やんまの気まぐれ・一句拝借!

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「黄砂来よる」と担任の声色で:今井聖

2021年05月31日 | 俳句
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「黄砂来よる」と担任の声色で:今井聖
今年も大陸から黄砂が渡って来た。いち早く教室に情報を流したのは担任の声色であった。教室中爆笑に包まれる。きっと人気の先生なのであろう。昔の記憶に高校時代の熱血先生がいた。当時は愛の鉄拳が普通だったので出来の悪い小生はよく餌食になっていた。ある日黒板に大きな似顔絵を描いて授業を待っていた。いよいよご登壇の先生の雷や如何にと固唾を呑んで見守った。案に反して先生は大爆笑。「俺ってこんな色男なんだ!」と上機嫌であった。あの顔あの声今は遠い昔の話である。:俳誌「角川・俳句」2021年6月月号所載
(黒っぽい黄砂の空や明け鴉:やの字)
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一山も一谷も雨ほととぎす:甲斐由起子

2021年05月30日 | 俳句
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一山も一谷も雨ほととぎす:甲斐由起子
キョッキョキョッキョキヨと時鳥(ほととぎす)の声が響き渡る。山も谷も降りしきる雨の中である。番の一羽に自分の居場所を告げているのだろ。人間の耳にはおよその方角しか分らない。鳥同士はピンポイントで相手の居場所が分っているらしい。大きな自然の山河の懐で今日も鳴声が山に谷にと響き渡ってゐる。:俳誌「角川・俳句」2021年6月月号所載
(お目覚めの枕に甘しほととぎす:やの字)
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玄関に敷く新聞紙燕来る:永野昌人

2021年05月29日 | 俳句
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玄関に敷く新聞紙燕来る:永野昌人
今年も我が家の玄関に燕がやって来た。家の人も毎度の糞害には慣れているので気にならない。何時ものように新聞紙を敷いて処理の手順も何時もの通り。燕の帰巣本能が遠き旅路の果てに忘れないでここへ導いて来たのである。我が徘徊の距離感とは雲泥の差である。驚くべき燕の能力、否神のセッテイングと言うべきか。:読売新聞「読売俳壇」2021年5月24日所載
(燕来る目線横切る黒光り:やの字)
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キッチンカーベンチもありて青葉風:倉林高次

2021年05月28日 | 俳句
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キッチンカーベンチもありて青葉風:倉林高次
青葉を通して風が心地良い。ちょっとした広場に出るとキッチンカーが出ている。何故か食用をそそられてしまう。こうして日々に歩ける健康体を戴いた上の食欲である。昨日今日万歩計の記録は気にしなくなった。心趣くままに歩けばそれでよい。毎日歩く方角を代えて今日の一期一会を楽しんでいる。何時まで賜わる健康か、明日の事は考えまい。今は今このベンチの座り心地が実に良い。:読売新聞「読売俳壇」2021年5月24日所載
(人間の距離の遠近青葉風:やの字)
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巣ごもりの鬱ひたひたと薄暑かな:加藤国基

2021年05月27日 | 俳句
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巣ごもりの鬱ひたひたと薄暑かな:加藤国基
コロナ禍の巣ごもりも長引いて憂鬱な日々を送っている。折しもの薄暑。だらしなく転がってばかりである。テレビ三昧と言っても一日中張り付いてばかりも居られない。クーラーにするか扇風機にするか眠れない夜の帳(とばり)がやって来る。しかしながら少々永く生きていると生活の知恵も着こうと言うもの。草むしりをしたり朝顔の苗を植えたりの昼の労働と晩酌さえ得れば寝付きがよくなると知っている。鬱を飛ばすに鼻唄一とつで充分である。:読売新聞「読売俳壇」2021年5月24日所載
(薄暑かなけふの一句の字の余る:やの字)
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亀鳴くを信じ長寿を信じをり:松本祐一

2021年05月26日 | 俳句
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亀鳴くを信じ長寿を信じをり:松本祐一
亀にも喜怒哀楽がある。その都度きっと声を出して鳴いているのだ。「そんならお前と駆け競べ」と会話も出来る。そんなノーテンキな延長で自分がきっと百歳まで生きるのだとも信じている。健康で長生きして長寿の人と酌み交わす。信じよう。信じるだけなら只せ済む。小生も性善説を信じ亀が鳴く事を信じる派である事を付け加えてをく。:朝日新聞「朝日俳壇」2021年5月23日所載
(亀鳴くやそぞろ哀しい夕暮に:やの字)
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はつなつを先取る百花野の小径:藤森荘吉

2021年05月25日 | 俳句
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はつなつを先取る百花野の小径:藤森荘吉
薫風が心地良い季節。野の小径には花々が咲き満ちている。さあこれからが夏の本番である。桜は葉桜となり季節は確実に移ろってゆく。こんな季節を家籠もりとはもったいない。少し足を伸ばせば思わぬ風景に巡り会える。勝手知ったる馴染みの場所も風の香に揺れる花々もその様相を刻々と変えている。故人曰く季節も又時の旅人なり。:朝日新聞「朝日俳壇」2021年5月23日所載
(初夏の旅の鞄に時刻表:やの字)
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若者に続き老人夏に入る:小関新

