やんまの気まぐれ・つぶやっ句 「一句拝借!」

談話は、俳句喫茶店・つぶやく堂へお越しください。

愚陀仏は主人の名なり冬籠 漱石

2017年11月30日 | 俳句
455
夏目漱石
愚陀仏は主人の名なり冬籠
猫がものを思い話を語る。その猫の言葉だろうか、愚陀仏と言うのが主人の名前だそうだ。この名も無い一介の猫君も寒がりなので冬籠で炬燵に丸くなっている。愛媛県松山市に在住した漱石は俳号を愚陀仏、下宿した住居を愚陀仏庵と称していた。文豪文豪と言う世間の目に対し俺はくだらん男なのさと嘯いての冬籠り。世に名を成して生きる事も何かと不自由であったろう。菫程な小さき人に生まれたしとは本音といったところか。:備忘録
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考えていると年寄る片時雨 池田澄子

2017年11月29日 | 俳句
454
池田澄子
考えていると年寄る片時雨
空の一方では時雨が降りながら一方では晴れている。何でだろうと空を見ると黒い雲の塊が流れている。あの下が雨なのに違いない。さて予定の行動を切り上げるべきか、否せっかく出かけて来たのだから目的を達成するべきか。優柔不断の性格は迷うばかり。だから皺が増えて年を取ってしまうだなあ。昔大利根で釣りをしていてこれを経験した。その時は目の先がどしゃぶりで我舟付近は最後まで降られなかった。運命は斯く雨を叩く。:現代俳句文庫『池田澄子句集』(19956年6月1日)所載。
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小春日のベンチ帽子の忘れ物 宇陀草子

2017年11月28日 | 俳句
453
宇陀草子
小春日のベンチ帽子の忘れ物
立冬を過ぎたのにぽかぽか陽気がやって来た。ベンチを見ると誰かの忘れ物か帽子が置いてある。家を出るときに被って来たのにこの暖かな陽気に帽子を脱いでの日向ぼことなったのだろう。ここが散歩コースならきっと又ここへ来て見つける事だろう。ところで私自身も物忘れがかなり激しくなった。名前とか漢字はお手上げ、用事にしても備忘メモを作るのだがそれを忘れてしまうのである。出来れば思い出せない位に忘れたらどんなに楽かと思うのだが。:俳誌『ににん』(2017年春月号)所載。
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叱られて姉は二階へ柚子の花 鷹羽狩行

2017年11月27日 | 俳句
452
鷹羽狩行
叱られて姉は二階へ柚子の花

叱られて泣きじゃくりながら姉は二階へ駆け上がった。あの頃のあの実家には柚子の花が咲き競っていた。分かって貰えない乙女心を抱えて姉は自己の殻へ閉じ籠る。幼児から思春期へ乙女から女へ人は時代を刻んでゆく。幼くして妹を亡くした小生は実質一人っ子育ちであった。兄弟喧嘩の経験も無くいまだに世間での喧嘩にはめっぽう弱い。どこか兄弟姉妹のある人が羨ましい。世のお父さんお母さん、子供は二人以上生むことをお勧めする。:俳誌『角川・俳句』(2017年12月号)所載。
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妻死して十年といふ冬用意 をがはまなぶ

2017年11月26日 | 俳句
451
をがはまなぶ
妻死して十年といふ冬用意
遭うは別れの初めとは言う。分かっていても悲しいのが別離である。まして最愛の妻であってみれば。愛して家を為し子を為し激動のドラマを為して来た。やがて空気の様に無くてはならないのに気にする事も無い存在となる。そして突然にやって来た悲しい別離。今冬を迎える準備に入った。あの頃は婦唱夫随で万時廻っていたのに今は全てを自分でしなければならない。失ってみて初めて感じるずっしりとした物質の様な重みを心に抱くのであった。:『朝日俳壇』朝日新聞(2017年11月20日版)所載。
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こがらしや何に世わたる家五軒 蕪村

2017年11月25日 | 俳句
450
与謝蕪村
こがらしや何に世わたる家五軒

木枯らしが鳴っている。この寒村にはぱらぱらと家が五軒あるばかり。一体どうやって生計を立てているのだろうか。山の猟師とも漁村の漁師とも考えられない。蕪村の時代の交通の便を考えれば自給自足には違いなかろう。それでも現代の過疎化された山村にどんな生計でと思わせる風景はままにある。私の様な都市近郊を終の棲家としている株式会社の定年退職者なら厚生年金といったところだろうか。いずれ貧しい暮らしに違いなかろう。:『名俳句一〇〇〇』彩図社(2002年2月1日版)所載。
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百歳も生きて何する達磨の忌 松田都青

2017年11月24日 | 俳句
449
松田都青
百歳も生きて何する達磨の忌

人間僅か五十年の時代は過ぎ去った。日本人平均寿命は伸び盛りなのか統計が発表される度に長くなってゆく。今や女性87.14歳、男性80.98才と言う。今この年齢の方は100歳まで生きないと平均がこうならない。信長時代の人生を倍生きる事となる。ここまで生きるとさて何をして生きようかと言う事になる。グランドゴルフもネット通販の旅行も気が向かないし惚れた腫れたも超越している。まして寝たきりの延命策ももってのほか。健康で長生きをしてそれでどうする、難問なり。:雄山閣『新版・俳句歳時記』(2012年6月30日版)所載。
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猫眠るポインセチアと窓の間 新倉舒子

