福島第一原発の事故によってどのような議論がスウェーデンで起こっているかを説明したいが、まず、震災・事故以前におけるスウェーデンでの原発論争を以下にまとめてみたい。
(わたしがこれまで見聞きしてきた情報や私の目を通して感じてきたことをもとにまとめてみます。)
【原発反対派】
○ 再生可能な電力源(風力・バイオマス発電)などの発電量を増やすと同時に、節電やエネルギー利用の効率化を進めながら、段階的に原発を廃止していくべき。
○ 原子炉の寿命を60年とする前提のもとでは、既存の原子炉が寿命を迎えるのは2032年から2045年にかけてであるため、原子力によって現在賄われている電力の部分(総発電量の35%~40%)を再生可能な電力に置き換えたり、節電を行うことで電力需要を抑制するための時間的な余裕は十分にある。
○ ただし、原子炉はたとえ60年使えるとしても、可能であればそれよりももっと早い段階で廃炉にしたい。
○ 原子力の意義を仮に認めるとしても、それはあくまで持続可能な社会を築くまでの「過渡期のエネルギー」に過ぎない。
【原発賛成派】
○ 安価で安定した電力の供給のために、原子力は欠かせない。
○ 原子力は「過渡期のエネルギー」ではなく、今後もかなり長い間、主要な電力源となり続けるであろう。
○ 既存の10基を超えて増設を行い、国内の電力集約的産業(鉄鋼・紙パルプ)や消費者に電気を安く提供するべき。
○ 現行の「グリーン電力証書」制度を通じた再生可能な電力生産者への経済的支援は、経済的に見ると非効率な補助金であるため、廃止すべき。現時点では原子力が水力に次いで発電量あたりのコストが一番低い(石炭火力もコストは低いが温暖化の観点から除外)。
○ 本音は「増設」を積極的に主張したいところだが、ひとまず2009年2月の連立与党合意の内容(下記参照)である「古くなった原子炉の更新」で我慢しておく。
○ 寿命がたとえ60年だとしても、更新のための新しい原子炉の建設の準備は既に2010年代のうちに始めておく必要がある。
ついでに、電力業界がとってきた行動と国の方針についても書いておこう。
【電力業界】
○ 原子炉の新規建設が政治的に難しい中、既存の原発の出力アップに投資し、発電量を上昇させてきた。
(たとえばオスカシュハムン3号機の場合は、原子炉が運転を開始した1985年当時は105万kWの出力であったが、80年代末に出力が増強され120万kWとなり、さらに数年前にはタービンの近代化などが行われた結果、現在は出力が145万kWになっている。他の原発でも似たような出力アップのための改良工事が近年盛んに行われている(100万kW=1GW))
【国としての方針】
これは既に書いたように2009年2月の中道保守連立政権による合意である。これは上に示した原発推進派と反対派の折衷と見ることもできる。
○ 原子力はあくまで持続社会を実現するための「過渡的なエネルギー」に過ぎないと位置づける。
○ しかし、その「過渡期」が長くなり、既存の原子炉が寿命を迎えたあとも原子力に頼る必要がある場合に備えて、既存の原子炉の更新は許可することにする。ただし、国としてそれを推し進めるつもりはなく、あくまで電力会社の経済的な判断に任せる。
○ 一方、国としては再生可能エネルギーへの投資に対して、積極的な経済支援を行っていき、2020年や2030年には発電量のうちのかなりの部分がこれらのエネルギー源によって賄われることを目指す。
さて、各主体の考え方が福島原発の事故によってどう変化しただろうか?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/f8/8fd114cee8f3c29d52f07d97f21bb7d3.jpg)
賛成派と反対派の双方は、福島原発の事故を自分たちの主張にうまく結び付けようとしている点が興味深い。まずは賛成派から。
【原発賛成派】
○ スウェーデンでは地震のリスクが全くと言っていいほどなく、よって津波の心配もないので、福島原発での事故を根拠に「原発は危険だからスウェーデンも脱原発をおこなうべき」と主張するのは間違い。
○ それでも福島原発の事故から学ぶことがあるとすれば、それは古くなった原子炉の安全性であろう。古い原子炉が60年を迎えるまで使い続けるという現在のシナリオは危険であり、もっと早期に更新を行うべきであろう。新型の原子炉は60年代や70年代に開発された原子炉と比べると安全性がはるかに向上している。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/21/ed1b2c8af3ddea88aab65590c09f50c6.jpg)
原発推進を強く主張する自由党のビョルクルンド党首(右)が原発反対派とテレビで討論(3月17日)
