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「熱闘」のあとでひといき

「闘い」に明け暮れているような毎日ですが、面白いスポーツや楽しい音楽の話題でひといき入れてみませんか?

ラ・フォル・ジュルネ2017/サロンで出逢ったコロン兄妹の極上のホローポ

2017-05-09 01:46:19 | 地球おんがく一期一会


ゴールデンウィーク恒例のお楽しみとなったラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン。今年は5月5日の3公演プラス・アルファを丸の内界隈で楽しんだ。今年のテーマは舞曲の祭典のサブタイトルが付いた『ラ・ダンス』。クラシック音楽主体なのは変わらないが、「踊り」をテーマにしたいろいろな音楽を聴くことができた。中でも一際感動的だったのがG409ヌレエフ(座席数153)で聴いたサロン風のリサイタルだった。

プログラムには「ベネズエラ生まれのガスパール&えりか兄妹が歌い上げるスペイン語圏の歌のカタログ」と記載されている。出演者はコロン・えりか(ソプラノ)、ガスパール・コロン(バリトン)、碓井俊樹(ピアノ)の3名。実はクラシック音楽でも声楽は苦手。ラフォル・ジュルネのプログラム紹介を眺めていて“モイセス・モレイロ作曲『ホローポ』”の文字が目に止まらなかったら、おそらく同じ時間帯には別の会場に居ただろう。この作品はベネズエラ生まれのクララ・ロドリゲスがピアノを弾いて録音した「平原の映像」(モイセス・モレイロ作品集:英国ASVレーベルから1994年にリリースされたCD)のフィナーレを飾る曲。

ちなみに「ホローポ」はコロンビアとベネズエラに跨がるジャーノス地方(大平原)で演奏されている情熱とロマン(Recio y Romantico)に溢れた民衆音楽。オリジナルのスタイルや編成(後述)ではなく、クラシック音楽の書法で作曲されたピアノ独奏用の作品とは言え、まさか生で聴くことができるとは思ってもいなかった。その他にも中南米(スペイン語圏)の名曲カタログの名に違わない作品がプログラムに並んでいた。

♪ プログラム ♪

1)マリア・ルイサ・エスコバル/バレンシア・オレンジ[ホローポ]
2)マリア・ルイサ・エスコバル/失望[ボレーロ]
3)チェリーケ・サラヴィア/焦燥[バルス]
4)カルロス・ガルデル/ボルベール(望郷)[タンゴ]
5)シャビエ・モンサルバーチェ/黒人の歌[カンシオン]
6)エルネスト・レクオーナ/マリア・ラ・オー[ロマンサ]
7)エルネスト・レクオーナ/ラ・コンパルサ(仮装行列)[カンシオン]~ピアノ・ソロ~
8)アントニオ・ラウロ/エル・クカラチェーロ[ホローポ]
9)キリノ・メンドーサ・イ・コルテス/シェリート・リンド[カンシオン]
10)チュエカ&バルベルデ/「恩寵の騎士」のワルツ[バルス]
11)モイセス・モレイロ/ホローポ[ホローポ]~ピアノ・ソロ~
12)アウグスト・ブランド/夢の中のくちづけ[カンシオン]
13)ペドロ・エリアス・グティエレス/平原の魂[ホローポ]
14)ベネズエラ民謡/エル・クルチャ ~アンコール~

オレンジ入りの籠を小脇に抱えたえりか・コロンさんが「完熟のオレンジ(ナランハ)はいらんかね~」と歌いながらステージ(というよりはサロン)に登場。明るくて愛嬌のあるソプラノに会場は一気に華やいだムードに。と同時に(声楽だが)この会場をセレクトしてよかったと胸をなで下ろす。この曲からして私の大好きな(究極のラテンアメリカ音楽として愛して止まない)ホローポだから堪らない。



