往年の名作を見る夕べ、第3作目は、平成2年の大河ドラマ「翔ぶが如く」を見ていきたいと思います。
司馬遼太郎の同名作品が原作のこのドラマは、セミ・ドキュメンタリー風の語り口や長大さ、近代史の原点に迫るテーマなど、今年の年末から始まるSP大河の原作「坂の上の雲」と同列の作品…というかほぼ双子作品としてみることが出来ます。なので、勝手に「坂・雲予習企画」の一貫としまして、視聴作品にセレクトしてみました。
とかく幕末~近代大河ドラマは「暗い・きたない・むさくるしい」などと言われまして、大河ドラマの不人気3点セットのように評判が芳しくないわけですが、この「飛ぶが如く」に関しましては、そういう部分での毒抜きを一切しなかった、それはもうバリバリの硬派な大河ドラマとしては最後の作品ではなかったか…という印象があるのです。
印象がある、と曖昧なことを言いますのは、実を言うと「翔ぶが如く」は、リアルタイムではほんとに飛び飛びにしか見られなかったのです。わたしは当時ピチピチの新社会人、世はバブル景気の真っ只中という、賑々しくもめまぐるしい時代であり、日曜8時に大河ドラマをじっくり見るのもままならない状況でしたのね。幕末も司馬遼太郎もダイスキなんだけど。西田敏行や鹿賀丈史の出る番宣にそそられながらも、流されて過ごしていた日々でした(笑)。
そういう事情でこの前後の作品は見逃したのが多いのですが、「翔ぶが如く」に関しては「見ればよかった!」という思いがずっとあり、数年前にビデオで総集編を見たものの、完全版を見直したいという気持ちはさらに募りました。
そういうわけで、今回は、人畜無害の「篤姫」で毒抜きされた頭に活をいれるべく、ほぼ男(それもおっさん)しか出てこない、漬物石のように重くてむさ苦しい、男祭りの幕末明治ドラマを見ようではないかという企画です。お好きなかたは(っているのか 笑)、ぜひお付き合い願いたいと思います。
「翔ぶが如く」 (1990年=平成2年)
全48回(第一部29回 第二部19回)
原作 司馬遼太郎
脚本 小山内美江子
音楽 一柳慧
語り 草野大悟(第1部)/田中裕子(第2部)
第1-1話「薩摩藩お家騒動」
第一部の1話からはじめていきたいと思います。アバンタイトル無しのOPは、噴煙噴き上げる桜島に「翔ぶが如く」の墨書(司馬遼太郎揮毫)、「第1部」の添え書き。クレジットは明朝体の縦書きでシンプルです。
が、音楽は強烈で、とてもキャッチーとは言いがたい。ラフで破壊的なピアノと、メランコリックな弦楽と、重く勇壮なオケ、複数のメロディが唐突に交錯するようなう難解な構成です。映像は、鹿児島湾から桜島を回るように映してしていき、だんだん火口に迫っていく。爽快さや明るい未来や希望というイメージじゃなく、混沌と、そして大きな破壊にむけてエネルギーたぎり、集約されていくような不穏な雰囲気。このOP、わたしは嫌いじゃないですが、たまげて引く人も多かっただろうなあ。
OP音楽までキャッチーさを排しているあたり、「これは有名人目線の爽快出世ものじゃないですよ。女子供はお呼びじゃないんですよ」とハッキリ言ってるかのようです。いや、こういう、良くも悪くも視聴者に媚びてない態度は、いまはとても考えられないですねえ。
ドラマの始まり方もまったくキャッチーではありません。ドラマは、1846年(弘化3年)、鹿児島沖に琉球からの急使の船が現れたところからはじまります。
この船は、琉球にイギリスの船が上陸し、開国と通商を迫ったということを薩摩本国に知らせにきたのでした。まだ鎖国の泰平のなかで爆睡中の日本でしたが、黒船が到来するよりはるかに早く、日本列島の南の薩摩には世界の足音が聞こえているんですね
