やんまの気まぐれ・一句拝借!

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百歳の計などたてて夜の秋 河邉幸行子

2019年08月30日 | 俳句
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河邉幸行子
百歳の計などたてて夜の秋
織田信長の人間僅か50年の時代が今や100歳の時代が目前である。夜がすっかり秋めいた昨今自分が百歳の姿を考えてみる。寝たきりの最悪なケースから薔薇色に輝いて闊歩している自分まで色々と。今日の様に毎日美味しく物を食べ楽しく語りよく笑っていられるだろうか。友達は共に長生きしてくれるだろうか。孫から先の子孫は輝いているだろうか。とりとめも無く百歳の自画像が広がってゆく。とは言え明日の事はどうなるか分らない。出来る事は今を一生懸命生きる事だけである。<するまいぞ一つ命の出し惜しみ夢中健脚今日も元気で:やの字>。:句集「お百度ごころ」(2019年7月)発行。
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つくずくとせわしなき旅法師蝉 寂仙

2019年08月29日 | 俳句
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寂仙
つくずくとせわしなき旅法師蝉
ちょっとした時間の空きがあって旧知を訪ねる旅に出た。たまの旅と言う事で為す事見る物多々ありせわしない。折しも周囲には法師蝉が激しく鳴いている。何か忙しなく追われている心地がする。我が来し方を振り返るに何も用が無いのに忙しく生きてきた気がする。たった一度の人生をこんなに急ぐ必要があったのだろうか。せめて終活の今日この頃少し歩を緩めてみよう。オーシムツクツク惜しむつくづくオーシムツクヅク。足元に咲く草の花が目に愛しい。:ネット喫茶店「つぶやく堂」2019年8月21日所載。
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晩夏光グラスビールを飲み干して 香田なを

2019年08月28日 | 俳句
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香田なを
晩夏光グラスビールを飲み干して
夏の光がまだまだ支配する今日この頃。飲み干すビールが喉を癒やしてくれる。夏の終わりの気怠さに浸かり暫し忘我の境地を漂っている。この夏何をやり遂げ何が果たせなかったか。出会いと別れ。挑戦と挫折。振り返ればこんなもんだよと等身大の自分が笑っている。そしてああしてこうなって今日の一切がビールの泡になって消えてゆく。人生は夢の如しとも。:俳誌「はるもにあ」(2016年11月号)所載。
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霧に擦りしマッチを白き手が囲む 安住敦

2019年08月27日 | 俳句
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安住 敦
霧に擦りしマッチを白き手が囲む
霧の街を歩く。煙草を手放せないこの頃いつもふいに吸いたくなる。風で消されない様にマッチを手で囲む。労働をしない白い手である。大人になって何時しか孤独を好む様になった。人に離れても群衆の中に居ても孤独感は募って来る。霧はまたとない隠れ場所ではある。誰から隠れるのか?誰も探してもいないのに。:「まづしき饗宴」(1940年)旗艦発行所
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今しがた雨の上がりし秋簾 木村傘休

2019年08月26日 | 俳句
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木村傘休
今しがた雨の上がりし秋簾
さっきまで降っていた雨が止んだ。すがすがしい風を入れようと窓を開ける。簾を通して爽やかな風が吹き込んだ。まだまだ残暑の厳しい日がある筈と何時までも簾が外せない。とはいえ立秋も処暑すんで九月も目前である。そろそろ簾も思い切ろうか。法師蝉が過ぎ去ってゆくものへ哀悼を捧げている。大気は透明の度合いを深めている。:俳誌『春燈』(2018年11月号)所載。
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鯊釣の並びてひとりひとりかな 今井千鶴子

2019年08月25日 | 俳句
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今井千鶴子
鯊釣の並びてひとりひとりかな

海の水と川の水が混ざり合う汽船域に鯊釣のポイントがある。陸から釣るにも舟から釣るにも何故か釣り人が並んでいる。小生の本拠地は江戸前だったので行徳の陸っぱりも東京湾の木更津沖から羽田沖まで経験している。大量に釣れるので勢い数を競うことになる。100匹の単位で1束釣ったとか5束釣ったとかの世界である。そんな競い合う世界で肩を寄せ合いながら一人一人が真剣に自分の世界へ没入してゆく。一度名人会の船に乗って競ったら小生が30匹で頭(トップ)は3000匹だった。その頃から殺生が嫌いなワタクシであった。厳冬の炬燵舟も経験したがあの孤独感がたまらない。:角川「新版・俳句歳時記」(1990年12月15日版)所載。
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草刈に徹す賢治のでくのぼう 松作礼

2019年08月24日 | 俳句
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松 作礼
草刈に徹す賢治のでくのぼう
名を揚げて都会にきらきら闊歩など思いの他である。ただひたすらに草を刈っている。これで良い。ここに等身大の自分がある。
「雨ニモマケズ」
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラツテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジヨウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ陰ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ツテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクワヤソシヨウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボウトヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハ
ナリタイ
:俳誌「百鳥」2018年11月号所載。
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燈火親し詩の行間のゆたかなる 長沢母子草

2019年08月23日 | 俳句
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長沢母子草
燈火親し詩の行間のゆたかなる
日が暮れて秋の長い夜が始まる。読書には絶好の時間となる。普段の燈火も心なしか明るい世界を作り出す。いま読み始めた詩集は清水哲男の「夕陽に赤い帆」である。各題名の次に5~6行の行間があって詩が流れ出す。さらに詩の世界に引き込まれてゆけばその行間の豊かなこと。一行読んでは目をつむり妄想をくゆらせ又一行読んでは別の世界を漂流する。何と行間の豊かなることよ。ま、小生の場合は燈火親しんで酒になるのだが。:角川「新版・俳句歳時記」(1990年12月15日版)所載。
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削氷や朝から孫はすぽんぽん ミコ

