映画「ルノワール」を映画館で観てきました。

映画「ルノワール」は「PLAN75」で注目を浴びた早川千絵監督の最新作である。カンヌ国際映画祭で注目を浴びた小学5年生の少女を取り巻く物語だ。主人公であるおかっぱ頭の少女鈴木唯は初めて観た。バックにはリリーフランキー、石田ひかり、河合優実と主演級を集めている。TVドラマ「あんぱん」では河合優実と義理の兄妹である中島歩も加わる。のんびりした地方都市独特のムードの中で、子どもから抜けきれない想像力あふれる少女の好奇心を巧みに描いている。
1980年代後半の夏、地方の小学校5年生のフキ(鈴木唯)は父と母との3人家族だ。父(リリー・フランキー)はがんを患い入院中、母(石田ひかり)は仕事では管理職だがうまく立ち回れていない。ヒステリーになりがちだ。

フキは好奇心の強い女の子だ。世は超能力ブームで、フキはTVのテレパシーの実験に夢中だ。フキは近所の女性(河合優実)に接して催眠術で夫の死の秘密を聞きだしたりする。父親が入院で、母親も会社から行かされた研修で不在がち。しかも母は研修講師(中島歩)との関係があやしい。フキは家のポストにあった伝言ダイヤルのチラシの番号にかけてみると、自称大学生と知り合い誘われる。
好奇心旺盛な小学校5年生の女の子が大人の世界に触れる姿に好感
エピソードが盛りだくさんなストーリーだ。1976年生まれの早川千絵監督が、10歳から11歳にかけて経験したことも含まれているようだ。そうすると1986年前後で、そのバブル前夜の時代背景も映画には現れている。自分にはついこの間のことのようだ。
林間学校に行ったときのキャンプで、YMOの「ライディーン」に合わせて子どもたちがダンスするシーンが印象的だ。早川監督と同世代の人たちは運動会の集団演技などで同じような体験をしているかもしれない。この時代になじみのある我々の世代には受けるが、あくまで伝言ダイヤルなど日本特有の話題も多くカンヌ国際映画祭の審査員には響かないと思う。それでもヒロインを演じる鈴木唯はのびのびした演技で大器を感じさせる。
⒈こちらあみ子とのアナロジー
同じ小学校5年生のおかっぱ頭の女の子で、純粋無垢で自由奔放なところは「こちらあみ子」のあみ子にそっくりだ。映画を見始めてすぐに感じた。子どもは長期間の撮影となると夏に限られる。設定が夏になるのも同じだ。フキもあみ子も「孤立している子」だ。周囲に合わせようと必死だけどどこかズレている。2人は大人の世界の理屈とは別のルールで生きている。ともに想像力と好奇心がずば抜けていて大人の世界にも敏感なのだ。

⒉伝言ダイヤル
伝言ダイヤルは80年代後半の日本独特のシステムで、子どもなのにフキが大人の世界をのぞき見してしまう。フキは何が危険で何が面白いのか、まだ境界がわからない。好奇心で電話して、知らない人からの誘いに合意して会ってしまうのだ。え!本当。思わず大丈夫かと心配になってしまう。そう我々に感じさせるところも狙いなのだろう。早川千絵監督も思春期になろうとする時に似たような体験をしたのかもしれない。

⒊石田ひかりと中島歩
先日観た「リライト」では、石田ひかりは夫が先に亡くなった地方の未亡人だ。個性が強くない。この映画では会社の管理職だ。叱責が強すぎると部下からのクレームが会社の上司に伝わっている。こんなクレームが出る時代ではないのでは?とも思うけどまあいいだろう。でも出社に及ばずと表面的に言えないから、会社から心理の研修に派遣されるのだ。当時はやりの自己改革の研修だ。
その講師を演じるのが中島歩だ。朝のTV小説では主人公今田美桜の夫役、どちらかと言えば古典的二枚目なので昭和の不倫相手とすると適役なのかもしれない。フキがやさしい講師と母親との関係があやしいと察知する。その講師の妻ががんの治療になるあやしい薬を売っていて、それを母親石田ひかりが買ったり、一緒に食事行ったりする。講師の妻が母親に会いに来るシーンもある。
でも、細かくはセリフにせず具体的にツッコミしない範囲で映像で示す。早川千絵監督のやり方だ。セリフがなくて何を言っているのかさっぱりわからない映画もあるけど、この映画は割と親切に想像のための伏線があるのでよかった。

⒋リリーフランキー
リリーフランキーは相変わらず変幻自在の芝居が安定している。今回は末期がんにかかっている。仕事に追われる中の介護は面倒で妻は早くから葬儀や喪服の準備をする。女はドライだ。フキは複雑な心境だけど淡々として黙っている。大金を使い妙な治療法にカネを払っているしまうがん患者の心理は、自分も母親のがん末期を見たのでわかる気もする。がんになると変な人が近づいてくる。石田ひかりが呆れて爆発するけどもう先がない。
フキと競馬場に行くシーンが印象的。妻と違って父親に対して気持ちが温かい。岐阜の笠松競馬場でのロケのようだ。場内の雰囲気がいかにも昭和の公営ギャンブル場ぽいのでいい感じだ。そこでがんの痛みでアタマを抱えて気がつくとスリにあうリリーフランキーがリアルだ。

⒌親しくなった美少女と母親(ツッコミたくなる場面)
フキは転校してきた美少女と親しくなる。一緒に超能力に関わる遊びをしたりする。庭付きの一戸建に住み、家に行くと美人のお母さんがおいしそうなショートケーキをフキにもごちそうしてくれる。お金持ちの家に行くとこんな光景には出くわしたものだ。でも、両親の夫婦関係が微妙な雰囲気を醸しだす。
その美少女がフキと一緒に戦争のフィルムを見に行くと突然倒れてしまうのだ。その後美少女の自宅で母親と話していた後に、おつかいに行くと言って母親が外出する。その時部屋の中を探るように歩き回り、引き出しや棚を開けて写真を見つける。映像としては一瞬で、大人の男性とお母さんが一緒に写っているように見えるのだ。セリフでは示さないけどなんか怪しそう。
その後に美少女が遠方に転校するのだ。何と青森、何でと思ってしまう。でも、早川千絵監督はそれらを露骨にセリフでツッコミせずに淡々と進む。あやしい感覚を次々と映像で示していく展開はうまいと思う。いくつもの伏線を我々が想像するために投げかけているのだ。セリフなしでも難解ではない。
(以下私事ではあるが、)
実は美少女が倒れるシーンには既視感があった。妹の同級生に小学校の頃から女性雑誌のモデルになる美少女がいた。アタマも賢く、女子御三家に楽々受かる能力を持ちながら、女の子なんだからと母親の勧めで南青山のセーラー服が有名な女学校に行った。そこでも美女の誉れが高かったとのちに周囲から聞いた。
その女の子が小学校高学年の頃、私の自宅の妹のところに遊びにきていて突然倒れた。自分もその時偶然いた。あわてて救急車を呼び搬送された。お母さんが前にもこういうことがあったと言った。そのセリフまでまったく同じなので映画を観ていて仰天しそうになった。
その美少女の母親も柏木由紀子系のすごい美人だった。やさしい女性で自分が大学に合格した時はものすごく喜んでくれてうれしかった。私の家から100mくらいの所にある瀟洒な家に住んでいたが、父親の仕事の失敗で家を抵当に取られて強制執行で突如引越した。泣きながらうちの母が引越しを手伝った記憶がよみがえる。