…といった話ですが、このお話の主人公たちはなかなか登場してきません。もちろん、幼少時代の主人公達が子役で登場し、上陸したガイジンと出会ってビックリ、世界への眼を開かれる…てな、ありがちな(ありましたね)サービスもないです。琉球からの知らせは江戸に送られ、いち早く日本の外交危機を察知した人々に感応していった…ということで、このドラマ、まず登場する人物は、薩摩藩主世子の島津修理太夫斉彬(加山雄三)、老中首座・阿部伊勢守正弘(若林豪)です。ふたりの話し合いがしばらく続きます。ドラマの幕開けとしては、異常なくらい地味です。若林豪さんは、阿部正弘の肖像画に良く似ていてそれらしいし、なにより「伊勢殿」「修理殿」と呼び合うところが格調高い。
とにかく、外敵の襲来を座して待つわけにはいかない。水際作戦として、薩摩藩に日本の防衛を委任するという非常手段が、阿部正弘と島津斉彬の間で話し合われるのですが、それには障害がひとつ。斉彬は藩主じゃなく、藩主には父親の島津大隅守斉興が居座っていているんですね。このオヤジが斉彬とは折り合いが悪いわけです。
阿部伊勢守は一策を講じます。将軍の名で、島津修理太夫に薩摩・琉球防衛を委任した上で、大隅守斉興の帰国を禁じます。これで、斉彬は実質藩主代理として、晴れてお国入りを果たすことが出来たんですね。
というわけで舞台は薩摩に移り、このお話の主人公の登場です。西郷吉之助(西田敏行)と大久保正助(鹿賀丈史)。ともに鹿児島城下の下級藩士で、同じ町内で幼い頃から仲がいい。ふたりとも部屋住みながら、吉之助は郡方書役助、正助は記録書書方助という役付につき、とび跳ね、全力疾走して若さを爆発させています。西田さん43歳。鹿賀さん40歳。初々しい…ともいえないですが(笑)、そこはさすが大河の主役適齢期、適度な貫禄と枯れゆく直前の若々しさ(笑)が、良い感じ。
薩摩は財政逼迫から、百姓などの締め付けが異常に厳しい。吉之助は、農協職員のような仕事柄、生活苦に喘ぐ百姓の姿を日々見ていました。とくにある日の例は悲惨で、身重の妻が栄養不足で赤ん坊と共に死に、残された夫は通夜の夜、寄せられたささやかな供物を持って夜逃げしてしまったという。不条理感に打ちのめされた吉之助は慟哭します。その直後、斉彬のお国入りがあるわけです。
江戸生まれの江戸育ち、英明闊達な斉彬はお城を魅了します。鶴丸城で異母弟の三郎久光(高橋英樹)と対面した斉彬は、この兄に力を貸してくれと率直に請い、その清清しい態度に三郎は感動します。が、三郎まわりではブーイング。と、いうのは、三郎は斉興の愛妾・お由羅(草笛光子)の子だからなんですね。藩主寵愛のお由羅と、その腹の三郎、骨肉の確執を利用して斉彬の改革を阻み、失脚をはかろうという分子が、藩内には多くいるわけです。また、江戸の斉興は斉彬の邪魔立てをさせる工作員まで放っていました。
お国入りした斉彬の側に上がった、上級藩士の赤山靭負(西岡徳馬)は、吉之助の父・吉兵衛(坂上次郎)の上役で吉之助とも親しいのですが、斉彬にいたく傾倒し、「御世継ぎ様のためなら命も惜しくはなか!一日も早くあの方を藩主に!!」と、吉之助たち二才(=若者)衆を啓蒙します。
