぞ「タメルランの謎(l'enegma di Tamerlano)」で締めくくりましたが これが難しくて~ 日本語にしても難しいので ホワイトボードに図を描いていただきました(笑)

← 脳みその体操ともいわれるタメルランのなぞなぞ!

上級のあとは 私のプライベートレッスン(lezione privata)で 自分で用意していた原稿の暗唱発表をしましたが 他の2名にも聞いていただき 率直な感想を聞けてよかったです 
30分の予定でしたが 会議室を借りていたぎりぎりの時間まで必死で原稿の手直しをしてくださり感謝!!!

この日はイタリア語・イタリア好きのメンバーやゲストたちが集い それぞれに交流ができて 私も自分の暗記発表を聞いていただく機会を得て ほんとによかったです♡

5時間もイタリア語を聞くと ひさびさに頭の中にイタリア語があふれそうです~(笑)
10年前にも入門・初級30回レッスンをサークルで主宰していましたが 時間管理や運営すべて自分ひとりでやっているので大変ではありますが ただの生徒でいるよりも 先生と真剣に「イタリア語で問題解決」する場面にビシバシ出会えるので鍛えられますね!! 

開催にあたり補助していただきました東都生協様に 心よりお礼申し上げます

第1回のリポートは こちら



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日独協会主催「ドイツ語圏文化セミナーWeltkulturerbe Teil 2」で旧東ドイツの世界遺産のセミナー第2弾を聞いてきました(2017.8.1)@日独協会

2017年08月25日 | ドイツ語・独検
日独協会主催「ドイツ語圏文化セミナー Weltkulturerbe Teil 2」で旧東ドイツの世界遺産のセミナー第2弾を聞いてきました(2017.8.1)@日独協会


第1回「ドイツ語圏文化セミナー「私は東ドイツに生まれた: 旧東ドイツの世界遺産/Weltkulturerbe」は ワイマールやヴァルトブルクなど ドイツの歴史にまつわる所をご紹介いただきましたが 第2回はバウハウスやベルリンの美術館島 自然遺産までだーっとひととおりご紹介くださいました!!

今回もまたまたドイツの世界遺産をしっかり読み込んでから行ったので どこを話しているのかすぐにわかり 地図で確認しながらお話を聞きました!(^^)! ←他の方たちよりもドイツ語力が劣るのでせめて予習はと思いまして...

講師:フランク・リースナー先生
日時: 2017年8月1日(火)
会場: 公益財団法人 日独協会事務所

1. Siedlung der Berliner Moderne(2008) ベルリンのモダニズム集合住宅群

2. Museuminsel Berlin (1999) ベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)

3. Bauhaus und seine Städten in Weimar und Dessau (1996) ワイマールとデッサウのバウハウスとその関連遺産群

4. Dessau-Wörlitzer Gartenreich(2000)デッサウ・ヴェルリッツの庭園王国

5. Altstadt, Stiftskirche und Schloss von Quedlinburg (1994) クヴェトリンブルクの中央聖堂参事会協会と旧市街

6. Altstädte von Stralsund und Wismar (2002) シュトラールズント及びヴィスマールの歴史地区

7.Buchenurwälder und Alte Buchenwälder der Karpaten und anderer Regionen Europas(2007/2011) カルパティア山脈などの欧州各地のブナ原生林群

8. Muskauer Park (2004) ムスカウ公園 自然遺産
 
     *     *     *

1. No.38 Siedlung der Berliner Moderne(2008) ベルリンのモダニズム集合住宅群

„Licht, Luft und Sonne“ für die Bewohner bestimmten die Konzeption.
「光、空気そして太陽」というコンセプトで 6つのSiedlungen(集合住宅群)が建てられました 

  
1. Großsiedlung Siemensstadt(グロースジードルング・ジーメンス・シュタット)
 列をなして(in Zeilen)郊外の緑の中に作られた白い建物で 裏庭等の自由な空間があります Siemensがまだ入っており職場が近くです Socialwohnungsbau(社会的な住居の建築)が進められました

← グロースジードルング・ジーメンス・シュタット

2. Siedlung Schillerpark(ジードルング・シラーパーク)
当時としてはモダンなデザインで 緑も多く 大きな窓から光がたくさん入ってきます

3. Gartenstadt Falkenberg(ガルテンシュタット・ファルケンベルク)

格子模様でTuschkasten(絵具箱)のような色使いです 

4. Großsiedlung Britz(グロースジードルング・ブリッツ)

別名"Bucheisen Siedlung"です 真ん中にかつては湖があり 放射状に建てられました 庭や緑も多く25棟(Einheiten)ありました 

5.Weiße Stadt(ヴァイセ・シュタット)
建物の角に窓があり当時としてはデラックスでした  中庭やお店等色々な施設がありました 

6.Wohnstadt Carl Legien(ヴォーン・シュタット・カール・レギエン)
土地が高いため5階建てで密な造りとなっていました  道路側は明るい色で 裏側は比較的暗い色で塗られ 大きな窓から光が取り入れられます 

これらは1920年代後半から1930年代初頭(ヴァイマル共和国期)に建てられました
集合住宅は公的な要請に基づいて建てられたもので 社会権を世界で初めて制定したヴァイマル憲法に見られるような 当時の低所得者層に関する生活環境改善が背景にありました
労働者階級のそれまでの劣悪な住環境・衛生環境が改善されましたが 80年代には次第にプライベートな住居(家賃は高い)が増えてゆきました

設計や建築に当たったのは バウハウスの初代校長ヴァルター・グロピウスのほか ブルーノ・タウト(ナチスから亡命し 日本の熱海にも来たことがありVillaもあります 彼はトルコで没す)といった当時の代表的な建築家たちで 新しい建材やデザインによって衛生的で快適な住宅作りが進められ ユダヤ人も住んでいました のちに世界の公共の集合住宅のモデルとなりました
詳しくは こちら

 *     *     *

2. No.36 Museuminsel Berlin (1999) ベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)

ベルリンの観光スポット。南北に流れるシュプレー川(der Spree)の中州にて ブランデンブルク門(das Brandenburger Tor)から東に伸びるウンター・デン・リンデン街(Unter den Linden)を境とする北半分の地区を指します
ベルリン美術館(Staatliche Museen zu Berlin)を構成する5つの博物館・美術館が集まっている事より「博物館島」と呼ばれています (上の写真参照)

フリードリッヒ三世が フランスのように国民の財産である芸術作品をいつでも見られるようにとのコンセプトで造らせました そのため このうちの一つ「ボーデ美術館(Das Bode-Museum)」は完成当時(1904)は ドイツ皇帝フリードリヒ3世にちなんでカイザー=フリードリヒ博物館(Kaiser-Friedrich-Museum)と呼ばれていたそうです

