私の母は、昨年の秋に腰を痛めて倒れたまま一昼夜我慢した後、救急車のお世話になった。今回訪ねてみると、その母はレンタルしてあった歩行補助器や車椅子を、いつの間にか業者に返却していた。
手押しの買い物車を押しながら50~60mも歩けば、疲れてベッドで休ことになるのだが、兎も角も介護用の補助具を使いたくないらしい。見栄もあるのだろうが、、、。
昨年まで一人で生活して居たのだから、現在の三食付の老人下宿環境も含めて、現状がもどかしいらしい。
しかし、離れて生活している不肖の子からみれば、静かにしていて欲しいのだ。
腰を痛めたので、曲がらず伸びず状態であり、加えて白内障の手術もしたが、時間の経過で視力が低下し、細かい作業は困難となっているのに、「することが無い」と、気力だけはあるので、こちらは反省させられた。
流石に、幼子を抱えて太平洋戦争を乗り切った母は強い等々、札幌へ帰る途中の車内での会話であった。
果たして、来年の親父の法事まで健在なのだろうか? とは、赤い介護保険証の届いた親不孝な倅の複雑な思いである。我々子達の方が、何かと息切れをし始めたのだ・・・。
手押しの買い物車を押しながら50~60mも歩けば、疲れてベッドで休ことになるのだが、兎も角も介護用の補助具を使いたくないらしい。見栄もあるのだろうが、、、。
昨年まで一人で生活して居たのだから、現在の三食付の老人下宿環境も含めて、現状がもどかしいらしい。
しかし、離れて生活している不肖の子からみれば、静かにしていて欲しいのだ。
腰を痛めたので、曲がらず伸びず状態であり、加えて白内障の手術もしたが、時間の経過で視力が低下し、細かい作業は困難となっているのに、「することが無い」と、気力だけはあるので、こちらは反省させられた。
流石に、幼子を抱えて太平洋戦争を乗り切った母は強い等々、札幌へ帰る途中の車内での会話であった。
果たして、来年の親父の法事まで健在なのだろうか? とは、赤い介護保険証の届いた親不孝な倅の複雑な思いである。我々子達の方が、何かと息切れをし始めたのだ・・・。