函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

「コロナ戦争」で改憲が早まってきた

2020年04月29日 12時44分08秒 | えいこう語る
▼戦後初めて「非常事態宣言」が出された、新型コロナによるパンデミックは、各国に死者を出し、町中に人の姿は見えない。病院は感染者で溢れかえり、野戦病院の様相を呈している。

▼病院関係者はコロナとの戦いに疲れ切っている。そんな情勢なので、私は【コロナ戦争】と呼ぶ。さらに現状は、コロナの勢力が強く、我が国の防衛体制は戦局不利という現状に追い込まれている。

▼「地球同盟軍」を編成し、見えざる敵と戦わなければならない状況だが、それぞれの国の利権が錯綜し、敵を絶滅する新型爆弾(新薬)の開発も、足並みがそろわないようだ。

▼我が国の新型爆弾「アビガン(富士フイルム富山化学)」も既に使用し、効果は出ているようだが、内臓への副作用があるため、完全使用を躊躇しているらしい。だが、米国の会社が発売している「レムデシビル」を日本は使用するようだ。

▼またトランプに言われて新薬を購入するのではないかと疑えば「対米中毒」も甚だしいということになる。さらに厚生省は「アビガン」を、世界38ヶ国に無料配布をするという。

▼他の国で人体実験を行ってから、日本で使用させるという魂胆なのか。関東軍731部隊のような戦略ではないかという疑いが頭をよぎる。やはり「コロナ戦争」の真っ只中のように感じる。

▼こんな状況下で懸念されるのが、アベ総理の最大目的である【憲法改正】だ。26日(日曜)の北海道新聞に、編集委員の辻岡英信がこんな文章を掲載している。

▼NHKが96年、憲法公布50年にちなみ『憲法はまだか』というドラマを制作した。脚本はジェームス三木で同名の小説も出版され、憲法制定をめぐる日本政府とGHQとの攻防を描いている。

▼小説のなかで、GHQ案の策定に加わった22歳のベアテ・シロタは、こう語っている。【この憲法は、世界の憲法の最良の部分を集めたんですよ。もし作者がいるとすれば、それは歴史や国境を越えた世界の良心ではないかしら】。

▼「コロナ戦争」の勃発で「国民の熱狂」は「緊急事態宣言」の発出を許した。その国民の応援を背に、従わないものには名前の公表と、罰金を科すという超法規な発言を許すところまでに来た。

▼ここは一つ立ち止まらなければならない、民主主義の危機ではないか。【民主主義はいかがわしいもの】と主張する哲学者長谷川三千子は【民衆の熱狂】こそが、フランス革命や第一次世界大戦を引き起こしたという説に同調する。

▼フランス革命での民衆の蜂起は、ヴァンデ地方の住民のジェノサイド(大量虐殺)を引き起こした。第一次大戦も一地方で起きた事件が、周辺の国の国民の熱狂が、ボランティア(自主的兵役)を引き起こし、大戦へと突入した。

▼ヒットラーは民衆の支持により「全権委任」を獲得しユダヤ人「ジェノサイド」に走った。これらは、デモクラシーの産物だという。だがヒットラーは、民衆を煽る能力に長けていたという。

▼「革命」と「戦争」名称は異なっても、その心理力学ともいうべきものの形において、これらはどちらも驚くほど似通っている。普通の一人一人の生活においては「知」と「情」と「意」がほとんどバランスを持って生きているはずの人間たちが「大衆」となった瞬間に、そのバランスを完全に失って「情」のみ、あるいは「意」のみに突き動かされて走り出す。その意味においては、それは確かにアレクシス・ド・トクヴィル(フランス二月革命の日々やアメリカのデモクラシーの作者)が言うとおり【精神の病理】と呼ぶほかない現象である。と言うのが長谷川が主張する【民主主義はいかがわしいもの】ということなのだろう。

▼北海道民の「憲法改正」の世論調査(29日)が出た。改憲すべきが「49%」で、必要ないの「46%」を上回った。「コロナ戦争」で、道民は、強い権力を望み、それが自らの人権の制限につながることに気付かないのではないかと、ちょっぴり不安にかられる。

▼「自民党改憲草案」は、憲法に弱い私でも、読み返せば人権を抑圧する中国のような体制になる危険性が、多く潜んでいると感じる。やはり、感染の恐怖は、それに対抗する民衆の熱狂を生みやすい。

▼経済大国日本は、第3波、第4波に、自粛を維持することができるだろうか。パチンコ店に並ぶ国民を見て、この先に大きな心配が待っているような気がする。

▼もう一度長谷川に登場していただく。【おそらく、理性的な目を持った宇宙人が現在の地球人たちの在り方を見たならば、世界全体が民主主義という言葉をいかがわしいとも胡散臭いとも思わなくなってしまったということ自体、現在のいかがわしさである、というに違いない。しかし地球人たち自身には、鏡の無い世界で自分の顔が見えないように、それが少しも見えないのである】。

▼今日もしまりのない長い文章になってしまったが、最後に浮かぶのがプラトン先生の言葉だ。【人間の魂はかつて真実の国にいて心理をはっきりみていたが、今や現象の国に生まれて心理をはっきりする目を失った】。