1.旧博物館 (Altes Museum)
5館のなかで最も古く1830年に建てられた新古典主義様式の美術館です

芸術が大衆に広く公開され 一般市民でも芸術を通じて人格形成すべきという思想に大いに賛同したフリードリヒ・ヴィルヘルム3世の集めたギリシャ・ローマの芸術品を公開しています
旧博物館の前にはルストガルテン(Lustgarten)という公園があります

2.新博物館 (Neues Museum)

旧博物館の裏手にあり 1855年に完成しました
第二次世界大戦の戦火で外壁を残して破壊され廃墟となり 21世紀に第二次大戦前の姿に復元の上で再建され 2009年10月に再開館しました
ここには有名な古代エジプトの王妃ネフェルティティの胸像等のエジプト美術 そして先史時代の遺物が展示されています

3.旧国立美術館 (旧ナショナルギャラリー、Alte National Gallerie)

1861年に完成 銀行家ヨアヒム・ヴァグナーが所蔵する19世紀の彫刻から絵画等の美術品を寄贈(Schenkung)したことに始まります ちょうど美術館島にまとめて展示できる場所があったのだそうです
その後 当時のベルリンにプロイセンの芸術コレクションを所蔵する美術館がなかったため プロイセンの初期芸術品を収集するようになったとのこと

4.ボーデ博物館 (Bode Museum)

島の北端に位置し、1904年に開館した丸天井(Kuppel)の美術館で (上の写真参照) 完成当時はドイツ皇帝フリードリヒ3世にちなんでカイザー=フリードリヒ博物館と呼ばれていたそうです 彫刻美術とビザンティン美術が展示されています



5.ペルガモン博物館 (Pergamon Museum)

5館の中で最も新しく1930年に開館しました 古代ローマおよび古代オリエント美術を中心に 古代美術および近世までの中東美術を扱っている ドイツで最も多く訪れるKunstmuseum(芸術美術館)です
小アジアの古代都市ペルガモンから「ペルガモンの大祭壇」を館内に移築したことから 館名の由来にもなっています ←私も見ましたが大きかった!

第二次世界大戦の度重なるベルリン空襲で ペルガモン博物館始め博物館群は甚大な被害を受けた上 疎開されていたペルガモンの大祭壇は赤軍が戦利品としてレーニングラードに運び去られ 東ドイツに返還され博物館が再開するのは 1959年のことでした

バビロンのイシュタル門や ミレトスの市場の門など 遺跡の発掘品を所蔵・復元展示するほか 近世までの中東工芸および絵画を展示しています
 

博物館島については こちら


"Die Museumsinsel in Berlin" は こちら
 
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3. No. 34
Bauhaus und seine Städten in Weimar und Dessau und Bernau (1996) ワイマールとデッサウ及びベルナウのバウハウスとその関連遺産群


2017年7月に世界遺産委員会で「範囲拡大」が承認されました 
1996年に登録されたドイツの世界遺産のひとつで「ヴァイマル、デッサウ及びベルナウのバウハウスとその関連遺産群」と改称されました ← ひんぱんに名称が変わるので大変ですね(*_*)
 
ドイツのモダニズム建築に重要な影響を及ぼした建築学校バウハウスにかかわる物件がまとめて登録されています
バウハウスはヴァイマル デッサウ ベルリンの順に移転したのですが 最後のベルリンは末期のごく短い期間しか存在していませんでした
この斬新な建築芸術思想は 非ゲルマン的としてナチスに閉鎖されてしまったわけです (といってもナチスの退廃芸術こそひどいものでしたが...) わずか14年であっても 世界の建築や造形美術に与えた影響はとても大きいものでした 

詳しくは こちら

バウハウスは こちら

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4. No.25
Dessau-Wörlitzer Gartenreich(2000)デッサウ・ヴェルリッツの庭園王国

ドイツおよび大陸ヨーロッパにおける最初にして最大級の英国式庭園で 「ヴェルリッツの英国式庭園」とも呼ばれます
18世紀後半にアンハルト=デッサウ侯レオポルト3世・フリードリヒ・フランツによって創設されました 彼は軍隊よりも庭園に興味を持ち 外国にあるような庭園を欲しがったそうです

エルベ川の一時的な支流(ふたたび本流に合流する)沿いに位置しており 水に恵まれています

 岩の島シュタインとハミルトン邸 ←なんとこの左上の から花火を打ち上げたのだそうです どうやって??


詳しくは こちら


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5. No.12 Altstadt, Stiftskirche und Schloss von Quedlinburg (1994) クヴェトリンブルクの中央聖堂参事会教会(司教座教会)と旧市街
 

Quedlinburg
は、ドイツ、ザクセン=アンハルト州の都市 ハルツ山地の北東に位置しており ボーデ川が流れています
人口2,4万人の小さな街で そのため大戦中も壊されなかったそうです
 
1,200のFachwerkhäuser(木組みの家)がありStraße der Romanik(ロマネスク街道)の秘都と呼ばれています

Stiftkirche(司教座教会)の聖セルヴァティウス教会や Schlossberg(城山)や旧市街は 極めて重要な文化財であると評価され 1994年にユネスコの世界遺産に登録されました

 ← クヴェトリンブルクの街並み

クヴェトリンブルクの市庁舎(Rathaus)は木組みの家です Gassen(路地)が多く 金のインクで書かれた司祭が読む本の写真なども見せていただきました 

1945年、アメリカ陸軍の将校がクヴェートリンブルク修道院の祭具(Domschatz)を盗み出しましたが 1990年代に入るまで返還は行われず 1993年に買い戻したとのこと(クヴェードリンブルク祭具盗難事件)

詳しくは こちら


クヴェートリンブルクの街の歴史は こちら

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6. No.13 Altstädte von Stralsund und Wismar (2002) シュトラールズント及びヴィスマールの歴史地区

西にリューベック 南にシュヴェリーンがあり Ostsee(バルト海)に注ぐヴィスマール湾に面した天然の良港を持っています
教会ならびに市内の建造物は「ハンザ同盟都市の煉瓦建築」を代表し 2002年にシュトラールズントともに世界遺産に登録されました

中世のまま変わらぬ 赤いレンガ造りのゴシック風(Bachsteingotik)の街並みが保存されています
Rathaus(市庁舎)は Giebelhäuser(切妻式の家)です とがった(eckig)屋根を持つ平面構造(Flächenstruktur)ですね これはオランダ風です

また 火事等の時に水を運びやすいように格子状の広く長い通りが伸びていて これは北ドイツによくあり 南は反対にGasse(路地)が多いとのこと
そして 人工的なWasserlauf(水路)があります ここは大戦中に爆撃もありました

 ←ヴィスマールの歴史博物館

そして少々専門的ですが Gilde(同業組合、ギルド)とZunfte(同業組合、ギルド)についても詳細に説明していただきました 
Patrizier(門閥)がGildeで Handwerker(職人)がZunftとのことです 

詳しくは こちら

街については こちら

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7. No.28 Buchenurwälder und Alte Buchenwälder der Karpaten und anderer Regionen Europas(2007/2011) カルパティア山脈などの欧州各地のブナ原生林群