2021年05月24日 | 俳句
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若者に続き老人夏に入る:小関新
夏だ、夏がやって来た。早くも若者達が山へ海へと解き放されて行く。それを眩しく眺めていた老人達もおもむろに腰を上げるのであった。昨今のコロナ禍の中で行動は限られている。我が老人倶楽部ではグランドゴルフの試合を再開した。上手い人も下手な人もそれぞれの命を輝かせている。:朝日新聞「朝日俳壇」2021年5月23日所載
(錆付いた我身なれども夏来たる:やの字)
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ワクチンを待ちつつ夏を老いにけり:小川弘

2021年05月23日 | 俳句
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ワクチンを待ちつつ夏を老いにけり:小川弘
今回のコロナ騒動でワクチン接種での防衛がテーマになっている。予約して接種日が決まれば順番に接種と言う段階である。老い先短いとはいえ命は愛おしい。早く接種を済ませて一安心したいものだ。この夏の猛暑に耐える体力を養はねばならぬ。年々老いにはきつい夏が迫っている。:朝日新聞「朝日俳壇」2021年5月23日所載
(夏兆す日々の散歩に息切れて:やの字)
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市民課に会ふ人親し糸柳:村田淑子

2021年05月22日 | 俳句
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市民課に会ふ人親し糸柳:村田淑子
この季節、旬の糸柳が美しい。そんな柳の道を通れば市役所にでる。今日は市民課に用が有ってやって来た。と知った顔に出合った。あらフーさんじゃないの!と積もる話の花が咲く。コロナ自粛で人と話す機会が減っていた鬱憤を晴らすかの如く激談となる。と、7番でお待ちの方お待たせいたしましたのアナウンス。野暮用も済んで帰り道にはあの糸柳が光りに揺れていた。:読売新聞「読売俳壇」2021年5月17日所載
(糸柳浮いた話も無く八十路:やの字)
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山一つ越ゆるかざおと竹の秋:川村ひろみ

2021年05月21日 | 俳句
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山一つ越ゆるかざおと竹の秋:川村ひろみ
山一つ越えて来た風の音が辺りを騒がせている。折しも竹の葉が散りしきっている。雄大な自然の営みに耳目を傾ければこの国の巡る季節の営みが五感を楽しませる。昨今移動のままならぬ状況下なれど季節と言う旅人の方から訪れてくれるのが嬉しい。巡り来る季節もまた時の旅人なり。:朝日新聞「朝日俳壇」2021年5月16日所載
(ふはふはと八十路の旅路竹の秋:やの字)
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一山の霊気束ねし滝となる:勝村 博

2021年05月20日 | 俳句
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一山の霊気束ねし滝となる:勝村 博
一山の霊気が一条の滝に集約され水が落下している。あたかも水の宿す霊気が落下している様相である。暑い夏になればこうした滝壺の霊気に心癒やされ心の安らぎを求めてゆく。さて感染予防で外出を控えていると心が疼きこうした場所へ出掛けたくなる。テレビの滝巡りにはない臨場感が現場にはある。何時の日にか滝を見に出掛けてみたいものだ。:朝日新聞「朝日俳壇」2021年5月16日所載
(一条の滝より風の生まれ出づ:やの字)
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牡丹の絶唱といふ崩れやう:塩見成子

2021年05月19日 | 俳句
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牡丹の絶唱といふ崩れやう:塩見成子
牡丹が崩れてゆく。絶唱の声が響き渡ってゆくようだ。花の散り様は様々なれど花弁がはらはらと散るのもあれば牡丹の様に花ごとすとんと散る様もある。その一心を投げ打つ様に絶唱の声を聞く。声なき声の絶唱である。ここに散り際の美学がある。人の散り方も然り。:朝日新聞「朝日俳壇」2021年5月16日所載
(牡丹の散り敷く坂や万歩計:やの字)
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木の芽晴古き葉落とす風のきて:春日のりこ

2021年05月18日 | 俳句
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木の芽晴古き葉落とす風のきて:春日のりこ
木の芽に清々しい風が吹き渡る。はらりほろりと木の葉が舞い散ちて新しきものの芽吹きと古きものが交錯してゆく。さて人生も八十歳ともなると落とされる古き葉状態ではある。自分が何処から来たのか生まれる前の認識は無い。また何処へ行くのか目の前の事も定かではない。草葉の陰なのか天国なのか。出来る事は今を生きる事のみである。きっと一吹きの風が始末してくれるだろう。:俳誌「はるもにあ」2021年5月号所載
(木の芽晴鬱を晴らすに高唱す:やの字)
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楽隊のひとり草笛吹きはじむ:金子敦

2021年05月17日 | 俳句
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楽隊のひとり草笛吹きはじむ:金子敦
人の心を鼓舞する様に楽隊の演奏である。その内各パートの独奏が挟まれて行く。トランペットが終わりドラムが終わったその跡でフルート奏者の番が回ってきた。が、何とこの者は草笛を吹きはじめたのである。それまでは音量を競う様な演奏だったのと対比の妙かこの草笛の小さな音色が聴衆の耳を引きつけた。:金子敦句集「シーグラス」2021年4月21日版所載
(草笛の音色に大気澄み渡る:やの字)
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