スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

『沈黙の海』に登場する、あの教授に遭遇

2011-01-18 23:16:33 | コラム
水産資源の話が出たついでに、魚関係の話をもう一つ。

先週金曜日は、オーレブロー大学経済学部の博士課程にいた友人が学位を取得した。5本のペーパーからなる彼の博士論文のテーマは医療経済学、行動経済学だった。

この分野は興味深い。例えば、医療の進歩によって新しい延命治療や医薬品が次々と生まれてくるが、それを使うには高額の費用がかかる。医療が日本のように保険方式で賄われようが、スウェーデンのように税方式で賄われようが、使える予算には限度があるから、その治療や医薬品がいかに素晴らしいものでも無制限に行うわけにはいかない。例えば、ここで大きな倫理的ジレンマが発生する。ある高額な治療を行って1人の患者の命を▼ヶ月伸ばすべきなのか、それとも同じ費用をより安価な治療や医薬品に充てることで3人の命を▲年間伸ばすことができるのであれば、そちらにお金を使うべきなのか? 前者を選ぶことが正当化されるためには、どのような条件が満たされるべきなのか? 年齢・病歴など患者一人一人の置かれた状況は異なれども、かけがえのない命であることには変わりない。そもそもそれぞれの異なる命を数字を使って計ることは可能なのか? 可能だとすれば、いったいどうやって?

こんな例もあるだろう。ある高速道路において、数千万クローナかかるある改善措置を施せば、年間の交通事故死が●人減る見込みだという。さて、この改善措置は行うべきなのか? それが正当化されるためには、年間の交通事故死の数が少なくとも何人減ることが見込まれる必要があるのか? 「費用」対「効果」の評価になるが、費用は分かりやすいとしても、効果である「救われる命」をどう計るのか?

この分野は私の専門外だが、私の友人の論文はこれらのテーマに関するものだった。ルンド大学から来たオポーネントの教授の話が面白かった。彼は、行政機関である社会庁歯科医療・医薬品給付庁(TLV)でも働いているため、行政を執行する実際の現場においてどのような基準や方法が用いられているのか、や、医療と交通の分野において「命」の価値やリスクの計測をするための方法論が若干異なることなども説明し、博士論文をディフェンスする私の友人を質問攻めにしていた(最初に論文の出来をさんざん褒め称えておいた上で・笑)。


オーレブロー大学にてディフェンスが無事終了したあとは、博士号取得を祝う食事会が開かれた。場所は彼の出身地であるカールスコーガ(Karlskoga)。(ちなみにこの町は武器を製造するボフォッシュ(Bofors)で有名)

主に家族・親類や同僚からなる食事会だったが、私の斜め向かいに座った人が、この日、博士号を取得した友人の指導教官だった。彼の名はラーシュ・フルトクランツ教授


ラーシュ・フルトクランツ

『沈黙の海』を読んでくださった人なら、もしかしたら覚えておられるかもしれないが、彼は第4章に登場する。1990年代に水産庁からの委託を受けて、スウェーデンの漁業を経済学的に分析する調査報告書を作成したものの、水産庁にとって都合の悪い内容であったために非公開にされたり、外交上の機密に関わるとの理由で機密文書に指定されたりしたのだ。また、財務省から委託を受けて作成した調査報告書は、発表されるや否や大きな波紋を呼び、テレビの公開討論番組にて怒り狂った漁師たちの槍玉に挙げられもした。

私は初対面だったが、『沈黙の海』が日本語になったことを彼に話すと、少し感慨深く(お互い少し酔っていた・笑)「90年代のあの頃には水産関係の報告書をいくつか作成し発表したが、批判ばかり浴びていた。『沈黙の海』がスウェーデンで出版されたおかげで、ようやくスウェーデン世論における議論の風潮も変わり、私が10年も前に分析した結果が認められるようになった・・・」と語っていた。

その後、彼とは話が弾んだ。記念ということで、1997年に発表されて物議を呼んだ財務省の報告書を一部くれた。「Fisk och Fusk - Mål, medel och makt i fiskeripolitiken」 いつ見ても挑発的なタイトルだ。スウェーデン語では語呂合わせになっているこのタイトルを、日本語に訳すのに苦労したことを彼にも話した。


この頃の財務省発行の報告書は変わったデザインをしているが、日本とは関係ない

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2 コメント

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Unknown (H.Usui)
2011-01-21 02:40:58
ボフォッシュですか、なるほどスウェーデン語だとそうなりますね。自衛隊ではボフォースで対潜兵器の名前で通ります。一時は対潜艦には全部付いていました。いつも外したコメントで申し訳ない。
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Unknown (Yoshi)
2011-01-22 03:33:43
英語読みからボフォースなのでしょうね。forceと音がダブっていて響きがいいのでしょう。
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