ヨーロッパブナの原生林はヨーロッパに残る同種の森林の中でも樹齢 種類の多様さ 木々の大きさ 範囲の広さなどの点で突出した価値を持つとして 2007年に登録されました
2011年にはドイツ中部・北西部にある15箇所のブナ林が追加され 2017年にはさらに9か国が追加されて12か国の世界遺産となり 名称も「カルパティア山脈などの欧州各地のブナ原生林群」となりました ← 前の名前は"Alte Buchenwälder Deutschlands "と簡単でした~
 
12カ国: スロバキア・ウクライナ・ドイツ・アルバニア・オーストリア・ベルギー・ブルガリア・クロアチア・イタリア・ルーマニア・スロベニア・スペイン

 ← テューリンゲンのハイニッヒ国立公園のブナ林

ブナはゆっくり育ちますが とても強い木です Buchenwald(ブナの森)の Todesholz(倒木)に さまざまなTierarten(動物の種類)が育ちます 昔はBrennholz(薪)として使われていました 
欧州の赤いブナの26%がドイツにあるそうで 5ヶ所あります: Grumsiner Forst (Brandenburg) Nationalpark Kellerwald-Edersee (Hessen) Nationalpark Jasmund (Mecklenburg-Vorpommern) Serrahner Urwald (Mecklenburg-Vorpommern) Nationalpark Hainich (Thüringen)の5箇所です

日本では白神山地もブナの原生林として世界遺産になっていますね

ちなみに 国境を越えて複数の国々が保有する世界遺産のことを「トランスバウンダリー・サイト(transboundary site)」といいますが(世界遺産検定2級に出てくる) ドイツ語では"grenzüberschreitender und transnationaler Welterbestätten"と言いますvv


詳しくは こちら


ドイツ語は こちら


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8. No.27 Muskauer Park (2004) ムスカウ公園 自然遺産


ムスカウ公園(Fürst-Pückler-Park Bad Muskau)は ドイツとポーランドの間を流れるナイセ川にまたがる 560ヘクタールもあるイギリス式庭園です
この地を所有していた ヘルマン・フォン・ピュックラー=ムスカウ侯爵が30年をかけてお金をつぎこんで作りました なので正式名称には彼の名前がありますね

ドイツ側はバート・ムスカウ、ポーランド側はウェンクニツァの町に接しており 第二次世界大戦末期にこの地も戦場となり被害を受けました
終戦後にはナイセ川が新たな国境線(オーダー・ナイセ線)となり 庭園は二つの国に分割されました
破壊された建造物のうち 旧城 (Altes Schloss) は東ドイツ時代の1972年に修復され 新城 (Neues Schloss) は現在修復が進められています

2004年には景観デザインの傑作としてユネスコの世界遺産に登録されました

 ← ムスカウ公園のNeues Schloss(新城)

詳しくは こちら

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これでだいたい旧東ドイツの世界遺産はカバーできたかな?
ちなみに 2009年に橋の建設により世界遺産を剥奪された「ドレスデン・エルベ渓谷(Dresdner Elbtal)」について書いた 「世界遺産とツーリズム - ドレスデンの例から -/ドイツ語作文」のドイツ語作文は こちら 


参考: wikipedia「ドイツの世界遺産

Unesco-Weiterbestätten in Deutschland/ドイツの世界遺産(ドイツ語)」← 上の記事のNr.はここ(pdf)にある番号です



世界遺産オンラインガイド ドイツの世界遺産 


プロの添乗員と行くドイツ 世界遺産と歴史の旅」(武村陽子著、彩図社)

ドイツ語圏文化セミナーWeltkulturerbe Teil 2」開催のお知らせは こちら

素晴らしいセミナーを開催してくださいました公益財団法人日独協会様に 心よりお礼申し上げます



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イスキア島でM4の地震(2017.8.21) 

2017年08月23日 | イタリアのニュース
イスキア島でM4の地震(2017.8.21)


2017年8月21日(月)夜 ナポリ沖でマグニチュード4・3の地震が起き リゾート地イスキア島ではビルや教会が倒壊し がれきの下敷きになるなどして女性2人が死亡 数十名が重軽傷を負った等の模様で その後 次々と子供たちや家族が救出されたというニュースが入ってきています

イタリアの建物は古いものが多いため 地震に弱いのですが なかなか耐震化が進まないのが実情のようです

ニュースは こちら

記事は こちら


La Repubblicaの記事"Terremoto Ischia, Protezione civile: "Case con materiali scadenti". Geologi: "Serve prevenzione""(2017.8.22)は こちら

materiali scadenti 粗悪な材料 prevenzione 予防

追記:

イタリア中部地震1年 ゆっくりと復興に向けて歩み始まる
(2017.8.24)

まだ瓦礫が残っているものの、アマトリーチェでは被災したレストランが募金により営業を再開し雇用創出につながった 
あたたかい支援を忘れないとピロッツィ町長 

ニュースは こちら


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ティツィアーナ先生のベネチアンマスク講座に行ってきました(2017.7.30)@スタジオサカミ

2017年08月20日 | イタリア製品
ティツィアーナ先生のベネチアンマスク講座に行ってきました(2017.7.30)@スタジオサカミ



当サークルで イタリアスケッチ講座やヴェネツィアンマスク講座を担当されていたティツィアーナ先生が いよいよスタジオサカミにて「ベネチアンマスク」講座を開催!! というわけで行ってきました(^O^)/
 ← 講座のチラシ


まず2種類のマスクから好きな方を選びます 私は初体験のタイプを迷わず選択♪

 ← 2種類の白地のマスク

はじめに マスクの型を色紙に載せて線を引いてハサミで切ります これは吊り下げるためのリボンなどをあとから貼るための裏紙となります はみ出さないように...
 ← 様々なマスクの写真


次に 色々なサンプルを見ながらデザインを熟慮して 鉛筆で薄く下書きをしてから アクリル絵の具で塗っていきます

 ← これを見本にしました♪

私は「グラデーション」をやってみたくて sfumare(ぼかす)のやり方をまず教わりました
水彩だと水で薄めますよね? ところがこのアクリル絵の具の場合は 「白」の絵具を足してぼかしてゆくのですね!! いや初めて知りました(''◇'')ゞ



先生のサンプル作品を見ながら 3色でやってみましたが 2色で青系でまとめた方がよかったかな~ サイケになっちゃった!?

 ← 2色がよかったかも!?

次に 乾いたら顔を塗ります うすい色から 唇の深紅を塗る時は緊張しました~ はみ出したら最後!!
音譜を頬に描いている方がいらしてステキでした♡ 


彩色が終わったら いよいよデコレーションに入ります!!

切っておいた裏紙に 羽とシュシュと 吊り下げるためのリボンをボンドで貼りつけて乾かしてから 今度はマスクの裏側にもボンドを塗って 紙と貼り合わせます
この辺でようやく落ち着いてきて(笑) 他の方たちの作品を眺めたり写真とったりする余裕が...