ホローポとの衝撃的な出逢いは凡そ20年前に遡る。出張でコロンビアに出かけた弟に「何かコロンビアの面白そうなCDを買ってきてくれない?」と軽い気持ちで頼んだことが私の音楽人生(ちょっと大げさで「音楽観」)を変えることになってしまったのだから面白い。弟がコロンビアから持ち帰った2枚のCDのうちの1枚がアリエス・ヴィホート(Aries Vigoth)の『プレデスティナシオン』で、これがなんと!生粋のホローポだったのだ。最初に聴いた時、一体何が起こったのか判らなくなってしまうくらいに驚いたことを今でもよく覚えている。

主役は「2トップ」として壮絶なバトルを繰り広げる歌とアルパ(南米の小振りのハープ)で、伴奏は4弦のクアトロ(ウクレレサイズの小ぶりのギターのような楽器)とベースにマラカス。あまりにも情熱的で、そして今まで耳にしたことのないリズムの洪水のようなサウンドに「陽気でロマンティックなラテンアメリカ音楽」のイメージが完全に吹っ飛んでしまった。知り合いのラテン音楽通の人に尋ねたら「それはホローポですよ」と教えてくれた。日本でのラテンアメリカ音楽の紹介のされ方に問題があったのかもしれないが、こんな魅力的な音楽があることを紹介してくれなかったことに対して「裏切られた」という蟠りを持ったことも告白しておく。



ホローポのことをもっと知りたい。そんな想いに駆られて石橋純氏を(掟破りに近い方法を使って)訪ねた。現在は東大でベネズエラ音楽の学生オーケストラを率いておられる石橋教授がベネズエラで制作したCD『衝撃のストリングスバトル』はホローポの最高の教科書。ホセ・アルチーラのマッチョなアルパを聴いて「舞台の袖で淑やかに爪弾かれるハープ」のイメージは完全に吹き飛び、1人で弾いているとは信じられないチェオ・ウルタードのクアトロの神業にまずは圧倒された。軽快に乾いたリズムを刻むのは「マラカスの魔術師」として名高いエルネスト・ラジャで、ベースのダビッド・ペーニャもジャンルを超えた活躍で知られる人。

そんなことを思い出していたら兄のガスパール・コロンが登場。魅惑の(としか言いようのない)バリトンボイスで甘く切なくボレーロの「失望」を歌う。同国人のチェリーケ・サラビアの「焦燥」はバルス。ホローポや5/8拍子のメレンゲとともにベネズエラを代表する音楽でブラジルのショーロに通じる哀愁感が魅力。ここにクアトロ奏者やマラカスを振る人がいたらもっと盛り上がるだろうなと思った。そこに現れたのはモーリス・レイナ氏。ベネズエラ大使館の文化担当官として活躍される方だが、実はクアトロの名手としてもつとに有名。サプライズ・ゲストがあるとすればこの方かなと、ふと思ったがまさか本当になるとは。この展開は実にラテンアメリカ的で楽しい。



カルロス・ガルデルはタンゴの王様として名高い南米を代表する歌手の1人だが、映画俳優としても活躍しアメリカ大陸全域でいまなお高い人気を誇る。そのガルデルの歌を「キング・オブ・タンゴ」の2枚のCDに収めたプリマ・ヴォーチェ(Prima Voce)はSP時代に活躍した名歌手の音源の復刻を手がけるレーベル。カルーソーなどクラシック音楽界で一世を風靡した歌手達の中にポピュラー音楽界からはひとりガルデルだけをセレクト。素晴らしい声はSPの盤起こしの音からでも十二分に伝わってくる。タンゴの楽器と言えばバンドネオンだが、ガルデルの録音で聴くことができるギターの伴奏もなかなか魅力的。



キューバのエルネスト・レクオーナは「シボネイ」や「そよ風と私」などのヒットチューンで知られる人。ポピュラー畑の人と思われがちだが、ピアノ曲などクラシック音楽スタイルの作品も残している。モダンジャズ、キューバ音楽、クラシック音楽とジャンルを超えて活躍したフランク・エミリオ・フリンのピアノ作品集は、そんなレクオーナの魅力を存分に伝えてくれる。余談ながらフランク・エミリオが得意とするダンソンもサロンの雰囲気が濃厚な音楽。キューバの強くて明るい日射しを音で表現した碓井俊樹のピアノタッチも見事。