▼極右の哲学者長谷川三千子著「民主主義とは何なのか」は、平成13年文藝春秋の発行だ。憲法改正論者だが、民主主義に対する指摘は参考になる鋭さだ。
▼戦後初めて「非常事態宣言」が出された、新型コロナによるパンデミックは、各国に死者を出し、町中に人の姿は見えない。病院は感染者で溢れかえり、野戦病院の様相を呈している。

▼病院関係者はコロナとの戦いに疲れ切っている。そんな情勢なので、私は【コロナ戦争】と呼ぶ。さらに現状は、コロナの勢力が強く、我が国の防衛体制は戦局不利という現状に追い込まれている。

▼「地球同盟軍」を編成し、見えざる敵と戦わなければならない状況だが、それぞれの国の利権が錯綜し、敵を絶滅する新型爆弾(新薬)の開発も、足並みがそろわないようだ。

▼我が国の新型爆弾「アビガン(富士フイルム富山化学)」も既に使用し、効果は出ているようだが、内臓への副作用があるため、完全使用を躊躇しているらしい。だが、米国の会社が発売している「レムデシビル」を日本は使用するようだ。

▼またトランプに言われて新薬を購入するのではないかと疑えば「対米中毒」も甚だしいということになる。さらに厚生省は「アビガン」を、世界38ヶ国に無料配布をするという。

▼他の国で人体実験を行ってから、日本で使用させるという魂胆なのか。関東軍731部隊のような戦略ではないかという疑いが頭をよぎる。やはり「コロナ戦争」の真っ只中のように感じる。

▼こんな状況下で懸念されるのが、アベ総理の最大目的である【憲法改正】だ。26日(日曜)の北海道新聞に、編集委員の辻岡英信がこんな文章を掲載している。

▼NHKが96年、憲法公布50年にちなみ『憲法はまだか』というドラマを制作した。脚本はジェームス三木で同名の小説も出版され、憲法制定をめぐる日本政府とGHQとの攻防を描いている。

▼小説のなかで、GHQ案の策定に加わった22歳のベアテ・シロタは、こう語っている。【この憲法は、世界の憲法の最良の部分を集めたんですよ。もし作者がいるとすれば、それは歴史や国境を越えた世界の良心ではないかしら】。

▼「コロナ戦争」の勃発で「国民の熱狂」は「緊急事態宣言」の発出を許した。その国民の応援を背に、従わないものには名前の公表と、罰金を科すという超法規な発言を許すところまでに来た。

▼ここは一つ立ち止まらなければならない、民主主義の危機ではないか。【民主主義はいかがわしいもの】と主張する哲学者長谷川三千子は【民衆の熱狂】こそが、フランス革命や第一次世界大戦を引き起こしたという説に同調する。

▼フランス革命での民衆の蜂起は、ヴァンデ地方の住民のジェノサイド(大量虐殺)を引き起こした。第一次大戦も一地方で起きた事件が、周辺の国の国民の熱狂が、ボランティア(自主的兵役)を引き起こし、大戦へと突入した。

▼ヒットラーは民衆の支持により「全権委任」を獲得しユダヤ人「ジェノサイド」に走った。これらは、デモクラシーの産物だという。だがヒットラーは、民衆を煽る能力に長けていたという。

▼「革命」と「戦争」名称は異なっても、その心理力学ともいうべきものの形において、これらはどちらも驚くほど似通っている。普通の一人一人の生活においては「知」と「情」と「意」がほとんどバランスを持って生きているはずの人間たちが「大衆」となった瞬間に、そのバランスを完全に失って「情」のみ、あるいは「意」のみに突き動かされて走り出す。その意味においては、それは確かにアレクシス・ド・トクヴィル(フランス二月革命の日々やアメリカのデモクラシーの作者)が言うとおり【精神の病理】と呼ぶほかない現象である。と言うのが長谷川が主張する【民主主義はいかがわしいもの】ということなのだろう。

▼北海道民の「憲法改正」の世論調査(29日)が出た。改憲すべきが「49%」で、必要ないの「46%」を上回った。「コロナ戦争」で、道民は、強い権力を望み、それが自らの人権の制限につながることに気付かないのではないかと、ちょっぴり不安にかられる。

▼「自民党改憲草案」は、憲法に弱い私でも、読み返せば人権を抑圧する中国のような体制になる危険性が、多く潜んでいると感じる。やはり、感染の恐怖は、それに対抗する民衆の熱狂を生みやすい。

▼経済大国日本は、第3波、第4波に、自粛を維持することができるだろうか。パチンコ店に並ぶ国民を見て、この先に大きな心配が待っているような気がする。

▼もう一度長谷川に登場していただく。【おそらく、理性的な目を持った宇宙人が現在の地球人たちの在り方を見たならば、世界全体が民主主義という言葉をいかがわしいとも胡散臭いとも思わなくなってしまったということ自体、現在のいかがわしさである、というに違いない。しかし地球人たち自身には、鏡の無い世界で自分の顔が見えないように、それが少しも見えないのである】。

▼今日もしまりのない長い文章になってしまったが、最後に浮かぶのがプラトン先生の言葉だ。【人間の魂はかつて真実の国にいて心理をはっきりみていたが、今や現象の国に生まれて心理をはっきりする目を失った】。

▼極右の哲学者長谷川三千子著「民主主義とは何なのか」は、平成13年文藝春秋の発行だ。憲法改正論者だが、民主主義に対する指摘は参考になる鋭さだ。