極東極楽 ごくとうごくらく

豊饒なセカンドライフを求め大還暦までの旅日記

木に縁りて魚を求む

2017年10月04日 | 農工サ融合

   

                                 
                              梁恵王篇 仁とは何か  / 孟子        

                                                              

         ※  木に縁りて魚を求む:「自分の家の老人を大切にし、その気持をよその
        老人にまで及ぼす。わが子をかわいがり、その気持をよその子にまで及
        ぼす。そうすれば天下は労せずして冶まります。詩経に、こうあります。
        『妻に手本を ひいては兄弟に さらには国に』、これは、老人や子に
        対する自分の慈愛を他人にまで推し広めよ、との意味です。すなわち慈
        愛をこうして広めてゆけば、世の中は安定するのです。反対に広めなけ
        れば、妻子にさえ信用されません。むかしの王がぬきんでて偉大である
        のは、ほかでもない、この当然の理を実行したからです。あなたの慈愛
        は禽獣にまで及ぶほどなのに、人民にそれが行き及んでいないのは、一
        体どうしたわけですか。秤にのせてみなければ重さはわかりません。物
        差しを当ててみなければ長さはわかりません。万事そのとおりですが、
        とりわけ人の心をはかることは困難です。あなたも、どうか自分の心を
        はかるようにしてください。いったい、あなたは戦争をひき起こし、臣
        下の生命を危険にさらし、隣国の怨みをかって、それで快くお思いです
        か」  

        「いや、けっして快く思っていない。ただ、わたしには大望があるので
        す」、「その大望とやらをお聞かせ願えますか」。王は笑ったまま答え
        ない。孟子は続けた。「山海の珍味が不足なのですか。衣装をもっとい
        ろいろ取りそろえたいのですか。それとも美女やら楽師やら小姓やらを、
        もっとふやしたいのですか。そんなものは臣下のかたがたが十分ご用立
        てているはずです。まさかそんな望みではありますまい」。「もちろん
        です」、「それではあなたの大望とは、言わずと知れた領土を拡げ、強
        国の秦・楚を属国とし、中国に君臨し、四方の蛮族を懐柔することでし
        ょう。しかし、戦争によってその望みを果たそうとなさるのは、木に縁
        って魚を求めるようなものです」「それほど馬鹿げたことだろうか」
        「いや、それ以上です。本に縁って魚を求める、これはまだいい。魚が
        とれないだけで災難は招きません。しかし、あなたのようなやり方で望
        みを果たそうとすれば、全力を出し尽くしたあげく、手ひどい目に会う
        のがおちです」

        「なぜです」

        「もし小国の郡と大国の楚が戦えば、どちらが勝つと思いますか」
        「それは楚が勝つ」
        「そうです。つまり、小は大にかなわない、寡は衆にかなわない、弱は
        強にかなわない、これはわかりきったことです。天下にはいま、千里四
        方の大国が九つあります。お国はそのうちの一国にすぎません。その一
        国が八国を征服しようとするのは、鄙が楚を相手に戦うのと同じではあ
        りませんか。そんなことより、まず政治の根本を正すことが大切です。
        いまあなたが仁政を施すならば、仕官を望む者は、だれでもあなたの朝
        廷に仕えたいと願うでしょう。農民はお国で耕したい、商人はお国で商
        売したい、そう思って他国から移って来るでしょう。旅人はご領内を通
        って行こうとするし、自国の君主に不満を抱く者は、こぞってあなたの
        もとに相談に来るでしょう。こうなればあなたに手向かう特は一人もい
        なくなります」