舞台はキューバから再びベネズエラへ。数多くのギター作品を残したアントニオ・ラウロはベネズエラを代表する作曲家のひとり。名手アダム・ホルツマンがナクソスからリリースしている『ギターのためのベネズエラ・ワルツ集』のオープニングは、ワルツではなくホローポの「セイス・ポル・デレーチョ」。ホローポの特徴のひとつはヨコに拡がる3/4拍子とタテに切れ込む6/8拍子(2拍子)が同時進行のクロスビートの面白さにある。まさに大平原のゆったり感と駿馬の疾走感を同時進行で表現することができる魔法のリズム。えりかさんが手拍子を促すと聴き手も自然にそれに応える。それもホローポの2パターンのリズムのうち、アタマが欠ける難しい方の3拍子(んタタ、んタタ)だっただけに感動もひとしお。おそらくベネズエラの音楽に通じた人達が客席を埋めていたのだと思う。

(寄り道ばかりで申し訳ないと思いつつ。3/4拍子と6/8拍子(2拍子)がクロスするパターンはラテンアメリカ音楽の特徴であり、大きな魅力だと思う。コロンビアとベネズエラのホローポ、ペルーのワルツ、アルゼンチンのチャカレラやチャマメは典型的だし、その他にもいろいろ。2つのリズムの絡み方もルーズだったりタイトだったり、またアクセントが違ったりと多様な展開がある。このラテンアメリカ流のスウィングにはまり込んで脱出不能になってしまったのが私。)

いよいよプログラムも終盤。永遠のポピュラーヒット曲で私も大好きな『シェリート・リンド』、スペインの作曲家コンビのワルツの後は待ちに待ったモイセス・モレイロの『ホローポ』。クララ・ロドリゲスのピアノ作品集ではフィナーレを飾る小品。この作曲家の作品の特徴は大平原の素朴な味わいと「ベネズエラ風バッハ」と表現したくなるフーガなどの技法を駆使したスタイル。この魅力的なアルバムはもっと聴かれていいと改めて思った。同じカリブ海にあってもキューバのきらびやかさとは違った柔らかめのタッチがベネズエラのピアノ演奏の魅力。独特とも言える節回しには、アルパの本場であることの影響もあるのかも知れない。

楽しい時間も終わりが近づいてきた。フィナーレにセレクトされたのはベネズエラの第二の国家とも言われている『平原の魂』(アルマ・ジャネーラ)。鳴り止まないアンコールの拍手に応えて再びモーリス・レイナ氏が登場して『エル・クルチャ』が歌われた。演奏会場は153席でフラットなサロン風のスペース。手拍子も入ったりとクラシック音楽のステージとは思えない状況がごく自然に実現できていることには驚きを禁じ得ない。さながらコロン兄妹により実現したミニ・オペラとも言うべき(規模は小さくても)ゴージャスな味わいに深い感銘を受けた。

コンサートホールという時に巨大な「バリア」の中で、さらにステージと客席というように隔てられた形で静かに聴くのがクラシック音楽の嗜み方。そして、それを不思議と思わないずっとできていたような気がする。しかし、例えばの話、ハイドンが弦楽四重奏曲の作曲を始めた頃の時代は、お喋りもお食事もありの、さながらジャズクラブのような場所で演奏が行われていたと聞く。たとえそれが垣根のないラテンアメリカの音楽だったとしても、クラシック音楽を手軽に楽しむには、案外こういったサロン風の雰囲気も大切なのではないかと思ったのだった。

Piano Works
クララ・ロドリゲス『モイセス・モレイロ作品集』
Nimbus Records
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アルト・フルートwithアルト・ギターの魅力(2)/ジョー・ベック&アリ・ライヤーソン

2017-03-30 00:18:17 | 地球おんがく一期一会


いろいろなところで通じているのがスポーツと音楽の世界。強いて両者の違いを挙げろと言われたら、前者には勝ち負けという結果があり後者にはそれがないことだろうか。何故勝てたのか?あるいは何故負けたのか?をどうしても考えてしまい、そして答えが欲しくなってしまうのが勝負の世界。

