スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

ますます深刻化する賃貸住宅不足の問題 (その4 ・終)

2014-08-06 01:18:02 | スウェーデン・その他の社会
【 現政権の政策 】

賃貸住宅の不足がこのように深刻な状況であるにもかかわらず、現政権が取ってきた政策にはそれに拍車を掛けるものが多かった。

賃貸住宅の建設に対して国が建設費の10-15%に相当する補助金を支給する制度が存在したが、中道右派連立政権は2006年秋の誕生から間もなく、その制度を廃止してしまった。このシリーズの第二回目で書いたように、賃貸住宅の建設は家賃規制のために家賃収入が建設費に見合わず、収益が上がりにくいため、新規建設にインセンティブを与えるための制度だったが、それが廃止されてしまったために、賃貸住宅の新規建設は大きく冷え込んでしまった

ちなみに、補助金の廃止を決めた当時の住宅担当大臣はキリスト教民主党のマッツ・オデルだったが、廃止の際の移行措置として「2006年末までに建物の土台さえ完成させれば、建物本体の建設が2007年以降になっても補助金が支給される」という規定を設けたために、2006年末にはスウェーデンの各地でたくさんの「土台」が駆け込み的に作られた。人々は、あちこちの建設現場で急に姿を見せたコンクリートの土台を嘲笑して「オデルの土台(Odellplatta)」と呼んだ。


マッツ・オデルと「オデルの土台」

キリスト教民主党の住宅担当大臣がその次に行った改革は、賃貸住宅の分譲住宅化を自由にできるようにするための法改正だった。つまり、賃貸の集合住宅に住んでいる住人の大多数が同意すれば、その集合住宅を分譲住宅にできる制度である(正確に言えば、その集合住宅の住民でまず組合を作り、集合住宅全体を管理会社から買い取り、各住人はその組合からそれぞれのアパートを買い取り、分譲住宅とするということ)。そのような分譲住宅化には以前は様々な制限があった。しかし、キリスト教民主党は2007年7月からそれを自由にできるようにした(自治体公社の賃貸住宅は別)。賃貸住宅を管理している民間会社は家賃規制のおかげで収益が上げにくいから、住民が組合を作って建物全体を市場価格に近い値段で買い取ってくれるなら、それは嬉しい。一方、住民の側にとっては分譲住宅になれば建物やアパートのリフォームや管理を自分たちで自由に行えるようになるから、市場価格があまりに高すぎて分譲住宅化後の費用が賃貸の時と比べて高くなり過ぎない限り、分譲住宅化を望む人が多かった。だから、2007年7月の法改正後に、スウェーデンの各地で分譲住宅化する賃貸住宅が相次ぎ、賃貸住宅不足をますます深刻化させることになった。

2006年秋に誕生した中道右派連立政権において、住宅政策を主に担当したのはキリスト教民主党であり、住宅担当大臣のポストも与えられているわけだが、私はこのキリスト教民主党の一連の住宅政策は、愚かなものだとしか思えない(この党の他の政策も)。


【 キリスト教民主党の知恵! 】

では、キリスト教民主党は賃貸住宅の不足のために、特に若者が住む場所に困っている事態に、どう対処しようとしたのか?

な、なんと、分譲アパートを又貸しする人が増えれば、若者も住む場所にありつけるだろういうことで、アパートの又貸しをしやすくし、また規制家賃の水準ではなく、資本コストに見合った高めの家賃を取ることができるように法改正したのである。それから、アパートの持ち主が住んだままで一部屋だけ他人に貸す間貸し・間借りでも、高めの家賃を取ることができるようにして、間貸し・間借りの供給を増やそうと努力してきた。

でも、又貸しにしろ、間借りにしろ、多くは半年や一年といった期限付きなので、住む側にとっては常に新たな住処を探し、引っ越しを繰り返さなければならない。だから、対処療法的で近視眼的な政策でしかない。補助金カットや分譲住宅化によって自分たちで賃貸住宅を減らしておいて、それがもたらす問題の解決として又貸しや間借りを奨励するとは、ふざけているとしか思えない。キリスト教民主党の支持が低迷し、特に若者に不人気なのも無理もない。


【 より根本的な解決策は何か? 】

長期的な解決策については、住宅庁や国の調査委員会が調査を行って改革案を提示しているが、早い話、「家賃規制を撤廃し、家賃が市場メカニズムで決まるようにすべき」というものだ。私もその通りだと思う。

