日伊文化交流会

サークル「日伊文化交流会」は板橋区で生まれ、東都生協登録サークルとしてイタリア好きの人たちが集まり楽しく活動しています

日本で最も美しい村連合フォーラム2017でアルベルゴ・ディフーゾについて聞きました(2017.11.15)+2017写真展@西武池袋本店(12.12~18)

2017年12月08日 | イタリア関連の催し
日本で最も美しい村連合フォーラム2017でアルベルゴ・ディフーゾ(Albergo Difuso)について聞きました(2017.11.15)@イタリア文化会館+連合2017写真展のお知らせ@西武池袋本店(2017.12.12~18)


日本で最も美しい村連合フォーラム」のシンポジウムで イタリアにできた「Alberbo difuso(AD)」協会のジャンカルロ・ダッラーラ(Giancarlo Dall'Ara)会長から イタリアでの事例を示していただきました  

Alberbo Difusoとは 大きなホテルを建てるのではなく 空き家をいくつか再生して村ごとホテルにするという「集落まるごとホテル」といった試みのことで イタリアでは1980年代から始まり クロアチア スペイン スイス等にも展開しています

この日は立ち見が出るほど満杯で (私も立ち見...)スローフード協会のカルロ・ペトリ―ニ会長来日の時を思い出してしまいました 全国各地から「小さな村」連合の関係者が見えており熱い質問を投げかけ ホワイエには日本の「小さな村」のパンフがぎっしり!! 自分たちの村をどう興していったらよいか 空き家の再生の事例を真剣に聞いていました

  *     *     *

アルベルゴ・ディフーゾ(AD)は 直訳すれば「分散型ホテル」です
持続可能なホスピタリティー形態で 家屋とサービスのネットワークのことです ひとことでいうと 大きなホテルを建てるのではなく 空き家を再生して村をひとつのホテルに見立てた地域経営の仕組みです

イタリアのBorghi(ボルギ)は village(村)と異なり 人々の居住地域が城壁などで囲まれた形を示しますが 5,000ものボルギが救いを求めており イタリア全土で700万戸もの空き家が(全戸数の22,5%)あり 南イタリアに集中しています

 ← カンパーニャ州エボリ(Eboli)の事例

そのボルギの過疎化をくいとめ アイデンティティーを失うことなく発展する方法として アルベルゴ・ディフーゾは 既存の建物を活かして 観光地化されたものを好まない旅行者のために作られたものです 

つまり 地域になじんだ住居のままの宿泊施設に泊まり 観光客としてではなく 一時的な地域住民(residente)としてそこにいることになります 旅行者は住民たちの中で暮らし 住民たちと同じものを その村で採れたもの(キロメートルゼロ)を食べ アクティビティを楽しみます 
たとえば村の「道」が「廊下」の役割をするなど 家屋とサービスのネットワークを構築するのです 

←モリーゼ州(Molise)の事例 Centro storico(歴史的中心地区)に作られた

村の中心地にレセプションを ロビーは広場 家屋が宿泊部屋となり 最低7棟がアルベルゴ・ディフーゾの認定に必要とのこと なので 最初は普通の宿泊施設から始まり やがてはアルベルゴ・ディフーゾに認定されるところが多く 住民も増えて雇用も増えてゆきます 気に入ってそこに住む人もいるそうです 

自治体が主導し 住民にアイディアを示し 家主が空き家を提供あるいは再生し 宿泊施設とします アルベロベッロにも2つのアルベルゴ・ディフーゾがあるそうです
2015年現在で86地区あり 2011年の35地区から2.5倍に増えました トスカーナやラツィオ州に多く サルデーニャにも10地区あります

 ← サルデーニャのアルベルゴ・ディフーゾ
 
ほんものの環境にこだわる「真正性(autenticità)」と 新しい仕組みを導入しようとする「革新性(innovatività)」が特徴です


成功のカギは経営者(gestore) また村は活気ある(viva)地域社会であること 人のいない(disabitata)旅行者のみの村では意味がありません 

そしてまた 季節に左右されない(ビーチ・リゾートは夏だけ流行りますが 村の生活そのものを楽しむので年間を通して人が来ます)とのこと

小規模集落の再生に向けた新しい地域経営モデルと 環境負荷の少ない地域資源再生と ネットワーク化にもとづくホスピタリティが 持続可能なツーリズムの新しいモデルなのですね 

    *      *      *


日本におけるアルベルゴ・ディフーゾについて
 
←日本におけるアルベルゴ・ディフーゾ

日本では伝統家屋の空き家は多く アルベルゴ・ディフーゾにするには問題はないのですが ノウハウが問題で イタリアのように 住民とのアイディアやコンセンサスの共有がまだなく また改築費用は イタリアでは8割が私的に 2割が公的資金で賄われているが やがては家賃収入で回収してゆくとのこと 無償で空き家を貸し出すところもあるそうです

ただ 具体的な質問に答えて会長より 「イタリアでも困難な歴史のあとで成功した」とのお話をいただきました 20州それぞれに異なったアルベルゴ・ディフーゾの法律(legge)があり 16年かかったところもあったそうで 会長はイタリア中を駆けずり回り かけあったとのことです 

今は150の自治体にあるのですが 今後も増やす予定で 日本で作るには セオリー上はできるにせよ imprenditorierità(起業家としての能力)が つまりはやる気 意気込みが大切であり 横のネットワーク作りが必要で たとえば家主が若い経営者志望の若者に空き屋を売るか? ローカルガイドの育成等です

日本では今のところは北海道等で 地域活性化策として検討されているとのこと

 ← 日本とイタリアのパートナーシップ

トーク・セッションについては 次の予定があり パネラーの皆様の自己紹介を聞いたところで失礼させていただきました...残念((+_+)) ← なぜ同じ日に3つも重なるんだ~(泣)

私は前の予定があり 『「日本で最も美しい村」連合 設立から将来に向けて』は聞けませんでしたが レジュメをいただきました 
連合は2005年に設立し 「世界で最も美しい村」連合会には イタリア フランス ベルギー(ワロン) スペイン カナダ(ケベック) と合わせて世界連合ができています 

世界で最も美しい村」連合会は こちら


ちなみに 日本では「平成の大合併」で市町村数が激減し 慣れ親しんだ由緒ある地名がたくさんなくなりましたが フランスでは合併はしなかったそうです なので小規模自治体の再生はフランスが参考になるのだそうです

ホワイエには 「イタリアの最も美しい村 全踏破の旅(I Borghi più belli d'Italia)」の写真集や 各小さな村のパンフレットに名産品がぎっしり...参加者もぎっしり...すごい熱気でした!! 

 ← 日本の美しい村のパンフレット

NPO法人「日本で最も美しい村」連合は こちら

Tutta Italiaの展開する「アルベルギ・デフーズィ(Alberghi Diffusi)」については こちら ← いよいよ出ました 「イタリアの小さな村の古民家滞在とシンプルライフの旅22か所!! なかなかここまではできません♡

開催のお知らせは こちら


     *       *       *

【「日本で最も美しい村」連合2017写真展@西武池袋本店】のお知らせ


日本で最も美しい村」連合フォトコンテストの全受賞作品の中から 珠玉の30点を集めて写真展を開催いたします

生活の営みにより形成されてきた その土地ならではの景観・環境や地域の伝統文化が伝わる写真など 小さくても輝くオンリーワンを持つ加盟村の情景を 是非お楽しみください

場所: 西武池袋本店 8F特設会場
日時:2017年12月12日(火)~18日(月)午前10時から午後9時
※12月17日(日)は午後8時まで
主催:「日本で最も美しい村」連合

写真展は こちら

これからの 美しい村そしてアルベルゴ・ディフーゾの将来に向けての発展を 心よりお祈り申し上げます 



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公開講演会2017「ピノッキオかクオーレか ~いまを映す鏡としての子ども~」を聞いてきました(2017.7.22)@星美学園短期大学日伊総合研究所

2017年08月17日 | イタリア関連の催し
公開講演会2017「ピノッキオかクオーレか ~いまを映す鏡としての子ども~」を聞いてきました(2017.7.22)@星美学園短期大学日伊総合研究所


毎年必ず参加している公開講演会 今年は 和田忠彦先生による「ピノッキオかクオーレか ―いまを映す鏡としての子ども
 “Cuore" o “Pinocchio”  -I bambini come specchio di “oggi”」
という演題でのお話でした

公開講演会で2本の柱となった作品は まずは エドモンド・デ・アミーチスクオーレ"Cuore"

これは 自分への評価が低いことに悩んでいたアミーチスが 1883年に息子のために書きおろした小説で 毎月ひとつの話を語る形式で イタリアではイタリア語を国語として浸透させてゆく契機となったそうで どんな初等教育で近代国家となるのかを模索したそうです
 
また 実は日本のアニメ「母をたずねて三千里」の原作として日本では知られていますね 正確には Maggio (5月)の挿入話 "Dagli Appennini alle Ande" (アペニン山脈からアンデス山脈まで)です 2作品ともイタリア統一(1861年)の少しあとに書かれたものですね

実は1999年に「MARCO 母をたずねて三千里」という劇場アニメができた時等に 講演者は電話取材を受けることも多かったとのことですが ほとんどが「クオレが原作」だと知らなかったそうです ← 私は当時見ていたので 画面に映っていたから知っていたのです!!