しかし、音楽なら「この感動はどこから来るのか?」に対する答えは得られなくても悩む必要はない。ジョー・ベックとアリ・ライヤーソンの2人による創造的な空間の中に身を置いているだけで幸せな気分になれるから。でも、やっぱり何故にギターがアルト・ギターであり、フルートがアルト・フルートなのか。さらに突き詰めると、そもそも何故この2人なのかという心地よい謎々ゲームに対する解答が欲しくなってしまう。

そんな疑問に音と言葉で答えてくれるのが彼らにとって2作目となる『ジャンゴ』。ちなみに「ジャンゴ」はフランスの名ギタリストのジャンゴ・ラインハルトであり、ジョン・ルイスが作曲したMJQ(モダン・ジャズ・カルテット)の演奏でお馴染みの名曲でもある。

ジョー・ベック自身が綴ったアルバムのライナーノーツの冒頭にこんな言葉が記されている。

“I have always wanted the guitar to be able to be a self-contained instrument.”

キーワードの “seif-contained” は「自己充足の」と訳される。おそらくジョー・ベックにとっての「自己充足」を達成している楽器はピアノであり、自身が弾くギターもそんな楽器にしたいという強い願望があったに違いない。洗練されたメロディを奏でることはできても、リズムとコードまで同時に完璧に1人で演奏しきるためにはどうすれば良いのだろうか?

その答えが自身で考案したアルト・ギターで、この楽器を使うことで理想に近づくことができたとの説明が続く。6弦構成は通常のギターと同じだが、低減2弦がベースパートを受け持ち、残りの4弦でコードを奏でる。チューニングも変えることで伴奏用としては完璧なギターのできあがり。残るは流麗なメロディパートだったが、ジョー・ベックが初めてアリ・ライヤーソンのアルト・フルートの演奏に接した時が “self-contained instrument” 完成の瞬間となった。



Joe Beck & Ali Ryerson “Django” (2001)

1) People Make The World Go ‘Round (T.Bell & L.Creed)
2) Laura (Mercer & Raskin)
3) Django (J.Lewis)
4) Carioca Blue (J.Beck)
5) When I Fall In Love (Heyman & Young)
6) Spain (C.Corea)
7) Come Together (J.Lennon & P.McCartney) / Alone Together (Dietz & Schwartz)
8) Tenderly (J.Lawrence)
9) Hobo (J.Beck)
10) It Takes Two (J.Beck)
11) O Barquinho (R.Menescal & R.Boscoli)
12) Nardis (M.Davis)
13) Donny Boy (Traditional)

Joe Beck : Alto Guitar
Ali Ryerson : Alto Fluete

オープニングの一音が耳に心地よく飛び込んできたところで、上の説明は無用とわかる。前作の『アルト』よりさらに洗練され一体化されたサウンドに心を奪われてしまうので。以心伝心、阿吽の呼吸といった表現がぴったり填まる磨き抜かれた音空間に聴き手は身を委ねているだけでよい。たとえ音の数は足りなくても、心の中で膨らんだ創造力がオープンスペースを埋めてくれる。

このアルバムもジャズファンにはお馴染みの名曲がズラリと並ぶ。そんな強力なラインナップの中にあってもジョー・ベック作(全3曲)が『アルト』と同様に聴き応えのある曲に仕上がっているのは流石。とくにボサノヴァタッチの「カリオカ・ブルー」が楽しい。スタンダードナンバーの「ラウラ」、そしてナラ・レオンが唄ったホベルト・メネスカルとホナウド・ボスコリの名コンビによる一際感動的な "O Barquinho”(小舟)に耳に傾けていると、このデュオでもっともっとボサノヴァの名曲を聴いてみたい想いに駆られる。

想い起こせば、アリ・ライヤーソンの音楽と繋がったのもブラジルの音楽だった。偶然とは言え、そんな出逢いがなければアルト・デュオの存在を知ることもなかったことを思うと感慨深いものがある。そして、その時はアルト・フルートがフルートより少し低い音が出せる楽器以上のものではなかったことも正直に告白しておく。