2019年08月22日 | 俳句
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ミコ
削氷や朝から孫はすぽんぽん
残暑厳しき折皆様お身体ご自愛ください。急速冷却にはかき氷が一番である。孫はすっぽんぽんでこれ以上はかき氷の冷却しかない。今までは猛暑の言葉が最高に暑かった。しかし今年は激暑だと言う。わが人類の愚行は温暖化ガスを限りなく排出し地球のオゾン層に穴を空けてしまった。翻ってみるに我が涼んで来た道は簾で風を入れる、団扇で扇ぐ、扇風機を回す、かき氷やアイスクリームを頬張る、近年になってクーラーを入れる、、、さて今後これで収まらない時は、、、南極へ移住する、出来る訳は無い!。:ネット喫茶店「つぶやく堂」2019年7月25日所載。
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葭切の短く飛んでまた葭へ 満田春日

2019年08月21日 | 俳句
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満田春日
葭切の短く飛んでまた葭へ
河原の葭原に葭切の世界がある。終日ギャーギャーと仰々しいので別名が行々子である。その鳴き声にふと目を向けた葭原にひょいと跳びだした葭切がそのままその葭原へ消えてしまった。スズメくらいの大きさで夏場にみられ葦原でギョギョシと鳴く。小生は東京の葛飾で育ち今は千葉県の柏に住んでいる。どちらも「中川」「利根川」「江戸川」が近くに在って行々子にはよく遭遇した。後で分かったのだが行々子はオオヨシキリだそうで別にコヨシキリがいるそうだ。バードウオッチの双眼鏡でもベテランで無ければ分らない。さて土手のサイクリングで風に当たってこようか。:俳誌「角川・俳句」(2019年8月号)所載。
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秋ともし鼻梁をすべる老眼鏡 佳音

2019年08月20日 | 俳句
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佳音
秋ともし鼻梁をすべる老眼鏡
気候も快適な秋の夜長は読書に書き物に適している。老眼鏡での長い作業となって眼鏡がずり落ちそうである。そんな時ふつと俳句の一つも天から降ってくる。しめたしめたと書き留めたメモを翌朝見れば大抵は何と平凡な凡句である。そんな事は長年の経験で分ってはいる。それでも秋の夜の一瞬の楽しい出来事に喜びを味わう事は幸せではないか。こっくりこっくりと居眠りが重なって舞台は夢の世界へ移ろってゆく。あれ松虫が鳴き出した。:ネット俳句喫茶店「つぶやく堂」(2019年8月17日版)所載。
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祖母山も傾山も夕立かな 山口青邨

2019年08月19日 | 俳句
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山口青邨
祖母山も傾山も夕立かな
大分県宮崎県の県境に祖母山や傾山がある。その山岳地帯にざっと夕立がきた。なんと雄大で豪快な景であろうか。夏休みも佳境に入りこうした各地への旅人も多い事だろう。小生も何時か訪れたい場所は数多あったがその内その内と先延ばしにしてしまった。今ではやれ膝が痛い腰が痛いと旅に縁遠くなりつつある。出来る事は出来る内にやっておく事と悟っても後の祭り。何処かの旅先で夕立に遭って温泉で癒やされるなんて素敵な思い出だろうな。:山本健吉「定本・現代俳句」(2000年4月10日)所載。
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扇風機回る昭和の音立てて ひであき

2019年08月18日 | 俳句
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ひであき
扇風機回る昭和の音立てて
涼を取る為に扇風機を回してしる。カラコロカラコロというリズムが心地良い。思えばこの音は昭和の音ではないか。令和の今では冷暖房も様々なセンサー付きの自動運転の時代を迎えている。昭和生まれで大半を昭和に生きた身になってみれば扇風機で涼むのが体調も崩さずに身に馴染み易い。我が家も大分進化して平成の時のクーラーがあるにはある、が団扇、扇風機、クーラーと日替わりで使い分けている。:ネット喫茶店「つぶやく堂」(2019年8月13日)所載。
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日輪の畏きのうぜんかづらかな 瀧澤和治

2019年08月17日 | 俳句
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瀧澤和治
日輪の畏きのうぜんかづらかな
昼炎帝が君臨してはいるが夜には秋の気配が押し寄せて来た。そんな日輪を今も畏れかしずく様に凌霄花が咲き誇っている。どうも秋風の中に涼しく咲いているとは言えない残暑である。年々気候の異変を感じているのは小生だけだろうか。さはさりながら立秋も過ぎお盆も過ぎた。三寒四温の逆で四寒三温と季節は確実に移ろっていくはずである。来週の23日は処暑、やがて来る本格的な秋を楽しもう。:俳誌「角川・俳句」(2019年8月号)所載。
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葛切や舌痛きまで蜜が濃し 望月喜久代

2019年08月16日 | 俳句
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望月喜久代
葛切や舌痛きまで蜜が濃し
葛切りを口に入れる。期待を越えた甘さのパンチである。蜜が濃厚で舌が痛いほどである。小生も亡き母との思い出に蜜豆や心太が出てくる。飯も喰うや喰わずの貧しさに追い込まれた精神を解放する為に、母は一人息子と共に食の楽しみに逃げ込んだ。そんな時代の葛切りや餡蜜が今も舌に甦る。貧しかった。しかし究極の愛があった。寄り添って生きる人間の愛があった。:朝日新聞「朝日俳壇」(2019年7月21日)所載。
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