「前」 蕨市議会議員 おおしま公一活動報告

2015年5月31日。まさかの落選を果たした?「前」蕨市議会議員おおしま公一の修行の日々をお伝えしていきます。

3・12

2013-03-12 09:03:12 | Weblog
昨日は東日本大震災発災から2年ということで、各地で追悼行事が行われたようであります。

私も、1年前には、(公社)日本青年会議所主催の復興創造フォーラム(於:岩手県)に参加をしていたことを思い出しておりました。このイベントは、今年は仙台市で開催された模様です。

昨日の14時46分には、政府主催の追悼式をネット中継で視聴しながら、市議会控室にて黙とうを捧げさせていただきました。

もう2年なのか?まだ2年なのか?いずれにしても、悲しいかな被災地以外ではこの震災に対する記憶の風化がはじまっているとも言われる中、いかに被災地の復旧復興に気力を注いでいくか?ここからが正念場ともいえる時点なのかもしれません。

さて、本日3月12日という日を記憶しておられる方はどれだけいらっしゃるでしょうか?

2011年(平成23年)3月12日午前3時59分、長野県北部を震源とする強い地震(震度6強)が発生し、同県栄村では特に甚大な被害に見舞われました。

しかしながら、東日本大震災発災翌日ということもあり、世の関心が栄村に向くことは全くと言っていいほどありませんでした。復旧復興にも、ほぼ長野県のみが関わるといった状況が現在まで続いております。

発災以前より、過疎化が進んでいた同地域では、震災からの復旧復興を機に、新たな「まちづくり」を模索する動きが出始めております。

「栄村震災復興計画」では、その冒頭「復興計画の策定にあたって」で「復旧にとどまらない再生・復興計画」をかかげ、つぎのように述べています。

「当村では、今まで過疎化、高齢化、耕作放棄の増加等に対応するため、各種の施策を講じてきましたが、なかなかこうした状況に歯止めがかかりませんでした。そこに長野県北部地震が発生し、多くの被害が生じたのです。これらの被害に対して、これまで「復旧」が行なわれてきました。
 しかし、壊れたものをもとに直す「復旧」だけでは、現在の村の状況を改善することはできません。震災を契機に、人口減少や耕作放棄等が一層進むことが危惧されているのです。そのためには、再生・復興を目指す総合的な「復興計画」が必要になっています。」(出展:NPO法人栄村ネットワークのブログ)

また、東日本震災後に国が制定した「東日本大震災復興基本法」はその第2条で「復興の基本理念」をつぎのように定義しています。

「被害を受けた施設を原形に復旧すること等の単なる災害復旧にとどまらない活力ある日本の再生を視野に入れた抜本的な対策及び一人一人の人間が災害を乗り越えて豊かな人生を送ることができるようにすることを旨として行われる復興の施策の推進により、新たな地域社会の構築がなされるとともに、21世紀半ばにおける日本のあるべき姿を目指して行われるべきである」

以上の様な理念は、東日本大震災被災地での復興にも言えることかと思います。

本来、両震災は比較すべき事柄ではありません。むしろ、栄村村長などは、メディアの取材に答えて「大多数の村民は、東北の被災地の事を考えれば、我々の事は言ってはいけないのでは?と思っていたのでは?」と述べていた程でした。

しかしながら、同じようにもがき苦しみ、未来に向かっている人達がいることを、頭の片隅に置いておいていただければ、1人の長野県人として幸いです。

文書中々まとまりませんが、「3・12」の記憶が、続いていくことを願って止みません。


<写真:発災直後の、飯山線路盤流失の現場。出展:NPO法人栄村ネットワーク栄村復興への歩み>