やんまの気まぐれ・つぶやっ句 「一句拝借!」

談話は、俳句喫茶店・つぶやく堂へお越しください。

すぐ失くす「赤い羽根」とはおもへども 吉田北舟子

2017年09月30日 | 俳句
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吉田北舟子
すぐ失くす「赤い羽根」とはおもへども
今年も赤い羽根の季節となった。駅前など街頭に並んだ女学生の手で胸に着けて貰う事も思い出となった。その日はその赤い羽根のパスポートが無いとどこの出入り口でも気まずい思いをする。そんなパスポートも日が経つにつれ忘れるともなく何処かに消えていった。最近は直接寄付はしない。電車での外出などめったに無くなったからだ。それに私の自治会では纏めて購入し各戸に回覧配布する。ところであの羽はどんな鳥の羽根なんだろう。:角川『合本・俳句歳時記』(1990・12・15版)所載。
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酔がさめ行く虫の音の一人となりて 放哉

2017年09月29日 | 俳句
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尾崎放哉
酔がさめ行く虫の音の一人となりて
酒抜きでは生きられない人生がある。つきつめれば孤独の淋しさに耐える為であろうか。どこでこんな人生に舵を切ってしまったのか。夜が更けて虫の音が高まる。こんな闇に囲まれれば一層淋しくなってくる。酒もさめ行く孤独の闇に一人取り残されて居る。ひょっとしたら誰でも放哉に成り得たのかも、、、。:ちくま文庫『尾崎放哉全句集』(2008・2・10版)所載。
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生身魂一人自転車押してをり 大澤勝美

2017年09月28日 | 俳句
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大澤勝美
生身魂一人自転車押してをり
高年齢者が多い世の中となった。俳人に生身魂と言われる人口の多い事。その辺にやたらと目につく。今も一人が自転車を押している。行きは跨って良かったが買い物を荷台に積むと押して歩くのがやっととなる。80歳はざら90歳だって沢山居るし今や人生100歳時代へ突入しようとしている。健康長寿はいいが寝たきりは苦しみそうだ。ぽっくり様信仰と言うのがあってある日自分でも気が付かない内にぽっくりと往生したいと言う願い。神のみぞ知る寿命であれば今日も元気で生かされる事を願って止まない。:俳誌「はるもにあ」(2016年11月号)所収。
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白ぶだうひとり時間のしたたれり 成田一子

2017年09月27日 | 俳句
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成田一子
白ぶだうひとり時間のしたたれり
今旬の葡萄を楽しんでいる。季節は正に味覚の秋を迎え何を食べても美味である。葡萄も何時もと違う白い粒。ちょっとした贅沢気分になってくる。五感の喜びにひとり恍惚の時間をしたたらせている。四季のある日本に生まれた幸せである。余談ですが私は父が秋田で母が東京なのでひとしの区別がつきません。「し」とり「ひ」たたる事になりそうです。:俳誌『角川・俳句』(2017年9月号)所載。
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黄亀虫手を貸さずとも起きにけり 岩田一男

2017年09月26日 | 俳句
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岩田一男
黄亀虫手を貸さずとも起きにけり
秋も深まると昆虫たちも最終活動に入ってゆく。蟷螂が道を歩いていたり蝉が転がっていたりする。今目の前に黄亀虫が転がっている。仰向けの姿勢を正そうともがいている。手を貸そうかと思っているうちに自力で起きた。秋の空の下一つのドラマが終演する。黄亀虫は黄金虫とも書く。黄金虫は金持ちだ♪そんな奴にワタシは手を貸さない。:朝日新聞『朝日俳壇』(2017年9月18日)所載。
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偏屈を通せば気楽ちんちろりん 黒田杏子

2017年09月25日 | 俳句
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黒田杏子
偏屈を通せば気楽ちんちろりん
妥協すればもう少し楽な人生だったかも知れぬ。そこを自己主張を通し、偏屈と指をさされながらもやり通した。猫を被ることも出来ようが所詮どこかでボロがでる。もしかして周囲に何か迷惑をおよぼしていたかも知れないが我関せずである。所詮自分なりの人生しか送れないと思うからだ。偏屈も気楽な稼業ときたもんだ。松虫がちんちろりんと気楽そうに鳴いている。:俳誌『角川・俳句』(2017年9月号)所載。
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いちばんの笑顔を見せて墓洗ふ 郡山とし子

2017年09月24日 | 俳句
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郡山とし子
いちばんの笑顔を見せて墓洗ふ

母から言われたことあり。「あなたは他に取り柄が無いけれど笑顔だけは一番ね」以来このチャームポイントのお蔭で人生楽しく送ってこられた。昼もあれば夜もある。晴れの日も嵐の日もあり様々な局面を迎える人生。ともすればくじけそうになる事が沢山あった。スマイル!心に太陽!何とかなって来た人生がここにある。秋の彼岸の墓参に来ていちばんの笑顔を見せて墓を洗うのであった。:雄山閣「新版・俳句歳時記」(2012年6月30日版)所載
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旅慣れぬ鞄大きく小鳥来る 矢口笑子

2017年09月23日 | 俳句
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矢口笑子
旅慣れぬ鞄大きく小鳥来る

