やんまの気まぐれ・つぶやっ句 「一句拝借!」

談話は、俳句喫茶店・つぶやく堂へお越しください。

ただひとり風の音聞く大晦日 風天

2016年12月31日 | 俳句
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風天
ただひとり風の音聞く大晦日
渥美清は役者名。因みに本名は田所康雄、役名は寅さんこと車寅次郎、そして俳号は風天(フーテン)である。大晦日の映画は寅さんと決まっていた時代があった。民衆の人気者がただ一人風の音を聴いている。役も職業も脱ぎ捨てて自分というものに戻る。身を囲むものを失って本当のぶよぶよした体一つに戻った時、心がじんと寒い。今年の気まぐれっ句はこの寅さんの一句で締めくくる事とした。木枯しに混じるのは、ゴーンと除夜の鐘。『風天 渥美清のうた』(2008)所載。
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掛けかへし暦めでたし用納 佐藤眉峰

2016年12月30日 | 俳句
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佐藤眉峰
掛けかへし暦めでたし用納
もう何日寝るとお正月と数え日が進んで今日は仕事納め、取引所大納会となる。大会社などではもっと前に終業した所もあろう。帰宅前には壁のカレンダーも架け替えられた。何やかや言ってもまずまずの一年であった。仕事は来年に続き、ほどほどに健康でもある。家族もそれぞれに来年に向かって夢をもっている。何でもない事かも知れないがこれも奇跡の一つであろう。今年も感謝と祈りの日がめでたく暮れてゆく。角川「合本・俳句歳時記」(1974)所載。:やんま記
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金箔の薬師如来や石蕗の花 菊池文男

2016年12月29日 | 俳句
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菊池文男
金箔の薬師如来や石蕗の花

人間にとって死へ向かう一番恐ろしいものが病気である。肉体を病むのも心を病ものも病気。この病気を治す薬を授けてくださるという薬師如来。人々は病を避ける願いを込めて金箔のこの仏様を建立した。路傍にひそと石蕗の花が咲いている。貧富の差その他様々な格差を越えて襲い来る病、神仏のご法力がこうした路傍の隅々にまで及びます様に。:俳誌「百鳥」(2016・3号)所載。:やんま記
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懐に文あたたまる時雨かな 高橋雅世

2016年12月28日 | 俳句
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高橋雅世
懐に文あたたまる時雨かな
外は時雨。懐に文を温めている。凍てつく寒さだけれど心尽した言の葉が胸にじんと来て温かい。近頃めったに文を出さなくなった。携帯、スマホ、またはフェイスブック等等と連絡手段は豊富だ。たまに来る紙に書かれた文には何か重みを感じる。今年も旧年来の方々からの年賀状が待ち遠しい。文はみな心の温りを持っている。俳誌「はるもにあ」(2016年3月号)所載。:やんま記
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淋しさの底ぬけて降るみぞれかな 丈草

2016年12月27日 | 俳句
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内藤丈草
淋しさの底ぬけて降るみぞれかな
心細くなる様なみぞれの一日。淋しさの底が抜けた様にとめどなく降り続けている。心から絞り出された淋し泪でもあろうか。江戸の頃の寒さは今の東京時代からは想像出来ない寒さであったろう。近代俳句は直接喜怒哀楽を語らない写生句が主流となっている。しかし心情を直接訴えたいのは昔から沢山いたようだ。今ならつぶやっ句が然りである。彩図社「名俳句一〇〇〇」所載。:やんま記
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切干やいのちの限り妻の恩 日野草城

2016年12月26日 | 俳句
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日野草城
切干やいのちの限り妻の恩

お、御同役、私も右に同じである。ん十年という時間を共にしてきて振返れば今日かく命を晒していられるのは真実妻の恩によるものである。子育ては全面的に妻に負うて来たし炊事洗濯賄いと生活も全面的に支えられてきた。小さな旅行にまるで介護士の様に寄り添ってくれるのも妻である。思えば心の支えにもなってくれた。とはいえ面と向かって日々礼を言う訳は無く、星空に向かって心の手を合せるのみである。昨日はクリスマス、妻はクリスチャン、ふむこの切干いけるじゃないか。『名俳句1000』(12002)所収。:やんま記
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聖樹灯り水のごとくに月夜かな 蛇笏

2016年12月25日 | 俳句
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飯田蛇笏
聖樹灯り水のごとくに月夜かな
クリスマスツリーを飾って水の様に透明な夜が更けてゆく。モミの木にリボンや星や短冊が吊られている。靴下にはサンタクロースからのプレゼントが入っている。空には下界を煌々と照らして月が輝いている。食卓には七面鳥。母から子へ聴かせるマッチ売りの少女。そんなこんなのイブの夜も明けて今日は本番のクリスマス。教会では厳粛なミサがあって新年を迎える様な新たな誓いがなされる。お月様、今年も戦争がありませんように。彩図社「名俳句一〇〇〇」(2002)所載。:やんま記
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聖夜眠れり頸やはらかき幼な子は 森澄雄

2016年12月24日 | 俳句
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森澄雄
聖夜眠れり頸やはらかき幼な子は