繰り返しCDプレーヤーに載せることで想像の輪(そして和)がどんどん拡がっていく。アルト・デュオによる2枚はずっと聴き続けていきたい宝物だが、アリ・ライヤーソンの音楽との出逢いについても場を改めて綴ってみたい。

Django (Hybr)
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アルト・フルートwithアルト・ギターの魅力(1)/ジョー・ベック&アリ・ライヤーソン

2017-03-28 23:35:25 | 地球おんがく一期一会


クラシック音楽やラテン音楽では花形楽器の地位を確立しているフルート。サックスやトランペットが主流のジャズでも数多のフルート奏者が活躍している。しかし、ことアルト・フルートとなるとジャンルを問わずピンと来る曲も演奏者も少ないのが現状。

マイナーな木管楽器にイングリッシュ・ホルン(コールアングレ)がある。しかし、ドヴォルザークの新世界交響曲の第2楽章、というよりも「家路」で名高い有名なソロがある。ジャズではオレゴンで活躍したポール・マッキャンドレスの超絶ソロ(例えば、デビッド・フリーゼンの『スター・ダンス』のオープニングの曲)があったりする。

アルト・フルートでもクラシックならラヴェルの『ダフニスとクロエ』やストラヴィンスキーの『春の祭典』があるが、ちょっとマニアックかな。ジャズならハービー・ハンコックの『スラスト』に入っている「バタフライ」でベニー・モウピンの美しいソロが聴けるが、アルト・フルートだと気づくかどうかといった感じ。

確かにアルト・フルートは(普通の)フルートに比べたら煌びやかさに欠けるし、サックスに比べたらパワー不足の感は否めない。しかし、アルト・フルートにはアルト・フルートでしか表現出来ない魅力がある。この楽器のスペシャリストのひとり、アリ・ライヤーソンとギタリスト、ジョー・ベックによる珠玉の「アルト・デュオ」が残した2枚のCDを聴く度にそんな想いに駆られる。

Joe Beck & Ali Ryerson “Alto” (1997)

1) Ode To Billy Joe (B.Gentry)
2) 'Round Midnight (T.Monk & C.Williams)
3) Joy Spring (C.Brown)
4) Mother's Day (J.Beck)
5) Willow Weep For Me (A.Ronell)
6) Waiting Is The Hardest Part (J.Beck)
7) Summertime (G.Gershwin)
8) Scaborough Fair / Noweigian Wood (Lennon & McCartney)
9) Autumn Leaves (J.Mercer)
10) Cuidado (J.Beck)
11) Song For My Father (H.Silver)
12) What Would I Do Without You (J.Beck)
13) Billie’s Bounce (C.Parker)
14) We Will Meet Again (B.Evans)

Joe Beck : Alto Guitar
Ali Ryerson : Alto Flute
Steve Davis : Percussion (1, 4, 5, 8, 10, 11, 13)

優しく囁くようなアルト・フルートの深い音色、それをベースラインとコードワークに徹した暖かみのあるサウンドで包み込むジョー・ベック考案のアルト・ギター。まるで2人が合体してひとつの楽器を奏でているかのようだ。また、ジョー・ベックがメロディアスな部分を切り捨てて変則チューニングのギターを創り上げた意図もそこにある。CDのジャケットに描かれているように、ギターのネックがアルトフルートの吹き口になっているのが象徴的。

アリ・ライヤーソンとジョー・ベックがスティーブ・デイヴィス(パーカッション)のサポートを得て1997年にリリースした『アルト』のラインアップには、ジャズファンにお馴染みの定番がズラリと並ぶ。一際魅力的なソロが聴けるのはクリフォード・ブラウンの「ジョイ・スプリング」。アルト・フルートのサウンドが(ハイノートのヒットではなく)中低域で朗々と吹いたブラウンの演奏と見事にオーバーラップする。パーカーナンバーの「ビリーズ・バウンス」ではジョー・ベックのベースプレーヤーとしてのはしゃぎっぷりが楽しい。

有名なナンバーに混じって4曲演奏されるジョー・ベックのオリジナルも魅力たっぷり。白眉はアリ・ライアーそんお得意のフレーズが満載の6)。そして、このアルバムは作編曲家としてのジョー・ベックを聴く作品でもあるのだ。かと思えば、ビートルズナンバーのスカボロウ・フェアーとノルウェイの森が英国民謡風に繋がった遊び心たっぷりの演奏も楽しめる。

残念ながらジョー・ベックが2008年に亡くなってしまったため、この2人によるライブ演奏を聴くことはできない。だが、幸いなことに、ユーチューブで「アルト・デュオ」が残した名演を映像とともに楽しむことができる。しかし、何故にギターがアルト・ギターで、しかも開発者のジョー・ベックがアリをパートナーに選んだのか?

