裏ユキヒロック

ロックとバイクとラーメンが大好きだ。

東京タワー

2006年11月23日 | 映画・TV
昨夜、ビデオにとっておいたフジのドラマ
「東京タワー ボクとオカンと時々、オトン」を観た。

「大泉 洋」は、やっぱ才能あるな~。(エラソにスマソ)
思っていた以上に良かった。(更にエラソにスマソ)

「思っていた」とは、原作を読んだ訳でもなく、
良くも悪くも大筋の想像していたストーリーを
完璧に裏切らなかった。
物語としては、何でもないごくごく普通の話なのだが、
なんだか、「じわっとした暖かいもの」が、
そこにはあったような気がします。

大泉君も良かったけど、オカン役の田中裕子が良かったんだな~。
オトンの蟹江氏も雰囲気あったな。
極楽の山本氏さえ事件をおこさなきゃねー。
ドラドラの塚地さんと取り直してるシーンが痛々しい。
そこばっか気になって、集中できなかったなー。

ボクとオカンと時々、ツカジ・・・になっとりました。(笑)

よく考えると、マザコン=マザー・コンプレックス・・・変な言葉ですね。
「親を敬う」とか、「母子愛」・・当たり前のことなんだけどね。
ま、照れとかあっても仕方はないが、これがないとやっぱいけない。

最近、思うのですが冒頭に書いた
「じわっと暖かい」っていいんじゃないかい?と思う。

「愛」って言葉を使うと、最近はすぐに短絡的に
SEXや男女の恋愛に結びつけてしまいますが、
もっと「思いやり」とか「心づくし」とか、
なんか、そういう呼び方の方がしっくりくるのかなぁ~、
簡単な言葉で言っちゃえば「愛」 (not 飯島)

男女問わず、相手の事を想う、思いやるってのは
全ての根本なんだな~とつくづく思うようになってきました。

親、兄弟、夫婦、親友・・・遠くに離れてる人、年齢の違い、
男女の別、国籍、そして時間まで・・・
そういうものを超えてしまうのが、愛つーか、思いやり。

相手の立場に立って、その相手の事を思う、思い合う。
だんだん、年齢と共にその範囲を広げていけたら、
素敵な歳のとり方だと思わない?

「思いやり」・・・はて、それで誰が困ったり、不幸せになったりするのでしょう?
「おせっかい」とか「押し付け」と背中合わせかもしんないので、
時と場合は考えないとはいけないが、「相手のことを考える」
ってこと自体がすでに「思いやり」なんだ。

ま、そういうことを踏まえた上で、
皆が気持ち良いこと、暖かい気持ちになれることならば、
遠慮せずにどんどんやってもいいんじゃなかろうか?

「なんか下心があんじゃねーの?」

・・・そんな誤解を恐れてたらなんもできやしない。
最近は、「見て見ぬふり」や、「関わらないとこが得だ」
って風潮が強すぎて変な社会になっちゃってるんじゃないかな?
間違った個人主義を自由と勘違いしちゃってないか?
常に、ビジネスライクにギブ アンド テイクな物の考え方が、
人の気持ちを冷たくさせてる。
テイクってのは、「思い合う」の「合う」のお返しやお礼な部分であって、
ギブとテイクはアンドでくっついていなくても良い。
「ギブ with テイク」 若しくは、 
「ギブ feat. テイク」くらいの気持ちでなきゃ。(笑)

人と人は思いやり(愛)・・・によって、
あらゆるボーダーを越えて、つなっがていける動物なのだと、
最近は思えるようになってきた。

俺、間違ってますかね?

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