もうひとつは フィレンツェ生まれの作家 カルロ・コッローディの「ピノッキオ」ですね
彼はギャンブル依存症で 借金を返すために「子ども新聞」にピノッキオを連載するのですが 借金を返し終わったところで連載を終えてしまいます(ピノッキオが木につるされて死ぬシーンで) ところが読者の反響が大きく 結局は再開するというエピソードに...思わず思い出すところがありました 

クオレ」が1886年10月15日に発売されるや わずか3か月で40版という驚異的な売り上げを見せるのに対し 1883年に世に出た「ピノッキオ」は第2版が出るのに3年もかかったそうです ここらへんの対比が面白かった ひとことで言うと ピノッキオは悪い子、いたずらっ子の話ですが クオレは エンリコ少年という良い子のお話です


日本のピノッキオがいつ誰にどのような訳で出されたか その変遷についても詳しくご紹介いただきました 講演者は小学生時代に読んだ少年少女世界文学選集で この2作品に初めて出会ったとのこと この選集の編集者についても そのルーツを詳しく伺うことができて興味深かったです ← 子どもの頃の読書って大事ですね...

「クオレ」の方の翻訳は講演者自らのバージョンが 1999年に新潮文庫から出されています 合わせて10回程和訳され出版されているそうです 

ピノッキオの誕生は 「統一国家とあやつり人形 あるいは あたらしい<子ども>」と題されました そう 1881~3年に子ども新聞に連載され 1883年に初版が世に出たのですね

この同時代の絵画として マッキャイオーリ(マッキア派)の「斑点技法」等を紹介していただきました 近代的な生活の感覚が芽生え始めていた時期であり 形態描写の高い質と 感情表現の重要性を示したそうです

さてピノッキオはイタリアでもさまざまなバージョンが出ましたが 一番特徴的だったのは 「黒シャツのピノッキオ」 そう ファシズム時代のピノッキオですね
また ディズニー版のピノッキオは1940年に作られましたが 原作ではピノッキオはサメのお腹に飲み込まれてしまうのですが ディズニー版ではクジラになっていて そちらの方が普及してしまっているそうです (私が子供の頃読んだ本では たしかクジラだったような...)

日本では 教育者 西村伊作が長女あやの挿絵を本にしたバージョンが日本初のもので 5年間重版を重ねて普及しましたが 子どもの挿絵で決して上手とは言えないにもかかわらず ここまで子どもたちに受け入れられたということで このエピソードはイタリアでも話題になったとのこと

そして 20世紀に この二つの作品は売れ行きが相反するのですね
すなわち ファシズム時代にピノッキオは爆発的に売れたというのです (なので黒シャツのピノキオが...) 欧州各国で再評価され普及し 新しい読者を獲得したそうです 
ファシストがローマに進軍した年にピノッキオは再版され 2年でミリオンセラーになったそうです 原作者コッローディオはこの爆発的人気を想像もしておらず 皮肉にも国民作家となったのですね 

反して 国家愛ではなくナイーブな博愛精神 そして内面の問題を描く「クオレ」は ファシズムからは受け入れられなかったのだそうです
それと  わかってても感動してしまうあざとさというものがあり(「ニュー・シネマ・パラダイス」で わかってて感動してしまうという例を挙げてくださいました) それが日本で細々とでも読み継がれている理由かもしれません 
教育の器としてのクオレ」が機能しており 語りのレベル(文体)も3つに分かれており 手の込んだ物語が織りなされています

しかしその反面「読者を物語の外へ 外へと連れ出そうとする」とのこと

ピノッキオの出だしに「昔むかしあるところに まるたんぼうが一本ありました」とあるのは実に先端をゆき コッローディオの才能が光ります 
実は「ピノッキオ」は世界で最も多く翻訳されているイタリアの作品であり 第2位は「木登り男爵」(I.カルヴィーノ)とのとです

また 講演者和田忠彦氏の近著「タブッキをめぐる9つの断章」「ウンベルト・エーコの小説講座」等が紹介され 終了後はサイン会が開催されました 
私は友人とお茶して帰りました 夕方やっと涼しくなりました~


開催のお知らせは こちら


星美学園短期大学日伊総合研究所のリポートは こちら


また 星美学園の「イタリア文化講座」も今年はすべて取りました!
特に来年は長崎の教会群が世界遺産に登録なるかもしれず 時期を得た「ダ・ヴィンチとかくれキリシタンの聖画 -洗礼者聖ヨハネ造を「読む」-」は「宗教に揺れるイタリア -移民の急増、イスラムとの向き合い方-」と同様 タイムリーで興味があります!!

星美学園日伊総研のイタリア文化講座は こちら


追記: さて 先日ネットの語学ブログで見つけた無料朗読サイトで このピノッキオやクオーレを せっせと日々聞いております♡

イタリア人の朗読ボランティアの方たちが 色々な小説を朗読してくださっているサイトのようです 教えてくださった方に心よりお礼申し上げます

サイトは こちら  ← イタリア語以外にも様々な言語で聞けます♪


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ローマ歴史講座①「ローマ -王政時代と共和制時代- (ROMA L’età regia e repubblicana)」に行ってきました(2017.7.23)@高円寺ピアッツァイタリア

2017年08月13日 | イタリア関連の催し
ローマ歴史講座①「ローマ -王政時代と共和制時代- (ROMA L’età regia e repubblicana)」に行ってきました(2017.7.23)@高円寺ピアッツァイタリア


エトゥルスキ講座(全2回)」に続き 次のピアッッアイタリア歴史講座は ローマ帝国です!!

それが私ってば せっせと予習したのはいいけど カエサルからあとの時代を予習していったら ロムルスとレムスからみっちりていねいにやってくださり(笑)... まっいいか~この時代はあまり資料もないし~初めて聞く名前ばかりでした~( `ー´)ノ


まずはざっくりとローマ帝国を時代で分けてみると(予習部分):

753 a.C. ロムルスがローマ建設 7人の王による王政ローマの時代 (第1回目にやったところ)
509 a.C.  王政が終わり 共和制となる ポエニ戦争やグラックス兄弟の改革 スパルタクスの乱 第1回・第2回三頭政治 独裁官カエサルの暗殺等を経て
27 a.C. 元首制(帝政/プリンキパトゥス)となる アウグストゥスから始まり5人の皇帝 Pax Romanaの200年  暴君ネロのキリスト教迫害 五賢帝時代 ローマ領域最大 セウェルス期 軍人皇帝時代 
   
284年 ディオクレティアヌス帝により 専制君主制(ドミナトゥス)と テトラルキア(四分割政治) ミラノ勅令でコンスタンティヌス帝がキリスト教公認(313年) ゲルマン民族大移動 コンスタンティノープル遷都(330年)ecc...

395年 テオドシウス帝の死後 東西に分裂 
476年 西ローマ帝国 滅亡

1453年 東ローマ帝国 滅亡... と続くわけですね

     *      *      *

まずはローマの7つの丘の写真から始まりました~ この時代のことはすべてleggenda(伝説、伝承)によるものです

マルス神の息子 ロモロ(Romolo)とレモ(Remo)について詳しく トロイア戦争で敗走したトロイア人英雄(eroe troiano)のアイネイアス(Enea)がイタリア半島のラティウムに上陸し 現地の王の娘を妻としてラウィニウムを築きます

アイネイアスの息子アスカニオス(Ascanio)が アルバ・ロンガ(Alba Longa)という新しい街をつくります
そしてアスカニオスの息子アムリウス(Amulio)が 兄ヌミトル(Numitore)から王位を奪ってしまうのですね...
ヌミトルの息子は殺され 娘のレア・シルヴィア(Rea Silvia)は 「もし双子が生まれたら アスカニオスの街を破壊するであろう」という予言のために 処女を義務づけられた「ヴェスタの巫女(Vestale)」にされてしまいます
 
ところが 彼女が眠ったすきにマルス神(il dio Marte)が彼女と交わり 双子が生まれました 
予言を恐れた叔父アムリウスが 双子を川に流しますが 運よく雌狼(lupa)に助けられ羊飼い夫妻に育てられ 長じて 大叔父(アムリウス)を討ち 祖父のヌミトル王の復位に協力し...というわけです

なので ローマ建国のロムルスとレムスは マルス神と トロイア人アイネイアスの末裔の娘レア・シルヴィアの娘なのでした...といっても伝承なのですが


さて 紀元前753年4月21日にロームルスが王になり テヴェレ川の畔のパラティーノの丘(colle Palatino)に都市ローマを建設したのですが なぜロームルスが双子のレモを殺したのか? それは ロームルスがパラティーノの丘に Pomerio(ポメリウム、聖域)という聖なる境界(il confine sacro)を造ったのですが レモは武器を持ってその中に入ってしまったからなのだそうです

そしてロームルスは Romaを作ったEponimo*(名祖/なおや)となりました
  * 民族や地との名の起こりとなった実在もしくは伝説の人物 

そのロームルスが作ったのは: Senato(上院) Esercito(軍隊) Leggi(法律) Gens(族) です

最初のローマはラテン人の国でした やがて隣のサビーニ人の娘たちを策略により略奪して妻としてそのまま和平を結び サビーニ部族をあげてローマに移住しますが この時のシーンを描いた絵や彫刻「サビーニ人の略奪(il Ratto delle Sabine)」をじっくり鑑賞しました ← 彫刻はフィレンツェのシニョーリア広場にあります

     *      *      *

さて7人の王について:

初代ロームルス Romolo(753-716 a.C.)上記参照): 最期は 715a.C.のある日雷雨が襲い 玉座を見ると王はどこにもいなかった この時王は死んだとされました 

第2代ヌマ・ポンピリウス Numa Pompilio (715-673 a.C.)

ロムルスを誰が暗殺したかという噂が飛び交いなり手がおらず 市外の賢者であるサビーニ人のポンピリウスを 市民と元老院が選びました 
"Re Sacerdote"(聖職者の王)と呼ばれ 哲学と瞑想を好み 温厚で彼の時代はローマに戦争は起こらなかったそうです

またローマ内部の部族同士のいさかいをなくしました ローマ歴を12ヶ月の太陽暦に改め 農業をすすめ 宗教改革も行い ローマ神話の骨格と神の名も決めました ヴェスタの神殿とヤヌスの神殿(Tempio di Vesta e Giano)を建てました このヤヌスの神殿の扉は戦争のときは開かれ平和なときは閉じられるとされ ヌマの治世中はずっと閉じたままでした 


第3代 トゥッルス・ホスティリウス Tullio Ostilio (673-641 a.C.)