御世継ぎ様にすっかり幻想を抱いた吉之助、ある日、郡方の仕事で野良に居るときに、自ら馬を駆った斉彬が通りかかり、「今年の作柄はどうじゃ、なにか困ったことなどないか」とフランクに話しかけます。 こういうとき、頭を高くして高貴の藩主にガンをつけたり、「申し上げます、これこれかくかく…」とバカみたいに直球で言上したり(いましたね…そういう人が)しない、できないのが、正調の大河ドラマというもの。吉之助はガチガチに緊張し、舞い上がって、斉彬が「手を止めさせてすまなんだ」と去っていっても、おお…うわあ…と、興奮して言葉がないわけです。
これが吉之助と斉彬の出会いなのですが、まだどうもなりませんし、斉彬が吉之助に目を留めて…みたいな兆しも別にありません。昔の大河は急ぎませんのです。
そうこうするうち、薩摩一国にご禁制の大砲の鋳造や、軍艦の建造を許可したりはまずいではないか、という反対意見が幕閣から出て、島津斉興の帰国願いが受理されてしまい、阿部老中の薩摩防衛計画はあっという間に水の泡。藩主と世子が一緒に国許に滞在できないのは、鎖国法の鉄則なので、斉彬は、防衛計画に着手もできないまま、江戸に帰るしかなくなってしまいます。
斉彬と入れ替わりに、お由羅をつれて薩摩に帰国した斉興は、斉彬の着手した防衛計画を全て棄却し、三郎を家老座上席にすえました。藩主不在のときに実質藩主代理として振舞う資格ですね。薩摩では、破綻した財政を豪腕で立て直した財政官僚・調所笑佐衛門(高品格)がお由羅に目をかけられ、大きな力を握っており、反感をもつ藩士は多く居ました。
やがて、お由羅が斉彬の死を祈って呪詛調伏をおこなっているという噂が藩内を乱れ飛び、そのせいで斉彬のおさない子供が急死したといわれて、お由羅一派への殺意は急速に沸騰。まもなく、クーデターを企んだとがで、反お由羅派の藩士たちが芋づる式に挙げられ、大疑獄が始まります。
テンションの高い二才衆は、お由羅派の不正と暴虐に怒りを募らせ、「おいどんたち二才の心が腐るとが悔しか!」と決起を叫びますが、二才頭の吉之助は、「正は邪に勝つ。議を言うな。正が勝たんでどげんすっか!」と言い切って若者たちの突出を諫めます。
…いや若者たち、といってもこの顔ぶれが、蟹江敬三(@大山格之助)とか、佐野史郎(@有村俊斎)とか、内藤剛志(@有馬新七)とか、平均年齢高いんですけど(笑)。このメンツがまた、濃くてすごい。体臭まで(!)漂っているかんじで、いまの無臭の大河ドラマとはぜんぜん違います。
お由羅くずれの粛清の嵐は吹き荒れるばかりで、ついに、吉之助の敬愛する上司・赤山靭負が血祭りに。異議申し立てもせず、堂々と切腹した赤山の血染めの肌着を、立ち会った父に渡されて、地面を打って号泣する吉之助。粛清はさらにつづき、つづいて正助の父の大久保利世が連座して、喜界が島に島流しになってしまいます。
正助も謹慎の身となり、大久保家は生計の道を絶たれて困窮のどん底。なにかと差し入れをしたり、力づけようと日参する吉之助に、落ち込みきった正助は「正は邪に勝ちもしたか、吉之助サア。薩摩武士は真心でごわす。そん真心の赤か血が無念の川を染めるごつ流れたちゆうとに、まっこと悔しか!」と。
この歯がゆい、悔しい、無念な感じというのが、実はこのドラマの最後まで通低音のように続くテーマだったり(確か)するのです。が、吉之助は「思いつめて体を壊したらイザというときに遅れを取るばかりじゃ。そいでんよかなら、座して死を待て!」と正助を一喝。なんとか鬱状態から立ち直らせるのでした。
江戸の斉彬は、ついに非常の策を講じます。阿部老中をつうじて、調所笑左衛門の密貿易をリークしたんですね。調所はすべてを悟って従容と自害し、斉興は隠居に追い込まれました。
