やんまの気まぐれ・一句拝借!

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冬夕焼むらさき色の飛行雲 ハルツオーク洋子

2019年12月29日 | 俳句
ハルツオーク洋子
冬夕焼むらさき色の飛行雲

冬の空が焼けている。真夏の真っ赤な燃える様な熱気はもうない。薄紫の飛行機雲が帯を引いている。あの行く先は祖国だろうか。夢に描く異国への旅。あと幾度の旅が出来るのだろう。夢はもう一度もう一度と果てしない。あっと言う間に日が暮れた。冬の昼間の何と短いものよ。:朝日新聞「朝日俳壇(2019年12月8日)」所載
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枯螳螂この世に未練ある如く​ 大串章

2019年12月28日 | 俳句
大串 章
​枯螳螂この世に未練ある如く​

螳螂が生き残って枯てた色を帯びている。まるでこの世に未練がある如き顔付きである。都市近郊に住む我が身の回りにも原っぱが散在していて螳螂や蜻蛉や蝶々などが四季を楽しませてくれる。希に冬蒲公英や冬の蝶などにもお目にかかれる。そんな中でも螳螂は存在感が強い種族である。晩冬の日射しにかろうじて身を晒し生きながらえていたりする。うらぶれた姿に我が自画像が重なってくる。:俳誌「角川・俳句(2020年1月号)所載
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枯蟷螂ななめ半分ほどが枯れ​ 望月清彦

2019年12月28日 | 俳句
望月清彦
​枯蟷螂ななめ半分ほどが枯れ

草木も枯れれば螳螂も枯れる。俳句の言葉は面白い。この螳螂くん斜め半分が枯れてきた。我が身の上も斯くの如しか。まだまだ心に疼くものが残っている。青春とは心の有り様と誰かが呟く。真半分ではなく斜め半分という枯れ方にどこか歪な現実がある。原罪も余罪も我が身の内に有り。枯れて行く肉体と夢見る魂と半々の日々が流れて行く。:朝日新聞「朝日俳壇(2019年12月8日)」所載
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貧乏に負けない子供クリスマス 海苔子

2019年12月25日 | 俳句
海苔子
​貧乏に負けない子供クリスマス

今日はクリスマス。ささやかなクリスマスツリーが飾られている。子供を挟んで父さん母さんと作り上げた。この家族には笑いが絶えない。どう言う定めか我が家は貧乏である。潔癖な性格で人を押しのけて出世など出来ない性格の父。貧しいけれど後ろめたくなければ家庭は楽しい。納豆だろうがビフテキだろうが健康で食べれば美味しい。富んでいても貧しくても元気で楽しく遊び回るのが子供である。:ネット喫茶店「つぶやく堂俳句喫茶店(2019年12月4日)」所載
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マスクして他人のやうに歩く街 山田佳乃

2019年12月23日 | 俳句
山田佳乃
​マスクして他人のやうに歩く街​

いよいよ風邪のシ-ズン到来である。街中でもマスク姿が大半となった。さて自分もマスクでの外出となる。ん、だだそれだけの事なのに自分が他の顔を着けた気分である。それも良いでは無いか。そんな新しい自分に出遭ったらきっと楽しいだろう。街はすでに歳晩気分が横溢している。一年という時間の何と短いことよ。来年はどんな顔をした自分があるのだろう。:角川「合本俳句歳時記(2019年3月28日版)」所載
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寮生の長湯は誰ぞ冬至の夜 野中亮介

2019年12月22日 | 俳句
野中亮介
寮生の長湯は誰ぞ冬至の夜

今日は冬至と言う事で学生寮の湯に柚が浮いている。次々と入れ替わり立ち替わり入浴して夜も更けて行く。と、消灯時間がやって来た。しかしながらまだ入浴中の者あり。普段なら一喝して出て貰うところだが今夜は特別見て見ぬ振りをしておこう。きっと故郷の香りを嗅いでいるのだろう。:角川「合本・俳句歳時記(2019年3月28日)」所載
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