 ← ティツィアーナ先生と

まずはビーズを選んで小皿に取ります 同系色のビーズを先生のアドバイスを受けながら選びましたが 一色じゃなくて2色選びました
また 額の真ん中には 薄紫の布のバラをどーんと貼ると 突然ステキに!!

そして頭の上のくぼみのところに2色のビーズを そして涙のビーズを貼りつけ 一番最後にラメを塗ってゆきますが これは乾くのに時間がかかるので一番最後の工程となります

こうして2時間でヴェネツィアンミニマスクが無事仕上がりました~(^O^)/

みんなの作品も一緒に♪

 ← 個性たっぷりの 世界にひとつのミニマスク

マスクは ヴェネツィアのカーニバルの時に被り 富むもの(ricchi)も貧しいもの(poveri)もマスクによって どこの誰かがわからなくなり 皆平等になることができ 一夜のカーニバルを楽しむというものです 

様々なマスクのサンプルは 見ているだけでもうっとり...

 ← マスクの写真


素晴らしい講座を開いてくださいました㈱スタジオサカミ様に心よりお礼申し上げます 
こちらでは2回程 ミルフィオリのアクセサリーを作りに来ています♡

講座のお知らせは こちら




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公開講演会2017「ピノッキオかクオーレか ~いまを映す鏡としての子ども~」を聞いてきました(2017.7.22)@星美学園短期大学日伊総合研究所

2017年08月17日 | イタリア関連の催し
公開講演会2017「ピノッキオかクオーレか ~いまを映す鏡としての子ども~」を聞いてきました(2017.7.22)@星美学園短期大学日伊総合研究所


毎年必ず参加している公開講演会 今年は 和田忠彦先生による「ピノッキオかクオーレか ―いまを映す鏡としての子ども
 “Cuore" o “Pinocchio”  -I bambini come specchio di “oggi”」
という演題でのお話でした

公開講演会で2本の柱となった作品は まずは エドモンド・デ・アミーチスクオーレ"Cuore"

これは 自分への評価が低いことに悩んでいたアミーチスが 1883年に息子のために書きおろした小説で 毎月ひとつの話を語る形式で イタリアではイタリア語を国語として浸透させてゆく契機となったそうで どんな初等教育で近代国家となるのかを模索したそうです
 
また 実は日本のアニメ「母をたずねて三千里」の原作として日本では知られていますね 正確には Maggio (5月)の挿入話 "Dagli Appennini alle Ande" (アペニン山脈からアンデス山脈まで)です 2作品ともイタリア統一(1861年)の少しあとに書かれたものですね

実は1999年に「MARCO 母をたずねて三千里」という劇場アニメができた時等に 講演者は電話取材を受けることも多かったとのことですが ほとんどが「クオレが原作」だと知らなかったそうです ← 私は当時見ていたので 画面に映っていたから知っていたのです!!

もうひとつは フィレンツェ生まれの作家 カルロ・コッローディの「ピノッキオ」ですね
彼はギャンブル依存症で 借金を返すために「子ども新聞」にピノッキオを連載するのですが 借金を返し終わったところで連載を終えてしまいます(ピノッキオが木につるされて死ぬシーンで) ところが読者の反響が大きく 結局は再開するというエピソードに...思わず思い出すところがありました 

クオレ」が1886年10月15日に発売されるや わずか3か月で40版という驚異的な売り上げを見せるのに対し 1883年に世に出た「ピノッキオ」は第2版が出るのに3年もかかったそうです ここらへんの対比が面白かった ひとことで言うと ピノッキオは悪い子、いたずらっ子の話ですが クオレは エンリコ少年という良い子のお話です


日本のピノッキオがいつ誰にどのような訳で出されたか その変遷についても詳しくご紹介いただきました 講演者は小学生時代に読んだ少年少女世界文学選集で この2作品に初めて出会ったとのこと この選集の編集者についても そのルーツを詳しく伺うことができて興味深かったです ← 子どもの頃の読書って大事ですね...

「クオレ」の方の翻訳は講演者自らのバージョンが 1999年に新潮文庫から出されています 合わせて10回程和訳され出版されているそうです 

ピノッキオの誕生は 「統一国家とあやつり人形 あるいは あたらしい<子ども>」と題されました そう 1881~3年に子ども新聞に連載され 1883年に初版が世に出たのですね

この同時代の絵画として マッキャイオーリ(マッキア派)の「斑点技法」等を紹介していただきました 近代的な生活の感覚が芽生え始めていた時期であり 形態描写の高い質と 感情表現の重要性を示したそうです

さてピノッキオはイタリアでもさまざまなバージョンが出ましたが 一番特徴的だったのは 「黒シャツのピノッキオ」 そう ファシズム時代のピノッキオですね
また ディズニー版のピノッキオは1940年に作られましたが 原作ではピノッキオはサメのお腹に飲み込まれてしまうのですが ディズニー版ではクジラになっていて そちらの方が普及してしまっているそうです (私が子供の頃読んだ本では たしかクジラだったような...)

日本では 教育者 西村伊作が長女あやの挿絵を本にしたバージョンが日本初のもので 5年間重版を重ねて普及しましたが 子どもの挿絵で決して上手とは言えないにもかかわらず ここまで子どもたちに受け入れられたということで このエピソードはイタリアでも話題になったとのこと

そして 20世紀に この二つの作品は売れ行きが相反するのですね
すなわち ファシズム時代にピノッキオは爆発的に売れたというのです (なので黒シャツのピノキオが...) 欧州各国で再評価され普及し 新しい読者を獲得したそうです 
ファシストがローマに進軍した年にピノッキオは再版され 2年でミリオンセラーになったそうです 原作者コッローディオはこの爆発的人気を想像もしておらず 皮肉にも国民作家となったのですね 

反して 国家愛ではなくナイーブな博愛精神 そして内面の問題を描く「クオレ」は ファシズムからは受け入れられなかったのだそうです
それと  わかってても感動してしまうあざとさというものがあり(「ニュー・シネマ・パラダイス」で わかってて感動してしまうという例を挙げてくださいました) それが日本で細々とでも読み継がれている理由かもしれません 
教育の器としてのクオレ」が機能しており 語りのレベル(文体)も3つに分かれており 手の込んだ物語が織りなされています

しかしその反面「読者を物語の外へ 外へと連れ出そうとする」とのこと

ピノッキオの出だしに「昔むかしあるところに まるたんぼうが一本ありました」とあるのは実に先端をゆき コッローディオの才能が光ります 
実は「ピノッキオ」は世界で最も多く翻訳されているイタリアの作品であり 第2位は「木登り男爵」(I.カルヴィーノ)とのとです

また 講演者和田忠彦氏の近著「タブッキをめぐる9つの断章」「ウンベルト・エーコの小説講座」等が紹介され 終了後はサイン会が開催されました 
私は友人とお茶して帰りました 夕方やっと涼しくなりました~


開催のお知らせは こちら


星美学園短期大学日伊総合研究所のリポートは こちら


また 星美学園の「イタリア文化講座」も今年はすべて取りました!
特に来年は長崎の教会群が世界遺産に登録なるかもしれず 時期を得た「ダ・ヴィンチとかくれキリシタンの聖画 -洗礼者聖ヨハネ造を「読む」-」は「宗教に揺れるイタリア -移民の急増、イスラムとの向き合い方-」と同様 タイムリーで興味があります!!

