都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「線の迷宮2 - 鉛筆と黒鉛の旋律 - 」 目黒区美術館
目黒区美術館(目黒区目黒2-4-36)
「線の迷宮2 - 鉛筆と黒鉛の旋律 - 」
7/7-9/9

この夏、私の一推しの展覧会です。鉛筆やシャーペン、それに消しゴムなどを素材に、精巧かつ濃密な絵画を手がける9名の作家が紹介されています。
出品作家
磯邉一郎、小川信治、小川百合、木下晋、齋鹿逸郎、佐伯洋江、篠田教夫、関根直子、妻木良三
これほど一点一点に時間をかけて見たのは久しぶりです。もちろんそれぞれの作風はかなり異なっていますが、シンプル極まりない鉛筆という素材が作家の手を介すと、どれもイメージに満ちあふれた、時に驚きすら覚えるほど表現力に長けた世界へと変化していきます。

まず印象深かったのは、やはりレントゲンでの個展も圧倒的な小川信治でした。今回紹介されているのは「without you」と「perfect world」の2シリーズでしたが、どれもがまさに写真と見間違うほどの精密な素描力と、その発想の面白さを楽しめるものばかりです。中でもレオナルドにモチーフを借りた「最後の晩餐」が充実していました。「弟子たち」、「イエス」、そして「ユダ」の三点が並んでいますが、要はそのタイトルに記された人物だけが絵より隠されているわけなのです。この作品を見ると「最後の晩餐」におけるイエスの抜群の存在感と、その反面でのユダの空疎なそれが強く浮かび上がってきます。またその他には「ウエストミンスター・ブリッジ」や「凱旋門」なども面白いと思いました。写真などで見慣れた風景より特定の事物だけを抜き取る、もしくは付加させて、半ばその次元を絵で転換してしまいます。また間違い探しという観点では、「プラハ」が一番手強い作品でした。さてどこが実際の光景と異なっているのでしょうか。

小川信治と同様に一種のリアリズムを追求するものでは、西洋の図書館などをモチーフとした小川百合も印象に残りました。照明の落とされた展示室より浮かび上がるのは、イギリスの図書館の書庫や、公園の階段などが殆ど愚直なほど精緻に描かれた数点のドローイングです。「コーパスクリスティ図書館」(2001)では、書庫を手摺より眺めた光景が描かれていますが、まるで数十年前の古びたモノクロ写真を見るかのような独特の味わいを醸し出しています。また本の背表紙のくびれや棚の歪みなども、鉛筆に特有の柔らかい感触によって見事に表現されていました。そして、全体を包み込むような静謐さも魅力の一つです。暗室を用いた効果的な展示方法もまた冴えています。

ややグロテスクにもうつる蝶や鳥を描く佐伯洋江も魅力的です。余白を大胆にとったケント紙の上へ、小さなドットも連なる草花や鳥などを軽やかに泳がせています。花鳥画の趣きも漂わせながら、それでいてどこかシュルレアリスムの妙味も感じさせる作品です。草木がまるで動物のような姿を見せ、そして鳥たちが江戸の奇想派の絵画を思わせるような艶やかさで舞っています。
この調子で全作家の作品をあげていくとキリがありません。描くことへの無限の可能性を感じる展覧会と言って良いのではないでしょうか。最大級におすすめしたいと思います。
9月9日まで開催されています。(7/28)
「線の迷宮2 - 鉛筆と黒鉛の旋律 - 」
7/7-9/9

この夏、私の一推しの展覧会です。鉛筆やシャーペン、それに消しゴムなどを素材に、精巧かつ濃密な絵画を手がける9名の作家が紹介されています。
出品作家
磯邉一郎、小川信治、小川百合、木下晋、齋鹿逸郎、佐伯洋江、篠田教夫、関根直子、妻木良三
これほど一点一点に時間をかけて見たのは久しぶりです。もちろんそれぞれの作風はかなり異なっていますが、シンプル極まりない鉛筆という素材が作家の手を介すと、どれもイメージに満ちあふれた、時に驚きすら覚えるほど表現力に長けた世界へと変化していきます。


