1/16の「なぜ倫理なのか」とあわせて考えたいと思います。
「企業こそが社会の教育機関」
前回、倫理とは自分の基準を持つことと考えました。
そして、この倫理こそが、人を育てます。
経営者の言っていることではなく、やっていることを見て、
社員は育ちます。
だから、経営者がもっている、倫理という「自分の基準」、
つまり社長の倫理観に社員は影響を受けます。
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ここからが、本日のお師匠さまの警鐘と捉えました。
「倫理」だと思っていることが、ただの法律であったなら、法律に触れて
なければ何をしてもいいというものになります。
「倫理」を「倫理」と呼ぶにはが「愛」が必要です。
愛とは好き嫌いではなく受け入れる覚悟です。
自分で覚悟を決めることが大切です。
「その倫理は本物ですか?」
「それは、愛の有無によって確認することができます」
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「コンプライアンスとは企業倫理遵守である」
企業こそ社会の教育機関なのではないでしょうか。
「さすが、あの会社が育てた社員だ」と言われるような
理念のある魅力的な社員が育つ人材育成に優れた企業が
最も理想なのではないでしょうか。
そのためには経営者が育つことです。
その経営者が社員を育てるので企業が育つのです。
そして理念のある企業がお得意様を育て、
地域社会の人をも育てるのです。
さらに次世代を担う若者も育てます。
企業が教育機関としての役割を果たすためには、
企業倫理に基づく人育てが大切なのではないでしょうか。
コンプライアンスを法令遵守と訳したところから間違いが始まっています。
コンプライアンスとは企業倫理遵守のことなので、
決して法令遵守如きものではないのです。
法律やルールの厳しい国や企業ほど民度が低い。
道徳は人間としての一切の義務。
倫理とは人と人との親しい間柄の美学なので、
倫理には人間愛がある、
とロータリーの大先輩に教えていただきました。
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