【原発反対派】
○ たしかにスウェーデンでは地震や津波のリスクはないものの、人的な要因によるリスクはある。福島原発の事故は、確かに津波が大きな原因ではあるものの、十分な対策を怠ってきたり、安全性に対する十分な議論をしてこなかったという「人災」の側面も相当大きい。
○ 人災に関連して言えば、スウェーデンのフォッシュマルク原発でも2006年に電源がショートした際に冷却のための予備電源が予定通り作動しないという事故があり、メルトダウンに至る恐れもあった。(INESのスケールのレベル2)
○ 古い原子炉が60年を迎えるまで使い続けるという現在のシナリオは危険である。もっと早期に廃炉を行うべきであろう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5f/b7/10da4d604c50757d6b5c512f6fd48ba8.jpg)
原発反対派である環境党のヴェッテルシュトランド党首によるオピニオン記事(3月17日)
以上のように、両者とも原子炉の寿命60年という前提を問題視して、自分たちの主張に結び付けている点は面白い。
【政府の反応】
○ スウェーデンの原発の監督機関である放射線安全庁は環境省の管轄下にあり、福島原発の事故や今後のスウェーデンのエネルギー政策に関しても、カールグレーン環境大臣がメディアに登場しコメントを述べていた。彼は、3月17日に環境省を通じて以下のようなプレスリリースを発表している。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/78/ec260261f8a99d92fcc857d6644c99ec.jpg)
カールグレーン環境大臣
また、新聞などでも以下のように発言している。
すでに触れたように【国としての方針】には変化はないが、その点については政府が「すでに段階的な脱原発を選んでいるから」だということは、この発言からも理解できるであろう。
(わたしがこれまで見聞きしてきた情報や私の目を通して感じてきたことをもとにまとめてみます。)
【原発反対派】
○ 再生可能な電力源(風力・バイオマス発電)などの発電量を増やすと同時に、節電やエネルギー利用の効率化を進めながら、段階的に原発を廃止していくべき。
○ 原子炉の寿命を60年とする前提のもとでは、既存の原子炉が寿命を迎えるのは2032年から2045年にかけてであるため、原子力によって現在賄われている電力の部分(総発電量の35%~40%)を再生可能な電力に置き換えたり、節電を行うことで電力需要を抑制するための時間的な余裕は十分にある。
○ ただし、原子炉はたとえ60年使えるとしても、可能であればそれよりももっと早い段階で廃炉にしたい。
○ 原子力の意義を仮に認めるとしても、それはあくまで持続可能な社会を築くまでの「過渡期のエネルギー」に過ぎない。
【原発賛成派】
○ 安価で安定した電力の供給のために、原子力は欠かせない。
○ 原子力は「過渡期のエネルギー」ではなく、今後もかなり長い間、主要な電力源となり続けるであろう。
○ 既存の10基を超えて増設を行い、国内の電力集約的産業(鉄鋼・紙パルプ)や消費者に電気を安く提供するべき。
○ 現行の「グリーン電力証書」制度を通じた再生可能な電力生産者への経済的支援は、経済的に見ると非効率な補助金であるため、廃止すべき。現時点では原子力が水力に次いで発電量あたりのコストが一番低い(石炭火力もコストは低いが温暖化の観点から除外)。
○ 本音は「増設」を積極的に主張したいところだが、ひとまず2009年2月の連立与党合意の内容(下記参照)である「古くなった原子炉の更新」で我慢しておく。
○ 寿命がたとえ60年だとしても、更新のための新しい原子炉の建設の準備は既に2010年代のうちに始めておく必要がある。
ついでに、電力業界がとってきた行動と国の方針についても書いておこう。
【電力業界】
○ 原子炉の新規建設が政治的に難しい中、既存の原発の出力アップに投資し、発電量を上昇させてきた。
(たとえばオスカシュハムン3号機の場合は、原子炉が運転を開始した1985年当時は105万kWの出力であったが、80年代末に出力が増強され120万kWとなり、さらに数年前にはタービンの近代化などが行われた結果、現在は出力が145万kWになっている。他の原発でも似たような出力アップのための改良工事が近年盛んに行われている(100万kW=1GW))
【国としての方針】
これは既に書いたように2009年2月の中道保守連立政権による合意である。これは上に示した原発推進派と反対派の折衷と見ることもできる。
○ 原子力はあくまで持続社会を実現するための「過渡的なエネルギー」に過ぎないと位置づける。
