映画とライフデザイン

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映画「黒い牡牛」

2022-11-17 20:52:43 | 映画(洋画 69年以前)
映画「黒い牡牛」を映画館で観てきました。


映画「黒い牡牛」は1956年のメキシコを舞台にしたアメリカ映画だ。企画「12ヶ月のシネマリレー」の予告編で、超満員の闘牛場に颯爽とした姿を見せる闘牛士の姿が気になっていた。闘牛になる牛と育てた少年との友情物語である。

戦後映画界の赤狩りで第一線から退場した脚本家のダルトントランボが関わっている。ロバート・リッチとして「黒い牡牛」アカデミー賞原案賞を受賞している。これは、ダルトントランボの別名であり、授賞式には当然姿を見せていない。映画トランボ ハリウッドに嫌われた男は以前観た。傲慢さと社会主義思想で一度はハリウッドを追い出されたダルトントランボが徐々に復活していく物語であった。アカ嫌いの自分でも比較的おもしろかった


メキシコの田舎の農村で、懐妊しているメス牛が落雷で木が倒れて死んだ時に牡牛を産んでいた。レオナルド少年がヒタノと名付け父親とともに育てるが、父親の雇い主である牧場で母牛が育ったので、牧場のものだとされて烙印を押される。

このエリアでは、闘牛として闘う牛を育てている。ヒタノには猛牛としての素質があるとわかり、やがて所有者の牧場によってメキシコシティの闘牛場に売られていく。それまで仲良くしていたレオナルドは何とかヒタノの命を救おうとメキシコシティに乗り込み、右往左往する。しかし、ヒタノはすでに闘牛場で闘牛士と対決しているのだ。

ダルトントランボ作品だからといって、映画を観ても、思想的な部分は見当たらない。ディズニー映画にもありそうな子ども連れの家族で観るような映画である。シネマスコープの映画で、本当はもっと大劇場で観れたら良かったが、仕方ない。原色をあえて多く使っているのがわかる色合いもきれいな作品だ。50年代のアメリカ映画だけに音楽はうるさ過ぎ。これは仕方ない。

⒈超満員の闘牛場
少年と牡牛の友情というベースはあっても、見どころはやはり闘牛場での場面だ。CGなんてものは存在しない時期だけに、この超満員の闘牛場の迫力に圧倒される。予告編で観た通り、颯爽と満員の観客に合図する闘牛士の姿がカッコいい。実際に映像の中で闘牛が行われているし、観客の中に闘牛が飛び込んでいくシーンまである。これってどうなっちゃうんだろう。

ありえないだろうと思うシーンもいくつかあるけど、子ども向けのディズニー映画を観ている気分になれば許せる。


⒉メキシコシティ観光案内的映像
闘牛場があるのはメキシコシティだ。自分は行ったことはない。田舎からトラックの荷台に乗ってメキシコシティに来たレオナルド少年が、車が走る広い道路のど真ん中を縦横無尽に駆け抜けるコンプライアンス無視の映像が印象的だ。我々も世界史で習ったメキシコの英雄ファレスの銅像をはじめ、市内の観光名所と思しき場所を映し出す。美しい。

何より、ものすごい台数の車がメキシコ市内を走り回っているのに驚く。乗用車も多い。同じ1956年の日本映画で東京を映し出すシーンではこんなに車は走っていない。トラックはあっても乗用車はほとんど見当たらない。街の中も当時の東京より近代的に見える。もう10年強経つと、一気に日本の方が抜くが、戦後10年ちょっとではまだかなわないことに気づく。

前回の東京オリンピックの次が1968年のメキシコオリンピックで、小学生の自分は先生の好意で授業を放り出して教室内のTVにかじりついていた。走り幅跳びで長きにわたり破られなかった歴史的記録をつくったビーモンマラソンで2着になった君原健二の印象が強い。その時、実況中継もメキシコが高地にあって空気が薄いことがやたら強調されていた。そんなことを思い出しながら楽しめた。


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