まず印象深かったのは、やはりレントゲンでの個展も圧倒的な小川信治でした。今回紹介されているのは「without you」と「perfect world」の2シリーズでしたが、どれもがまさに写真と見間違うほどの精密な素描力と、その発想の面白さを楽しめるものばかりです。中でもレオナルドにモチーフを借りた「最後の晩餐」が充実していました。「弟子たち」、「イエス」、そして「ユダ」の三点が並んでいますが、要はそのタイトルに記された人物だけが絵より隠されているわけなのです。この作品を見ると「最後の晩餐」におけるイエスの抜群の存在感と、その反面でのユダの空疎なそれが強く浮かび上がってきます。またその他には「ウエストミンスター・ブリッジ」や「凱旋門」なども面白いと思いました。写真などで見慣れた風景より特定の事物だけを抜き取る、もしくは付加させて、半ばその次元を絵で転換してしまいます。また間違い探しという観点では、「プラハ」が一番手強い作品でした。さてどこが実際の光景と異なっているのでしょうか。

小川信治と同様に一種のリアリズムを追求するものでは、西洋の図書館などをモチーフとした小川百合も印象に残りました。照明の落とされた展示室より浮かび上がるのは、イギリスの図書館の書庫や、公園の階段などが殆ど愚直なほど精緻に描かれた数点のドローイングです。「コーパスクリスティ図書館」(2001)では、書庫を手摺より眺めた光景が描かれていますが、まるで数十年前の古びたモノクロ写真を見るかのような独特の味わいを醸し出しています。また本の背表紙のくびれや棚の歪みなども、鉛筆に特有の柔らかい感触によって見事に表現されていました。そして、全体を包み込むような静謐さも魅力の一つです。暗室を用いた効果的な展示方法もまた冴えています。

