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たまにはこんな日記も書かせてくださいな

2009-01-12 08:53:00 | 日記
今朝、めざましテレビを見ていたら、突然電話がかかってきました。私の家の電話番号を知っている人は親兄弟くらい。しかも彼らは普通携帯にかけてくるので、「誰だろう?」といぶかりながら受話器を取ると、「休みの朝なのに、ごめんね。俺だけど。」と馴染みのない男性の声。「はい? どちらさまですか?」「いや、俺、俺。会社の彼氏。」彼氏? 同僚がボケて電話をかけてきたのかとも思ったけれど、そんなことをしそうな人はいないし、第一、声やそのなれなれしい話し方に聞き覚えがないのです。「どちらさまですか?」「わからない? 俺だよ。会社の彼氏。」「わかりません。どちらさまですか?」「俺だよ。会社の彼氏。」と言った後、電話は突然切れてしまいました。何、これ? 新手の振り込め詐欺ですかねぇ?

で、話は変わりますが、昨日日曜日の朝はいつもどおり教会に行きました。私が通う教会は、月に1回、礼拝後、信者が持ち回りで聖書研究の講師を担当するのですが、なんと昨日は私の番。研究する箇所は各々自分で決めることになっていて、私が選んだのは旧約聖書の「伝道者の書」(訳によっては「コヘレトの言葉」「伝道の書」などともいいます)。私は聖書を専門的に学んだこともないし、ましてや人に教えられる立場でもないのですが、せっかく担当になったのでベストは尽くそうと思い、ずいぶん以前から準備を始め、ついに昨日、自分で調べたことや考えたことを発表しました。他の信者さんの反応は予想以上に良くて、「おもしろかった」「わかりやすかった」との声をいただきました。ここでみなさんに講義をするつもりはありませんが、「伝道者の書」は名言の宝庫なので、一部の聖句を抜粋して、以下に紹介したいと思います。


実に、神から離れて、だれが食べ、だれが楽しむことができようか。(2:25)

神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。しかし、人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。(3:11)

私は知った。神のなさることはみな永遠に変わらないことを。それに何かを付け加えることも、それから何かを取り去ることもできない。神がこのことをされたのだ。人は神を恐れなければならない。(3:14)

母の胎から出て来たときのように、また裸でもとの所に帰る。彼は、自分の労苦によって得たものを、何一つ手に携えて行くことができない。(5:15)

見よ。私がよいと見たこと、好ましいことは、神がその人に許されるいのちの日数の間、日の下で骨折るすべての労苦のうちに、しあわせを見つけて、食べたり飲んだりすることだ。これが人の受ける分なのだ。
実に神はすべての人間に富と財宝を与え、これを楽しむことを許し、自分の受ける分を受け、自分の労苦を喜ぶようにされた。これこそが神の賜物である。
こういう人は、自分の生涯のことをくよくよ思わない。神が彼の心を喜びで満たされるからだ。(5:18-20)

だれが知ろうか。影のように過ごすむなしいつかのまの人生で、何が人のために善であるかを。だれが人に告げることができようか。彼の後に、日の下で何が起こるかを。(6:12)

順境の日には喜び、逆境の日には反省せよ。これもあれも神のなさること。それは後の事を人にわからせないためである。(7:14)

あなたは正しすぎてはならない。知恵がありすぎてはならない。なぜあなたは自分を滅ぼそうとするのか。
悪すぎてもいけない。愚かすぎてもいけない。自分の時が来ないのに、なぜ死のうとするのか。(7:16-17)

この地上には、善を行い、罪を犯さない正しい人はひとりもいないから。(7:20)

さあ、喜んであなたのパンを食べ、愉快にあなたのぶどう酒を飲め。神はすでにあなたの行いを喜んでおられる。(9:7)

あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない。」と言う年月が近づく前に。(12:1)

結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。
神は、善であれ悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからだ。(12:13-14)


ちなみに上記はすべて「新改訳聖書 第二版」からの抜粋です。興味をもたれた方はぜひ本物の聖書を手に取ってみてください。

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