かくして、斉彬が新藩主として、薩摩の改革に着手する準備はすべて整いました。ワンテンポ遅れで知らせを聞いた薩摩では、吉之助と正助が、とびはね、疾走し、喜びを爆発させております。若い若い!(笑)
かくして、濃いおじさんたちの熱い爆発のドラマは、これから長ーく続いていきます。しかし、第1回は完全に「篤姫」とかぶってますが(キャストも約一名…)、あらためて両者を比べると、話の切り口が、同じ出来事とは思えないくらい違うよね。
第1話は拡大版で1時間15分くらいありましたが、これからあとは、例によって二話づつ見ていきたいと思いますので、どうぞ気長におつきあいくださいね。
司馬遼太郎の同名作品が原作のこのドラマは、セミ・ドキュメンタリー風の語り口や長大さ、近代史の原点に迫るテーマなど、今年の年末から始まるSP大河の原作「坂の上の雲」と同列の作品…というかほぼ双子作品としてみることが出来ます。なので、勝手に「坂・雲予習企画」の一貫としまして、視聴作品にセレクトしてみました。
とかく幕末~近代大河ドラマは「暗い・きたない・むさくるしい」などと言われまして、大河ドラマの不人気3点セットのように評判が芳しくないわけですが、この「飛ぶが如く」に関しましては、そういう部分での毒抜きを一切しなかった、それはもうバリバリの硬派な大河ドラマとしては最後の作品ではなかったか…という印象があるのです。
印象がある、と曖昧なことを言いますのは、実を言うと「翔ぶが如く」は、リアルタイムではほんとに飛び飛びにしか見られなかったのです。わたしは当時ピチピチの新社会人、世はバブル景気の真っ只中という、賑々しくもめまぐるしい時代であり、日曜8時に大河ドラマをじっくり見るのもままならない状況でしたのね。幕末も司馬遼太郎もダイスキなんだけど。西田敏行や鹿賀丈史の出る番宣にそそられながらも、流されて過ごしていた日々でした(笑)。
そういう事情でこの前後の作品は見逃したのが多いのですが、「翔ぶが如く」に関しては「見ればよかった!」という思いがずっとあり、数年前にビデオで総集編を見たものの、完全版を見直したいという気持ちはさらに募りました。
そういうわけで、今回は、人畜無害の「篤姫」で毒抜きされた頭に活をいれるべく、ほぼ男(それもおっさん)しか出てこない、漬物石のように重くてむさ苦しい、男祭りの幕末明治ドラマを見ようではないかという企画です。お好きなかたは(っているのか 笑)、ぜひお付き合い願いたいと思います。
「翔ぶが如く」 (1990年=平成2年)
全48回(第一部29回 第二部19回)
原作 司馬遼太郎
脚本 小山内美江子
音楽 一柳慧
語り 草野大悟(第1部)/田中裕子(第2部)
第1-1話「薩摩藩お家騒動」
第一部の1話からはじめていきたいと思います。アバンタイトル無しのOPは、噴煙噴き上げる桜島に「翔ぶが如く」の墨書(司馬遼太郎揮毫)、「第1部」の添え書き。クレジットは明朝体の縦書きでシンプルです。
が、音楽は強烈で、とてもキャッチーとは言いがたい。ラフで破壊的なピアノと、メランコリックな弦楽と、重く勇壮なオケ、複数のメロディが唐突に交錯するようなう難解な構成です。映像は、鹿児島湾から桜島を回るように映してしていき、だんだん火口に迫っていく。爽快さや明るい未来や希望というイメージじゃなく、混沌と、そして大きな破壊にむけてエネルギーたぎり、集約されていくような不穏な雰囲気。このOP、わたしは嫌いじゃないですが、たまげて引く人も多かっただろうなあ。
OP音楽までキャッチーさを排しているあたり、「これは有名人目線の爽快出世ものじゃないですよ。女子供はお呼びじゃないんですよ」とハッキリ言ってるかのようです。いや、こういう、良くも悪くも視聴者に媚びてない態度は、いまはとても考えられないですねえ。