星美学園日伊総研のイタリア文化講座は こちら


追記: さて 先日ネットの語学ブログで見つけた無料朗読サイトで このピノッキオやクオーレを せっせと日々聞いております♡

イタリア人の朗読ボランティアの方たちが 色々な小説を朗読してくださっているサイトのようです 教えてくださった方に心よりお礼申し上げます

サイトは こちら  ← イタリア語以外にも様々な言語で聞けます♪


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ローマ歴史講座①「ローマ -王政時代と共和制時代- (ROMA L’età regia e repubblicana)」に行ってきました(2017.7.23)@高円寺ピアッツァイタリア

2017年08月13日 | イタリア関連の催し
ローマ歴史講座①「ローマ -王政時代と共和制時代- (ROMA L’età regia e repubblicana)」に行ってきました(2017.7.23)@高円寺ピアッツァイタリア


エトゥルスキ講座(全2回)」に続き 次のピアッッアイタリア歴史講座は ローマ帝国です!!

それが私ってば せっせと予習したのはいいけど カエサルからあとの時代を予習していったら ロムルスとレムスからみっちりていねいにやってくださり(笑)... まっいいか~この時代はあまり資料もないし~初めて聞く名前ばかりでした~( `ー´)ノ


まずはざっくりとローマ帝国を時代で分けてみると(予習部分):

753 a.C. ロムルスがローマ建設 7人の王による王政ローマの時代 (第1回目にやったところ)
509 a.C.  王政が終わり 共和制となる ポエニ戦争やグラックス兄弟の改革 スパルタクスの乱 第1回・第2回三頭政治 独裁官カエサルの暗殺等を経て
27 a.C. 元首制(帝政/プリンキパトゥス)となる アウグストゥスから始まり5人の皇帝 Pax Romanaの200年  暴君ネロのキリスト教迫害 五賢帝時代 ローマ領域最大 セウェルス期 軍人皇帝時代 
   
284年 ディオクレティアヌス帝により 専制君主制(ドミナトゥス)と テトラルキア(四分割政治) ミラノ勅令でコンスタンティヌス帝がキリスト教公認(313年) ゲルマン民族大移動 コンスタンティノープル遷都(330年)ecc...

395年 テオドシウス帝の死後 東西に分裂 
476年 西ローマ帝国 滅亡

1453年 東ローマ帝国 滅亡... と続くわけですね

     *      *      *

まずはローマの7つの丘の写真から始まりました~ この時代のことはすべてleggenda(伝説、伝承)によるものです

マルス神の息子 ロモロ(Romolo)とレモ(Remo)について詳しく トロイア戦争で敗走したトロイア人英雄(eroe troiano)のアイネイアス(Enea)がイタリア半島のラティウムに上陸し 現地の王の娘を妻としてラウィニウムを築きます

アイネイアスの息子アスカニオス(Ascanio)が アルバ・ロンガ(Alba Longa)という新しい街をつくります
そしてアスカニオスの息子アムリウス(Amulio)が 兄ヌミトル(Numitore)から王位を奪ってしまうのですね...
ヌミトルの息子は殺され 娘のレア・シルヴィア(Rea Silvia)は 「もし双子が生まれたら アスカニオスの街を破壊するであろう」という予言のために 処女を義務づけられた「ヴェスタの巫女(Vestale)」にされてしまいます
 
ところが 彼女が眠ったすきにマルス神(il dio Marte)が彼女と交わり 双子が生まれました 
予言を恐れた叔父アムリウスが 双子を川に流しますが 運よく雌狼(lupa)に助けられ羊飼い夫妻に育てられ 長じて 大叔父(アムリウス)を討ち 祖父のヌミトル王の復位に協力し...というわけです

なので ローマ建国のロムルスとレムスは マルス神と トロイア人アイネイアスの末裔の娘レア・シルヴィアの娘なのでした...といっても伝承なのですが


さて 紀元前753年4月21日にロームルスが王になり テヴェレ川の畔のパラティーノの丘(colle Palatino)に都市ローマを建設したのですが なぜロームルスが双子のレモを殺したのか? それは ロームルスがパラティーノの丘に Pomerio(ポメリウム、聖域)という聖なる境界(il confine sacro)を造ったのですが レモは武器を持ってその中に入ってしまったからなのだそうです

そしてロームルスは Romaを作ったEponimo*(名祖/なおや)となりました
  * 民族や地との名の起こりとなった実在もしくは伝説の人物 

そのロームルスが作ったのは: Senato(上院) Esercito(軍隊) Leggi(法律) Gens(族) です

最初のローマはラテン人の国でした やがて隣のサビーニ人の娘たちを策略により略奪して妻としてそのまま和平を結び サビーニ部族をあげてローマに移住しますが この時のシーンを描いた絵や彫刻「サビーニ人の略奪(il Ratto delle Sabine)」をじっくり鑑賞しました ← 彫刻はフィレンツェのシニョーリア広場にあります

     *      *      *

さて7人の王について:

初代ロームルス Romolo(753-716 a.C.)上記参照): 最期は 715a.C.のある日雷雨が襲い 玉座を見ると王はどこにもいなかった この時王は死んだとされました 

第2代ヌマ・ポンピリウス Numa Pompilio (715-673 a.C.)

ロムルスを誰が暗殺したかという噂が飛び交いなり手がおらず 市外の賢者であるサビーニ人のポンピリウスを 市民と元老院が選びました 
"Re Sacerdote"(聖職者の王)と呼ばれ 哲学と瞑想を好み 温厚で彼の時代はローマに戦争は起こらなかったそうです

またローマ内部の部族同士のいさかいをなくしました ローマ歴を12ヶ月の太陽暦に改め 農業をすすめ 宗教改革も行い ローマ神話の骨格と神の名も決めました ヴェスタの神殿とヤヌスの神殿(Tempio di Vesta e Giano)を建てました このヤヌスの神殿の扉は戦争のときは開かれ平和なときは閉じられるとされ ヌマの治世中はずっと閉じたままでした 


第3代 トゥッルス・ホスティリウス Tullio Ostilio (673-641 a.C.)