ラテン人で Il "Re Guerriero"と呼ばれ 上院の集うクリア族区(Curia)を創り 近隣で最大のラテン人都市アルバ・ロンガを征服し 王を殺して街を破壊しましたが アルバ市民はローマ市民として迎えられ その中にカエサル等を輩出したユリウス一門が含まれていたそうです
神を信じず戦いは強かったそうで 伝説によると 神がいなづま(fulmine divino)を放って彼を討つシーンが教科書に載っていたとのことですが 本当はSenatoが討ったのではとされています


第4代 アンクス・マルキウス
Anco Marzio (640-616 a.C.)

第2代のヌマの孫でサビーニ人の王 戦を行う傍ら 商人で貿易に長け il "Re Mercante"と呼ばれました 
海辺のオスティアを征服してローマの外港としました ローマに塩をもたらしました テヴェレ川に最初の橋である スブリチョ橋(il ponte Sublicio)を作りました 平民(Plebe)をつくりました
ここまでは ラテン人とサビーニ人が交代で王になっていました

第5代 タルクィニウス・プリスクス Tarquinio Prisco (616-579 a.C.)

エトルリア人で第4代アンクス・マルキウスの養子で「古風王」と呼ばれました 騎兵(cavalleria)を強化し 上院を100名から200名に増やしました
チルコ・マッシモ(il Circo Massimo)という 戦車競技場の原形を作りました
パラティーノの丘の北部に下水溝を通し 湿地の水をテヴェレ川に排水し干拓するという下水道のクロアカ・マッシマ(Cloaca Massima)を作りました
「ユピテル・オプティムス・マクシムス、ユーノー、ミネルウァ神殿(il Tempio di Giove Capitolino) をカンピドーリオの丘(Campidoglio)に建て  故郷のエトルリアから技術を導入して水道橋を作り 産業が活性化しました 
平民に食べ物を施すことで反乱を防いだそうです 

先王アンクス・マルキウスは彼の素質を見抜き養子としました その先王の死後に実子に代わりローマの王となったのですが 王位を狙う先王の息子により暗殺されてしまいます ただしその息子は王になることに失敗したそうです
 


第6代 セルウィウス・トゥッリウス
Servio Tullio (578-535 a.C.)

第5代タルクィニウスの婿のエトルリア人です 「セルウィウスの城壁(Mura Serviane)」を建設しましたが これはローマの七つの丘を囲む大規模なものだったそうです
軍政の改革も行いました 部族(tribù)と財産登録(censo)を導入し (今でいう)国勢調査(censimento)により人数等を把握しました 
il Tempio di Diana をアヴェンティーノの丘(Avventino)に作りました 
 
が あろうことか 娘トゥッリア(Tullia)とその夫タルクィニウス(Tarquinio Prisco/第5代王タルクィニウス・プリスクスの息子(figlio)により暗殺されてしまうのです...
自分の夫を王にするために父親を暗殺するという...絶句しました( ;´Д`)

第7代 そして最後の王 タルクィニウス・スペルブス Tarquinio il Superbo (535-509 a.C.)

傲慢王(スペルブス)」と呼ばれるこの王は 前王(義父)の葬儀を禁じ 先王派の議員を殺し 承認されぬまま自分で王になった(salire al trono con la forza)ということで評判も悪く 殺人と暴力とで民を統(す)べていたため ローマの外に遠征中にローマの民から棄てられ 追放されてしまったのだそうです
  
エトルリアと同盟を結びましたが 強大なエトルリアの属国のようになってしまいます ちなみに第5代からの王はすべてエトルリア出身です

* superboは「傲慢な」という意味ですが ここから来てたんですね!

この第7代王の追放により とうとう紀元前509年(509 a.C.)王政が終わるのです そしてこれ以降は共和制ローマとなります 
まぁこれだけのことがあれば 「王を置かない国家ローマ」の心情が刷り込まれたというのも 無理はありませんね...

I romani aboliscono (廃止する)la monarchia (君主制) e nel 509 a.C. inizia la Repubblica (共和制) con i primi Consoli (執政官).

     *      *      *

 
また他にも 古代ローマの行政区分の構成について詳しく伺いました:

パトリキ(Patres/Patrizio) は100人いた Gens-Gentes (族)は家族の集合体で patriarca, Pater(家父長)のもとに組織された 王政においては上院(Senato)が王を選んだ 
クリア民会(la Curia)はフォロ・ロマーノにある上院の集う場 
部族(le Tribù) は3つあり(Latini, Sabini,Etruschi) それぞれが10クリア部族(curie)に分かれており 合計30のTribùがあった

 * 都市ローマはティティエス、ラムネス、ルケレスの3つのトリブスからなり、各トリブスは10のクリアに、各クリアは10のゲンスに区分されていた。(Wikipediaより)


ローマ時代の暦(calendario)カレンダーについて:
 
ロムルス暦: ロームルス(Romolo)の時代にはまだ1年は10ヶ月と30日しかなく 3月に始まり 冬の61日間はどの月にも割り当てられていなかった (農耕暦だったので 畑仕事のない季節に日付は必要なかったとされます)
1月と2月が加えられたのは 第2代のヌマ・ポンピリウス(Numa Pompilio)の時代で 1年ごとに2月の最後に27日間が加えられたり加えられなかったりしたそうです

また 執政官ガイウス・ユリウス・カエサル(Gaio Giulio Cesare)は抜本的な改暦を決意し 紀元前46年の暦に 1年を365.25日とする太陽暦(calendario solario) に移行させ ユリウス暦を制定しました
記録に残る限り最も1年の日数が長い年は このローマ暦紀元前46年です

詳しくは こちら


最後に この時代の名残をとどめる「オスティア」がおススメ♪ 港があり ローマからも近くて 熱海みたいな感じで 別荘も多くて ぜひいらしてくださいとのことでした!!


ローマ歴史講座は こちら
 ← タイトル通りにはいかず 共和制までいかなかった(笑) ← この際だから みっちりじっくりやってください♡ 
イタリア語を学んでいない方も参加されてるので かなり日本語がメインです♪

2回目は 2017年9月3日(日)です!(^^)! 
Roma: l'età repubblicana
ローマ : 共和制時代

* 写真は2008年のフォロ・ロマーノ(Foro Romano) 



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イタリア文化特別講座「第2部~イタリア南部のルネサンス~IL Rinascimento di Sud Italia」の文化セミナーに参加しました(2017.6.18)@吉祥寺LCI

2017年07月28日 | イタリア関連の催し
イタリア文化特別講座「第2部~イタリア南部のルネサンス~IL Rinascimento di Sud Italia」の文化セミナーに参加しました(2017.6.18)@吉祥寺LCI


3月の第1部「第1部~ルネサンス期を支えた名家たち イタリア北部と中部」は 世界遺産検定のため珍しく欠席...なのでアリアンナ先生が担当される第2部のイタリア南部のルネッサンスに参加してきました!
この日は終了後すぐにアイランドギャラリーに行き 初めてサルデーニャの先生の写真を買いました!!というわけで思い出深い一日でした:
  ← 吉祥寺のLCI イタリアの旗が目印♪

セミナーの内容: 南イタリアのルネサンス時代は、北部の貴族社会とは異なり、王朝が統一を図ります。この講座では分かり易く時代の流れと共にご紹介致します。

    *     *      *

第1章 教皇領(Lo Stato Pontificio)


南イタリアでは教皇がその一部を統括していました 教皇領(lo Stato Pontificio)の歴史をざっとおさらい 

今のヴァチカン市国よりも広く 多くのヨーロッパ諸国を統括していましたが 南イタリアはシュヴァーベン王フェデリコ2世(il re svevo FEDERICO Ⅱ)が統括していました

宗教的にも政治的にも権力を持っていたのは 税金を取っていたから 
当時は教皇領への税金から宗教税(Assicurazione spiriuale)に至るまで 実に様々な税がかけられていたのですね( ゚Д゚)

ちなみに1500年での年収は労働者で12スクード 枢機卿で1320スクードだったそうです(スクード=5リラ銀貨)


ここでビデオを見ながら 西ヨーロッパの教会分裂(Scisma d'Occidente)について説明していただきました

アヴィニョン捕囚
(Avignone)について イタリア人の教皇(Papa)とフランス人の対立教皇(antipapa)がいたこと

紋章(stemma)についても見ました 教皇領の紋章の金と銀のカギの意味 三重冠の意味などです



第2章 支配(Le Dominazioni)


シュヴァーベン王朝(gli Svevi) アンジュー家(Gli Angioini) アラゴン家(Gli Aragonesi)があり いよいよシュヴァーベンの フェデリコ2世(Federico Ⅱ di Svevia)についてです

ナポリとシチリアの君主一覧は こちら


フェデリコ2世は エンリコ(ハインリヒ)6世とシチリア王女コスタンツァ(Costanza)の息子として生まれました

16才でドイツ・エルサレム・シチリアの王となり アラブと西洋文化を愛し 数カ国語を話し 世界初の無償の国立大学をナポリに創り←ナポリ大学のことですね(ボローニャ大学が世界初だが無償ではない) 貧困の民のための無償学校を作り シチリアに詩人の学校を作りました なんとダンテも通ったといいます

ただカリスマ的存在のためあまりヴァチカンとはよい関係を持たず 神は信じていたが教皇は神ではないとしていました 教皇側はフェデリコ2世の統治国を支配したかったのだそうです

さてフェデリコ2世の死後 息子マンフレディ(Manfredi)が継承します(subentrare)

マンフレディはホーエンシュタウヘン(シュヴァーベン/sveni)の紋章を新しくします  鷲(l'aquila)は教皇派のシンボルですね

教皇は 税を増やして民衆が不満を持っていたマンフレディを軍隊を送って討ちます そして教皇ウルバーノ4世(URBANO Ⅳ)が フランス王の兄弟 カルロ(re di Francia/Carlo)をシチリアに送り マンフレディを討ちます 

さて ホーエンシュタウフェン(シュヴァーベン)家には息子はおらず 娘コスタンツァ(Costanza)が アラゴン王ピエトロ3世(il re d'Aragona PIETRO Ⅲ)と結婚します *アラゴンはスペインの王国

皇帝派(i ghibellini
/教皇反対派のシチリアに住む民衆)は カルロ アンジョー王(Carlo D'Angio')に反対し コスタンツァ女王につきます

ところが シチリア議会はピエトロ3世(Pietro Ⅲ)をシチリア王に選出し 一方教皇はカルロ・アンジョー王(Carlo D'Angio')を選出し シチリアには2人の王が生まれ混乱します そしてピエトロ3世はシチリアで亡くなります

さてここで紋章クイズ! アラゴン王朝の新しい紋章を当てました 
二つの鷲はシュヴァーベンの紋章(Stemma Svevo)が アラゴンの旗(Bandiera aragonese)に描かれているものが正解♪ これは紋章まで注意してみたことがなく とてもためになりました!!