   No.78

【ZW倶楽部とRE100倶楽部の提携 14】

● 水産物の内陸化:環境と食糧問題を同時解決


 Jan. 29, 2014

世界中で養殖魚が生産される中、天然魚を使った餌不足が懸念されているというが、スイスのスタートア
ップが
植物性飼料を開発し、実用化に乗り出す(「魚をベジタリアン化し、環境と人間を守る」環境ビジ
ネス 2017年秋季号)。人□増加に伴い世界中で魚の需要が高まり、養殖魚の生産が伸び近い将来、天然
魚の漁獲量に追いつくところまできていと、世界銀行の報告書「Fish to 2030:漁業と養殖業の展望」(20
14年刊)によれば、世界の魚類座高比は、2011年は天然魚がほぼ60%、養殖魚が40%が、2030年には両
者のがほぼ半々になると予測。天然魚は後述するように餌(養殖向けおよび畜産向け)や種苗(養殖の稚魚)
にも使われ、また肥料や医薬品などにも利用されるため、純粋に食用として考えると、2030年には62%を
養殖魚が占めると予測している。

養殖魚を育てるには様々な準備が必要で、餌も大量に準備しなければならない。養殖魚の餌には、主に魚
粉(フィッシュミール
)や魚油が使われている。魚粉は魚肉を加熱して油を除いて乾燥させた粉。養殖魚の
増加に伴って魚粉の
使用割合も増加している。先の報告書によると、世界の養殖用魚粉の使用量は、1980
年は10%にとどまっていたが、
2010年には73%に跳ね上がる。

● 魚粉のエサのデメリット

肝心の餌にデメリットがあることを深刻にとらえていない。デメリットは3つある。①餌代が高い、②海
水質の悪化、③残留医薬品。1番目の餌代高コストは、魚粉の不足が原因だ。餌として欠かせない魚粉
価格が高騰して、養殖業者を苦しめる。日本では魚粉を輸入に頼り、輸入価格は高騰し、水産庁の2016
年度水産白書は、「中国を中心とした飼料需要の拡大や、魚粉原料となるペルーカタクチイワシの漁獲量の
減少により、2015年4月には2005年平均価格の約3倍まで上昇」。魚粉の高騰で、廃業に追い込まれた養
殖業者がある。

2番目は魚粉の環境汚染。魚粉飼料の食べ残しや糞尿が海底にたまり、海中の生物に悪影響を与える。水
中で崩れにくいように改良した魚粉飼料も使われ、魚がほぼ食べきるような工夫もされているが、積極的
でない国もある。3番目は、餌に含まれている水産用医薬品の問題だ。養殖魚の病気を治すために抗生物
などを餌に混入する。養殖魚の体内に残留した薬が、人間の□に入ることは十分考えられる。魚もおいし
ければいい、安ければいいというわけにはいかない。健康な養殖魚を育てることは、人間の健康を守るこ
とにつながる。

プロバイオティックスは、腸を通じて体内に良い影響をもたらす生きた微生物で、乳酸菌、納豆菌などが
ある。この
プロバイオティックスを餌に混ぜて魚に食べさせれば、さまざまな面でメリットがある。プロ
バイオティックス飼料
だと魚の成長率がアップし、餌の量がこれまでよりも少なく、魚粉の使用が少なくな
り、餌代を減らせる。プロバイオティックスを摂ることにより、病気を予防したり改善できる利点がある。
また、実験では、寄生虫による疾病負荷が25%も減る事例がある。そのため水産用医薬品も低減できる。


 

魚に こうした望ましい効果をもたらす新種のプロバイオティックスを発見し、プロバイオティックス飼
料」の実用化を進めているのは、スイス中央部ルツェルンのトゥエンティ・グリーン社。2015年10月に設
立ベンチャー企業で、この画期的な発見と技術化で注目を浴びている。CEOのダンカン・サザーランド
は、オーストラリア、日本、スイスで生物学の分野で研究を重ね、「プロバイオティックス飼料」のアイ
デアを世界に広めるため同社を設立。養殖業者の生活保護も海の汚染軽減も大切な課題だが、同様に重要
なのは消費者の健康にある。食用魚の中の残留抗生物質は、人体に多くの影響を与える。知らず知らずの
うちに薬品を取り込んだ結果、抗生物質の効力が薄れてしまう。抗生物質が効かないことに関連した病気
で亡くなる人々の数が、2050年には現在の病の死亡者数を上回ると推測する研究もあると同氏は話す。抗
生物質を投与しても病気が治らないケースが増加している近年、養殖魚の残留医薬品を減少できるプロバ
イオティックス飼料はメリットが大きい。