○ しかし、その「過渡期」が長くなり、既存の原子炉が寿命を迎えたあとも原子力に頼る必要がある場合に備えて、既存の原子炉の更新は許可することにする。ただし、国としてそれを推し進めるつもりはなく、あくまで電力会社の経済的な判断に任せる。
○ 一方、国としては再生可能エネルギーへの投資に対して、積極的な経済支援を行っていき、2020年や2030年には発電量のうちのかなりの部分がこれらのエネルギー源によって賄われることを目指す。
さて、各主体の考え方が福島原発の事故によってどう変化しただろうか?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/f8/8fd114cee8f3c29d52f07d97f21bb7d3.jpg)
賛成派と反対派の双方は、福島原発の事故を自分たちの主張にうまく結び付けようとしている点が興味深い。まずは賛成派から。
【原発賛成派】
○ スウェーデンでは地震のリスクが全くと言っていいほどなく、よって津波の心配もないので、福島原発での事故を根拠に「原発は危険だからスウェーデンも脱原発をおこなうべき」と主張するのは間違い。
○ それでも福島原発の事故から学ぶことがあるとすれば、それは古くなった原子炉の安全性であろう。古い原子炉が60年を迎えるまで使い続けるという現在のシナリオは危険であり、もっと早期に更新を行うべきであろう。新型の原子炉は60年代や70年代に開発された原子炉と比べると安全性がはるかに向上している。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/21/ed1b2c8af3ddea88aab65590c09f50c6.jpg)
原発推進を強く主張する自由党のビョルクルンド党首(右)が原発反対派とテレビで討論(3月17日)
【原発反対派】
○ たしかにスウェーデンでは地震や津波のリスクはないものの、人的な要因によるリスクはある。福島原発の事故は、確かに津波が大きな原因ではあるものの、十分な対策を怠ってきたり、安全性に対する十分な議論をしてこなかったという「人災」の側面も相当大きい。
○ 人災に関連して言えば、スウェーデンのフォッシュマルク原発でも2006年に電源がショートした際に冷却のための予備電源が予定通り作動しないという事故があり、メルトダウンに至る恐れもあった。(INESのスケールのレベル2)
○ 古い原子炉が60年を迎えるまで使い続けるという現在のシナリオは危険である。もっと早期に廃炉を行うべきであろう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5f/b7/10da4d604c50757d6b5c512f6fd48ba8.jpg)
原発反対派である環境党のヴェッテルシュトランド党首によるオピニオン記事(3月17日)
以上のように、両者とも原子炉の寿命60年という前提を問題視して、自分たちの主張に結び付けている点は面白い。
【政府の反応】
○ スウェーデンの原発の監督機関である放射線安全庁は環境省の管轄下にあり、福島原発の事故や今後のスウェーデンのエネルギー政策に関しても、カールグレーン環境大臣がメディアに登場しコメントを述べていた。彼は、3月17日に環境省を通じて以下のようなプレスリリースを発表している。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/78/ec260261f8a99d92fcc857d6644c99ec.jpg)
カールグレーン環境大臣
「現在の中道保守政権が議会に提出したエネルギー法案に明記されているように、原子力はスウェーデンにおけるエネルギー供給の歴史の一幕に過ぎない(en parentes i Sveriges energihistoria)。中道保守政権の連立4党による合意が示しているように、スウェーデンは風力やバイオマスなどによる再生可能な電力の発電を急激に増やしていくことによって原子力発電への依存を減らしていく考えである。」
また、新聞などでも以下のように発言している。
「私個人は原子力は廃止していくべきだと考えている。私や私の属する中央党は、中道保守政権の連立4党による合意がスウェーデン国内の原発を閉鎖していくための大きな前進を意味するものだと解釈している。確かに、この連立4党の合意を、スウェーデンが原発の増設を選んだ証(あかし)だと解釈する連中もいることは理解はしているが、そういう人たちには『あの合意が採択され、将来の長期的なエネルギー生産の道筋が明確にされた後に再生可能な電力の生産量がいかに伸びてきたかを注視すべきだ』と言いたい。」