ドラマの始まり方もまったくキャッチーではありません。ドラマは、1846年(弘化3年)、鹿児島沖に琉球からの急使の船が現れたところからはじまります。
この船は、琉球にイギリスの船が上陸し、開国と通商を迫ったということを薩摩本国に知らせにきたのでした。まだ鎖国の泰平のなかで爆睡中の日本でしたが、黒船が到来するよりはるかに早く、日本列島の南の薩摩には世界の足音が聞こえているんですね
…といった話ですが、このお話の主人公たちはなかなか登場してきません。もちろん、幼少時代の主人公達が子役で登場し、上陸したガイジンと出会ってビックリ、世界への眼を開かれる…てな、ありがちな(ありましたね)サービスもないです。琉球からの知らせは江戸に送られ、いち早く日本の外交危機を察知した人々に感応していった…ということで、このドラマ、まず登場する人物は、薩摩藩主世子の島津修理太夫斉彬(加山雄三)、老中首座・阿部伊勢守正弘(若林豪)です。ふたりの話し合いがしばらく続きます。ドラマの幕開けとしては、異常なくらい地味です。若林豪さんは、阿部正弘の肖像画に良く似ていてそれらしいし、なにより「伊勢殿」「修理殿」と呼び合うところが格調高い。
とにかく、外敵の襲来を座して待つわけにはいかない。水際作戦として、薩摩藩に日本の防衛を委任するという非常手段が、阿部正弘と島津斉彬の間で話し合われるのですが、それには障害がひとつ。斉彬は藩主じゃなく、藩主には父親の島津大隅守斉興が居座っていているんですね。このオヤジが斉彬とは折り合いが悪いわけです。
阿部伊勢守は一策を講じます。将軍の名で、島津修理太夫に薩摩・琉球防衛を委任した上で、大隅守斉興の帰国を禁じます。これで、斉彬は実質藩主代理として、晴れてお国入りを果たすことが出来たんですね。
というわけで舞台は薩摩に移り、このお話の主人公の登場です。西郷吉之助(西田敏行)と大久保正助(鹿賀丈史)。ともに鹿児島城下の下級藩士で、同じ町内で幼い頃から仲がいい。ふたりとも部屋住みながら、吉之助は郡方書役助、正助は記録書書方助という役付につき、とび跳ね、全力疾走して若さを爆発させています。西田さん43歳。鹿賀さん40歳。初々しい…ともいえないですが(笑)、そこはさすが大河の主役適齢期、適度な貫禄と枯れゆく直前の若々しさ(笑)が、良い感じ。
薩摩は財政逼迫から、百姓などの締め付けが異常に厳しい。吉之助は、農協職員のような仕事柄、生活苦に喘ぐ百姓の姿を日々見ていました。とくにある日の例は悲惨で、身重の妻が栄養不足で赤ん坊と共に死に、残された夫は通夜の夜、寄せられたささやかな供物を持って夜逃げしてしまったという。不条理感に打ちのめされた吉之助は慟哭します。その直後、斉彬のお国入りがあるわけです。
江戸生まれの江戸育ち、英明闊達な斉彬はお城を魅了します。鶴丸城で異母弟の三郎久光(高橋英樹)と対面した斉彬は、この兄に力を貸してくれと率直に請い、その清清しい態度に三郎は感動します。が、三郎まわりではブーイング。と、いうのは、三郎は斉興の愛妾・お由羅(草笛光子)の子だからなんですね。藩主寵愛のお由羅と、その腹の三郎、骨肉の確執を利用して斉彬の改革を阻み、失脚をはかろうという分子が、藩内には多くいるわけです。また、江戸の斉興は斉彬の邪魔立てをさせる工作員まで放っていました。