心地よい秋晴れが続き無性に旅に出たくなった。思い立ったが吉日と早速仕度に取り掛かる。めったに旅に出た事が無いので必要最低限が何なのかわからない。胃薬双眼鏡カメラにガイドブック雨具に少々多めの小銭等々、考えれば切がない。終わりに身分証を兼ねて健康保険証を入れておく。まだまだ思いつかない事が沢山ありそうだ。でもなあ鞄も大きく膨らんでこれ以上は入りそうもない。外では小鳥がやって来て姦しい。今夜はきっと寝付かれない夜となるだろう。:俳誌「春燈」(2016年12月号)所載
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秋深しけふも駅中喫茶店 海苔子

2017年09月22日 | 俳句
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海苔子
秋深しけふも駅中喫茶店
(雑談 この頃、教室の帰りに駅中の喫茶店に一人で入る様になった。 別にコーヒーが飲みたい訳ではない。気分転換である。仕事帰りに一杯 呑む殿方と同じなのかな?:海苔子)何時もの喫茶店でお茶をするのが習いとなっている。日々の生活パターンもざっくり言って固まっている。それでは何も変わり映えしないかと言うと、何の何の日々新しい気持ちで暮らしている。喫茶店の安らぎの中で今日の出会いや目にし耳にした事を振り返る。独りほくそ笑んでいるのを誰かに見られたろうか。秋の憂い若しくは愁いなど何もない屈託のない私の素顔である。秋深し。:つぶやく堂「俳句喫茶店」(2017年9月13日)所載
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鯊釣りの父と子釣果見せ合ひぬ 大和あい子

2017年09月21日 | 俳句
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大和あい子
鯊釣りの父と子釣果見せ合ひぬ
東京湾沿岸の鯊釣りは昔から庶民の楽しみとなっている。今頃だと岡からも佳しボートや乗合船も佳い。会社も学校も休みのある日父と子は鯊釣りに出かけた。ひと頃は成果を百匹単位で言い表はした。今日は1束だったとか2束だったとか。今は環境も随分変わってそんなに釣れないのかも知れない。夕陽が紅く空を染めるころ竿を畳んで釣果を確かめる。父は仕掛けやら餌つけとかのハンデで子供に沢山釣らせたかった。さて結果や如何に。台所を占領し腹を割いて冷凍するまでが父の仕事である。:俳誌「百鳥」(2016年12月号)所収。
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一枚の秋の簾を出でざりき 石田波郷

2017年09月20日 | 俳句
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石田波郷
一枚の秋の簾を出でざりき
残暑が厳しいのでまだまだ簾が外せない。年齢を重ねるに従って不要不急の外出が減って来た。今日もこの居間から一歩も出なかった。表へ出れば様々な世界に接触出来るだろうに体が動かない。たった1枚の薄い簾がぴしゃっとそれを拒んでいる。暑さ寒さも彼岸まで、ゴール直前の感あり。時が来れば嫌でも動き出しそうな自分を感じてはいるのだが。:角川「合本・俳句歳時記」(1990年12月15日版)所載。
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鶏頭の十四五本もありぬべし 子規

2017年09月19日 | 俳句
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正岡子規
鶏頭の十四五本もありぬべし
庭を眺めてふと思うことあり。季節の草花にもうひとつ色気が欲しい。あれこれ今無いものを頭に巡らせる。そうだ鶏頭がいい。それも淋しく無いほどの数、十四五本も欲しいところだ。子規にとって寝そべって眺めるだけ生活。その眺める庭が彼の全宇宙であり、彩りである。今東京根岸の子規庵の庭の鶏頭が紅い。子規は明治35年の今日19日に没した。:『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。
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秋高し美空ひばりがラジオから 香田なを

2017年09月18日 | 俳句
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香田なを
秋高し美空ひばりがラジオから
秋の晴天は気持ちが良い。天高しである。吟行とか散策の途中であろうかラジオから美空ひばりが聞こえてきた。テレビでのけばけばしいひばりではない。秋の透明感を伴った歌声である。沁みとおる様な歌詞を自分でも口ずさむ。ところでラジオから聞こえたこの歌は何だろう。小生の好みで言えば、東京キッドかりんご追分あるいは越後獅子かなあ。:俳誌「はるもにあ」(2016年11月号)所収。
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ジェネリック薬品に決め梨を剥く 佐々木建成

2017年09月17日 | 俳句
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佐々木建成
ジェネリック薬品に決め梨を剥く

新薬も特許期限が過ぎるとジェネリック薬品として安価で販売される事になる。処方箋を薬局に提出したらジェネリックで対応できますがと訊かれた。長い間持病を養生してきたので安価が気に入り即座にこれにしますと決めた。闘病と言うほどでは無いが昔からの持病にすっかり慣れ切って、自分が病人だという自覚すら怪しくなっている。季節の食材が美味い日常生活である。今日も今日とて梨を剥いて一病息災を地で行く。良薬口に甘し♪:俳誌『角川・俳句』(2017年9月号)所載。
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夏痩せて妻の後ろを歩きけり 小山公商

2017年09月16日 | 俳句
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小山公商
夏痩せて妻の後ろを歩きけり

来る夏も来る夏も格別の夏だと思うようになった。はじめはクーラーなど入れぬものかと思っていたのにこれもそこそこに敗北である。犬の様に舌で息をする体になった。今日の買い物はかさばると妻のお供でスーパーへ。とぼとぼと自転車に荷を載せて手で押して歩く。もっとも小生などは夏痩せしなくても妻の後ろを歩いているが。:朝日新聞『朝日俳壇』(2017年9月10日)所載。
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