スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

イラン外相のスウェーデン訪問

2007-05-10 07:43:03 | スウェーデン・その他の政治
日本を取り巻く国際情勢では、北朝鮮の核開発が大きな問題であるように、ヨーロッパにとっての大きな関心事とは、イランの核開発である。国連による核査察を拒否し、ウランの濃縮を進めており、核兵器の保有も時間の問題ではないか、と見られているのだ。

また、イラン革命以降の厳格な宗教的統治のもと、基本的人権が大きく侵害されていると言う。特に、女性の権利が、男性のそれよりも半分以下しかなく、多くの女性活動家が監獄に入れられている。
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そんな中、今週月曜日にイランの外務大臣Manouchehr Mottakiが、スウェーデンを公式訪問した。様々な問題を抱えるイランだけに、この公式訪問を受け入れることにはスウェーデン内でも異論が上がっていたが、スウェーデン政府としては「対話を続けることが大切」という立場から受け入れた。副大臣であるMaud Olofssonとの会談、外交問題研究所での講演と、外務大臣であるCarl Bildtとの夕食が訪問の日程。首相Fredrik Reinfeldtは、面会しない、と予め表明していた。

案の定、いくつかの抗議活動が沸き起こった。スウェーデンにはイランから政治亡命をして逃れてきた人が約9万人いるが、彼らが抗議活動の中心だった。

ニュースはそれだけではなかった。スウェーデンの副大臣Maud Olofsson(女性)との会談のあと、彼女は握手を交わすために手を差し伸べたのだが、イラン外相はこれに応じなかったというのだ。女性と握手することは、彼の宗教的信条に反するためだらしい。そして、その信条の背後にあるのは、女性の地位を卑しんで見る宗教的戒律だと言われる。イラン外相は握手で応える代わりに、自分の胸の上で手を交差させて、挨拶を返したらしい。

もともと、このイラン外相(そしてイラン政府)のこの宗教的信条は、スウェーデン政府の知るところであった。それでもなお、スウェーデンの副首相は、西側世界のスタンダードである基本的人権と男女同権のプリンシプルをイランが受け入れてくれるかを試すために、敢えて手を差し出したのらしい。

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単なる「カルチャーショック」として片付けられがちな一つの出来事だが、ここに西側諸国とイランを始めとするいくつかの中東諸国との対立の、大きな根源が潜んでいるようにも思える。宗教や文化・伝統を隠れ蓑にして、女性への迫害を続けるイラン。一方、基本的人権と男女同権の保障は現代のユニバーサルな価値観と信じて疑わないスウェーデン。

宗教的戒律のために彼が握手に応えないだろう、ということを知った上で、敢えて手を差し伸べたスウェーデン副首相の行動は、見方によれば「嫌がらせ」として映りかねない。でも、多くの政治犯を抱え、女性だけに適用される「投石処刑」と呼ばれるような不当な処置など、国際社会としても見過ごすことができない大きな問題を抱えるイランの政権を、思うがままにはさせておけない、というスウェーデン政府の意思表明かもしれない。

もしくは、そういったことをすべて抜きにしても、ホスト国の挨拶に同じやり方できちんと応えることは、外交の場では常識であるようだ。