1302年のカルタベッロッタ平和協定(Pace di Caltabellotta)というのは 亡くなったピエトロ3世の息子(アルフォンソ2世とジャコモ1世)が統治するも ジャコモ(Giacomo/ハイメ二世)は土地の権利を教皇ボニファチョ8世(BonifacioⅧ)に献上し(cedere) 代わりにサルデーニャ島とコルシカ島を教皇から譲渡されたのです!!

 ここで休憩(pausa) あっワインなんか出していただいちゃって...(笑)

    *      *      *

休憩後は 難しい歴史の話から離れて お城や絵のお話に移ります💛


第3章 城 I Castelli


← カステル・デル・モンテ(Castel del Monte)

まずはカステル・デル・モンテ フェデリコ2世が建てた八角形のお城で1996年に世界遺産となりました プーリア州アンドリアにあります 
用途は不明で 狩猟用の館かアラビアンスタイルのスパ(hammam)ではないかと言われているそうです
屋根等すべてが八角形(ottagono)で これは円(空)と四角(地上)の中間的な形状とされています
フェデリコ2世は何度もエルサレムの「岩のドーム(Cupola nella roccia)」を訪れており とてもよく似ており フリードリヒ2世の数学へ造詣を表す黄金比を用いた八角形を象徴的に取り入れています

夏至・冬至(solstizio)と昼夜平分時(equinozio)に一定の場所に適格に影が投影されるように設計されており その他様々な不思議な特徴を説明していただきました フェデリコ2世の王冠も八角形とのこと

アンジュー家の城(Castello Angioino)について シュヴァーベンの城を修復して使っていましたが 戦いのための仕様がなされています アンジュー家はもともとフランスからフレミン(fiamminghe)の影響を受けていました

次はナポリ王国(Regno di Napoli)について

ルネサンスのあとはヒューマニズム(umanesimo)が展開してゆき ゴシック・アート(arte gotica)が発展します

アンジュー王朝からアラゴン王朝へと移ってゆき アラゴンの城(Castelli Aragonesi)は戦いがなくなったため城の塔を低くしたのだそうです (アンジュー家の城とは対照的!)

マスキオ・アンジョイーノ城(Maschio Angioino)*は アンジュー家のカルロ1世(Carlo ⅠAngió)が建てて そののち 1443年にアラゴン王アルフォンソ(Alfonzo di Aragona)が ワニの洞窟や夏至(冬至)による光の遊びなどを増築しました

* ナポリのヌオーヴォ城は13世紀に存在したアンジュー家の城として作られましたが、15世紀にアラゴン家によって再建されたため「アンジュー家の城」とも呼ばれています


 第4章 絵画 PITTURA:

アントネッロ・ダ・メッシーナ(1429-1479)のフラマン画の特徴は 4分の3方向を見る姿勢(posizione a tre quarti)ですね 正面でもなく横顔でもなく 精神面を表現しています これについてはのちにクイズで どれがメッシーナの描いた肖像画かを当てるのですが この顔の向きが決めてで全員正解(^^)/

彼はイタリアで初めて油絵具を使ったそうです フラマン絵画から学んだ技法とのこと 『受胎告知のマリア』(シチリア州立美術館)は彼の作品の中で最も有名ですね
Ecce homo(エッケ・ホモ/彼だ)や シチリアのモナリザと言われる「無名の船員(Ritratto dell'ignoto marinaio)」の作品などをご紹介いただきました 
ちなみに「メッシーナ出身のアントネッロ」という意味の名前です ← 「ビンチ村のレオナルド」とおんなじ♪


また 南部のルネッサンスについても少し...

ナポリはハンザ同盟(lega anseatica)に属しており税金が優遇されており 北欧から多くの芸術も入って来ました 
メッシーナの師匠ニッコロ・アントニオ・コラントニオ(Colantonio)等についても説明していただきました 
北ヨーロッパと異なり 教皇や王国の支配により ルネサンスの到来が遅れましたが メッシーナとナポリはハンザ同盟都市のため 芸術は早く入って来ました 

残念なのは 地震(terremoto)によりルネサンスの作品の多くは消滅し ルネサンス末期(l'ultima paete del Rinascimento)のものしか見られないことですね


第5章 ルネサンスの後 Dopo il Rinascimento


ヴァチカンは1870年まで権力を維持していました
シピオーネ・ボルゲーゼ(Scipione Borghese)は 神聖ローマ皇帝カルロ5世(Papa CarloⅤ)の孫(nipote)で 縁故主義(nepotismo)により枢機卿(cardinale)になり そしてヴァチカン大聖堂の司祭長になります
彼こそが ローマにボルゲーゼに屋敷を作り芸術作品のコレクションを集めたのです つまりボルゲーゼ美術館(Galleria Borghese)を作ったというわけですね

ダヴィデ像(ベルニーニ) アポロとダフネ(ベルニーニ) その他の素晴らしい作品を見て セミナーは終わりとなりました!!

あぁ~ローマでなんとしてもボルゲーゼ美術館に行っておくべきだった~(*´Д`)

セミナー開催のお知らせは こちら

素晴らしいセミナーを開催してくださいましたLCI様に心よりお礼申し上げます


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日伊総合研究所主催第14回公開講演会「ピノッキオか クオーレか」が開催されます(2017.7.22)@星美学園短期大学日伊総合研究所

2017年06月29日 | イタリア関連の催し
日伊総合研究所主催第14回公開講演会「ピノッキオか クオーレか」が開催されます(2017.7.22)@星美学園短期大学日伊総合研究所



今年もまた日伊総合研究所主催の公開講演会が開催されます:

第14回公開講演会は、和田忠彦先生にご講演いただきます
皆さま、万障お繰り合わせの上ご参加くださいますようお願い申し上げます

◆講演者
和田 忠彦 WADA Tadahiko

◆演題
ピノッキオかクオーレか ―いまを映す鏡としての子ども
 
“Cuore" o “Pinocchio”  -I bambini come specchio di “oggi”

◆日時
2017年7月22日(土) 午後2時~4時
※ 開場時間:午後1時30分

◆会場
星美学園短期大学大講義室
東京都北区赤羽台4-2-14
→交通アクセスは こちら
◆参加費
500円(当日受付にてお支払いください)*要申し込み

公開講演会のお知らせは こちら


* 写真は フィレンツェで買ってきたピノッキオのマグネット♪ピノッキオの作者カルロ・コッローディはフィレンツェ生まれです 
また エドモンド・デ・アミーチスのクオーレ"Cuore" は 「母をたずねて三千里」の原作です
正確には Maggio (5月)の挿入話 "Dagli Appennini alle Ande" (アペニン山脈からアンデス山脈まで)です

星美学園短大日伊総合研究所の「イタリア文化講座」も そろそろ申し込みしないと...( ^^) _U~~




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第2回「イタリア・アモーレ・ミオ(Italia-Amore-Mio)」にサークルの皆と行き初めてフルーツパスタをいただきました!!(2107.5.21)@六本木ヒルズ

2017年05月23日 | イタリア関連の催し
第2回「イタリア・アモーレ・ミオ(Italia-Amore-Mio)」にサークルの皆と行き初めてフルーツパスタをいただきました!!(2107.5.21)@六本木ヒルズ


2日間とも暑かったですが サークルのみんなと行ってきました第2回「イタリア・アモーレ・ミーオ」@六本木ヒルズ!! 

アリーナで集合したら 昨年は大ステージが開催されていたのが 今年は何もなくて涼しい風が吹く中ゆったりとおしゃべり♪ 

 ← 水槽の底のようなアリーナ 


そのあと上に上がり 車やクルーズやアリタリア等のいろんなブースをまわって 写真撮ったりアンケートに答えてパスタをゲットしたり...

 Fiat社のブースの前で

 MSCクルーズのメモパッドをいただきました♡

← この中に知人の会社(Tiera)のロゴも!
← マセラティ!!


そのあと13時からのブルートーキョーのアクロバットダンスパフォーマンスを見て Kimboのナポリ風エスプレッソを試飲しました

← イタリア国旗の三色をあしらったコスチュームと旗

ランチはヒルズのウェストウォーク5階のイタリアン "Dal-Matto"で スパークリング飲み放題や 7種の前菜に トリッパのトマトソース煮込み フルーツパスタ(今の季節はいちご!トマトソースがベースです) そしてウニの生パスタをいただきました フルーツパスタは初めていただきました( ^^) _U~~

 7種の前菜(2名分)
← トリッパ

 ← いちごのフルーツパスタ💛

 ← もちもちの うにの生パスタ


実はうちのサークルは今年で10周年なんです!! なので10年前に ベリッシモ先生にイタリア語を習った時の思い出話とかに花が咲きました~ 10年ひと昔...まだまだ頑張りますよ~!(^^)! 