ややグロテスクにもうつる蝶や鳥を描く佐伯洋江も魅力的です。余白を大胆にとったケント紙の上へ、小さなドットも連なる草花や鳥などを軽やかに泳がせています。花鳥画の趣きも漂わせながら、それでいてどこかシュルレアリスムの妙味も感じさせる作品です。草木がまるで動物のような姿を見せ、そして鳥たちが江戸の奇想派の絵画を思わせるような艶やかさで舞っています。
この調子で全作家の作品をあげていくとキリがありません。描くことへの無限の可能性を感じる展覧会と言って良いのではないでしょうか。最大級におすすめしたいと思います。
9月9日まで開催されています。(7/28)
コメント ( 17 ) | Trackback ( 0 )
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けどはろるどさんの賛辞を読んでこれは行かなくてはなりますまい。
どちらかというとギャラリーの個展が集合した印象を受けますがー。
鉛筆画がかもし出すクールな雰囲気
まさに夏にぴったりの展覧会!
いつ記事がアップされるか待ち遠しかったです。
「この夏一推し」って、もう行くしかないです。
明日、行ってきま~す(お休みGET)。
こんばんは。
>やる気があるのかないのか図録も作らないし会員やめました
確かに目黒区美は毎回チェックしたくなるような企画展をやっているわけではありませんね。会員となるとさすがに躊躇します…。
>どちらかというとギャラリーの個展が集合した印象を受けますがー。
そういう面はあるかもしれません。私も実際、小川信治は画廊経由で知った作家です。
ただ他館では取り上げられない、ある種の隙間を埋めるような企画展だったと思います。そのツボに私は見事にハマったわけです。
@takさん
こんばんは。
>穴場中の穴場の展覧会
折角の内容なので、もう少し宣伝するべきかともしれませんね。
他の美術館でチラシを見る機会もあまり多くありません…。
Takさんもそろそろ行かれますか?
@memeさん
こんばんは。ともかくは一推しです。
記事でも触れましたが、こんなにじっくり作品を一点一点みたのは本当に久しぶりでした。
企画自体はそんなに凝ったものではありませんが、
少なくとも作品自体に力があるものが多いのは事実です。是非!
イメージの迷宮のような奥深さ、バリエーションの豊富さに惹き込まれました。
鉛筆の描画力ってスゴイですね。
はろるどさんの感想と少しづつずれているのも迷宮っぽい!?
猛暑のなか出かけて、鉛筆画の凄みに涼しくさせてもらいました。鉛筆といえど、ほんとうにさまざまな表現方法があるものだと感心しますね。
捉え方は人それぞれでしょうが、アーティストトークで篠田教夫さんが、作品と対話することの大事さのようなことを語っていました(実はよく聞こえなかったので断片的ですけど)。
こんにちは。TBをありがとうございます!
>鉛筆の描画力ってスゴイですね。
そうなのですよね。鉛筆や消しゴムだけで、よくあれほどまでに奥深い表現が出来るものかと感心しました。しかもまた表現の方向性が皆、バラバラなのが面白いですよね。
>はろるどさんの感想と少しづつずれているのも迷宮っぽい!?
後ほどまた拝見させていただきます!
@キリルさん
こんにちは。コメントありがとうございます。
>アーティストトークで篠田教夫さん
篠田さんのトークをお聞きになられたのですか。
崖のモチーフでありながら、不思議と別の何かに見えるような面白い作品ですよね。小さな鳥居もまた印象的です。
>作品と対話することの大事さ
なるほど仰る通りですね。一点一点、対話までとはいかなかったと思うのですが、じっくりとかめしめるように楽しみました。
やはり具象に近いほうが取り付きやすかったです。
勝手な感想を書いてみました。
今回は具象作品の方が見応えがありましたね。濃密な表現が鉛筆画の奥深さを感じさせます。
15年ぶりの目黒は如何でしたでしょうか。
居心地の良い美術館ですよね。
佐伯さんは展示の方法にも長けていましたね。見事でした。
>この夏一押しには同感です。
美術にお詳しいak96さんにそう仰っていただけると嬉しいです。
ありがとうございます。
口コミかネットの影響かお客さんがずいぶんいらしていました。
しかし写真と見まがうばかりの鉛筆の可能性には驚きました。
はろるどさんの記事に付け加えるものを何も感じないので拙ブログでは書かないことにしました。
>いやー、いい展覧会でしたねえ
okiさんがそう仰られるのならもう間違いないですね。
結構賑わっておりましたか。私が行った際はかなり空いていたのですが、もしかすると評判が徐々に高まっているのかもしれません。
>はろるどさんの記事に付け加えるものを何も感じないので拙ブログでは書かないこと
ご謙遜を…。okiさんの辛口レビューも拝見したいです!
お盆時期に行ったのですが、ようやく自分のブログでの感想も書くことができました。
はろるどさんのようにわかりやすく書けないのが悩みです。
初めて観る作家さんばかりでしたが、中でも小川信治さんの作品には本当に圧倒されました。
すごいですね、一枚の作品にどれほどの時間がかけられているんでしょうか。
小川百合さんの図書館の中の静けさまで描き出しているような作品も良かったです。
>はろるどさんの記事を読んでから、この展覧会はぜひ行ってみようと思っていました。
ありがとうございます。おせっかいながらも推薦したかいがありました。楽しまれたようでなによりです。
>小川信治さんの作品には本当に圧倒されました。
すごいですね、一枚の作品にどれほどの時間がかけられているんでしょうか。
凄いですよね。アイデアはもちろん、あの画力に感服させられます。是非個展を見たいものです。
>小川百合さんの図書館の中の静けさまで描き出しているような作品も良かった
まるでこちらまでが図書館に迷い込んだかのような展示でした。
暗がりからポッと浮き上がるのは見事でしたよね。