スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

スウェーデンの若者事情

2006-08-16 03:11:45 | スウェーデン・その他の社会
「リベラリズム」とか「自由主義」という言葉を何度か使ってきたけれど、スウェーデンや他の北欧の国々の若者の育てられ方にもそれが垣間見れる。早いうちから自立(自律)して、一人前の市民(medborgare)になることが求められる、そんな考え方が社会に根付いているようだ。

日本とは対照的で、父権が力を失ってしまった社会。しかし“自由”を謳歌してさえいれば良いのか、というとそうではなく、“自由”という言葉のもとで、自分で下した決断には、必ず“責任”が伴うこともしっかり認識していないといけない、とされる。そういった教育の理念が必ずしも理想どおり、うまくいっているとは限らないにしても、権利ある一人の人間として生きていくことを、人生の早い段階で教わり、それが求められるのは評価すべきことだと思う。スウェーデンの中学校の教科書『あなた自身の社会』が日本で爆発的な人気を博してきたが、あの本もそういった精神で書かれたものだと思う。今生きている「社会」というものは、誰かお偉いさんだとか、役所だとか、そんなもののためにあるんじゃなくて、主人公はあくまであなた自身、わたし自身であるということ。暗記事項ばかりで退屈な日本の中学校の「公民」も、むしろそういったことをしっかり教えるべきじゃないかと思う。

いわゆる「スウェーデン型の社会」は、生まれた家庭環境や親の所得に限らず、誰もが同じ土俵の上で、自分の能力を伸ばし、それを発揮できる可能性が与えられるように作られている(liberalismens tro på allas lika möjligheter)。義務教育、大学教育、それから成人高校教育を含めた無料教育制度家庭や親の所得に関わらず“ユニバーサル”に支給される育児補助金や大学生補助金低所得者、とくに若者の生活を軽減する住宅補助金などが、その構成要素だ。これらの制度によって、子供は親のスネをかじらずに、早く独立することができるし、教育を受けることができる。家庭の事情や親の意向で、この道を選らばなければいけない、という制約からもある程度解放される。この点も、父権が弱いことと関連していると思われる。社会の流動性、という観点から見ても、政治家の子供は政治家、金持ちの子供は実業家、ブルーカラー労働者の子供はブルーカラー、ではなく、世代ごとに入れ替わりがあって、社会がダイナミックに変化していくようだ。(そうとは言えない例ももちろんあるが)

これらの制度の結果は、よく大陸ヨーロッパ諸国、特に南欧のイタリアやスペインと比較される。伝統的な「家族主義」の強いこれらの地域では、30代になるまで親と同居する若者が多いという。それに加え、働き方の変化にも関わらず、男女同権の意識が遅れ、女性に家庭での伝統的な役割が要求されることも関連して、出生率がかなり低い。まさに、日本の社会と同じ病症を呈していると思われる。
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もちろん、スウェーデンも様々な問題を抱えている。近頃は、なかなか自立(自律)できない若者も増えていると聞く。(テレビゲームの普及も大いに関係しているのではないだろうか…?それから、マンガ・アニメ・オタク、云々、そんなことも影響していたりして…。勝手な推測ですが。)

急を要する問題としては、全般的な住宅不足のために、①若者がなかなか自分の住まいを見つけることができない。若者は、大概に所得も少ないので、高い家賃は払えないし、分譲を買うわけにもいかない。大家もできれば所得の安定した人に貸したい。今は死語かもしれないけれど、私がスウェーデンに来た当初の2000年にMambofällaという言葉を聞いた。Mamboはすなわち、母親との同居。fällaはワナとか落とし穴。つまり、独り立ちしようにも、アパートが見つからないは、家賃が払えないはで、一時的な解決策として、親のもとに転がり込んだものの、気づいてみたら、もう何年も経ってしまって、その環境が心地よくなって、出るに出られず、また、出ようにも、経済的な状態が、当初からあまり改善していなかったり。

それと関連して、②若年者の失業率の高さ、も大きな問題。統計によって差があるが15%前後、と見るのが妥当だろう。Mamboの背景には、若者の悲惨な雇用問題もあるのだ。
(あるシンクタンクの発表だと、2004年の段階で15~25歳の若者の失業率は16.4%、それが2005年には21.7%にまで上昇している、という。ただ、在学中の大学生が相当数ふくまれている気がする。これに対し、政府の機関である労働市場庁の統計では10%弱。ここには、求職を諦めて大学に進んだ(もしくは大学に残っている)潜在失業学生は含まれていないようだ。そういう、潜在失業学生も含めば15%くらいになるのではなかろうか・・・?)