2017年11月23日 | 俳句
448
新倉舒子
猫眠るポインセチアと窓の間
出窓だろうかポインセチアが飾ってある。きっと日当たりの良い南面の窓なのだろう。この猫君も本能的に暖かなこの場所にやって来た。何しろ猫君のお仕事は甘える事と眠る事。所在ない時はこんな場所でのお眠りとなる。よく言う犬派猫派は小生犬派だったはずが齢を重ねるに従って今や猫派にと変貌した。窓際に新聞を読む振りしつつの居眠りが多くなった。:俳誌『春燈』(2017年2月号)所載。
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建売のひそとありけり冬落葉 ひであき

2017年11月22日 | 俳句
447
ひであき
建売のひそとありけり冬落葉

若葉、青葉、紅葉、落葉と大樹は四季の一巡を全うする。人の一生も静かながらもまたドラマの如き展開を繰り返す。この土地の古屋もいつしか解体され新築の建屋が売りに出された。以前住まれた方の顔もおぼろげになる頃である。庭には巡る季節の落葉が降り積もり辺りはひっそりとしている。今度はどんな顔が住むのだろうか。客足が遠いのか冬の落葉が積もっている。:つぶやく堂『俳句喫茶店』(2017年11月19日)所載。
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白壁に影を揺らして吊し柿 河野一見

2017年11月21日 | 俳句
446
河野一見
白壁に影を揺らして吊し柿
白壁に影が揺れている。よく見ると吊し柿の影である。視線を変えて見上げればすぐに赤赤とした柿の簾が目に入る。笠智衆、山田洋二描く所の日本の原風景がここにある。明治大正昭和を貫いて来た風景、はてこの先どんな変貌が待っているのか。我はしみじみ昭和生まれなり。白地に柿色のコントラストが目に沁みる。:俳誌『百鳥』(2017年2月号)所載。
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ポケットに湯ざめの拳しかと持つ 今井三枝子

2017年11月20日 | 俳句
445
今井三枝子
ポケットに湯ざめの拳しかと持つ
風呂上りしばらくは身体も火照っている。しばらくするとだんだんと身体が冷えだすのを感じる。湯冷めして風邪を引いたらせっかく温まったのが元も子もない。自衛本能でしかと拳を固めるのであった。その拳もポケットの中でしかと温める。今は昔銭湯にお世話になった頃を思い出す。南こうせつの「神田川」の唄を口ずさみつつ。:角川『合本・俳句歳時記』(1990年12月15日)所載。
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人替わり話し替わりて継ぐ焚火 石川鐵男

2017年11月19日 | 俳句
444
石川鐵男
人替わり 話し替わりて 継ぐ焚火
落葉の季節は焚火の季節である。枯れ木枯れ枝廃材と燃やす物に事は欠かない。人が集まり火を継いでついつい話が長くなる。用のある人が立ち去って行くが又後から加わった人間が火を継ぎ話を繋いでゆく。火に火照った顔と顔がたがいの心と打ち解けてくつろいで、夜が更けて火を落とすには小さな決断がいる。近時、都市近郊では火災の予防の為焚火の出来ない場所だらけとなった。今は昔焚火の言葉が懐かしい。:句集『ぼくの細道』(2006年6月10日)所載。
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白息を競ひ合ふかにランドセル 柳澤茂

2017年11月18日 | 俳句
443
柳澤 茂
白息を競ひ合ふかにランドセル
冬の通学風景。小学校前では白い息を弾ませて小学生が競い合うように登校してくる。ランドセルの色も様々だが他に手荷物も沢山抱えている。今日の日もきっと充実した一日になるだろう。そんな風景を眺めながら自分の昔を考える。楽しい日もあれば辛い日もあった。皆勤賞を貰った年もある。義務教育から始まって学業を終えた後のお勤め。何やかやと自分の居場所があった。そんな時代も過ぎ去って楽隠居の年金暮らし。自分の居場所は自分で探さねばならない。三食満ち足りてさて何をやろうか日々の自分探しに明け暮れる。ランドセルをカタカタ鳴らせて走って行く、あの頃の元気はもう取り戻せない。:俳誌『はるもにあ』(2017年3月号)所載。
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天声に及ばぬ人語冬の雷 藤岡紫水

2017年11月17日 | 俳句
442
藤岡紫水
天声に及ばぬ人語冬の雷
雷が轟いてお喋りがぱっと止んだ。今頃の日本海側地方は雷の季節である。私も現役時代に金沢出張でこの雷を聞いた。雷鳴は父の声とか恩師の声とかにある畏敬の念を感じるものである。しかしそうした人間界を超越した神として風神・雷神の様を古来より思い描いてきたこともある。今は親父は怖くないが地震と雷は怖いものだと思っている。余談だが金沢での冬の味覚も格別だった。仕事をさぼって七尾から輪島と能登を一巡りしたのも青春だった。:俳誌『角川・俳句』(2017年11月号)所載。
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くつきりと自分の見える冬の霧 浅賀信太郎

2017年11月16日 | 俳句
441
浅賀信太郎
くつきりと自分の見える冬の霧
霧の朝何もかもぼやけた視界である。だからと言うか確認できるのは己の姿のみである。周囲一切を「排除」した後の残されたものは自分だけとなる。我思う故に我在り、思はなくても我在り。小生などは日々ぼーっとして生きながらえている。そんな自分だけしか確認出来ない霧の中。若き日に「霧の時代」と言う文章を書いたが自分探しの旅でもあった。寒々とした霧の中に自分の影を探してみる。:『朝日俳壇』朝日新聞(2016年12月11日版)所載。
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