Sep. 27, 2016
※ Probiotic legacy effects on gut microbial assembly in tilapia larvae 

● 完全な植物系飼料

プロバイオティックスは、大豆、トウモロコシ、キャノーラ、麦などの植物に混ぜて、魚粉なしの「ベジタ
リアン
フード」にすることも可能だ。「魚の種類によっては魚粉を配合しない餌でも育てられる。たとえば
ティラ
ピアなど(上図クリック)。ただし、いまの状態を100とすると、いきなり魚粉配合をゼロにするの
は無理。徐々に魚粉
を減らし、その魚が慣れす期間が必要。どうしても生餌や魚粉配合の餌を好む種類に
は、魚の量をできる限り減
らして植物系餌として与えることができる。サケは、いま使っている魚粉の5%
を減らすだけでも大成功だと言わ
れており、トゥエンティ・グリーン社は実現できると話す。抗生物質など
の使用も同様、
プロバイオティックス飼料で育てても、将来的に抗生物質などをゼロにすることは難しく、
少量は使うことを見込む。
病気を完全になくす魔法はない、どの抗生物質をいつ使うかを見極めつつ、い
ろいろなアプローチでサステ
ナブルな養殖を目指す。また、魚だけでなく、鳥、豚、牛の家畜への展開は
可能である。

ブログでも掲載したが、バイオマス燃料の温水や地熱などの再生可能/自然エネルギー利用すれば、大形
回遊魚を除いた魚、貝、エビなどの魚介類の内陸養殖事業の実用化は目前であろう。


【ソーラータイル事業篇:太陽電池の性能劣化の現地回復法

❏ 特開2017-175683 太陽電池の性能劣化回復方法  国立岐阜大学

【概要】

太陽光発電システムは、設置後十年前後でようやく設置コストの回収ができると言われており、長期間の
安定した出力が求められているが、太陽光発電で先行するヨーロッパ等では、PID(potential-induced
degradation
)現象とよばれる太陽電池モジュールシステムの性能劣化が発生するという問題が報告されて
いる。PID現象とは、太陽電池モジュール内部回路で電荷の分極が生じ、セル内部での電子の移動が妨
げられることで出力の著しい低下が起こる現象である。 PID現象は、高電圧化した太陽光発電設備に
おいて、接地されたフレームと太陽電池モジュール内部回路との間に大きな電位差が発生するようになり、
これに湿度、温度等の外部要因が作用し、或いはモジュールに用いられるガラス基板からのアルカリ金属
イオンが拡散して、モジュールの内部回路とフレーム間に漏れ電流が生じることが原因といわれている。

このようなPID現象を抑制する方法には、❶所定レベル以上の高い絶縁性の太陽電池用封止膜を利用す
るもの、❷環状オレフィン系樹脂のフィルムと、エチレン・α-オレフィンゴム共重合体(A)とエチレ
ン・アクリル酸共重合体(B)を所定の配合比でブレンドした組成物に有機過酸化物課教材を含む材料で
モジュールを封止するもの、❸エチレン・極性モノマー共重合体と、シランカップリング剤と、ヒンダー
ドアミン系光安定剤を含む封止用樹脂を提供するものなどがある。これらの技術は、封止膜により結晶シ
リコン等のセルを保護しようとする方法である。

また、❹太陽光発電システムに使用する電力変換装置に絶縁トランスを追加し、かつ負極に接地すること
でIDの発生を防止する方法や、❺太陽電池モジュールとパワーコンディショナの間に出力低下予防回復
装置発電回路との切り替え手段を設けて、太陽電池モジュール内部に正電圧を印加する電源とこのモジ
ュールを接地する接地手段を備えた装置などの提案もある。これらの技術はPID現象を効果的に抑制す
るものではあるが、既に設置済みの太陽電池モジュールに適用することは困難である。

