やんまの気まぐれ・つぶやっ句 「一句拝借!」

談話は、俳句喫茶店・つぶやく堂へお越しください。

山河また一年経たり田を植うる 相馬遷子

2017年06月30日 | 俳句
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相馬遷子
山河また一年経たり田を植うる
山河に季節が巡りまた田植えの時節となった。山紫水明の季節とはこの頃か吹く風も心地よい。年々おなし様でいるが一部の過疎化、一部の都市化で徐々に姿は変貌している。わが町の蛍飛ぶ田んぼも今年は巨大物流センター建設の為埋め立てられた。田植えも機械化までは良かったが後継ぎ問題で行く末が心配である。旅の風景に田植えを見ると胸を突かれるものあり。<田一枚植て立去る柳かな:芭蕉>:角川「合本・俳句歳時記」1990年12月版・所載。
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誕生日記念撮影梅雨晴間 嶋﨑茂子

2017年06月29日 | 俳句
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嶋﨑茂子
誕生日記念撮影梅雨晴間
家族の一員の誕生日、珍しく全員集まったので記念撮影となった。ともすれば忘れられ勝ちな誕生日である。が、家庭によってはこうして集まり祝う仕来りのところも多かろう。皆それぞれに独立して昨今は正月くらいしか集まらなくなった。しかし今回はどうした風の吹き回しか顔が揃った。梅雨の晴間が皆を引き寄せたのかも知れぬ。家族が居て嬉しい。:句集「ひたすら」2010年4月・所載。
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挨拶もそこそこに飲むビールかな 田井中椎太

2017年06月28日 | 俳句
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田井中椎太
挨拶もそこそこに飲むビールかな
友と会う。やあやあの挨拶もそこそこにまずはビールで再会の乾杯となる。例え要件を携えて来たとしてもこの乾杯の後で切り出されれば話もスムースに行くと言うもの。互いに知り尽くした間柄歯に衣着せぬ物言いも合点承知の助となる。かくかくしかじか酒量も頃合いも良きタイイミングを得て別れとなる。近頃は女性の酒豪も多いと聞く。この場合はタイミングが難しい。お父様方油断めさるな。:俳誌「はるもにあ」2016年9月号所載。
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梅雨じめり薬の苦み残る舌 丹後漁舟

2017年06月27日 | 俳句
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丹後漁舟
梅雨じめり薬の苦み残る舌
一病を抱えて薬のお世話になっている。良薬は口に苦し、何だか良く効いている気がしないでもない。私は母親譲りで生まれながらの不整脈を持っていたが、ここ十年位から心臓が肥大化し走る事など出来なくなった。出来る運動は歩く事ぐらいなのでグラウンドゴルフを始めた。外は雨、ゴルフは中止。折しもの梅雨で庭の草木も湿りを帯びている。さて熱い茶でも飲んで舌の苦みを取り除こうか。:角川「俳句」(2017年6月号)所載。
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かたつむり己を担ぐほかはなく 佐藤庄陸

2017年06月26日 | 俳句
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佐藤庄陸
かたつむり己を担ぐほかはなく
蝸牛(かたつむり)は、陸に棲む巻貝の通称。♪でんでん虫々かたつむり♪の童謡で親しい。殻の家に住みこれを負うて生きている。誰の手助けも無く己で己を担ぐ他は無い。人間様とてある意味でおなし事。自分の身は自分で処する以外ないのだ。願わくば明るい葉陰に居場所を得たいものだ。:「読売俳壇」(「読売新聞社」2017年6月13日付)所載。
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なかんづく鮎の尾赤し千曲川 加舎白雄

2017年06月25日 | 俳句
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加舎白雄
なかんづく鮎の尾赤し千曲川
六月に入って各地の河川で鮎釣りが解禁となった。河川を特定している人もいるが日本中巡回している人も多い。私は各地の河川を観光気分で回った口である。確かに千曲川の様に水量豊かな川だとサイズも目方も大型が多かった。尾が赤いと言うから水流に逆らう尾が相当力強い印象を受ける。釣り方は友釣りオンリーの河川がほとんどだが、実は餌釣りでも毛針釣りでも何でも釣れる。ところで加舎白雄の江戸時代は今の様に友釣りだったのだろうか。:備忘録。
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南瓜咲く徒花ばかりにぎやかに 右城暮石

2017年06月24日 | 俳句
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右城暮石
南瓜咲く徒花ばかりにぎやかに
雌雄同株で花でも実るものと実らぬものに分かれる。実らぬ場合はつまるところ徒花と言うことになる。六月の梅雨の最中にひときわ鮮やかな色に咲く。さてはてどれが実りどれが徒となるやら。小生の南瓜頭は結局実らぬ方であったがまあこの世に生を受けた事だけでもめっけもんだろう。雨も嬉しや。:雄山閣「俳句・歳時記」2011年6月30日版・所載。
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冷酒や恋は暫く後回し 大口堂遊

2017年06月23日 | 俳句
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大口堂遊
冷酒や恋は暫く後回し
冷酒でほろ酔い気分である。密かに想ひ続ける恋も今は後回し。天下国家を思い、旅の夢を巡らせ、明日の花壇の作業の段どりなどなどとりとめも無く考えを空転させる。恋は目下のところ現実味の無い妄想に過ぎない。ところで、酒はワンカップを飲みたい時に買いに行く。買置きするともう一杯もう一杯の限度が無くなってしまうからだ。本日も二カップ無事に飲み干した。はいお休みなさい。:俳誌「春燈」2016年9月号・所載。