楽しい一日を過ごしました 主催者の皆様に心よりお礼申し上げます

開催のお知らせは こちら


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イタリア・アモーレミーオが今年も開催されます!!(2017.5.20,21)@六本木ヒルズアリーナ

2017年05月02日 | イタリア関連の催し
イタリア・アモーレミーオが今年も開催されます!!(2017.5.20,21)@六本木ヒルズアリーナ



昨年5月に日伊国交樹立150周年記念ということで開催された「イタリア・アモーレミーオ」(イタリア商工会議所主催)という一大イベントが 今年もまた六本木ヒルズで開催されます!!

イタリア・アモーレ・ミオ!」が全てのイタリアファンのために戻ってきます!

「イタリア・アモーレ・ミオ!」とは、イタリアと日本の国交樹立150周年を記念して2016年に在日イタリア商工会議所が開催した2日間のイベントです。

六本木ヒルズを会場に5万人以上が訪れ、イタリアのトップブランドが勢ぞろいし、豪華パフォーマンスやコンサート、トークショーが目白押しの日本最大級のイタリアイベントです。
今年はイタリアのラグジュアリー、料理、音楽とスポーツの代表ブランドを皆さまにお届けいたします。

2017年5月20日(土)~21日(日)10:00~20:00 六本木ヒルズ

詳しくは こちら


プログラムは こちら


吉本ばななとか アンドレア・バッティストーニとか イタリアフォトコンテスト授賞式とか オリンピック選手やサッカーとか ピアノとか 歌姫「ARISA」とか ダンスにマジックにと...スゴイ!!!

昨年のリポート映像は こちら

私も昨年行きました~ イベントステージで歌やクイズを楽しんだり アンケートに答えたり サークルのメンバーの方たちはなんと 2006~2008年に習っていたベリッシモ先生(イタリア料理研究家Francesco Bellissimo)に会ったそうです いいなぁ~♡ ← 広すぎてわからなかった...

今年もまた行きますよ!! この大規模イベントの中で果たして待ち合わせができるでしょうか!?(笑)


昨年(2016.5.28,29)のリポートは こちら

* 写真は昨年の大アリーナ



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「GLI ETRUSCHI エトルスキ -歴史と文化と宗教-」講座のお知らせ(2017.4.23&5月)@ピアッツァイタリア/高円寺

2017年04月19日 | イタリア関連の催し
  「GLI ETRUSCHI エトルスキ -歴史と文化と宗教-」講座のお知らせ(2017.4.23&5月)@ピアッツァイタリア/高円寺


高円寺ピアッツァイタリアで「エトゥルスキ」講座(全2回)が開催されます:


GLI ETRUSCHI
エトルスキ -歴史と文化と宗教-


エトルリアとも呼ばれ、前8世紀頃からイタリア中央部に現れた民族。その起源については2つの見解があります。
リュディアからイタリアへ渡来した民族である」というヘロドトスの東方起源説と「イタリア先住民である」というハリカルナッソスのディオニュシオスの説です。

今回の講座は、エトルスキの歴史やイタリアへ与えた影響などを解りやすく説明します!

 第1回:4月23日(日)14:45~16:15(90分)
 講師:Marta先生
 レベル:初級以上
 受講料:3,000円(税込、1回分)
 ※単発でも受講いただけます。
 ※第2回目は5月14日(日)11:00~12:30(90分)

        
     *    *     *

早速申し込みました!! 他にもピアッッアイタリアでは料理講座等いろいろあります
サルデーニャのことも色々調べていますが そこからさらにエトゥルスキにも広がりました... 

エトルリアについては こちら


(ラテン語: Etruria)は紀元前8世紀から紀元前1世紀ごろに イタリア半島中部にあった都市国家群
各都市国家は宗教・言語などの面で共通点があり 統一国家を形成することはなかったものの 12都市連盟と呼ばれゆるやかな連合を形成し 祭司・軍事で協力することもあった
古代ギリシアとは異なる独自の文化を持っていた...

エトルリア人については こちら


エトルリア人
(ラテン語: Etrusci)は、イタリア半島中部の先住民族
インド・ヨーロッパ語族に属さないエトルリア語*を使用していた

* ヨーロッパにおける死語となった孤立言語との共通点を指摘し、ティレニア語族(ティルセニア語族、Tyrrhenian/Tyrsenian)を形成するとしている(Wikipediaより)


エトルリア文化を築いたが、徐々に古代ローマ人と同化し消滅した...

また 「トスカナ」というイタリアの地方名は エトルリア人のラテン語での別称「トゥスキ」に由来し イタリア南部のティレニア海は エトルリア人のギリシャ語名「テュルセノイ」あるいは「テュレノイ」に由来しているのだそうです

語源って 興味深いものが色々あるのですね... ← 歴史や地理はどっちかというと苦手な私...言語のなりたちは興味が湧きます(笑) 

講座は こちら


情報をいただきましたpiazzaItalia様に心よりお礼申し上げます

エトルスキの人々は争いを好まず...とのくだりを読んで思わず (´Д`)ハァ… ← ため息...

* 写真は「エトルリアの壺」 





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特別トークイベント『復活祭とイタリア人』 &イタリア語総合コース修了証授与式」に参加してきました(2017.3.25)@日伊協会

2017年04月10日 | イタリア関連の催し
特別トークイベント『復活祭とイタリア人(La Pasqua in Italia: origine e usanze)』 &イタリア語総合コース修了証授与式」に参加してきました(2017.3.25)@日伊協会




春の日伊協会のイベントに またまた顔出してきました♪
今年の復活祭(Pasqua)は 4月16日だそうです( ..)φメモメモ

この日は 日伊協会の初の本格的な「総合コース(上級クラス)修了証授与式」があり 17名もの(スゴ~イ!)卒業生の皆様が 修了証書を授与されました

日伊協会総合コース手作りのテキストが 入門から最上級コースまですべて揃ったため 今年から行われることになったそうです 5冊ですね!!
私もそれくらいやったかな... でも正直うらやましい♡

といっても私も 自分のサークルの入門講座30回レッスンの修了式は昔(2008年)やりましたが ひとりひとり写真撮って 今見てもとてもよい記念です♡ 

今回のリヴィオ・トゥッチ先生はじめ やはり講師陣のレベルが高いですね!!

復活祭の成り立ちから今に至るまでの綿密な説明は 事前にあれこれ調べて読んできたものとは比べものにならない程深い内容で 押場先生の日本語のフォローがないと難しく とても助かりました!


 *       *       *

トークイベント 「イタリア人と復活祭」について:


1) 復活祭とは何か?


復活祭は 一年で一番大切なキリスト教のお祭りです 
死者が生き返り(riviversi) Gesù Cristoの復活(resurrezione)する日で すべてのキリスト教がこの催しに基づきます

tempo ciclico 周期的な時間 (pagano/異教の) vs  tempo lineare 線上の時間 (キリスト教の)
 
il ciclo (calendario) solare(Natale) 太陽暦  vs  il ciclo (calendario) lunare (Pasqua) 太陰暦についてご説明いただきました

 
ciclo natalicio
(キリスト生誕をめぐるサイクル) vs ciclo pasquale (キリスト復活をめぐるサイクル)
についてご説明いただきました cicloは「円環的」と訳してくださいました

太陽暦と太陰暦

12月25日は i Saturnali romani サトゥルナリアの祭りの日(収穫祭)でシンボリックな日です クリスマス(Natale)はこのSaturnaliに由来しています


死神のシンボルの鎌(falce)を手にしたcarro del sole (太陽の馬車)の絵など...
宴会の絵が紹介され なんと主人が奴隷にサーブするcapovolgimento(逆転)が行われます 
25日は il Natale del Sole
Christo identificato con il dio Sole (キリストは太陽神と一体化していた)

これは皇帝アウレリアヌス(在位270-275年)が太陽神崇拝を進めたことによります
(当時キリスト教はポピュラーではなかった)

クリスマスの料理について: frutta secca (ドライフルーツ) ザンポーネ(zampone)  コテキーノ(cotechino)とレンズ豆(lenticchie) パネトーネ(ミラノ) pandoro(ベローナ) pan dolce(ジェノヴァ) panforte (シエナ)等 街ごとに違う torrone(トゥロン/ヌガー) 等...

1月6日: l'Epifania(エピファニア/公現祭) これはRe Magi(東方の三博士)の apparizione (出現)を祝う祭りです
 
Befana(ベファーナ)は子供達のためのお祭りです

mirra(ミルラ/没薬)という香草が使われます 良い子にはお菓子 悪い子にはcarbone(炭)が贈られますが 先生が子どもの頃は本当の炭が 今では炭の形をした甘いお菓子が贈られます 


il Carnevale di Venezia ヴェネツィアのカーニバルの写真: マスクの長い鼻の中には薬草を入れたそうです ペストが流行っていたから... inquietanti(不安を誘う)ですね...

次は死の舞踏(la danza macabra)の絵です 死人が戻り踊る がいこつも登場!
 

2)パスクワはいつ始まったか?


