やんまの気まぐれ・つぶやっ句 「一句拝借!」

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ハムエッグの端反り返り蝉の声 金子敦

2018年09月23日 | 俳句
764
金子 敦
ハムエッグの端反り返り蝉の声
食卓のハムエッグが反り返って今日も食欲が旺盛である。どこかで蝉が鳴いている。当たり前のように日常と言う時が流れてゆく。どうしようもなく生々流転に身を任せれば何か哀しい。この命後悔をするかしないか。今は思う、日々生きることの何と有難く嬉しい事よと。:俳誌『季刊芙蓉』第117号所載。
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さびしさは秋の彼岸のみづすまし 飯田龍太

2018年09月22日 | 俳句
763
飯田龍太
さびしさは秋の彼岸のみづすまし
夏の盛りを過ぎて「暑さ寒さも彼岸まで」の秋彼岸となった。あるがままの日常をただただ流されて来てしまった。ふる里の木橋に立ち止まってゆるやかな小川の流れを眺める。みづすましが何思い煩う事もなげに回転している。ふいに寂寥が身に襲う。これで良いのか。これで良かったのか。我が身の無力を悔いて歯ぎしるする。等身大に留まるさびしさが襲う。:句集『今昔』所載。
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霧を来しアイヌをみなの深まなこ 今瀬一博

2018年09月21日 | 俳句
762
今瀬一博
霧を来しアイヌをみなの深まなこ
霧の中をやって来た老婆の深まなこは一目でアイヌと分かった。北海道旅行でアイヌの民族踊りを見たことがある。東京あたりにちゃらちゃらしている人間とは違った雰囲気を纏っていた。阿寒湖でお土産マリモを買い霧の摩周湖でイヨマンテのお祭りショーを見る。昔蝦夷地と言われたこの地に本土の人が踏み込んで本当によかったのか。取りとめもない考えに沈む小生にアイヌの深まなこが覗き込んだ。:俳誌「角川・俳句」(2018年9月号)所載。
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ねこじゃらし揺れ古里へ近づけり 近藤史子

2018年09月20日 | 俳句
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近藤史子
ねこじゃらし揺れ古里へ近づけり

路傍のねこじゃらしが揺れている。コンクリートの無機質な都会を遠く離れてきた実感が襲う。これぞ古里かつて私が居た場所今も心に抱き続ける場所である。如何にいます父母♪恙なしや友がき♪あの山並みもこの川も懐かしい。墓参、同窓会、それとも望郷の念に駆られて帰るのだろうか。:俳誌『百鳥』(2017年12月号)所載。
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鳥飛んでそこに通草のありにけり 高浜虚子

2018年09月19日 | 俳句
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高浜虚子
鳥飛んでそこに通草のありにけり
鳥がぱっと飛び去った。その残像に重なって目の中には通草が見えている。深まる秋とともに草木の実が実り小鳥たちが欣喜雀躍の体となる。鶺鴒や尉鶲とともに様々な色鳥たちが姦しい。百舌鳥が物真似歌謡ショーを展開するのも楽しみだ。色鳥と秋の七草の共演もまた楽しい。:角川「新版・俳句歳時記」(1990年12月15日版)所載。
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独学や拭き消す窓の天の川 寺山修司

2018年09月19日 | 俳句
759
寺山修司
独学や拭き消す窓の天の川
独学という響が耳に痛い。勉強嫌いで青春時代を過ごしてしまったからだ。根を詰めたか少し疲れて窓の曇りを拭いてみる。何と天の川が夜空を渡っている。しばしぼんやりと眺めてみる。何だか自分がちっぽけな存在に思えてきた。ちっぽけな存在にも志がある。気を取り直してまた書に向かう。私の場合学び心が付いたのは会社定年後だから独学の晩学である。<小人の学成り難しちんちろげ>。:彩図社「名俳句一〇〇〇」(2006年11月10日)所載。
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たましひの独り歩きや今年酒 白坂拓

2018年09月18日 | 俳句
758
白坂 拓
たましひの独り歩きや今年酒
今年の秋の米が酒となった。なにか明るい気持ちでさっそく嗜む。ああ良い気分と浮世の憂さを忘れてゆく。ほろ酔いを通り越す頃には魂が独り歩き出す。泣き上戸笑い上戸と隠れていた本性を出してはならない。え、それが出来れば苦労はナイ!ですって。いやご同輩ごもっともです。:備忘録。
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かのひとの魂まとひ来るあげは蝶 藤木倶子

2018年09月17日 | 俳句
757
藤木倶子
かのひとの魂まとひ来るあげは蝶
人を偲んでいると揚羽蝶がやって来た。あたかも彼の人の魂を纏っているかの様だ。人をひとと表記する時それが異性であることを思わせる。それは失恋か片思いの恋であったりする。成就する恋で共に白髪となるもまた佳し。人生いろいろ恋もいろいろ。この黒揚羽蝶はわが心の空洞に舞っているかのひとである。どこかほろ苦い。:俳誌「角川・俳句」(2018年9月号)所載。
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父のことまだ謎ばかり夕端居 上田秋霜