その謎に対する答えは、2001年にリリースされた『ジャンゴ』で明らかになる。


Alto
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鮮烈なるグアコ体験/コンサートホールをディスコに変えたベネズエラのスーパーバンド

2016-11-09 23:54:44 | 地球おんがく一期一会


グアコはベネズエラが生んだスーパーバンド。11月9日の夜、そのグアコが大宮ソニックシティの大ホールを巨大なディスコに変えた。ダンサブルで親しみやすいメロディに乗って、バンドのメンバーに促される形ながら観客が立ち上がり身体を揺らす。オールスタンディングのライブ空間では珍しくない光景を、まさかコンサートホールで見るとは思わなかった。

野球が強く、石油産出国で、最近だと故チャベス大統領が話題の人だったベネズエラは隠れた音楽大国とも言われている。サルサ界のスーパースター、オスカル・デ・レオーンはこの国の出身だし、独特の音楽教育システムのエル・システマはグスタヴォ・デュダメル(指揮者)というクラシック音楽界の若きスーパースターを生み出した。

私自身にとっても、ベネズエラは情熱とロマンのホローポ、お洒落な5/8拍子のメレンゲ、ブラジル音楽のショーロに通じるところのある哀愁のワルツの国。クアトロやマンドリンやバンドーラのようなギター系の楽器による弦楽アンサンブルが盛んな国というイメージが強かった。だからベネズエラ西部・スリア地方の都市民衆音楽「ガイタ」にあまり関心はなく、グアコも名前は知っている程度の存在だった。逆に言えば、そのことでグアコが展開するひたすらダンサブルなサウンドに素直に反応できたのかも知れない。

グアコは4人のボーカリスト、ドラマーを含む6人のラテンパーカッション奏者、キーボード、ベース、ギターに4人からなるホーンセクション(トランペット2人、トロンボーン、サックス)から成る17人編成のバンド。打楽器奏者が多めだが、典型的なサルサバンドといった感じで、ベネズエラの民俗色は薄い。リズムのノリはすぐお隣にあるコロンビアのクンビア、あるいはドミニカのメレンゲに近いとすら感じる。

こんな大編成のバンドにも拘わらず、強烈な一体感溢れるサウンドを生み出すことができるのは何故だろうか。実は、ここがラテンアメリカ音楽としてはシンプルな部類に入るガイタのリズムならではの魅力なのだと思う。コンサートホールでは立つことも憚られるような日本の聴衆を踊らせてしまうパワーの源泉とも言える。ベネズエラのスーパーバンドが創り出す楽しさに溢れた世界に「音楽も生が最高」をより強く感じたのだった。

グアコ ザ・ベスト GUACO THE BEST
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寛ぎの午後を弦楽四重奏で(2)/ジオカローレで見つけたベートーヴェンとシューベルトの魅力

2016-03-02 01:44:19 | 地球おんがく一期一会


ここ数年ですっかりマイブームになったのが弦楽四重奏を聴く愉しみ。昨年2月24日のブログに書いたとおり、ひょんなこと(朝ドラのついでに録画した『クラシック倶楽部』)がきっかけで室内楽の面白さを知ることとなり、なかでも「最大人数のソロ楽器にして、最少人数のオーケストラ」と自認しているこのフォーマットにより惹かれるようになっている。

そんなとき、タイミングよく出逢った弦楽四重奏団が「ジオカローレ」だった。普段はなかなか聴けない曲がプログラムに載っていたこともあり、楽しい午後のひとときを過ごすことができた。この思いがけない出逢いは、弦楽四重奏への興味関心をより高めてくれたという意味でも忘れられない思い出となった。