ラテン人で Il "Re Guerriero"と呼ばれ 上院の集うクリア族区(Curia)を創り 近隣で最大のラテン人都市アルバ・ロンガを征服し 王を殺して街を破壊しましたが アルバ市民はローマ市民として迎えられ その中にカエサル等を輩出したユリウス一門が含まれていたそうです
神を信じず戦いは強かったそうで 伝説によると 神がいなづま(fulmine divino)を放って彼を討つシーンが教科書に載っていたとのことですが 本当はSenatoが討ったのではとされています


第4代 アンクス・マルキウス
Anco Marzio (640-616 a.C.)

第2代のヌマの孫でサビーニ人の王 戦を行う傍ら 商人で貿易に長け il "Re Mercante"と呼ばれました 
海辺のオスティアを征服してローマの外港としました ローマに塩をもたらしました テヴェレ川に最初の橋である スブリチョ橋(il ponte Sublicio)を作りました 平民(Plebe)をつくりました
ここまでは ラテン人とサビーニ人が交代で王になっていました

第5代 タルクィニウス・プリスクス Tarquinio Prisco (616-579 a.C.)

エトルリア人で第4代アンクス・マルキウスの養子で「古風王」と呼ばれました 騎兵(cavalleria)を強化し 上院を100名から200名に増やしました
チルコ・マッシモ(il Circo Massimo)という 戦車競技場の原形を作りました
パラティーノの丘の北部に下水溝を通し 湿地の水をテヴェレ川に排水し干拓するという下水道のクロアカ・マッシマ(Cloaca Massima)を作りました
「ユピテル・オプティムス・マクシムス、ユーノー、ミネルウァ神殿(il Tempio di Giove Capitolino) をカンピドーリオの丘(Campidoglio)に建て  故郷のエトルリアから技術を導入して水道橋を作り 産業が活性化しました 
平民に食べ物を施すことで反乱を防いだそうです 

先王アンクス・マルキウスは彼の素質を見抜き養子としました その先王の死後に実子に代わりローマの王となったのですが 王位を狙う先王の息子により暗殺されてしまいます ただしその息子は王になることに失敗したそうです
 


第6代 セルウィウス・トゥッリウス
Servio Tullio (578-535 a.C.)

第5代タルクィニウスの婿のエトルリア人です 「セルウィウスの城壁(Mura Serviane)」を建設しましたが これはローマの七つの丘を囲む大規模なものだったそうです
軍政の改革も行いました 部族(tribù)と財産登録(censo)を導入し (今でいう)国勢調査(censimento)により人数等を把握しました 
il Tempio di Diana をアヴェンティーノの丘(Avventino)に作りました 
 
が あろうことか 娘トゥッリア(Tullia)とその夫タルクィニウス(Tarquinio Prisco/第5代王タルクィニウス・プリスクスの息子(figlio)により暗殺されてしまうのです...
自分の夫を王にするために父親を暗殺するという...絶句しました( ;´Д`)

第7代 そして最後の王 タルクィニウス・スペルブス Tarquinio il Superbo (535-509 a.C.)

傲慢王(スペルブス)」と呼ばれるこの王は 前王(義父)の葬儀を禁じ 先王派の議員を殺し 承認されぬまま自分で王になった(salire al trono con la forza)ということで評判も悪く 殺人と暴力とで民を統(す)べていたため ローマの外に遠征中にローマの民から棄てられ 追放されてしまったのだそうです
  
エトルリアと同盟を結びましたが 強大なエトルリアの属国のようになってしまいます ちなみに第5代からの王はすべてエトルリア出身です

* superboは「傲慢な」という意味ですが ここから来てたんですね!

この第7代王の追放により とうとう紀元前509年(509 a.C.)王政が終わるのです そしてこれ以降は共和制ローマとなります 
まぁこれだけのことがあれば 「王を置かない国家ローマ」の心情が刷り込まれたというのも 無理はありませんね...

I romani aboliscono (廃止する)la monarchia (君主制) e nel 509 a.C. inizia la Repubblica (共和制) con i primi Consoli (執政官).

     *      *      *

 
また他にも 古代ローマの行政区分の構成について詳しく伺いました:

パトリキ(Patres/Patrizio) は100人いた Gens-Gentes (族)は家族の集合体で patriarca, Pater(家父長)のもとに組織された 王政においては上院(Senato)が王を選んだ 
クリア民会(la Curia)はフォロ・ロマーノにある上院の集う場 
部族(le Tribù) は3つあり(Latini, Sabini,Etruschi) それぞれが10クリア部族(curie)に分かれており 合計30のTribùがあった

 * 都市ローマはティティエス、ラムネス、ルケレスの3つのトリブスからなり、各トリブスは10のクリアに、各クリアは10のゲンスに区分されていた。(Wikipediaより)


ローマ時代の暦(calendario)カレンダーについて:
 
ロムルス暦: ロームルス(Romolo)の時代にはまだ1年は10ヶ月と30日しかなく 3月に始まり 冬の61日間はどの月にも割り当てられていなかった (農耕暦だったので 畑仕事のない季節に日付は必要なかったとされます)
1月と2月が加えられたのは 第2代のヌマ・ポンピリウス(Numa Pompilio)の時代で 1年ごとに2月の最後に27日間が加えられたり加えられなかったりしたそうです

また 執政官ガイウス・ユリウス・カエサル(Gaio Giulio Cesare)は抜本的な改暦を決意し 紀元前46年の暦に 1年を365.25日とする太陽暦(calendario solario) に移行させ ユリウス暦を制定しました
記録に残る限り最も1年の日数が長い年は このローマ暦紀元前46年です

詳しくは こちら


最後に この時代の名残をとどめる「オスティア」がおススメ♪ 港があり ローマからも近くて 熱海みたいな感じで 別荘も多くて ぜひいらしてくださいとのことでした!!


ローマ歴史講座は こちら
 ← タイトル通りにはいかず 共和制までいかなかった(笑) ← この際だから みっちりじっくりやってください♡ 
イタリア語を学んでいない方も参加されてるので かなり日本語がメインです♪

2回目は 2017年9月3日(日)です!(^^)! 
Roma: l'età repubblicana
ローマ : 共和制時代

* 写真は2008年のフォロ・ロマーノ(Foro Romano) 



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第27回イタリア語スピーチコンテスト募集のお知らせ(2017.10.20締め切り)@日伊協会

2017年08月10日 | イタリア語
第27回イタリア語スピーチコンテスト募集のお知らせ(2017.10.20締め切り)@日伊協会
   


さて今年もイタリア語スピーチコンテストの募集が始まっています
原稿の提出締切は10月20日(金)当日必着です

最終審査会: 2017年12月2日(土) 午後1時~
イタリア文化会館アニェッリホールにて
一般公開 入場無料

審査は語学力のみならず スピ-チ内容など幅広い観点より行なわれます

参加資格・申し込み方法・賞など 詳しくは こちら

毎年聞きに行っているので さらにレベルアップしているのを感じます... よいテーマと 原稿を書く力 話す力 時間配分(制限時間の5分をあまり超えるのはまずい) 質疑応答の対応力等が 総合的に審査されます ← イタリアへの愛が感じられるか?も対象??(笑) イタリア留学等のエピソードが多いですが 日本のことや 自分自身のテーマを話す人もいらっしゃいます 出演者も年々バラエティに富んでいます