シャバト(Shabbat/ユダヤ教の休息の日)が sabato(土曜日)となり (キリスト教では日曜は働かない) 日曜にはすべてが復活します

コスタンティーノ帝(274-337) がキリスト教を公認し domenicaを作り dies solis (giorno del sole)が sundayとなった
* 321年に毎週の休日を〈太陽の日dies solis=sun day〉と呼ぶことに決めた

日曜は大切な祭り(festa) 大きな日曜日(grande domenica)が Pasqua(復活祭)というわけです

パスクワは prima domenica di luna piena (満月) dopo l'entrata della primavera (春分の日の次の満月のあとの日曜日)で 今年は4月16日です (イタリアの祝日カレンダー)

la Quaresima (四旬節): 40 giorni di preparazione alla Pasqua(復活祭の前の40日間)*日曜日を除いて数えます
Settimana Santa(聖週間): 復活祭の前の週
la Pentecoste (五旬節): 50 giorni dopo la Pasqua (精霊降誕の大祝日)復活祭後の50日間


la riforma gregoriana del calendario グレゴリオ暦(1582年) これは今の太陽暦のもととなりましたが それに対し calendario giuliano ユリウス暦(46aC)は うるう日を抜かない旧太陽暦です

グレゴリオ暦を採用したグレゴリオ十三世(Gregorio XIII)と その発案者のLuigi Lilioのお話も出ました

この暦が出来た1582年は 10日間を切った(tagliare)とのことで 10月4日に寝て 起きたら10月5日ではなく10月15日だったそうです!!
グレゴリオ暦はイタリアやフランスには1582年に 日本には1872年に導入されました

il giorno di Santa Lucia (聖ルチアの日): 12月13日で 一年で一番日が短い solstizio(至点)ですが 今はことわざのみが残っています

どうやってカーニバルの日を数える? これは 日曜日を抜いて数えます
今年でいえば 4月16日(パスクワ)から 日曜日を抜いて40日戻り 今年のカーニバルは2月26日となります
カーニバルは常に martedì grasso (肥沃な火曜日)で終わり 復活祭は mercoredì delle Ceneri (灰の水曜日)で始まり この日は四旬節の最初の日となります

なかなか日本にはなじみがないので大変ですね~ でもただ便乗してお祭り騒ぎするだけじゃダメなんじゃないかと...( ;∀;)


ちなみに 来年2018年のpasquaは 4月1日だそうです


3) 古いお祭りなのか?



pasqua ebraica(ユダヤ教の
): passagio(通過)から来ており「過ぎ越しの祭り」といいます エジプトでは羊を生贄に捧げました 虐殺の天使が国で生まれた長男を皆殺しにした(王の子までも)のだそうです 絵を見せていただきました

苦い香草(erbe amare) uovo(卵) agnello (羊) pane (パン) azzimo(発酵していないパン)など

ヘブライの 子羊(agnello)の生贄(sacrificio)は キリストの犠牲と復活を象徴しています
春の祭りとしてのパスクワは 季節ごとの死と自然の周期的な再生(rinascita)に結びついています

キリスト教以前の divinità preistorica(先史時代の神)とは: Iside (イシス/太陽神ホルスの母) e Osiride(オシリス) Horus(太陽神ホルス) Adone(アドニス) Attis(アティス/死と再生の神) Mitra(ミトラ) Cibele(キュベレー/大地母神) Dioniso(ディオニソス/オリュンポス十二神) 等...




また dea germanica (ゲルマンの神)である Eostre(春の神)が Easter(英語) そしてOstern(ドイツ語)となりました

大地での恵みや農作業と パンやワインに結びついた宗教としてのCristianesimo(キリスト教)なのですね


4) どう祝う?


Quaresima(四旬節)の間での il rogo della vecchia: rogoは火あぶり そう 魔女の火あぶりだったのです!!
la via crucis 十字架の道 主イエスが十字架にかけられて歩くprocessioni行列 diavoli(悪魔)のダンス ガラスの入ったスポンジで体をこすり血を流す等など...
宗教的なお祭りなのでエグいのですネ...



5)イタリア人はこの日何をする?


"Natale con i tuoi, Pasqua con chi vuoi
" これはもう有名な言葉ですね 「クリスマスは家族と 復活祭は過ごしたい人と」

la benedizione delle case 聖水での祝福 
venerdì santo 聖金曜日は 断食の金曜日(digiuno del venerdì) これは復活祭の前の金曜日で キリストの受難、十字架の上の死を意味します
土曜日は 鐘もならさず結婚式も行われないそうです 

イースターの卵(uovo)は再生(rinascita)のシンボルで 復活祭の卵には指輪等高価なものも入れられたとのこと 
pane speciale 特別な 殻つきたまごの入った復活祭のパンです! ←殻つき!? 
casatiello  ← 殻付きのパン


l'agnello e la colomba 子羊と 平和のシンボルでもある鳩の形のパン
サルデーニャの儀式のパン(pane rituale)も写真が紹介されました すべて手作りです
torta pasqualina(リグーリア), pastiera(ナポリ)、cassata(シチリア)等...
とても手の込んだ(elavorato)パンやドルチェばかりですね



復活祭の翌日の月曜日(天使の月曜日/イースターマンデー/lunedì dell'Angelo) は "Pasquetta"ともいい ピクニック(picnic)等をします
ヨーロッパでは金曜から月曜にかけて休みになるところも多いらしいです

「エマオへの道」という絵が示され 森の中にいる弟子たちの前にキリストが復活して現れるシーンの絵です

そしてイタリアでは 大掃除をするのです! grandi pulizie di primavera
こうして新しいキリスト教の一年が始まるのですね


素晴らしいイベントを開催してくださいました日伊協会様に 心よりお礼申し上げます
どこよりもレベルの高い(=難しい)イタリア語の講義が聞けるので これがすぐに聞き取れたら嬉しいです♡ ← 席に着いたらすぐにレジュメに目を通して辞書引いて~♪

次は6月3日のバール・デル・ソーレ「サルデーニャの夕べ」です!!

開催のお知らせは こちら




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渋谷・代々木公園に青の洞窟が出現!!土曜の夜に見に行きました(2016.11.22~2017.1.9)@青の洞窟SHIBUYA実行委員会

2016年12月04日 | イタリア関連の催し
渋谷・代々木公園に青の洞窟が出現!!土曜の夜に見に行きました(2016.11.22~2017.1.9)@青の洞窟SHIBUYA実行委員会




12月3日(土)のイタリア語スピーチコンテストで なんと初出場のイタリア語仲間の大学生が第一位!!  大感激しました♡ ビュッフェのあと イタリア語仲間とその足で明治神宮前駅に向かい 「青の洞窟SHIBUYA」のイルミネーションを見に行きました 
これは パスタの「青の洞窟」の日清製粉が特別協賛とのこと 

駅を出ると 道の両サイドの木々が淡いブルーの色で (青の洞窟というからには濃い青かと思ったが違った) シンプルに照らされていて 土曜の夜とあってたくさんの人たちがそぞろ歩き… そのまま渋谷まで歩いて帰りました 

全長750メートルあります この日は代々木公園までは行かれなかったのですが 
久々にいろんな話ができて嬉しかった

これまでのこと これからのこと すべてひっくるめて納得して見えた一日でした!! またエネルギーが湧いてきました



    *        *        *

開催期間: 2016年11月22日(火)~2017年1月9日(月・祝)
点灯時間: 17:00~23:00
※11月23日、11月26日、11月27日、12月4日、12月25日、1月9日は19:00頃の点灯開始を予定しております。
※点灯時間は日によって変更となる場合がございます。

開催場所: 代々木公園ケヤキ並木~渋谷公園通り(約750m) アクセス: 渋谷駅・原宿駅・明治神宮前駅・代々木公園駅・代々木八幡駅
駐車場: なし (お車でのご来場は、ご遠慮ください。)
主催: 「青の洞窟 SHIBUYA」実行委員会
後援: 渋谷区

詳しくは こちら
 (地図、映像が見られます)


*情報をいただきましたTutta Italia様 掲載を許可してくださいました青の洞窟委員会様に心よりお礼申し上げます

 

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萩尾望都×ヤマザキマリの鼎談「イタリアと日本人 文化とサブカルチャーをめぐって」を聞いてきました(2016.11.9)@イタリア文化会館

2016年11月19日 | イタリア関連の催し
萩尾望都×ヤマザキマリの鼎談「イタリアと日本人 文化とサブカルチャーをめぐって」を聞いてきました(2016.11.9)@イタリア文化会館



この日は 念願の「萩尾望都先生」に生まれて初めてお会いできるとあり 中学生の頃に夢中で読んでいた「ポーの一族」がとってもなつかしくなり また読みたくなりました~ この日の萩尾先生は着物姿で 私はこの日初めてお顔を拝見いたしました(#^.^#)

ヤマザキマリ先生は あちこちでお見かけするのですが 実物は初めて♡ あの喋りっぷりにはほれぼれ♡

そしてジョルジョ・アミトラーノ・イタリア文化会館館長(日本文学者)も よく文化会館でお見かけするのですが 話したことはアリマセン...
 
鼎談「イタリアと日本人 文化とサブカルチャーをめぐって
」この日の出演者は:

萩尾望都(漫画家)×ヤマザキマリ(漫画家)×ジョルジョ・アミトラーノ(イタリア文化会館館長)

イタリア文化をこよなく愛するふたりの著名な漫画家、萩尾望都氏とヤマザキマリ氏が、イタリア文化会館館長ジョルジョ・アミトラーノとともに、日本の文芸作品やマンガ、テレビ番組などでイタリアがどのように描き出されているかについて議論します。
そこには、イタリア人も納得する現実のイタリアが描かれているのでしょうか。それとも、現実とは異なる、日本人の求めるイタリア像が演出されているのでしょうか。

    *       *       *

まずは3人の出会いから... ヤマザキマリ先生は若い頃 萩尾望都先生の作品を読んで 海外への興味が焚きつけられたとのこと 一方萩尾望都先生は アミトラーノ館長を通してナポリ大学での講演のお話をいただいたこと パリでのブックフェアでヤマザキマリ先生と対談し 知り合うこととなったそうで 一同他のメンバーともご一緒に 新宿のいきつけのイタリア料理レストランに頼んで「古代ローマ時代の料理」(豚の乳房とか...!)を食べにいらしたそうです

まずは映画から入り アメリカ映画では関係ない国を描くが 日本映画でもこの頃は「ラストサムライ」とか「サユリ」とか 日本以外を舞台にしたどこの国かわからないような映画が作られている 
テルマエ・ロマエ」はまず仏訳で売れてからイタリア語に訳されたが評判はいまいち(すかさずアミトラーノ館長は「私は好きだ♡」と)

ゴッドファーザーもF.コッポラ監督ですが アメリカ映画ですよね シチリアのシーンはイタリア人から見てどう映ったか?これも興味深かったです イタリア人には作れない映画とのことでした アメリカ人がイタリアを舞台にして作った映画は不自然な...というわけ

一方「ローマの休日」はわるくない とにかく当時は映画の持つ普及力は大きく 実際に行くよりもより大きな力を持っていたわけです


次にタレント これは日本でかの有名なイタリア人タレントが話に出ましたが 日本で有名でもイタリアではそれほど知られていない 日本人の求めるイタリア人をわざと演じているところがある (それは私も聞いたことがあります) ということですね!!

