裏ユキヒロック

ロックとバイクとラーメンが大好きだ。

意固地

2005年10月03日 | ひとりごと・日記
昨日は、久しぶりの日曜休み。

公民館運動会(旧町民運動会)という
町のイベントがあり、
例年のように、自動的に綱引きの選手に
なっていたのだが、雨で中止となり
「残念会」という飲み会が開かれた。

ま~た、朝から晩まで
♪飲んで~飲んで~飲まれて~飲んで~の8時間耐久。
飲みすぎたな~。どうも具合悪い~。

昨日の飲み会では「意固地」という
3文字が頭の中を過ぎった。

ご近所で、子供のクラブチームに関して、
少しトラブルが生じていた。

おいらは直接的に全然関係ないのだけど、
僕も結構「意固地」な性格だと思うので、
「意固地」な人を見ると、ほっておけない性分だ。

どうも、「意地を張るのは良くない!」とか、
「黙って皆と合わせていれば楽だ!」という風潮があるが、
僕は逆に最後まで「その張った意地を通してくれ!」と応援したい。


「意固地」の意味を辞書で調べてみると、


意固地(いこじ)
--------------- 
意地を張って、詰まらないことに頑固であること。
また、そういう性質。


う~ん、やっぱどうもネガティブだなー。
引っかかるのは、「詰まらないことに頑固」という部分だ。

「詰まるか?詰まらないか?」

意固地な人にとって、「詰まらなくないこと」だから
意地を張る訳で、周りがいくら
「そんなとこに意地張る必要があんのか?」
と説いても、本人にとっては張るべくして張ってる訳です。

意地を張ったからには、最後まで張り通す必要があり、
「詰まらないことではない」ことを諦めずに最後まで
廻りに説得する義務があると思う。
それができない、その努力をしないというのは、
独りよがりの我侭と変わりない。

結果はすぐに出ないことも多いけど、
「みんな判ってくれないから もういいや!」ってのは、
それはただの我侭だ。

意固地な人は「聞く耳を持たない」とも言われるが、
意固地な人は字面の通り、固まってる状態なので、
どうしても自分の主観から離れられない。

あくまでイメージできるか、できないかだけど、
時間軸と空間軸とその事象に登場する人物の関係軸を、
ぐお~んと広げて、自分の位置や大きさを把握する、
つまり、まず客観で自分を見れないと、
他人を説得させるのは難しいと思う。

「俯瞰で見よ!」ってやつだね。

意固地は「損だな~」と思うが、
「辞めちゃう」とか、「黙ってる」とか、「見過ごす」とかの方が、
長い目でみたらもっと損してることになると思う。

物分りの良すぎる大人が増えている。

何もしないで、何も言わないで、最初っから諦めて逃げまわってる。
優しさと、優柔不断を履き違えてるんじゃないか?

要領は悪いかもしれないし、はた迷惑かもしれん、
ただ、必至になって正面きって懸命にやってる親の姿を、
子供達はちゃんと見てるんだと思う。

だからこそ、逃げちゃだめなんだ。
かっこ悪くてもいいのだ。

負けんな! 頑固親父!