ぜひ12/2(土)の最終審査会を聞きに来てください!!日伊協会主任講師の押場靖志先生と 日本における通訳第一人者のRiccardo Amadei先生によるトークショー「イタリア語よもやま話パート2」も 聞き逃すにはもったいないです!! ← これが始まる前はコーヒー飲んで審査終了を待っていたものですが...休む間もなく面白い発表が続くので大変(''◇'')ゞ

2016年12月の最終審査会リポート こちら 
 


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日伊国交樹立150周年記念コンサート イタリア男性合唱団Coro Brianzaを迎えて Canto Insiemeに行ってきました(2017.7.12)@イタリア文化会館

2017年08月08日 | イタリアの歌・音楽
日伊国交樹立150周年記念コンサート イタリア男性合唱団Coro Brianzaを迎えて Canto Insiemeに行ってきました(2017.7.12)@イタリア文化会館

久々のイタリア文化会館 暑い中行ってきました! この日はミラノ北部ミッサーリア市を中心に50年間活動してきた男声合唱団Coro Brianza(コーロ・ブリアンツァ)を迎えての 日伊国交樹立150周年記念コンサートが開催されました

2015年のミラノ万博でも歌い 各国でも公演されている男性合唱団です
この日は日本のソリストの独唱に続き ステージに上がられた彼らは最初ほんのちょっぴりですが少しはにかんでいたような気がして でもいざ演奏が始まると 実に暖かな歌声に包まれて とても嬉しくなりました

女性ソリストの遠藤久美子氏ははじめ 着物姿での登場!長崎のキリシタンの歌や祭りの歌などを歌われ てまり歌等身振りも交えてとてもステキでした 男性ソリストの稲垣俊也氏のバリトンでの「荒城の月」 そしてイタリア語訳がバチカンにも送られたという「長崎の鐘」など... 稲垣氏は通訳も兼ねていらっしゃいました

Coro Brianzaの皆様はシニア層が多く どこかで見たような方たちという気がします 皆さん嬉しそうでした 歌の前には日本語での歌詞の説明がありとても分かりやすく それぞれの国の歌も楽しめ 私はサルデーニャの歌 戦争の歌等興味深く聴きましたが ジャマイカのバナナボートソング等こんな歌だったのか!と知り またYakananka Vangheri-The lionは ズールー族のズール語で歌うのですが(!) ジャングルの動物たちが吠える様子を歌声で表し 動物そっくり!! 人間の声の領域の広さに感嘆しました

最後は合同合唱(Cori uniti) ヴェルディのオペラから2曲 「ナブッコ」より"Va'pensiero, sull'ali dorate  (行けわが想いよ黄金の翼に乗って)" これはイタリアの第2の国家(inno nazionale)でもありますが 国家もミラノ万博編で歌ってくださいました

この合同合唱では 今回の来日公演ツアー(4ヶ所)で共演された日本の方々もステージに上がられました まさに日伊友好の場で 日本とイタリアの国旗のハンカチをポケットから出してみんなで広げてくださったり 会場からは市長さん等関係者も登壇されメッセージを述べらたりCDやドン・ボスコのカレンダー等を贈られる等 暖かな友好的な雰囲気で締めくくられました

日本の歌「ふるさと」を日本語で歌ってくださり いまでも頭にリフレインしています...

私もこの日は花束を用意し ラストに指揮者のFabio Triulzi氏に差し上げることができて嬉しかった(#^.^#)  会場も大きな拍手に包まれていました



コンサートは こちら


素晴らしいコンサートを開催してくださいましたイタリア文化会館様に心よりお礼申し上げます

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「第25回ボローニャ・ブックフェアいたばし 世界の絵本展」初日に行ってきました(2017.8.5)@成増アートギャラリー

2017年08月06日 | イタリアの本・絵本・雑誌
「第25回ボローニャ・ブックフェアいたばし 世界の絵本展」初日に行ってきました(2017.8.5)@成増アートギャラリー


8月5日(土)の初日はたまたま 板橋花火大会と渋谷の盆踊り大会と重なり たくさんの浴衣の若い人々とすれ違いながら行ってきました(^O^)/

まずは英語の絵本の読み聞かせ 区内の図書館で英語の絵本の読み聞かせをなさっているグループです♪ 8月10日(木)15:30~16:00には 入江たまよ先生がイタリア語の絵本の読み聞かせをしてくださいます

展示は 自分が抄訳作成を担当したスペイン語絵本を2冊確認してから (抄訳がプレート展示から 絵本に貼りつける形式に変更となり その場で読まなくともよくなり便利ですね♪) あちこちまわりました 初日で土曜日とあり人も多く 読み聞かせには小さなお子さん連れもけっこう来ていました

また今年はマルティン・ルター生誕500年でドイツでもたくさんの記念イベントが開催されているそうですが ありました~「von Martin Luthers 1517 Wittenberger These」(マルティン・ルターの95箇条の論題」という絵本!!
また 今ちょうどアルチンボルド展が開催中ですが やはりありました~アルチンボルドのミニ絵本

今年の特集は「しかけ絵本の歴史」とのことで 多くのしかけ絵本が展示されていました メッゲンドルファーという絵本作家がそのパイオニアで その名前を冠した賞も始まっています 

飛び出す絵本もかなり細密で立体的で まるで小さな劇場の中にいるかのようです めくる ひっぱる とびだす... 進化してますよね~
簡単な「しかけ絵本」づくりコーナーもありました 

また 2017年の「ボローニャ・ラガッツィ賞(Bologna Ragazzi Award)」の入賞作品も展示されてましたが アナトミア(解剖学)がテーマの 人体解剖図を色別の切り絵で表した絵本がすごくて 思わずナポリでみたサンセヴェーロ礼拝堂(Sansevero)の地下室にある 血管だけを残した男女の人体解剖のミイラを思い出してしまいました( `ー´)ノ

いたばし国際絵本翻訳大賞コーナー
では優秀作品の翻訳が読めますし 昔の課題絵本もあり なつかしいです...

のんびりまったり 夏のひとときを楽しみました 家にいるとめまぐるしいので(笑) たまには小さな子どもたちと絵本でまったりしたいです...

ブックフェアは こちら 8月13日(日)まで開催中です!!

