スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

スウェーデンにおける鉄道競争(2): 高収益路線のキャパシティーの限界が課題

2014-01-25 17:40:31 | スウェーデン・その他の経済
前回は、これまで国鉄SJがほぼ独占してきた西部幹線(ストックホルム-ヨーテボリ)に今年から民間事業者である香港資本のMTRスウェーデン資本のCitytågが参入してきて、競争が激化することを書いた。

競争の結果、スウェーデンの二大都市を結ぶこの路線の切符が安くなるだろうと予測される。MTRは新型車両を引っさげて参入してくるし、Citytågは中古車両を使って低コストで特急列車を運行するため、SJも切符の値段を下げざるをえないだろう。関係者によると平均10~15%の値下げが見込まれるという。

平均的な価格が下がれば、これまで車やバス、航空機を使ってきた人が鉄道を利用するようになるだろうから、鉄道への需要はますます高まる。過去20年ほどを振り返ってみると、2012年の鉄道旅客輸送量は118億[人*km]で、1992年の約2倍に増えている。これから先も、旅客輸送量はさらに増加していくだろう。

(先日、ヨーテボリ大学で講義を12時に終えたあと、ストックホルムで3時から始まるセミナーに参加するために航空機を使った。電車では間に合わなかったためだが、空港までの移動30分+手荷物検査+待ち時間20分+搭乗時間1時間+空港からの移動30分と、鉄道を使った時よりもたしかに1時間あまり早いけれど、その間落ち着いて仕事をすることができないので、やっぱり鉄道のほうが快適だなとつくづく感じた。)


ストックホルムとヨーテボリを結ぶ西部幹線

問題は、鉄道インフラがこの鉄道サービスの需要と供給の増加に耐えうるのか、という点だ。現時点で、ストックホルム-ヨーテボリ間では特急とIntercityを合わせて21往復が運行しているが、MTRとCitytågが参入した後もSJは便数をほとんど減らさないため、すべての会社の便を合計すると1日30往復に増えるという。50%の増加だ。これに加え、貨物列車が1日6往復ほどしている。しかも、ここに挙げたのはあくまで二都市間を結ぶ便のみで、この他にもストックホルム近郊やヨーテボリ近郊では通勤列車が同じ路線を使って走っている。

実際のところ、鉄道インフラのキャパシティーは限界に達しているようだ。二都市間を結ぶ便数が1日21往復から30往復に増えることによるシワ寄せは、通勤列車や貨物列車が食らう。ストックホルムから1時間ほどのところにある町からの通勤列車の所要時間は、朝夕のラッシュ時には今よりも20分以上も遅れることになるという。貨物列車もかなりの遅れを見込んでいる。こんな状況に対して、鉄道貨物に大きく依存している林業・鉄鋼・機械などの産業界は大きく反発している。


左:ストックホルム-ヨーテボリ間の1日の便数(往復)。貨物も含む。
右:ストックホルム-ヨーテボリ間の参入以前と以後の旅客列車の総走行距離。黒は国鉄SJ、赤は新規参入企業

それ以上に心配なのは、そもそも鉄道インフラが持つのか、という点だ。鉄道インフラの管理と鉄道の運行指令を担当しているのは、国の行政庁の一つである交通庁(2010年まで鉄道庁)だが、この交通庁による鉄道の維持・管理は大きな問題を抱えているようだ。ここ数ヶ月の間にも、メンテナンス不足が原因とされる深刻な脱線事故が複数発生している。メンテナンスの問題が指摘されるのは、今に始まった話ではない。冬の寒波の度にスウェーデン各地で大幅なダイヤの乱れが発生するが、その主な原因は鉄道を運行するSJではなく、鉄道の管理を怠っている交通庁にあるようだ(よくあるのは、切り替えが故障して動かなくなるというもの)。国の会計検査院の報告によると、列車の遅れの責任の57%は交通庁にあるとしている。

では、交通庁にもっと予算を与えて、維持・管理を適切に行わせれば良いと思われるかもしれないが、実際、政府は予算を増額している。しかし、それにもかかわらず、鉄道メンテナンスは低下していると会計検査院は指摘している。では、何が問題なのか。これについては、メディア上でいろいろな議論が行われているが、「お金がどこに消えているのか」は、今のところ良く分かっていない。