お国入りした斉彬の側に上がった、上級藩士の赤山靭負(西岡徳馬)は、吉之助の父・吉兵衛(坂上次郎)の上役で吉之助とも親しいのですが、斉彬にいたく傾倒し、「御世継ぎ様のためなら命も惜しくはなか!一日も早くあの方を藩主に!!」と、吉之助たち二才(=若者)衆を啓蒙します。
御世継ぎ様にすっかり幻想を抱いた吉之助、ある日、郡方の仕事で野良に居るときに、自ら馬を駆った斉彬が通りかかり、「今年の作柄はどうじゃ、なにか困ったことなどないか」とフランクに話しかけます。 こういうとき、頭を高くして高貴の藩主にガンをつけたり、「申し上げます、これこれかくかく…」とバカみたいに直球で言上したり(いましたね…そういう人が)しない、できないのが、正調の大河ドラマというもの。吉之助はガチガチに緊張し、舞い上がって、斉彬が「手を止めさせてすまなんだ」と去っていっても、おお…うわあ…と、興奮して言葉がないわけです。
これが吉之助と斉彬の出会いなのですが、まだどうもなりませんし、斉彬が吉之助に目を留めて…みたいな兆しも別にありません。昔の大河は急ぎませんのです。
そうこうするうち、薩摩一国にご禁制の大砲の鋳造や、軍艦の建造を許可したりはまずいではないか、という反対意見が幕閣から出て、島津斉興の帰国願いが受理されてしまい、阿部老中の薩摩防衛計画はあっという間に水の泡。藩主と世子が一緒に国許に滞在できないのは、鎖国法の鉄則なので、斉彬は、防衛計画に着手もできないまま、江戸に帰るしかなくなってしまいます。
斉彬と入れ替わりに、お由羅をつれて薩摩に帰国した斉興は、斉彬の着手した防衛計画を全て棄却し、三郎を家老座上席にすえました。藩主不在のときに実質藩主代理として振舞う資格ですね。薩摩では、破綻した財政を豪腕で立て直した財政官僚・調所笑佐衛門(高品格)がお由羅に目をかけられ、大きな力を握っており、反感をもつ藩士は多く居ました。
やがて、お由羅が斉彬の死を祈って呪詛調伏をおこなっているという噂が藩内を乱れ飛び、そのせいで斉彬のおさない子供が急死したといわれて、お由羅一派への殺意は急速に沸騰。まもなく、クーデターを企んだとがで、反お由羅派の藩士たちが芋づる式に挙げられ、大疑獄が始まります。
テンションの高い二才衆は、お由羅派の不正と暴虐に怒りを募らせ、「おいどんたち二才の心が腐るとが悔しか!」と決起を叫びますが、二才頭の吉之助は、「正は邪に勝つ。議を言うな。正が勝たんでどげんすっか!」と言い切って若者たちの突出を諫めます。
…いや若者たち、といってもこの顔ぶれが、蟹江敬三(@大山格之助)とか、佐野史郎(@有村俊斎)とか、内藤剛志(@有馬新七)とか、平均年齢高いんですけど(笑)。このメンツがまた、濃くてすごい。体臭まで(!)漂っているかんじで、いまの無臭の大河ドラマとはぜんぜん違います。
お由羅くずれの粛清の嵐は吹き荒れるばかりで、ついに、吉之助の敬愛する上司・赤山靭負が血祭りに。異議申し立てもせず、堂々と切腹した赤山の血染めの肌着を、立ち会った父に渡されて、地面を打って号泣する吉之助。粛清はさらにつづき、つづいて正助の父の大久保利世が連座して、喜界が島に島流しになってしまいます。
正助も謹慎の身となり、大久保家は生計の道を絶たれて困窮のどん底。なにかと差し入れをしたり、力づけようと日参する吉之助に、落ち込みきった正助は「正は邪に勝ちもしたか、吉之助サア。薩摩武士は真心でごわす。そん真心の赤か血が無念の川を染めるごつ流れたちゆうとに、まっこと悔しか!」と。