政府の方針としては、今仕事がないなら、大学に進学して、能力を高めた上で労働市場に出たら?ということ。しかし、残念ながら大学を出ても就職に困る若者もたくさんいる。私は、実務的な能力の養成と資格の取得を目指すスウェーデンの大学教育制度そのものは大いに見習う所がある、と思うのだけれど、スウェーデンの大学はここ15年のうちに爆発的に拡大してしまって、社会や労働市場がそこまで必要としている以上の大学生を生み出してしまっているのは問題だと思う。卒業しても、自分の専門を生かす職がないのなら、それとは全然関係ない職に就くしかなく、そうなると困るのは、彼らと職探しで競合する羽目になる高卒の人たち。本来だったら、高卒の人でもできる仕事に、敢えて大卒の人が就く、ということも起こる。そうすると、高卒の人たちも、就職が楽になるようにと、その職には必要ものないのに、わざわざ大学に進学する羽目になる。そうすると、結果として、社会全体(納税者も含めて)が大きな無駄損をしている、ということにもなるかもしれない。

(ところで、日本の大学はどうなっているのだろう。教養のためといって、4年間大学に通いながら、果たして実用的で即戦力になる能力やスキルが身に付いているのだろうか。いざ就職するとなると、専門とは全然関係ない仕事に就くケースが多すぎる気がする。就職に必要なものが大学で実につかないとなると、学生は大学とは別にダブルスクールに通い、資格取得に努力する。もちろん、大学とは教養を得るところ、という考えはいいことかもしれないが、毎年多くの若者が、大挙して大学に進学し、高い授業料を4年間も払うだけの意味が、社会全体としてみた場合にどこまであるのか。それに、教養を学ぶ、といっても、果たしてどこまで体系だったものが身に付いているのか。そういった議論が起こるべきだと思う。私は文系のことしか分からないので、理系のことはなんとも言えませんが。それに、素晴らしい大学教育をなさっているところも、もちろんあると思いますが。)

話をスウェーデンに戻して。3番目の問題点は、まさに大学教育。量的な拡大はしてきたものの、それに伴って予算やスタッフの数が増えていないために、③大学教育の質の低下、が問題とされている。この問題に関しては、大学教育の予算が今後、それほど伸ばせないのなら、やはり段階的に縮小していくしかないと思う(上に挙げた、過剰な大学教育の問題も考慮して)。


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4 コメント

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Unknown (tomo)
2006-08-17 10:56:00
それにしてもスウェーデン若年層の失業率の高さには驚きです。

権利と自由のもとに成人しても、就職難で仕事がみつけらない若者はどうするのでしょうか?...自営業をはじめるとか?気になります。



就職事情に関しては、スウェーデンでは転職の場合、人事担当者が、求職者の前に務めていた職場の上司に照会を行ない、勤務状況等の確認を行うようです。本人の書いた履歴書だけでは不十分で第三者への確認を必要とするということです。普通はこうあるべきなのかもしれませんが、日本では滅多に前の職場に連絡するようなことはないです。このような些細な違いからでも責任や権利について考えさせられます。

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求職者の照会 (Yoshi)
2006-08-18 04:38:24
> 就職事情に関しては、スウェーデン

> では転職の場合、人事担当者が、

> 求職者の前に務めていた職場の

> 上司に照会を行ない、勤務状況等

> の確認を行うようです



通常、職探しをするときは、これまでの経験(教育・過去の職場)などの履歴とともに、リファレンス・パーソン(照会人)を何人か書いておきます。これは自分の経験や能力を良く知っている人で、求職者について人事担当者がより詳しく知りたいときに、電話を掛けて話を聞くのです。たいていは、過去の職場の上司や同僚の名前を、断りを入れた上で、使うようです。



私もスウェーデンの大学での指導教官や同僚に了承を得た上で、彼らの名前を私のリファレンス・パーソンに使ったことがあります。



これとは別に、本人の知らないところで、人事担当者が過去の職場に電話を入れる、ということもたまにあるらしいです。ただ、あまり勝手なことをするとプライバシーに抵触するおせれもあるかもしれません。求職者に対して、ある企業が麻薬検査を行おうとしたときも、大きな議論になりました。



どこまでが許されるのか、というのはよく問題になることですが、個人の権利を守るためには、普段から目を光らせておくことが必要かもしれません。
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求職者の照会 (tomo)
2006-08-18 08:02:55
こんにちは。

私がこのことを知ったとき、スウェーデンは合理的な国だなぁと感じました。でも、ちゃんと照会人の了承を得てから名前を書くことと、また行きすぎはプライバシーの問題になるのですね。

う~む、難しいです。
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スウェーデンの労働の義務について、教えてください。 (kyunkyun)
2010-12-02 13:45:47
こんにちは。
日本の憲法には 「勤労の義務」 が記されていますが、
スウェーデンの憲法にも、このような勤労・労働の義務が記されているのでしょうか?
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