一つの理由として挙げられるのは、交通庁は実際のメンテナンス作業を競争入札にかけた上で別の組織や業者に委託しているのだが、その際の業者の選定が、メンテナンス作業の質よりも低コストを基準に行われていることだというものだ。鉄道業界の労働組合も鉄道インフラの現状を憂慮しており、組合代表が「交通庁ではエコノミストが公共調達において力を持ちすぎている」と批判している。ちなみに、公的機関の公共調達における同様の問題(つまり、コスト重視による選定)は、高齢者福祉などでも問題となってきたが、EUの規定も影響しているのではないかと思う。ただ、EUが最近出したEU指令によって、価格だけでなく質も重視して事業者を選べるようになるようだ。


【 高速鉄道計画 】

再び、鉄道の輸送キャパシティーの限界の話に戻るが、このような話を聞くたびにつくづく思うのは、もっと早くスウェーデン版新幹線を作っておけばよかったということ。ストックホルムとヨーテボリ、そして、ヘルシンボリ・マルメを結ぶ高速鉄道新線のアイデアは既に90年代に持ち上がり、私も10年ほど前に利用者数の推計に関わったことがある。しかし、新幹線計画などというと、どうしてもコストと電車のスピードの話ばかりに焦点が集まりがちで、その時によく聞かれた反論は「スウェーデンは人口が少ないから採算が取りにくいし、建設コストは高速化による時間短縮のメリットに見合うものではない」というものだった。

しかし、より重要な論点というのは「新線を建設することで既存路線の混み具合を解消できる」ということだと私は思っていた。旅客輸送の一部が新線に移れば、在来線は貨物や通勤列車がより自由に使うことができる。その必要性は、近年ますます高まっているように思う。スウェーデン版新幹線は部分的な着工に向けて今年から入札が行われるが、あまりに遅すぎたと思う。


ストックホルムとヨーテボリを結ぶ高速鉄道の予定ルート(大雑把です)


【 鉄道自由化・上下分離の是非 】

最後に、鉄道自由化・上下分離の是非についてだが、これについては私は勉強中なので判断は保留。上下一体、つまり、同じ組織が運行もインフラ管理も行うのであれば、例えば、鉄道インフラに問題がある場合に、切符販売の収益を使ってメンテナンスを強化するなど、全体を見渡した鉄道事業の運営がしやすいと思う。また、一つの企業がすべての列車の運行を管理しているので情報の共有がしやすい。一方、上下分離方式のもとでは、鉄道運営・インフラ管理に関するそれぞれの意思決定が分権化されるし、ノウハウやメンテナンスの意欲が異なる運営主体が同じ線路を使って電車を走らせることになり、トラブルも生じやすい。しかし他方で、このような問題は、鉄道インフラの使用料を適切に設定したり、列車がトラブルを起こした場合の罰金を適切に設定したりすることで、ある程度は回避可能ではないかと思う。もちろん、これはあくまで情報がきちんと共有され、すべての経済インセンティブが「適切に」設定された場合の話だが。これはまさに、産業組織論の経済学の役目であり、私も議論を見守っている。

上下分離といえば、電力事業も同じだが、瞬時に電力を行き交いさせることができるのと比べ、鉄道事業の場合は列車を物理的に走らせなければならない。だから、システム全体がきちんと動くためには、管理すべき項目が電力よりも遥かに多いため、大変なことだと思う。電力事業では、少なくとも電線を流れる電気が、立ち往生をして線を塞いでしまうことはない。(だからと言って、電力インフラを管理する苦労を軽視するつもりはない。電力における自由化は私はうまく行っていると考える。)

自由参入が認められ、複数の事業者が高収益路線で競争することは「クリームスキミング」だが、その結果として懸念されるのは非採算路線が切り捨てられること。現に国鉄SJも高収益路線で生まれた利益で非採算路線の赤字を補っている状態なので、今後は、そのような路線の運行をやめるのか、国や自治体が支援を行って維持するのか選択を迫られることになるだろう。(ただ、旅客需要は少なくても貨物需要はかなり大きい路線などもあるので、旅客列車の運行停止が必ずしも廃線につながるわけではないが。)イギリスなどでは、自由化の結果、社会全体としてのコストが高まったという報告もあるようだ。

一方で、ヨーロッパの他の国々がイギリスやスウェーデンの例に倣って、鉄道自由化を今後進めていくならば、スウェーデンでの鉄道自由化で経験を積んだ国鉄SJがもしかしたら他国の鉄道市場に進出して、国際的なアクターに成長していく可能性もあるだろう。国鉄SJというとこれまではずっと守勢だったように感じるが、国外の鉄道市場に積極的な攻勢を仕掛けていく日が近いうちに来るかもしれない。電力市場におけるVattenfallのように。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