『今日の出来心』

シンガーソングライター&作詞家“久保田洋司”の365日書き下ろし公開日記です
since 2000.3.7

2009年3月31日(火)

2009年03月31日 00時00分01秒 | Weblog
ギターの足元のエフェクターであるが、
エディットなどの操作は、
机の上に、エフェクターボードを置いて、
例えば、イコライザーの何ヘルツあたりの設定を、
1メモリ上げるとか、リバーブの成分を、少しおさえるとか、
液晶の画面をにらみながら、
ヘッドホンで、音を確認しながら、
細かく、やっているのである。

エディット用の小さいボタンやらつまみなどは、
手の指で使うようにできているけれど、
実際に演奏中に、音を切り替えるペダルなどは、
足踏み用であるから、
手で押すには、ちょっと力がいるのである。

このごろ、腕や肩が張るなぁ、と思ったら、
これなのである。

昨日は、エフェクターボードを、足元において、
音色の切り替えなどを中心に、
具合を確認してみた。

ギターを弾く指も動かし、歌も歌いながら、
足でペダルを、いいタイミングで、踏む。

面白くなってきた。

プリンスの、十数年前の、例の、
プリンスという名前を、やめる、とか言い出したころの、
ライブの映像があって、久々に見た。
僕は、その映像を、
今や時代物となった、レーザーディスクで持っているのであるが、
今、プリンスの最新の公式のサイトで、見ることができるのである。

大きいスタジアムクラスのコンサートの後、
クラブのようなところに移動しての
シークレット・ライブ。
その1曲目で、
ドラムとベースと、
プリンス(ギターと歌)だけの、
すごくかっこいい演奏がある。
ギターもとっても上手し、
エフェクトの切り替えどころも、いい。
ディストーションやワウペダル、
マーシャルのアンプの
ボリュームのつまみを、演奏中に、上げたりする。
またまた、しびれたところである。

洋司

2009年3月30日(月)

2009年03月30日 00時00分01秒 | Weblog
昨日は、コンサート会場までたどりつくのに、
渋谷は、すごい人出で、なかなか、
前に進めないのであった。

人が多いのももちろんであるが、
109あたりの歩道は、狭すぎるのであった。

会場も、超満員で、
コンサートもとっても楽しいものであった。

中河内雅貴さん。
広島出身ということで、
MCでも、ちょっと広島弁が出たりして、
急に、親近感を覚えたのであった。

若者らしい、溌剌とした、ステージであった。

どれだけ動いても、どれだけ叫んでも、
まだまだ、しなやかに、軽々と、
ステージを駆けるのである。

会場、割れんばかりの、声援。

バンドは、ギター、ベース、ドラム、キーボードの
4人バンド。
時々、シーケンスの音も、足されていたけれど、
基本的には、シンプルな、ロックバンド。

ギタリストの足元は、モニタースピーカーに隠れていたけれど、
おそらく、全曲中、ほとんどかかっているオーバードライブ、
ソロ用のディストーション、
ディレイ、ワウペダル、それぐらいかな。
マーシャルのアンプに繋いだ、
桃色のテレキャスタータイプのギター1本で、
全曲。
バンドでのライブを思うと、大変参考になる、ギタリストで、
とっても良かった。

ステージのあと、ご本人を紹介してもらった。

ステージ後の、湯気立つような人に会うのが、好きである。

すごく大きい人に見え、握手した手も、大きかった。

昨日は、僕と、もう一人、作詞家の方と、マネージャーとで
出かけたのである。
コンサート後、三人で食事。

普段、あまり会ったり、話したりすることがないので、
楽しいのであった。

結局、楽しかった、みたいな、作文しかかけない者である。

洋司

2009年3月29日(日)

2009年03月29日 00時00分01秒 | Weblog
本日は、久々に、ライブを見させていただきに、
出かけるのである。

このごろ、あまりコンサートを見ていないので、
楽しみである。

以前、詞を担当した方の、ライブであるが、
今の僕としては、
ギターのアンプやエフェクトをチェックしてきたい、
という、別の楽しみもあるのである。

たぶん、けっこうロックなサウンドだと思うので、
どんなエフェクターを使っているかとか、
ディストーション系に、空間系が、
どのように、のっかってくるか、とか、
イコライジングのチューニングどころ、とか、
エフェクトチェンジのタイミングをどうしてるか、などを、
見てこよう。

ヘッドホンではない、大音量に身をおく気持ちよさを、
味わってこよう。

洋司

2009年3月28日(土)

2009年03月28日 00時00分01秒 | Weblog
町を抜けて、電車は、きらめく海を見る。
海辺の坂の町は、静かで、明るい。
夜になると、こんどは、見下ろす海は、どこまでも真っ暗で、
波の音が、ザブーンと、聞こえるのであった。

昨日は、BANANASの安田信二さんのお宅に、お邪魔し、
安田さんのスタジオで、
作曲や音作りの輝くような極意や、
めくるめく作品の数々を、制作過程などのお話と共に、
お聞かせいただいた。

ひとしきり、聞かせていただき、
感動していると、
あっという間に夜である。
安田さんお勧めの、串焼きのお店に、
連れて行っていただく。

僕は、そんな気の利いたお店には、
ほとんど行くことがない。
そこで、珍しいものや、新鮮な刺身をいただく。
美味い。
こういう日は、お酒。

共通の知人の話が、いくつも出る。

安田さんと、会うのは、これで、3度目。
そのうち、何度目かなど、数えられなくなろう。

なにしろ、こちら、なんとか歌を作っている者として、
大変に刺激的で、学ぶこと多い、なによりも、楽しい、
ある種の至福を、
味わわせていただいたのであった。

洋司

2009年3月27日(金)

2009年03月27日 00時00分01秒 | Weblog
万葉の頃、都会というものが出現し、
都会人は、勤務をする。

ももしきの 大宮人は 暇(いとま)あれや
梅を挿頭(かざ)して ここに集へる

勤務があるから、暇という概念も生まれるのである。

役人たちは、朝、4時とか5時とかから、働いて、
お昼には、勤務は終わり。

午後は、私有のもののために、働いた。
田畑で、草刈などもするのである。
自分の土地に対するかかわりが、深かったそうである。

万葉集には、非常に都会的なものと、
土臭いものとがあるのは、当時の人たちの
そういう生活があったからなのである。

坂上郎女(さかのうえのいらつめ)でも、
大伴氏の私領の田庄(たどころ)に、
しばらくのあいだ出かけて、
働く人々を、束ねる、というようなことをしていたらしい。

田の近くに、庵を作って、そこで寝泊りしながら、
月をまたいで、働いたらしい。

そういえば、僕の曽祖父は、大工で、
家を建てに行くのに、泊り込みで行っていた、
という話を聞いたことがある。

今なら、車で、すぐの距離でも、
昔は、大工道具一式持って、
ま、それは、置いておくにしても、
毎日、行き来となると、
大変なことだったろう。

僕らから見れば、なんと不便な、と思ってしまうけれど、
昔の人には、
車やら、電車、飛行機なんか、ないのであるから、
それが、当たり前のことで、
あぁ、不便、などという思いや、
不便と感じるために、気分が悪くなる、というようなことすら、
なかったのであろう。

藤原定家が、
人は、その人の器でしか、ものを理解できない、と。

今、僕らが、心底、便利だなぁ、と思っていることも、
100年すれば、
なんと不便な時代だったのだ、などと、
言われているのであろう。

そう言われているところを、どこかから、
見てみたいところであるが。

洋司