それからもうすぐ1年が経とうとしていたある日、リーダーの方(同窓の友人のお嬢様)から演奏会の案内が届いた。演奏会場は前回と同じくJR東神奈川駅近くにあるカナックホール。客席が500人程度と小振りだが音響もよく、室内楽には最適なホールだと思う。とくに演奏者の表情を垣間見つつ演奏を聴くことが出来るのが室内楽の醍醐味なだけに、座席とステージが近いのはとてもありがたい。

さて、今回は第10回記念演奏会とのことで、1曲目はベートーヴェン、2曲目はシューベルトというオーソドックスなプログラム。今年はどんな珍しい曲が聴けるだろかという期待には封印をし、巨匠の曲をじっくり味わうことに気持ちを切り替えて演奏会の日(2月20日)が来るのを待った。ベートーヴェンもシューベルトも交響曲を中心に幼少期からずっと親しんできた作曲家ではあるが、弦楽四重奏曲は殆ど聴いてこなかったから。

そして当日。都内で用事を済ませて急ぎ足で演奏会場へ向かう。何とか開演10分前に滑り込みセーフで客席に潜り込むと既に中央の席は殆ど埋まっている。左側の席に落ち着いたらちょうど学友とバッティングした。「最近はヴィオラを中心に聴くようにしていますよ。」と話したら、「今年はヴィオラ奏者が楽器を替えたので期待して下さい。」との返答。それは楽しみ!と思いながら開演を待つ。程なくして4人がステージに現れ、いよいよ開演。

♪ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第11番ヘ短調『セリオーソ』作品95

『セリオーソ』は4楽章形式ながら演奏時間が20分余りのコンパクトに纏まった曲。しかしながら、情熱と沈思、激しさと穏やかさといった対立的な要素が集約された密度が濃い曲だった。上でも書いたように交響曲とは違って弦楽四重奏曲は殆ど聴いていなかったので、新鮮な気持ちで楽しむことができた。ジオカローレの集中力の高い演奏に魅了され、とくに第2楽章が素晴らしかった。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲への興味が一気に高まったのが嬉しいし、近いうちに全集のボックスセットを手に入れることになるだろう。

♪シューベルト 弦楽四重奏曲第14番『死と乙女』D810

シューベルトはベートーヴェンとはうって変わって、激しい情熱や強い自己主張とは違った趣きのロマンティシズムが魅力の作曲家。とくに、この曲のように全楽章が短調で貫かれた、暗い曲想になってしまいがちの曲の場合はじっくり聴かせるのが難しいところがある。しかし、聴き込めば聴き込むほどに味わい深くなるのがシューベルトの魅力とも言える。ちょうど対角に位置する第1ヴァイオリンとチェロの対話などに耳を傾けているとよりそんな想いを強くしたのだった。

♪フィナーレは「思わずニンマリ」のサプライズ・プレゼント

シューベルトの大曲がメインとはいえ2曲だけで終わってしまうのかなと思っていたら、ちゃんともう1曲、正確に言うともう1組用意されていた。会場を訪れた2月生まれの人達への心のこもったプレゼントとして『ハッピー・バースディ・トゥ・ユー』が演奏された。しかし、お馴染みのスタイルで演奏されたのは始めだけ。あとはハイドン風、モーツァルト風、ドヴォルザーク風など様々に様相を変えた、時間と空間を超えた祝福の宴が続く。終盤にはタンゴ風まで登場して、最後はハンガリー風で締め。本当に楽しかった。

ということで、今年も寛ぎの午後は終了。はたして、次はどんな曲を聴かせてくれるのだろうかと、つい期待してしまう。今年は(お馴染みだったはずの)ベートーヴェンに対する新たな発見があったし、シューベルトの弦楽四重奏曲には交響曲とは違った面白さがあることにも気づかされた。自分自身の弦楽四重奏に対する興味関心もさることながら、ジオカローレが今後どのように成長していくのかを楽しみに来年のこの日が来るのを待っていようと思う。


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