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いちにちを無駄にせぬため新茶汲む 大牧広

2017年06月22日 | 俳句
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大牧 広
いちにちを無駄にせぬため新茶汲む
最近親しい方から新茶をお届けいただいた。私の一日はこの朝の一杯により始まる。今日一日の命を賜った五臓六腑がこの一杯を喜び味わう。そしてテレビを横目に新聞の活字を追う。何も頭に入る訳では無いが習慣でそうしている。こうしたルーテインを終え鉢物へ散水しグランドゴルフに勤しみ妻のメモを頼りに買い物へ出かける。どの一刻も無駄な時間は無い。今日も命の出し惜しみはしないぞ。命愛しや。:角川「俳句」2017年6月号・所載。
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雨女と言はれて旅は梅雨のなか 岩本昭子

2017年06月21日 | 俳句
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岩本昭子
雨女と言はれて旅は梅雨のなか
晴男とか雨男とか言われる人がいる。この方は「雨女」。外出すると決まって雨となる。だから行動を共にした旧知の仲間からも雨女と公認されている。止せば良いのに旅心抑えきれずにこの旅となった。どしゃぶりの雨の中。どうせ覚った身の上だものずぶ濡れだって時にはいいさ。八代亜紀の演歌じゃ無いが♪雨々ふれふれ もっとふれ 私のいいひと つれて来い♪てなもんさ。梅雨は今ど真ん中。:俳誌「百鳥」2016年9月号・所載。
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大声を残すに似たり梅雨の鳥 川崎英彦

2017年06月20日 | 俳句
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川崎英彦
大声を残すに似たり梅雨の鳥

毎年毎年やって来る梅雨の季節。儀式のような節目を通過して時節は真夏へと転換してゆく。鳥たちは番いを為し子を育み巣立ちを終えて命の讃歌へと羽ばたいてゆく。そんな巡り行く時の順番を辿れば苛立たしくもうっとおしい梅雨の雨音である。より一層と雨音が激しくなった。大声を出さねば仲間に通じない。ざんざ降りをつんざいて鳥たちが狂い鳴く。ぼうぼうたる雨音の中にその残響がくすぶっている。「朝日俳壇」(「朝日新聞社」2014年7月28日付)所載。
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麦秋や原節子言ふ「おとうさま」 岩田ふみ子

2017年06月19日 | 俳句
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岩田ふみ子
麦秋や原節子言ふ「おとうさま」
麦秋と言う映画があった。波乱万丈の活劇では無くおとなしく暮らす市井の民の暮らしぶりが描かれた。小津安二郎監督で原節子が主演、脇役に笠智衆といった布陣。原節子は当時の従順な日本の婦人の代表像であった。言葉使いも父親へ語るときは「おとうさま」と上品であった。出来ればこんな妻を娶ることへの憧れを持たせた。そんな階級に育っていない下町育ちの小生には別の世界を垣間見る思いであった。背伸びしては筋肉がつる、結局は等身大の自然体に落ち着く我が身ではあった。:句集「文鳥」2014年1月30日版・所載。
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夏木立てつぺんばかり吹かれをり 新木孝介

2017年06月18日 | 俳句
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新木孝介
夏木立てつぺんばかり吹かれをり
豊かに葉を広げた夏木立。てつぺんがざわざわと風に吹かれている。と下方に目を向けてゆくとそこは静まっている。風は高みにのみ吹いている様だ。されどこの大樹の葉陰の涼しいことよ。降っても晴れても寄らば大樹の陰である。話は大きく逸れるが人間社会でもトップばかりが風を受けて羨ましいと思っていた。が最近では風にもフォローとアゲインストがあると気が付いた。まそこそこに生きているのが楽なのかも知れない。:俳誌「ににん」2016年夏号・所載。
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黒揚羽とどめて巌の磁力かな 角谷昌子

2017年06月17日 | 俳句
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角谷昌子
黒揚羽とどめて巌の磁力かな
黒揚羽が巌に止まって留まっている。別に磁力によって引付けられた訳では無いが感じとしてはそんな感じである。実際はミネラルか何かを舐めにきたのだろう。黒揚羽の妖艶さは男の夜遊びを思い出させる。昔銀座八丁目でクラブ何とかに入浸っていた頃のママさんを思い出す。ここのオーナーさんが別の仕事仲間であった関係で安く遊べた。黒揚羽の磁力が引き寄せると言う逆パターンであった。:角川「俳句」2017年6月号・所載。
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大瑠璃を語る人笑み噴きこぼれ 中江優子

2017年06月16日 | 俳句
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中江優子
大瑠璃を語る人笑み噴きこぼれ
瑠璃色の鳥であるから大瑠璃。ただしこれは雄である。雌はざっくりと雀色だろうか。これから山歩きのシーズンに入るが運よく大瑠璃に出会えたら必ず感動するだろう。渓流に沿った林で作者ははっと目を引く飛翔体に出会った。枝先に止まった。目を凝らせば瑠璃色、大瑠璃だ!。さそれからが大騒ぎ。会う人会う人にこの事を話さずにはいられない。笑み満面で語るは幸せの図そのものである。:読売新聞「読売俳壇」2017年6月5日・所載。

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