そこから カメラを提げた旅行客のプロトタイプの日本人のイメージ しとやかな日本人女性のイメージについて話が移り 萩尾望都先生はご自身がそんな「日本のワクに入れない 海外文学の方がすっと入れた 漫画はそこから解放させる為に描くものだった」との話 それでも大きな瞳の少女漫画から 描きたかった作品(ポーの一族など)を描けるようになるまでは長かったそうです

ヤマザキマリ先生も同様に 日本人の枠には収まらない方で 恋愛に悩む若者がわからない むしろ「テルマエ・ロマエ」に出てくる日本人のおじいさん(平たい顔の民族!)の方がわかる と言うと一同爆笑(笑)

萩尾望都先生は パリに行った時にアランドロンみたいな人が多かったのに イタリアに行ったらそんな人はいなくて...とまた爆笑(笑) これも「プロトタイプ」のなせる技?


アミトラーノ館長は 自分は日本に長くて日本人みたいに感じているとのこと 日本文学者でもあられ 吉本ばなな作品の翻訳も手掛けていらっしゃいます

日本非公開の80年代に作られた「ミシマ」という 外国人の見たがる三島由紀夫像を描いた作品の話も出ました 
また なぜイタリアでは吉本ばななや村上春樹が人気なのか?についても アミトラーノ館長は 感受性がイタリア人と日本人が似ているから とのこと

また イタリア人は日本のアニメが大好きで ルパン三世やハーロック等... キャプテン翼が好きでサッカーを始めたイタリア人も多いそうです♪

吉本ばななは 家族のいない家族の話を書いており 思春期の独立とフィットしていると萩尾先生  そして日本のアニメには孤児がよく出てくる(「あしたのジョー」等←009もね♡) それがイタリア人が日本のアニメに入りやすいのかも? 究極のマザコンである「母をたずねて三千里」のマルコ少年しかり あれは「クオレ」の一つの挿話を一年シリーズアニメに仕上げたのですが なんと12月2日~22日までイタリア文化会館で「マルコの世界 小田部羊一と「母をたずねて三千里展」」をやるのです!! う 嬉しすぎ...(涙)
 

話を戻しますと(笑) 「アルプスの少女ハイジ」もイタリアで人気だったそうです イタリア人はイタリアで制作されたとばかり思っており 日本で作られたと知るとビックリ!! ←それを聞いてこちらもビックリ(笑)

フランダースの犬」(パトラッシュ、ネロ)はイタリア人にはあまり知られておらず 館長も「聞いたことあるけど...」という感じでしたが 日本の当時の少年少女は最終回で泣いたものです... でも日本では有名だけど ヨーロッパでは「犬は天国に行けないのでは?」などとつっこまれたりして(/_;)

日本のアニメは世界の児童文学をよくアニメ化していますね
 
*ここで私なりの勝手な解釈を挿入させていただきますと~ ヤマザキマリ先生は若い頃萩尾望都先生の「外国を舞台にした漫画」を見て海外への興味が焚きつけられた とこの日語られましたが 当の萩尾望都先生は少女時代世界児童文学を多く読まれており 代表作『ポーの一族』は「永遠にこどもであるこどもをかきたい」との発想から、石ノ森章太郎の『きりとばらとほしと』の吸血鬼の設定の一部をヒントに構想を思いついたとあります(wikipedia)

 初期の頃の石森章太郎やトキワ荘の漫画家たちはよく 世界児童文学をベースにした漫画を描いていたのでありました ちゃんちゃん♪
それに日本アニメーションは『小さなバイキングビッケ』・『フランダースの犬』・『みつばちマーヤの冒険』等の名作路線を推進しており 『世界名作劇場』シリーズを始め名作文学のアニメ化作品を放映し 1980年代までの日本アニメーションの一つの特色となっていた
それらの作品は日本国外への輸出も前提として製作されていた」とあります(wikipedia)

日曜夜はいつもそれを見て育った世代の私は それらをひと世代遅れで見たイタリア人たちと アニメを愛する同じハート♡♡でつなかっているわけでして...(#^.^#)


さて ヤマザキマリ先生はシェークスピアの「ロミオとジュリエット」について シェークスピアはイタリアに行ったことはないが...と話され 館長がそれを4月に開催されたイタリア文化会館のイベント「シェークスピアのイタリア」で イギリスではイタリアの本がとても多かった イタリアをベースにした「ロミオとジュリエット」をヴェローナの人々は誇りに思っているという話をしてくださいました 

そこでマリ先生が 自分の作品を姑がついに読んでしまった時のきわどいエピソードを紹介してくださり(;'∀') 


続く質疑応答では イタリアでは他の国のアニメ等も輸入されているが やはりテレビアニメは日本が制した という結論だったようです
また どらえもんやクレヨンしんちゃん は スペインでは受けたがなぜかイタリアでは受けなかったとのこと

萩尾望都先生の40年来のファンという男性も バンパネラの名づけについての質問をしてらっしゃいました  また他の方は 自分が〇〇人だとアイデンティティを感じる時はどんな時?との質問をされ マリ先生は 欧米では感動のリアクションがすごいが 日本は情緒性のあるシンプルな表現で表す また日本人はまわりがどう思うかが日本人を作っていると 
萩尾先生は 和歌を詠む時 おにぎりを食べる時 そして館長は 外国ものばかり好きだったが 来日して初めてイタリアの良さを再発見したとのこと

そして 二人のファンの女性からは 美術史的に影響を受けた画家は?との質問がなされ 
萩尾先生は ミケランジェロ あの巻き毛やドレープがよいとのこと
マリ先生は テルマエ・ロマエで初めて描きたいものを描いた時に 眉間にしわがよっているのに気づき ジォットに似てる!と発見されたそうです ジォットの絵には眉間にしわが入っており 初めてそうした画家だとのこと へぇ~(*'ω'*)

また 「日本人が主人公じゃないと感情移入ができない」とマリ先生が昔言われたことについての質問があり 今はそうでもないとのこと またイタリアでは イタリア人が主人公でないとダメというわけでもなく 日本人が主人公の「ルパン三世」も流行っているそうです イタリアでは日本よりも先に実写版が作られたくらいですって(^_^)


自分のアニメ好きだった青春が 語学漬けの日々にふたたび取り戻す日が来ようとは...これもイタリアで日本の漫画やアニメが受け入れられたからこそですね~ ともあれ 生まれて初めて少女の頃夢中で作品を読んでいた萩尾望都先生を実際に舞台で見ることができて お話が聞けて 本当に行ってよかったです!!

12月は「マルコの世界 小田部羊一と「母をたずねて三千里」展」小田部羊一作画監督(12/10)と高畑勲監督(12/17)のトークショーそしてコンサート(12/18)も楽しみです!!


開催のお知らせは こちら


マルコの世界 小田部羊一と「母をたずねて三千里」展は こちら


素晴らしいイベントを開催してくださいましたイタリア文化会館様に心よりお礼申し上げます




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イタリア語文化講座「イタリア都市 誕生と発展 ~エトルリアから現在のボローニャ~」リポート(2016.9.14)@日伊学院

2016年09月16日 | イタリア関連の催し
イタリア語文化講座「イタリア都市 誕生と発展 エトルリアから現在のボローニャ~」リポート(2016.9.14)@日伊学院


イタリア都市 誕生と発展 ~エトルリアから現在のボローニャ~
“La nascita e lo sviluppo della città italiana: dalla Bologna etrusca alla Bologna di oggi“


イタリア エミリア=ロマーニャ州 州都ボローニャ

エトルリア期に生まれたこの街は、現在に至るまで、多くの歴史を重ねてきた都市です。

この文化講座では、ボローニャを例に、イタリアの都市がどのように誕生し発展してきたのかを、豊富な図像資料とともに、同市のイタリア語学校Cultura Italiana di Bologna で学校長を務めるマッシモ・マラッチ(Massimo Maracci)氏に解説していただきます。

講演の後には、パルミジャーノとワインをお供に、イタリア語でお喋りを楽しみましょう!

このセミナーに イタリア語仲間のMuccini氏が参加され 早速リポートを送ってきてくださいました

    *       *      *



エトルリア人は 独自のエトルリア語を使っていた エトルリア語はアルファベットで記述されているので文字を読むことはできるが 意味はすべては解読されていない

紀元前7世紀頃 古代ローマ人以前に エトルリア人社会が ラテン、ギリシャ文字がその源となる(例:A・B等でいえば)アルファベット文字を使い 狩りや農業という原史時代に 領地を守り 柵を設け 境界を作り 町や村を構成していたという

それがボローニャ郊外の山地マルツァボット(Marzabotto)で そのエトルリア社会の住居跡が発掘されたのだ

そこには街路 水の供給ルート 広場 死者をまつる寺の跡等 其処にはエトルリア社会が根を下ろし 独自の文化を形成していた事が伺える

更にポー川流域から アルノ川 テベレ川流域にかけて その周辺地域に進出し やがて古代ローマに滅ぼされる

今日の イタリアの村や町の原形は エトルリアがもとになっている

 * Marzabotto にある Museo Nazionale Etrusco di Marzabotto は こちら


エトルリアは イタリアの歴史のお話を聞きに行くとよく出てきます エトルリア語も死語となっていますね ミステリアス...