既に何度も書いてきたように、住宅需要の高い地区では、市場価格よりも相当低く設定された規制家賃に甘んじて、いつまでも住み続けている人がいる。家賃が市場価格になれば家賃は今の少なくとも2倍以上(場所によっては3倍、4倍)にはなり、分譲住宅を購入した場合の月々のコストとあまり変わらなくなるだろうから、経済的に余裕のある世帯の多くは分譲住宅に移っていくだろう。住んでいる賃貸住宅が自分のライフスタイルに合わなくなったのに、解約するのがもったいないから占有し続けるケースも減るだろう。賃貸住宅をより求めている人が入居しやすくなる

もちろん、困るのは経済的に余裕のない世帯だろう。需要と供給で賃貸住宅の家賃が決まるようになれば、街の中心部と郊外との家賃に差が生まれ、家賃の比較的低い郊外に引っ越さざるを得ないかもしれない。所得の低い人が街の中心部から追い出されてしまうことを問題視する人もいるだろうが、では、待ち年数によって賃貸住宅に入居できるかどうかが決まる現行の制度のほうが良いかというと、そうは全く思えない。需要の高い、街の中心部の賃貸住宅を手に出来る人は「待ち年数」を溜め込んだごく一部の人々であり、それ以外の大多数の人々がそのような魅力的な立地条件に住もうと思ったら、分譲を買ったり、分譲住宅を又貸ししてもらったり、闇で取引したりしなければならず、そのようなケースにおいては家賃は既に市場メカニズムで決まっている。つまり、市場価格が良いのか悪いのかにかかわらず、既にそれが現実となっているのだ。所得の低い世帯への配慮は、家賃規制ではなく、現行の住宅補助金制度の拡充によって行うべきだと思う。

人々が何年も待つことなく自分にあった賃貸住宅に入居できるようにするために、いま必要とされているのは、賃貸住宅市場の流動性を高めることであり、それは家賃規制の撤廃によって可能になると私は思う。それに加え、住宅市場全体の供給量を増やしていかなければならない。

ただ、この解決策に対しては、反論も根強い。最も激しく反発しているのは、賃貸住宅に住む住民から構成され、全国組織である賃貸居住人組合である。そりゃ、市場家賃よりも相当安い家賃で住んでいる彼らにとって、家賃規制は既得権益をもたらしているから反発するのは無理もない。「十何年も待ってこの賃貸アパートを手に入れたんだぞ!」という声も聞こえてきそうだが、待つこと自体に経済的な価値はないし、安い家賃をこれまで享受してきたのだから、長年待ったことに対する報酬はもう得ているだろう。でも、彼らは既得権益を手放したくない。

また、若者団体の中には「賃貸の家賃は既に市場メカニズムで決まっており、非常に高い家賃を払わされていて、経済的に苦しい。市場メカニズムで決まる賃貸家賃は若者を苦しめるだけだ」と主張している団体もある。賃貸の家賃は既に市場メカニズムで決まっている、とはどういうことかというと、第二回目で書いたように、新築物件については建設コストに見合った家賃を設定できるので、そういう物件に住む若者が経済的に苦労している、と主張したいようなのだ。しかし、これも既に書いたように、新規の賃貸物件の家賃が既存物件の家賃に比べて驚くほど高く設定されているのは、住宅会社は既存物件の家賃の引き上げができないため、その新規物件の家賃だけで建設費を賄わなければならないからである。もし、既存の物件の家賃が今より上昇すれば、新規物件の家賃を今ほど極端に引き上げる必要はなくなるはずだ。


※ ※ ※ ※ ※


以上、4回にわたって書いてきたが、賃貸住宅の不足の問題は急を要する課題である。ストックホルムなどの都市部の景気はよいため、労働需要が高まっているのに、実際のところ、ストックホルムにせっかく引っ越そうと思っても、住宅不足とそれにともなう住居費の高騰のために断念するケースもあるだろう。そういうケースが相次げば、住宅不足の問題は地域経済の成長を妨げるボトルネックとなりかねない

これまで何度も市場メカニズムという言葉を繰り返してきたが、私はなにも「市場メカニズムが絶対だ」と言いたいのではない。私が言いたいのは、市場の力各個人が自らの欲求を満たそうとする力とも言い換えられる)や市場メカニズムを無視して、正義感だけで市場に規制を加えようとしても、それは必ずどこかに皺寄せを生じさせ、それが積み重なれば大きな問題を生みかねない、ということだ。市場メカニズムも万能ではないから、文脈によっては様々な規制を設ける必要があると思う。ただ、その場合にもそれがどのような危険をはらんでおり、どのようにすればその悪影響を緩和できるかということは、常に念頭に置いて考えなければならない。それを怠り大失敗しているケースが、この住宅市場の問題だと思う。

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