この歯がゆい、悔しい、無念な感じというのが、実はこのドラマの最後まで通低音のように続くテーマだったり(確か)するのです。が、吉之助は「思いつめて体を壊したらイザというときに遅れを取るばかりじゃ。そいでんよかなら、座して死を待て!」と正助を一喝。なんとか鬱状態から立ち直らせるのでした。
江戸の斉彬は、ついに非常の策を講じます。阿部老中をつうじて、調所笑左衛門の密貿易をリークしたんですね。調所はすべてを悟って従容と自害し、斉興は隠居に追い込まれました。
かくして、斉彬が新藩主として、薩摩の改革に着手する準備はすべて整いました。ワンテンポ遅れで知らせを聞いた薩摩では、吉之助と正助が、とびはね、疾走し、喜びを爆発させております。若い若い!(笑)
かくして、濃いおじさんたちの熱い爆発のドラマは、これから長ーく続いていきます。しかし、第1回は完全に「篤姫」とかぶってますが(キャストも約一名…)、あらためて両者を比べると、話の切り口が、同じ出来事とは思えないくらい違うよね。
第1話は拡大版で1時間15分くらいありましたが、これからあとは、例によって二話づつ見ていきたいと思いますので、どうぞ気長におつきあいくださいね。
オープニングは忘れていましたが、私の記憶が正しければ、ラストも同じような感じで衝撃的です。
「天地人」の脚本で、女は駄目かなと、卑屈になっていましたが、この本は「小山内美江子」だったのですね。良かった。
もっぱらikasama4師匠の5行レポートで内容を確認するになってしまいました。
「伊達政宗」「真田太平記」のお疲れも見えずに精力的なレビュー嬉しい限りです。
平成にはなっていましたが、それでももう20年近く前だなんて…私も飛び飛び視聴で、記憶にあるのは初回と最終回(大久保暗殺)くらいなのですが、「風林火山」とちょっと共通する所もある骨太な作りだったのは覚えております。しかしこれ、女性脚本家だったのですねぇ。
真田・伊達・・・と続いて次は何処に参るのかと思っておりましたが薩摩に行くとは・・・私もこのドラマいずれは是非見たいゾ!と思っていたのでレビューはすごく楽しみです★
司馬遼太郎氏の小説は大好きでほとんど読んでいるのですが、この『翔ぶが如く』と『坂の上の雲』だけは5,6回挑戦しているのに未だに読破出来ずにいるという、個人的には鬼門の小説です(司馬先生は長編だと余談が長いもんだから・・・(^^:))
そんなんでこのドラマを見て小説読んだ気になってしまえたらいいな、なんてあざとく考えてしまっています。
このドラマって噂では「実在の人物に極力似た人をキャスティングした」らしいのですが、西郷どんと大久保どんの2名はホント似てますね。
TU〇AYAの大河コーナーでパッケージ見てビビっちゃいました。「上野公園の銅像がいる!?」
内容もこれこそ正に「THE薩・摩」て感じでワクワクします★
おっさんばっかりなんですね(笑)
私はオッサン好きなので大歓迎です!むしろドンと来い!です。
しかし一番の驚きはこんな男臭い作品の脚本を女性の方が手がけていたことです。
小山内美江子氏は『徳川家康』の脚本も手がけた人みたいですけどスゴイですね。感動します。
これも噂なんですが、小山内氏はホントは第1部は完全薩摩弁(字幕付き)にしたかったみたいなんですが、視聴者の苦情があって出来なかったと嘆いていたそうです。(それを聞いた司馬さんが「こんだけ出来れば十分だよ」と言って慰めてくれたそうです)
なんか「作り手の信念」を感じる深イイ話だなっとジーンときちゃいます。
幕末は政治情勢が複雑なのでレビューも大変そうですがどうぞ頑張ってください!
私はまだしばらく中世に浸かっています(『黄金の日日』もかなり面白いですよ!)