2018年09月16日 | 俳句
756
上田秋霜
父のことまだ謎ばかり夕端居
残暑ながらもさすがに夕方の風は涼しい。父とならんで夕端居。昭和が去り平成もあと数か月。その昭和を生き抜いた父と子ではある。だが父は子に多くを語らなかった。南方戦線で手足に傷を負いながら生還した。その生死の狭間の壮絶な日々を語りたくないのだ。語れば思い出す生き地獄の有様に気が狂ってしまう。そう語らないでいいですよ。今夜も畳に敷いた布団の中でゆっくりとお休みください。:読売新聞「読売俳壇」(2018年9月11日)所載。
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やはらかに人わけゆくや勝角力 高井几菫

2018年09月15日 | 俳句
755
高井几菫
やはらかに人わけゆくや勝角力
今九月場所が佳境である。白か黒か闘争に明け暮れる日々である。勝負あって勝力士がやはらかく人を掻き分けて退場してゆく。背中に拍手を浴びながら。場所場所によって又その日その日に注目力士がある。優勝予想もああだこうだと盛り上がる。。。随分前に本場所を一回だけ招待された。場内の雰囲気を纏いながら気分を高揚させていった。今我が身の体力を鑑みればテレビ時代はお茶の間こそ特別桟敷席だと思う次第である。:山本健吉「鑑賞俳句歳時記」(1997年4月10日)所載。
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細径に外れゆく犬や蓼の花 榎田きよ子

2018年09月14日 | 俳句
754
榎田きよ子
細径に外れゆく犬や蓼の花

この季節の散歩はとても心地よい。連れ歩く犬も嬉しそうだ。人間は目で散策を楽しむが犬は鼻で楽しんでいる。あの公園まで直線で行こうとしているのに犬には別に気になる事があるらしい。今日は今日で気が付かなかった細径に外れてゆく。これも良し。気ままな余生を気ままに生きる楽しさよ。蓼の花を見つけた。:雄山閣「新版・俳句歳時記」(2012年6月30日版)所載。
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近海のさんま美味なり庶民なり 山口佳余子

2018年09月13日 | 俳句
753
山口佳余子
近海のさんま美味なり庶民なり
去年まで不漁が続き高級食材となっていた秋刀魚だが今年は一転久しぶりの豊漁となった。北海道近海の漁港は活気づいている。じゅうじゅうと油を滴らせて焼き上げればこれ以上の至福は無い。これこれ、これが庶民の味だよとご満悦である。目黒の秋刀魚は殿様にだって美味さは解ろうと言うもの。昔は路地に出て七輪で焼いていたものだがあの煙自体の美味かったこと。さて大根下ろしと醤油を出してこよう。:俳誌『春燈』(2017年12月号)所載。
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とんぼうの水の濁りを掠めをり 香田なを

2018年09月12日 | 俳句
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香田なを
とんぼうの水の濁りを掠めをり
蜻蛉の季節がやってきた。一匹が笹濁りの水の上を掠めてゆく。きっと銀やんまだ。胸に抱いた鮮かな空色が濁った水に映えている。水中に夢を育み大空に羽ばたいた勇姿である。補虫網を片手に追い回した遠い昔を思い出す。<あの頃へ行こう蜻蛉が水叩く:坪内捻典>。戻りたい。戻れない。原罪もこの世の罪も負っている私の来世はきっと鬼やんまに違いない。:俳誌「はるもにあ」(2018年1月号)所載。
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団栗の付きし小枝を拾いけり 納富篤

2018年09月11日 | 俳句
751
納富 篤
団栗の付きし小枝を拾いけり
まだ団栗の付いている小枝を拾った。秋の実感がずっしりとした手応えとなる。思わずどんぐりころころの童謡を口ずさんだりする。童心に戻れば周囲に零れた団栗を拾い集めてドングリ独楽を作りたくなった。年を取ると孫や曾孫と遊ぶのが楽しみだ。この独楽で遊んだら曾孫は喜んで呉れるだろうか。大地にしっかりと秋がやって来た。:俳誌『百鳥』(2017年11月号)所載。
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みのむしや愛してゐるを誰にもいはず 辻桃子

2018年09月10日 | 俳句
750
辻 桃子
みのむしや愛してゐるを誰にもいはず
みのむしがその蓑の籠ってぶら下がった入る。秋の空に白い雲が流れてゆく。日がな一日それを眺めている。人間の場合なら恋に焦れて放心状態と言ったところ。本人へは勿論他人へも言えない。小生にもっと勇気があったなら何人に告白していた事だろう。とは言え幸せなことに愛が実った後からも愛を告げているだろうか。多くの日本男子は今でも直接妻に愛していると言えないでいる。:備忘録。
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