* 写真は 絵本の読み聞かせコーナーです



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「生誕140年 吉田博展 山と水の風景」を堪能してきました(2017.8.3)@東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館

2017年08月04日 | 美術館・博物館
「生誕140年 吉田博展 山と水の風景」を堪能してきました(2017.8.3)@東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館


ひさびさに行ってきました西新宿の東郷青児記念の美術館!! 2010年に「ウフィツィ美術館 自画像コレクション 巨匠たちの秘めた素顔 1664-2010」展に行って以来でした~ けっこう混んでいました

「絵の鬼」と言われた明治から昭和にかけての画人 吉田博(1876~1950)は今回初めて知りましたが ダイアナ妃やフロイトも魅了した画家で 「ヴェニスの運河」という油絵は 夏目漱石「三四郎」にもその描写が出てくるということです

水彩 油彩 木版画 そして写生帖収集品等が200点も展示されており たっぷり堪能し満喫してきました(^O^)/
弟子の絵はなく 本人の作品だけがたっぷり... ←海外の大御所の画家だと弟子の絵がけっこう多いでしょ...

一番魅入ったのは木版画です 「陽明門」という作品は96回も色を重ねて刷られたといいます すごい細かい色彩表現にここまでやるのかと驚嘆しました!! いくら見ても見飽きません

また 木版画では 朝 午前 霧 夕方 夜等 様々な時間ごとに表現した複数の作品が展示されていて 表現の違いを見比べてみるのもとても興味深く 「瀬戸内海集」「隅田川 東京拾二題」等がそれです 

といっても若い頃は水彩画が主で 木版画を始めたのは40代のようです それ以前に吉田博は1899年 若干23才でアメリカに渡り成功しています このあたりのエピソードがとても興味深く 黒田精輝らが国費で渡仏していたのに対して 自力でまずはアメリカにわたり成功し その資金で長期に渡欧し絵を描きためて...
その軌跡は この明治時代に世界へと旅立っていった様々な分野の先人たちの気概を感じされてくれます そう 時代を背負って渡欧していった森鴎外や 先日話を聞いた「明治期のイタリア留学 文化受容と語学習得」の明治期の若者などの... ちなみに吉田博には渡米前に勝算があったようですね
詳しくは こちら

桜の花びらの描き方が淡いピンクで 雨に濡れそぼったような 光に淡く光るような描き方です また子どもや市井の人の描き方も当時そのままに着物姿で 明治時代の街並みが懐かしいですね~ 
また 山を愛し山岳画家としても有名で なんと自分の子どもに「穂高」と命名しているのです!! ← 同じく画家の妻との名づけをめぐるバトルが...( `ー´)ノ

← 山岳の木版画(撮影コーナー)

吉田博は何度か外遊し 50代ではインドやアジア諸国にも出かけています インドでは満月の日にあたるように旅程を組んでいったという念の入れようです
夏には日本アルプスに登ってスケッチをし 秋から冬にかけては木版画を作成し...というサイクルでたくさんの作品を作り続けてきました
 
さて第二次世界大戦では 陸軍省嘱託従軍画家として3回中国に行き 戦闘機に乗って急降下爆撃の油彩を描いていますが 戦争漫画の一シーンのようでもありました 

戦後は 欧米での知名度が高かったせいか 吉田博のアトリエは進駐軍の芸術サロンのようになったそうです

最期の作品「農家」(木版)「初秋」(油彩)は枯れたような趣があり 画家の生涯を知った後では感無量ですね...

写生帖は細かい字と共にスケッチがびっしり描かれており原点を感じさせます 私はスケッチを見るのが大好き♡ 完成品よりもずっと生き生きと描かれていることが多いのですよね

そしてラストの「収蔵品コーナー」では ゴッホの「ひまわり」等を見てきました これは2010年に初めて行った時に見てサークルの皆もびっくり!!

写実ひとすじの彼は 木版画でここまで細かく空気までをも表現できるのかと驚きました 日本近代絵画史に大きな足跡を残した吉田博の叙情豊かな作品を堪能致しました!(^^)! 

2017年7月8日(土)~8月27日(日)まで開催中です

生誕140年 吉田博展 山と水の風景」展は こちら

版画 incisione, stampa
木版画 incisione su legno, silografia
版画家 silografo



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第25回ボローニャ・ブックフェアinいたばし 世界の絵本展が開催されます(2017.8.5~8.13)@成増アートギャラリー

2017年08月01日 | イタリアの本・絵本・雑誌
第25回ボローニャ・ブックフェアinいたばし 世界の絵本展が開催されます(2017.8.5~8.13)@成増アートギャラリー


北イタリアのボローニャ市で毎年行われる「ボローニャ児童図書展」に今年出展され、板橋区に寄贈されたばかりの世界各国の絵本を紹介する「ボローニャ・ブックフェアinいたばし」を開催します
また、特別展示として、さまざまなしかけのある絵本もあわせて展示します

日 時: 2017年8月5日(土)~8月13日(日)9時~19時まで(5日(土)は10時開場)
場 所: 成増アートギャラリー(板橋区成増3-13-1、成増図書館向かい)
費 用: 入場無料です。当日、直接会場にお越しください。
交 通: 東武東上線「成増」北口より徒歩3分
東京メトロ有楽町線・副都心線「地下鉄成増」5番出口より徒歩5分 

[展示内容]

・新着絵本コーナー
ボローニャから届いたばかりの世界各国の絵本をご紹介します

・めくるめく”しかけ絵本”の世界
めくる、ひっぱる、とびだす…さまざまなしかけのある絵本が大集合!世界各国の”しかけ絵本”を実際に手に取ってご覧いただけます

・世界の絵本おはなし会
ボランティアの皆さんにご協力いただき、毎日15時30分よりおはなし会を開催します。(各回20分程度)
日本語はもちろん、英語、イタリア語、アラビア語ほか、日替わりで外国語での読み聞かせを行います

*8月10日(木)午後3:30~4:00に NHKイタリア語講座の 入江たまよ先生に昨年の翻訳大賞課題絵本「Che cos’ è un bambino?」をお読みいただくことになりました (申し込み不要 席は小さいお子さん優先です)


・2017ボローニャ・ラガッツィ賞
ブックデザインの優れた絵本に贈られるボローニャラガッツィ賞の今年の入賞作品を展示します

・いたばし国際絵本翻訳大賞
板橋区では、1994年より外国語絵本の翻訳コンテストを行っています
8月5日(土)10時より、第23回受賞者の表彰式を開催し、期間中会場にて受賞作品をご覧いただけます。また、これまでの課題絵本や出版された大賞受賞作品も展示します

・ほんやさん
都内有数の子どもの本専門店ブックハウスカフェ(神保町)のご協力により、土日祝日限定ショップがオープン!いたばし国際絵本翻訳大賞受賞絵本、しかけ絵本、ポストカードなどを販売します
出店日時:8月5日、6日、11日、12日、13日 各日11時から17時
 
*私もまたまたスペイン語絵本2冊の抄訳作成にとりかかりました~ 毎年どの絵本にしようか選ぶのがすごい楽しみです(^.^)/~~~  
 
詳しくは こちら 

* 遠方からお越しの方は 板橋区立美術館(成増駅からバス)で7.1~8.13まで「2017イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」が開催されていますのでハシゴができます!(^^)!



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