以下の記事は、動物が好きな方、あるいは可愛がっていたペットを失ったことがある方には辛すぎる内容かもしれませんので、あらかじめご了承ください。
お待たせしましたが、「うさぎの胸腺腫 (8)」の続きを。
旧約聖書の「ヨブ記」の主人公、ヨブがサタンによって子供や召使、家畜などを殺されてしまった時、彼は「地にひれ伏して礼拝し」、こう言いました。
「主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。」(ヨブ記1章21節)
チョコを失った時、私はとても「主の御名はほむべきかな」と言える心境ではありませんでした。かと言って、神様を恨もうとも思いませんでした。すべての責任は私にある、これは自業自得なのだと思いました。
チョコがいなくなってしまった今、あらためて「私にはなんて素晴らしい相棒がいたんだろう」と感じています。完璧な彼女に対して、私はまったく彼女にふさわしくないダメ飼い主でした。平日は朝早くから夜遅くまで家を空け、土日もずっとそばにいたわけでもなく、彼女はほぼいつも私を待っている状態でした。
彼女を飼うことを決意した10年前、私は「この子を世界で一番幸せなうさぎにする」と誓いました。長時間ケージの中で過ごさせるのがかわいそうだったので、マンションでは24時間放し飼い。朝の忙しい時間も一人と一匹で追いかけっこ、夏はフローリングの上で一人と一匹でゴロ寝、冬はこたつの中で寝てしまった私を彼女が起こしてくれました。仕事でもプライベートでもいろいろなことがあった10年でしたが、彼女がいたから乗り越えられました。
チョコこそが私に一番の幸せを与えてくれる存在でした。でも、彼女はオスうさぎと出会うことも、ましてや妊娠することも出産することもなく、ただ私のそばで暮らしていただけで、うさぎとして最高に幸福ではなかったかもしれません。他の人に飼われていればもっと幸せに長く生きられたかもしれないと思うと、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになります。特に彼女の最期が苦しみ以外のなにものでもなかったことは、まぎれもなく私の責任だと思います。
「たかがペットが死んだくらいでそんな大騒ぎする必要はない」と思われる方もいるかもしれません。しかし、たとえ動物であっても、パーソナリティと知性を持った1個の命です。動物を飼うことはその命、そして死と向き合うことだと思います。残念ながら私にはもう動物の命と死に向き合う勇気はなく、二度とペットを飼うことはないと思います。だからこそ余計に、今この世で飼われているすべてのペットが、死を迎えるまで飼い主に大切にされることを願うばかりです。
チョコ、10年間も私と一緒にいてくれて本当にありがとう。私は世界一幸せな飼い主でした。
お待たせしましたが、「うさぎの胸腺腫 (8)」の続きを。
旧約聖書の「ヨブ記」の主人公、ヨブがサタンによって子供や召使、家畜などを殺されてしまった時、彼は「地にひれ伏して礼拝し」、こう言いました。
「主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。」(ヨブ記1章21節)
チョコを失った時、私はとても「主の御名はほむべきかな」と言える心境ではありませんでした。かと言って、神様を恨もうとも思いませんでした。すべての責任は私にある、これは自業自得なのだと思いました。
チョコがいなくなってしまった今、あらためて「私にはなんて素晴らしい相棒がいたんだろう」と感じています。完璧な彼女に対して、私はまったく彼女にふさわしくないダメ飼い主でした。平日は朝早くから夜遅くまで家を空け、土日もずっとそばにいたわけでもなく、彼女はほぼいつも私を待っている状態でした。
彼女を飼うことを決意した10年前、私は「この子を世界で一番幸せなうさぎにする」と誓いました。長時間ケージの中で過ごさせるのがかわいそうだったので、マンションでは24時間放し飼い。朝の忙しい時間も一人と一匹で追いかけっこ、夏はフローリングの上で一人と一匹でゴロ寝、冬はこたつの中で寝てしまった私を彼女が起こしてくれました。仕事でもプライベートでもいろいろなことがあった10年でしたが、彼女がいたから乗り越えられました。
チョコこそが私に一番の幸せを与えてくれる存在でした。でも、彼女はオスうさぎと出会うことも、ましてや妊娠することも出産することもなく、ただ私のそばで暮らしていただけで、うさぎとして最高に幸福ではなかったかもしれません。他の人に飼われていればもっと幸せに長く生きられたかもしれないと思うと、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになります。特に彼女の最期が苦しみ以外のなにものでもなかったことは、まぎれもなく私の責任だと思います。
「たかがペットが死んだくらいでそんな大騒ぎする必要はない」と思われる方もいるかもしれません。しかし、たとえ動物であっても、パーソナリティと知性を持った1個の命です。動物を飼うことはその命、そして死と向き合うことだと思います。残念ながら私にはもう動物の命と死に向き合う勇気はなく、二度とペットを飼うことはないと思います。だからこそ余計に、今この世で飼われているすべてのペットが、死を迎えるまで飼い主に大切にされることを願うばかりです。
チョコ、10年間も私と一緒にいてくれて本当にありがとう。私は世界一幸せな飼い主でした。