でもうれしいです♪、「翔部が如く」のレビューがはじまって☆
原作 司馬遼太郎氏、脚本 小山内美江子氏、主演 西田敏行・鹿賀丈史 これぞ大河でしたね。
大河で幕末ものは当たらないと言われたジンクスを覆した作品だったと覚えています。私は鹿賀さんの大久保利通が大好きでした。昨年の原田泰三さんは思っていた程悪くはなかったですが、これこそ”役者が違う”という感じですね。
不器用にまっすぐ生きた蟹江敬三さんの大山やまっすぐなようで要領のよく生き延びた佐野史郎さんの有村俊斎もインパクト大でした。確かに加齢臭漂う様な”よかにせどん”達(笑)ですが、去年や今年のように無味無臭の草食系の若者ばっかり見せ続けられると、断然こっちの方が人間味にあふれていてよいですよねえ…。
去年「篤姫」で高橋英樹が島津斉彬をやった時、私は久光の印象が強かったのではじめ頭がゴチャゴチャになりました(笑)。
そういえばこのドラマで篤姫を演じたのは、現在北政所で出演中の富士純子さん、ちょっとネタばれになりますが初登場は確か振り袖姿だったような…”うわっ??!!”っと思った覚えがあります(笑)。
「飛ぼかい、泣こかい、泣こよかひっとべ!」
西田西郷さんと鹿賀大久保さんが叫んで飛び跳ねるところが大好きです。このセリフもGOODです。
続きを楽しみにしています♪
”翔ぶ”が”翔部”になっている…(涙)。いつまでもパソコン世代になれないですわ。
このドラマ、思い出すシーンで私の中で際立つ人は、西郷従道です。
最初は、兄を慕い、慕い、慕いまくるのに、西南戦争に近づくにつれ、これほど雄雄しく成長するとは、と今でもそのいくつかの場面が出てきます。
大久保卿暗殺の回は、俳優陣の熱演に画面にがぶりよりでした。
ああ、レビューが始まって嬉しいです。
西郷親衛隊が形成されていく過程も楽しい♪
これを『篤姫』と比べるのは、幾ら何でも酷いような気がします。
これは、「男子校」という風情が楽しめます。
鹿賀丈史・大久保利通というのは、そのまんまの風貌でした。「佐賀の乱」の回は、ぜひ、愉しみになさいませ。
私も庵主さま同様、リアルタイム放送時は見たり見なかったりだったので、ぼんやりと憶えているくらいです。
佳々さんが書かれたように、当時軽くアラフォー越えだった富司純子が演じた、十代の篤姫にびっくり!といった断片的な記憶のみで。
あの当時、若い人たちが日曜8時にテレビの前でじっくり大河を見るなんてことはありえなかったのではないかと(笑)
・・・私もそのクチなんですが(^^ゞ
翔ぶが如くは、去年CSで放送されたいたので、見よう見ようと思いながらもつい見過ごしてしまって・・・。
天地人や篤姫のようなライトな作りが主流の(出来がいいか悪いかは別として)現在において、このような骨太な大河が絶対作られることはないのでしょうね。
レビュー、楽しみにしています。
昨日、「回天の門」という藤沢周平氏の作品を読み終わりました。同じ幕末で活躍した清河八郎を主人公にしたものです。正直に打ち明けますと、清河八郎の名前さえ知らず、彼の活動のひとつ・浪士組についても名さえうろ覚えでした。回天の門を書店で手にしたのは全くの偶然、「藤沢周平の本、マイナーなものも読もうかな」程度の喰いつきでした。それでも物語りに惹きこまれる魅力が藤沢氏の作品にはあり、クセになってしまっています。…って、話がずれてしまいスミマセン(苦笑)
回天の門を読み終わった興奮冷めやらぬ内に、同じ幕末の別作品、しかもしば良太郎氏原作を楽しむことが出来そうで嬉しいです。今後も感想楽しみにしています!
>まだ鎖国の泰平のなかで爆睡中の日本 …爆睡って(笑)。庵主様のこういうレビューもまた、クセになりつつある私であります(~∀~*)
いやー、意外な反響で驚いてます。あんな玄人好みの作品なのに、ファンが多い、というのがうれしい。
最終回のラストシーンはわたしもよく覚えてて、大河ドラマの歴代名場面にランクインさせているほどです。
小山内美江子さんは、大河ドラマおんな脚本化の希望の星だと思っているのですが、あとに続く人が……出ないんですよねえ(爆)。