 一方、既設の太陽電池モジュールの劣化を回復する手段として、❶例えば40℃で1000Vの電圧を
100時間かけることでPIDを起こさせたのち、逆の電圧を同温度、同時間かけることでPIDが回復
したという結果や、❷600Vの逆電圧あるいは250℃で2.5時間の処理により回復するという報告
がある。これらの方法によれば回復可能であるかも知れないが、太陽電池モジュールを再利用する場合の
ように、一旦設備を分解するなどして回収することが必要となる。

❼なお、一定期間使用された太陽電池パネルについて出力を回復するための補修装置として、直流通電に
より太陽電池パネルに発生した発熱箇所を赤外線カメラで撮影・解析し、レーザーを照射して加熱する方
法があるが、熱疲労によるはんだクラックにより出力低下した太陽電池パネルの回復手段に関するもので
あり、同じ手法がPIDの回復に適用できるか否かは不明である。下図のように、既設の太陽電池モジュ
ールを設置した状態のままでPID現象により出力低下したモジュールの出力の回復にあっては、太陽電
池モジュール11に対して光照射により加熱して、発電効率の劣化を回復する方法であり、光源がLED
光源13であり、光照射と並行して、太陽電池モジュール11の受光面上方に第三の電極10を設けると
共に、電極10と、太陽電池モジュールの裏面側電極12に電圧HVを印加する方法である。




【符号の説明】

1、11 太陽電池モジュール 2、22  欠陥部位 10 第三の電極 13  光源 15 太陽電池セル

 

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』    

   第55章 それは明らかに原理に反したことだ 

   そのとき何かが背後から近づいてくる気配があった。何か平たいものが暗黒の中を追って、私
  の方にやってくるのだ。それはドンナ・アンナでもなく、コミでもなかった。それは人ではない
  ものだ。私はそのざわざわという足音を聞き、不揃いな息づかいを感じ取ることができた。それ
  は私のすぐ背後までやってくると、動きを止めた。そして沈黙の数分が過ぎた。それは息をひそ
  め、様子をうかがっているようだった。それからぬめりのある冷ややかな何かが、私のむき出し
  の足首に触れた。それはどうやら長い触手であるようだった。形容のしようのない恐怖が私の背
  筋を追い上がった。

   これが二重メタファーなのか? 私の内部の暗闇に往んでいるものなのか?

   おまえがどこで何をしていたかおれにはちやんとわかっているぞ

   もう何ひとつ思い出せなくなった。黒猫も、プジョー205も、騎士団長も、何もかもどこか
  に消えてしまった。私の記憶は再びそっくり空白になっていた。私は何も考えず、その手から逃
  げるように、むりやり身体を前に押し進めた。穴は更に挟くなり、身体がほとんど動かせないほ
  どになってしまった。自分の身体よりも明らかに狭い空間に、私は身体を押し込もうとしている。
  でもそんなことができるわけはないのだ。考えるまでもなく、それは明らかに原理に反したこと
  
。物理的に起こりえないことだ。

   私はそれでも、強引にそこに自分の身体をねじ込んでいった。ドンナ・アンナが言ったように、
  それは私か既に選びとった道であり、それ以外の道を選ぶことはもう不可能になっている。騎士
  団長はそのために死ななくてはならなかった。私がこの手で彼を刺し殺したのだ。彼の小さな身
  体を血の海に沈めたのだ。その死を無益に終わらせてはならない。そして背後からは冷ややかな
  触手を持った何かが、私をその手中に収めようとしていた

   気力を振り絞って前方仁這い速んだ。セーターがまわりの岩壁にひっかかってあちこちではこ
  ろび、ほつれているようだった。私は身体のあちこちの関節の力を抜き、まるで縄抜けをする芸
  人のような格好で、挟い穴の中をぎこちなくくぐり抜けていった。芋虫ほどのゆっくりした速度
  でしか前に進めなかった。私の身体はひどくせばまった穴の中で、巨大な万力にかけられていた。
  身体中の骨と筋肉が激しく悲鳴をあげていた。そしてわけのわからない冷ややかな触手が、私の
  足首の上にまでずるずると這い上がってきた。やがてそれは漆黒の暗闇の中で、身勣きもできず
  にいる私の全身を間違いなく埋め尽くすだろう。私はもう私ではなくなってしまうことだろう。