このようなお話をいだいたあと direttoreのご家族も含めて 皆さんでバルミジャーノとワインで楽しく歓談いたしました♪

そしてこのあとは9月16日(金)開催のセミナー「ボローニャ、その食と教育の歴史」へと続きます~♪

素晴らしい文化講座を開催してくださいました日伊学院様 そして的確なリポートを書いてくださいましたMuccini様に 心よりお礼申し上げます


文化講座のおしらせは こちら



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星美学園短期大学日伊総合研究所主催公開講演会「イタリアの芸術とフロイトの精神分析」に行ってきました(2016.7.30)@星美学園

2016年08月05日 | イタリア関連の催し
星美学園短期大学日伊総合研究所主催公開講演会「イタリアの芸術とフロイトの精神分析」に行ってきました(2016.7.30)@星美学園



さて今年の日伊総合研究所主催公開講演会はフロイトのお話とあって 先般LCIのイタリア文化セミナーで受けた 氷山のイラストその他でざっとフロイトについて調べてから サークルの会員さんと聞きに行ってきました:

講師は 京都大学大学院教授 岡田温司先生です 今回の講演はご著書「フロイトのイタリア-旅・芸術・精神分析」に基づいているとのことでした

オーストリアのユダヤ人である精神分析学者 ジークムント・フロイト(1856-1939)が 1895年から1900年にかけて度々旅行したイタリア その旅の軌跡を詳しく追いながら 1895年当時まではヒステリー研究等 神経生理学を研究していた彼が 1900年頃からは「夢判断」で知られた精神分析で 精神分析学者として有名になっていった そのきっかけについてお話してくださいました

父親は敬虔なユダヤ教徒でしたが 彼は骨董品収集が好きで 偶像崇拝を禁じたユダヤ教に反しているためか のちにダビデ像の前に立った時にうしろめたさを感じたとのこと

1897年の3度目のイタリア行きで 直前まで行きながらローマには行かずにオルビエートで引き返し のちにローマの遺跡のある他の街を訪れますが これは「代理による願望成就」というのだそうです 

彼はローマで人生を終えたかったにもかかわらず ムッソリーニの台頭によりそれがかなわず 1939年ロンドンでその人生を終えます 

このローマへの逡巡(欲望と恐怖)を 1901年の初のローマ行きを果たして乗り越えた時の喜び これはコンプレックスを克服した旅であること等も ベルリンの医者フリースに宛てた手紙等で詳しく説明してくださいました 
このローマ行きでもって 彼は「夢判断」を完成させた(1901)というわけです
 
また 無意識とその抑圧について エディプス・コンプレックスについて そして最後は ミケランジェロとダ・ヴィンチの作品をフロイトがどう判断したかについて とても興味深い説明をしてくださいました 

ルーブルにあるダ・ヴィンチの「聖アンナと聖母子」 そして「モナリザ」 「洗礼者ヨハネ」この3作品は ダビンチが亡くなるまで手放さずに側に置いていた作品であり 主人公たちの顔は実によく似ています 

これは 息子を捨てた実母への体験がダビンチの無意識の中に残っており 母の面影を追想しているのではないか という解釈とのこと ← そういえばよく似ていますよね...ダ・ヴィンチの自画像とも共通する点がある という研究もありましたしね...

ミケランジェロについては 「モーセ」像(ローマのサン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会)について モーセの右手が なぜこのような形(人差し指でひげの2房めを抑えている)になり また「偶像崇拝するイスラエルの民に激しく怒り 持っていた『十戒』の石板を投げつけて砕いた」というエピソードでの 「どの瞬間」を表した作品であるかについて 詳細で興味深い解説を聞かせていただきました ただ 事実はつきとめようがないとのこと

フロイトについて 大変興味深いお話を聞けて 少し身近になった気がしました 

素晴らしい公開講演会を開催してくださいました 星美学園短期大学日伊総合研究所様に 心よりお礼申し上げます

公開講演会のお知らせは こちら


星美学園短期大学のブログは こちら


他にも色々な公開講座が開かれています 

 星美学園短期大学公開講座 イタリア文化講座は イタリア文化講座は こちら




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星美学園日伊総合研究所の公開講演会のお知らせ(2016.7.30)@星美学園日伊総合研究所

2016年07月01日 | イタリア関連の催し
星美学園日伊総合研究所の公開講演会2016のお知らせ(2016.7.30)@星美学園短期大学日伊総合研究所


今年もまた星美学園短期大学日伊総合研究所主催の公開講演会が開催されます: 

精神分析はイタリアで生まれた!と言えばやや大げさに聞こえるかもしれないが、フロイトの思想の形成に、彼のイタリア芸術への強い関心と、繰り返されたイタリア旅行とが深く関係しています。
フロイトとともにイタリアを旅しながら、その独自の思想の形成を跡付けたいと思います。


◆日時: 2016年7月30日(土)午後2時~4時 ※開場時間:午後1時30分

◆会場: 星美学園短期大学大講義室
〒115-8524 北区赤羽台4-2-14

◆講演者: 岡田 温司 (京都大学大学院教授)

◆演題: イタリアの芸術とフロイトの精神分析―その隠れた関係
☆入場無料
☆当日受付可
☆事前予約☆ 7/26(火)必着まで☆定員400名

チラシには見慣れたイタリア絵画や彫刻が...絵画などの文化とフロイトとの関係を探る深いお話のようで フロイトは難しそうですが興味ありますネ~☆ 

詳しくは こちら


*情報をいただきました星美学園短期大学日伊総合研究所様に心よりお礼申し上げます


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ITALIA Amore mio!初日に行ってきました!!(2016.5.28,29)@六本木ヒルズは小さなイタリア

2016年05月28日 | イタリア関連の催し
ITALIA Amore mio!(2016.5.28,29)@六本木ヒルズアリーナ



日伊国交樹立150周年記念 Italia amore mio! 初日午後に行ってきました(2016.5.28,29)@六本木ヒルズは小さなイタリア!!



今日と明日の六本木ヒルズはまるで小さなイタリア!! イタリア人がたっくさん集まって なんとP.ジローラモさん エリオさん M.フリットリさん F.ベリッシモさん ピエトロさん...すっごーい!!

渋谷の土曜のイタリア語レッスンのあと 昼過ぎに友人と六本木ヒルズ直通のバスで直行し(便利ですね~) ヒルズのアリーナにはだんだんと人だかりが... その前にフェラーリの展示カーや アリタリアの豪華な座席に寝たりして(笑) ちょうど柴田泰孝氏の歌の時にアリーナに着きました とっても迫力がありました!! 


次はSolleone Bio Cup Championの大野シェフが京都からいらして 古代小麦のパスタの実演をしてくださいました 海老の味噌や殻のエキスもアメリケンヌソースに含めながら煮詰めますが この古代小麦のパスタは茹で加減がとても難しいのだそうです 
京都の九条ネギを使い優勝したエピソードや ここに至るまでの長い長い道のり...思わずじーんときてしまいました このお話が聞けただけでも来てよかったと思います


次にユネスコ世界遺産の紹介で ドロミティ渓谷の大画面を横に見ながらのソプラノ演奏 トスティの曲を楽しみました だんだんとアリーナに人が増えてゆきます


そしてイタリアブランドプレゼンテーションの時間となり Rigoni di Asiagoというオーガニックのジャム・はちみつ・チョコレートのブランド紹介とプレゼント!!
このブランドはイタリアでとても有名で 手摘みの13種類のジャムは 砂糖ではなくリンゴの果汁(低GI)で甘味をつけているそうで30%カロリーオフ 低温調理とこの上ない上質な製造方法 子供たちの未来を思ってこのような良質なやり方を守り続けています
チョコスプレッドもパームオイルフリーでトランス脂肪酸ゼロ ひまわり油を使っているそうです

 Rigoni di Asiagoは こちら

この時会場にジローラモ氏が現れ(間近で見たの初めて!!) 北イタリア出身の日本語ペラペラのマスターシェフと ナポリ生まれのジローラモ氏が固い握手を交わしました!! ←この時のセリフを聞いて思わず笑いが~(^^ゞ

そして4名の方たちにプレゼントが←机に4袋並んだ瞬間 席を立つのをやめた私(笑)
まずは可愛い女性 次に老婦人 小さな女の子 そしてラストは男性3名がじゃんけんで商品をゲット!! イタリア語でちゃんと言えるかな? こういうのにぱっと手を挙げる勇気がなぜかない私...


そしてようやく席を立ち トウルッリのような形をした各ブースをひとめぐり フード ワイン ビール 世界遺産 クルマ...それに「世界遺産ポンペイの壁画展」も開催中だし すごいですね~ 皆さん日本語がとても上手でホントにびっくりしました!!


アリーナではこのあとも クッキングショー ビューティートーク Teatro del Fuoco のパフォーマンス オペラコンサート 太鼓パフォーマンス Zuccheroのコンサートと続き 明日(5/29)もまた引き続き ACミランのサッカースクールデモンストレーション Visit Italyフォトコンテスト表彰式 アルファロメオ Film and Fly to Italy contest表賞式と続きます 

こんなビックなイベントを こんなビックな会場で開催してくださるなんて実にスゴイです!!
この場を借りまして 関係者の方々に心よりお礼申し上げます


Italia Amore mio!は こちら


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