クリスマスイブと言っても小生としては普段とは変わりが無い。無いのだが愚妻(洗礼名マリアテレジア君)はバーゲンで得た七面鳥の調理に余念がない。先妻を亡くし入学前の幼子を抱えてただおろおろとしていた小生に後妻としてマリア君は嫁いで来た。長男は普通の会社員となったが次男は母を亡くした衝撃でパニック症候群に囚われて今も闇を彷徨っている。生まれた時頸のやはらかな壊れそうなあの児をついに壊してしまった罪の念を私は負っている。聖しこの夜救いの御子は御母の胸に眠りたもふ夢安く。戻れない現実がある。彩図社『名俳句一〇〇〇』(2002)所載。
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短日の燃やすものもうないかしら 池田澄子

2016年12月23日 | 俳句
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池田澄子
短日の燃やすものもうないかしら
めっきりと日が短くなった。朝は何時までも暗いし日没はあれよあれよと言う間にやってくる。それに底冷えで心身ともに冷えてくる。昔は外で焚火をやって温まった。今はそんな事も出来ない世の中となった。熱くなるものが無くなったのは情熱が失われた様に似て淋しい。もう一度何かに燃えてみたい、「もう一度、もう一度」と呟いてみる。何だか人生そのものが短いようで切なくなるではないか。:現代俳句文庫「池田澄子」(1995)所載。
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雨霙牡丹雪粉雪冬の朝 浜風

2016年12月22日 | 俳句
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浜風
雨霙牡丹雪粉雪冬の朝

おお寒い。あめ・みぞれ・ぼたんゆき・こなゆき・ふゆのあさ、、、凍えてしまいそうだ。大昔若い頃は冬は痺れる程寒くなきゃあねと粋がっていた。旅は心細くなって死にたくなる程の冬の旅がいいなどと気取っていた。今は見えも外聞も無く暖かい冬で過ごしたい。猫を抱きながらお汁粉が食べたいな。早く<目には青葉山ほととぎす初鰹・素堂>の季節にならないかしら。ネット「つぶやく堂俳句喫茶店」(2016・11・26)所載。:やんま記
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冬至の湯タイルに描く方程式 後藤治代

2016年12月21日 | 俳句
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後藤治代
冬至の湯タイルに描く方程式

ゆったりと冬至の柚子湯に浸かり長風呂となる。受験生なら今が追い込みの勉強中、所在なくもタイルに覚えたての方程式なんぞ書いている。冬至=柚子湯、これが定理。さて小生よく親父から根性が無いから風邪なんか引くんだ!と怒鳴られた。「ゆず湯に入れば風邪を引かない」と言われている。そこで冬至には柚子湯の習慣で風呂に柚子を入れてはいる。そのせいか何とかこうして今日も元気で生きている。ついでに親父は風呂に入ると一節唸ったものだ。♪お殿様でも家来でも風呂に入るときゃ皆はだか♪:俳誌「百鳥」(2016・3号)所載。:やんま記
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漱石忌余生ひそかにおくりけり 万太郎

2016年12月20日 | 俳句
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久保田万太郎
漱石忌余生ひそかにおくりけり
漱石先生1916年12月9日没とあるから没後100年の節目を迎えた。50歳は今では若くしてと言う年齢。因みに万太郎は74歳、私は彼を越し馬齢を重ねている。余生と言うものは無い!と岡本太郎画伯が宣はれたが成程遊びにせよスケジュールは満杯になっている。これで密かに送ると言うのも難しいもんだ。角川「合本・俳句歳時記」(1974)所載。:やんま記
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冬帽子洗ひてきつくなりにけり 作者不詳

2016年12月19日 | 俳句
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作者不詳
冬帽子洗ひてきつくなりにけり
冬帽子が必携の季節となった。何年来の着古しだろうか潜った季節ごとの洗濯に少々きつくなってきた。冬場のグランドゴルフでは帽子のファッションショーの様相を呈する。カッコよく見える方あっと驚く原色の方何年来の着古しの方様々である。私の場合は頭髪の少なさによる避寒用帽子である。ああ、刷毛にケがあり禿にケはなし。・作者不詳:やんま記
【お詫び】作者について誤りがありました。大変ご迷惑をおかけいたしました。お詫び申し上げます。
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火の番や少女の声の混じりたる 香田なを

2016年12月18日 | 俳句
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香田なを
火の番や少女の声の混じりたる
番小屋での集まりかそれとも巡回中だろうか火の番連に少女の声が混じっている。町の役どころはほとんど高齢者ばかり、少女の声がどこか新鮮に聞こえる。暮れの夜の寒さに気を引き締めて立ち向かっているのだ。小生の自治会でも防犯防災のボランテイアが巡回している。夜の部では怪しまれない様に「火の用心!」と声を出し拍子木を叩く。今夜もカッチカッチ火の用心!と来て布団を敷く時間となった。はいお休みなさい。俳誌「はるもにあ」(2016年3月号)所載。:やんま記
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綿虫やしづかに時間舞ひはじむ  森澄雄

2016年12月17日 | 俳句
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森 澄雄
綿虫やしづかに時間舞ひはじむ
別に雪虫とも言われる白い小さな虫が空中を舞っている。辺りはさしたる音も無く静まり返っている。目に入る空間にはこの綿虫の舞ひがあるのみ。こうした止まった様な時間にぼうぼうと立ち尽くしている、と、ふと我に返ればふいに時間が動きだした。まるで時間が舞ひはじめた様だ。これもまた夢、起きてみる夢。人生斯く夢の如し。彩図社「名俳句一〇〇〇」所載。:やんま記
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