すでに触れたように【国としての方針】には変化はないが、その点については政府が「すでに段階的な脱原発を選んでいるから」だということは、この発言からも理解できるであろう。
確かに人災の面はかなり大きい
東電や政府やメディアは今回の事故で「想定外の大津波」をすべての原因にしようとしてるけど
実は津波の影響を受けていない受電鉄塔が地震によって倒壊し外部電源の喪失に至っていた
この受電鉄塔が地震により倒壊しなければ全電源の喪失炉心溶融にはという事態にはならなかった
しかし国は受電鉄塔の耐震補強の指針は定めていなかった
外部電源喪失 地震が原因
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-04-30/2011043004_04_0.html
保安院 外部電源の喪失は地震が原因と認める
http://www.youtube.com/watch?v=Yir0fw3WRrg
国 震災前に鉄塔倒壊などにる全電源喪失で炉心溶融の可能性を指摘される
http://www.youtube.com/watch?v=vwBsUid9Ih4&feature=relmfu
http://www.asahi.com/national/update/0512/TKY201105120174.html?ref=any
普天間、嘉手納基地に統合提言 米上院の有力議員ら
http://www.asahi.com/international/update/0512/TKY201105120081.html?ref=any
過去最高額の強盗事件発生 立川市 6億円
すみません。エントリーの感想を、と思ったのですが、大きなニュースがいくつも飛び込んできてうまくコメントがまとまりません。
特に福島原発はとても「事後処理」の段階ではないことを改めて実感しました。誰も原子炉の状況を把握出来ていない段階で、工程表どおりに進めることなどとても無理ではないかと疑っているのですが、当事者の方々は本音でどう考えているのでしょうか。
どこにどのくらいの大きさの穴がいくつ空いているか誰も見ていない段階で「いついつまでに直します」と言われても…
netさん、確かにその通りですね。改めて気付かされました。
いつも拝読しています。
『賛成派と反対派の双方は、福島原発の事故を自分たちの主張にうまく結び付けようとしている』という点ですが、両者における日本の評価の違いが面白いと思いました。
反対派は「日本のような安全基準の厳しい、技術大国」が事故を起こした、と日本を持ち上げる。その日本で事故が起きた→だから原発は危ない、と。
(環境党党首による件の記事もそんな感じですね。事故直後、つまり日本政府のダメっぷりが露呈する前だということは留意すべきですが。)
一方、賛成派は「日本特有の事情(天災が多い・安全対策がダメだった)」だから、スウェーデンの原発を同じ文脈で語れない、と。
何だか、日本の賛成/反対派と、瑞典の賛成/反対派の論調が(日本の評価という点で)逆転してるのが、レトリックの不思議を感じました。
>「想定外の大津波」をすべての原因に
>しようとしてるけど
>実は津波の影響を受けていない受電鉄塔
>が地震によって倒壊し外部電源の喪失に
>至っていた
この情報ありがとうございます
>特に福島原発はとても「事後処理」の段階ではないことを改めて実感しました。誰も原子炉の状況を把握出来ていない段階で、工程表どおりに進めることなどとても無理ではないかと疑っているのですが、当事者の方々は本音でどう考えているのでしょうか。
水棺が難しくなったと思いますが、最新の書き込みに書いたようにスウェーデンもそうですし、アメリカなども炉心溶融で圧力容器の底に穴が既に開いた可能性が高いことを前提として事態の経過を見守ってきたので、日本政府がなぜそのような可能性を(少なくとも表向きには)重視せずに工程表など作ってきたのか不思議です。
この論調は今でもたまに聞かれます。ただ、厳しい安全基準をたとえ持っていたとしても、すべてのリスクを果たして限りなく小さくできるのかどうか。自由党がスウェーデンの原発の安全性を誇っていますが、確かに相対的には安全管理に対する意識やリスクへの備えは日本よりも高いとはいえ、そんなスウェーデンでも2006年に電線の接続ミスによる深刻な事故が発生していますので、この事故を指摘されると自由党はうまく答えられないようです。
一部、ブログ記事に引用させていただきました。よろしくご了承ください。
ブログのコメントで失礼ですが、機会があれば、私たちの「持続可能な国づくりの会」で話を聞かせていただきたいと思っていますが、ご帰国の予定、その可能性はあるでしょうか。
ご意向、ご連絡いただけると幸いです。
jimukyoku@jizokukanou.jp