   私はあらゆる理性を捨て、渾身の力を込めて身体をより狭い空間に向けて突き出した。私の身
  体が苦痛に激しい悲鳴をあげた。しかし何かあるうと前に速まなくてはならない。たとえ身体中
  の関節をそっくり外さなくてはならなかったとしても。そこにどれはどの痛みがあるうと。だっ
  てこの場所にあるすべては関連性の産物なのだ。絶対的なものなど何ひとつない。痛みだって何
  かのメタファーだ。この触手だって何かのメタファーだ。すべては相対的なものなのだ。光は影
  であり、影は光なのだ。そのことを信じるしかない。そうじやないか?

   出し抜けに狭い穴が終わった。まるで詰まっていた草のかたまりが、水の勢いで排水パイプか
  ら吐き出されたみたいに、私の肉体は何もない空間へ放り出された。そしてそれがどういうこと
  なのか思い当たる余裕もなく、どこまでも無防備に私は宙を落下した。少なくとも2メートルほ
  どの高さはあったと思う。でもありかたいことに、落ちたところは固い岩場ではなく、比較的柔
  らかい土の地面だった。そして私は身体を低くして肩をすくめ、肩を身体の下に入れることで、
  頭を地面に打ち付けるのを防いだ。それは柔道の受け身と同じように、ほとんど反射的におこな
  われた。肩と腰をかなり強く打ったが、痛みはほとんど感じなかった。

   あたりは暗闇に包まれていた。懐中電灯はなくなっていた。それは落下の途中で手から滑り落
  ちてしまったらしい。私は暗闇の中で、ただじっと四つん這いになっていた。何ひとつ見えない。
  何ひとつ考えられない。そのときの私に辛うじてわかるのは、徐々に明らかになってくる身体の
  節々の痛みだけだった。穴を抜けるときに痛めつけた身体中の骨と筋肉がこぞって苦情を訴えて
  いた。
   そうだ、私はあの狭い横穴をなんとか抜け出すことができたのだ。ようやくそのことが実感で
  きた。私の足首にはまだあの気味の悪い触手の感触が生々しく残っていた。それが何であったに
  せよ、そんなものから逃れられたことに私は心から感謝した。

   そして私は今、どこにいるのだろう?

   風はない。しかし匂いはあった。横穴に吹き込んできた風の中に微かに嗅ぎ取れたあの匂い
  今では私のまわりをしっかりと囲んでいた。でもそれが何の匂いだったのか、まだ思い出せなか
  った。いずれにせよここはひどく静かな場所だ。どんな音も耳に届かない。
   何はともあれ懐中電灯を探さなくてはならない。私は手探りで注意深くあたりの地面をさがし
  まわった。四つん這いになったまま、少しずつ半径を広げながら。土には僅かに湿り気があった。
  漆黒の暗闇の中で、何か気味の悪いものに手が触れるのではないかと不安だったが、そこには小
  さな石ころひとつ落ちていなかった。ただ平らなまるで誰かがきれいに整地したみたいに真っ平
  らな―――地面があるだけだ。

   懐中電灯は私が落下した場所から1メートルほど離れたところに転がっていた。私の手はよう
  やくそれを探り当てた。そのプラスチック製の懐中電灯を再び手にしたことはおそらく、それま
  での私の人生で起こった最も祝賀すべき出来事のひとつだった。
   懐中電灯のスイッチを入れる前に、目を閉じて何度か深呼吸を繰り返した。複雑にかたまって
  しまった結び目を、時間をかけてほどいていくみたいに。そのうちにようやく呼吸が落ち着いて
  きた。鼓動もほぼ平常に戻り、筋肉にも通常の感覚が戻ってきた。私はもうコ皮だけ大きく息を
  吸い込み、それをゆっくり吐いてから、懐中電灯のスイッチを入れた。黄色い光が暗闇の中を素
  早く走った。しかししばらくのあいだ、まわりの光景を見ることができなかった。目が探い暗闇
  に馴れすぎてしまっていて、直接光を見ると頭の奥の方にきつい痛みを感じたからだ。

   片手で目を覆い、時間をかけて薄目を開け、指の隙間からあたりの様子をうかがった。見たと
  ころ、私はどうやら円形の部屋の中にいるようだった。それほど広い場所ではなく、まわりを壁
  で囲まれている。人工的な石の壁だ。私は頭上を照らしてみた。そこには天井があった。いや、
  天井ではない。天蓋のようなものだ。光はどこからも差し込んでこない。
   やがて直観が私を打った。これは雑木林の中の、祠の裏手にあるあの穴だ。私はドンナ・アン
  ナのいた洞窟の横穴をくぐり抜け、その石室の底に落下したのだ。現実の世界の現実の穴の中に。
  どうしてかはわからない。とにかくそうなったのだ、私は言うなれば出発点琵戻ってきたのだ。
  しかしなぜ光が一筋も入ってこないのだろう? 穴を塞いでいるのは何枚かの厚板だ。板と板と
  のあいだには僅かだが隙間があいているし、その隙間から光がこぼれてこなくてはならない。な
  のにどうして暗闇がここまで完全なのだ?

   私は途方に暮れた。

 Sep. 12, 2002


   しかしとにかく今私かいるところが、祠の裏手に闇いた石室の底であることに疑いの余地はな
  さそうだ。私が嗅いでいるのは、まさしくあの穴の匂いだった。どうしてそのことが今まで思い
  出せなかったのだろう? 私は懐中電灯の光をゆっくり慎重に巡らせてみた。壁に立てかけられ
  ていたはずの金属製の梯子は見当たらなかった。誰かがまたそれを引き上げて、どこかに運んで
  行ってしまったようだった。私はこの穴の底に閉じ込められ、外に抜け出すことはできないとい
  うことになる。

   そして不思議なことに――たぶん不思議なことなのだろう――どれだけ探しても、まわりの石
  壁に横穴の入り口らしきものは見当たらなかった。私は狭い横穴を抜けて、この穴の底に落下し
  た。まるで赤ん坊が空中で産み落とされるみたいに。なのにその横穴の口がどこにも見つからな
  いのだ。それは私をすぽんと外に吐き出して、そのままぴったり口を閉じてしまったようだった。
   懐中電灯の光はやがて地面の上にあるものを照らし出した。見覚えのあるものだ。騎士団長が
  この穴の底で鳴らしていた古い鈴だった。私は夜中にその音を耳にして、雑木林の中にこの穴が
  あることを知ったのだ。鈴の音がすべての始まりだった。そして私はその鈴をスタジオの棚の士
  に置いておいた。しかしそれはいつの間にか棚から姿を消していた。私はそれを手に取り、懐中
  電灯の明かりでしげしげと眺めた。古びた木製の持ち手がついている。間違いない。まさにあの
  鈴だ。

   わけがわからないまま、その鈴を長いあいだしげしげと眺めていた。それは誰かの手でこの穴
  の底に運ばれてきたのだろうか。いや、鈴は自らの力でここまで戻ってきたのかもしれない。鈴
  は場に共有されるのだと騎士団長は言っていた。場に共有される。それはいったい何を意昧する
  のだろう? しかし私の頭はものごとの原理について考えるには疲れすぎていた。そして、私の
  周囲には寄りかかるべき論理の柱が一本として見当たらなかった

   私は地面に腰を下ろし、石の壁に背中をもたせかけ、懐中電灯のスイッチを切った。これから
  どうすればいいか、どうすればこの穴から出られるか、とりあえずそのことを考えなくてはなら
  ない。考えるのに明かりは不要だ。そして私は懐中電灯の電池の消耗をできるだけ抑えなくては
  ならなかった。

   さて、どうすればいいのだろう?

                                      この項つづく

 

                                      



 

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