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真実と幻想と創価学会

創価学会について色々書いています。ほぼ毎週日曜更新。

マインドコントロールとは何か より「特定の状況に作用するルール」その3

2012-12-02 18:40:00 | カルト宗教
マインド・コントロールとは何か マインド・コントロールとは何か
価格:¥ 1,427(税込)
発売日:1995-08

第4章 一時的マインド・コントロールの原理と実際 より

特定の状況に作用するルール――③好意性

 個人は好意を示してくれる相手に対して好意的な行動を示してしまう、というルールがある。好意や愛情というのは、人間にとって心理的に快い感情をもたらす、報酬ともいえる価値ある代物ともいえる。これは、返報性のところで説明した社会的交換理論ともかかわった人間の行動様式の特徴である。
 よってこの理論から考えれば、好意を示してくれた相手に対しては、それ相応の価値あるものを返さなくてはならない、そうでないと相手に悪いというような感情におちいってしまうから、それを避けるようなかたちで
自動的に反応するようになっている。
 それでは、相手からの高感度を高めるには、どうすればよいか。たとえば、容姿などの身体的魅力、相手との意見や思考の類似性、近接性あるいは接触の頻度、好意の相互性などが、その要因として考えられ研究されてきた。それらはすべて、マインド・コントロールへの応用可能性が高いようだ。

 ~中略~

  破壊的カルトの勧誘でも、被勧誘者の意見、立場などの類似性の高い勧誘者を用いることが少なくないようだ。そして勧誘者は、場合によっては被勧誘者の話を聞きながら、「私も同じ悩みがあった」などと告げたりする。大きくうなずいてみせたりといったことをするようにと、勧誘マニュアルに載せられていたりする。

 ~中略~

  破壊的カルトの人びとは、電話に手紙、訪問と何度となく繰り返し、あるいはパーティや講演会などに一緒に参加し、特に熱心に勧誘の話をするでもなく、何となくそばにいるという時間を長くするようにこころがけることが多い。彼らは、被勧誘者がこころを開いて話を聞いてくれる状況になるまで、勧誘という真の目的を告げずに、ひたすら待っていることさえもあるようだ。 

 ~中略~

  そして最後に好意の相互性である。相手から好意を示されることが、個人にその相手への好意を生じさせてしまう。チャルディーニは、お世辞を与えることが好意を生じさせると述べている。ほめられたり、お世辞をもらうことは、社会や周囲に認められたいという個人の承認欲求を満たすことになるので、報酬ともいえる。人は報酬を与えてくれる対象には条件反射的に好意を示す。また、先に述べた、返報性のルールが作用するともいえる。つまり、お世辞であろうと、好きだといってくれている相手に対して、好意をいだいてしまう傾向にある。
 破壊的カルトの勧誘でも、相手をほめるなどしてお世辞を多用するところがある。たとえば、彼らは被勧誘者に「あなたは良い人だ」「あなたは素敵な人だ」「あなたのように真面目に人生を見つめている人は珍しい」などとほめちぎる。ある破壊的カルトの元メンバーに面接すると、多くの人びとが「私はそれまでそんなにほめられたこともなかったので、相手をとても良い人だと思った」と述懐している。
 さらに、好意を獲得するためには、近接性の要因に効果のあることが認められている。つまり、できるだけ回数を多く、かつ長い時間、ターゲットとする人物に会うということである。

こちらの本は一般的なカルト宗教に対してのマインド・コントロールの内容ですので、ピンポイントで創価学会の説明がされているわけではありません。

それでも創価学会の当てはまる部分はこのように大部分に及ぶわけですが。

創価学会はシステムとしてはほぼ完成された新興宗教ですので、新規会員の勧誘というよりも現会員の引きとめ、活動推進にこれらのマインド・コントロールの手法は活用されているように思います。

学会員同士での家庭訪問や不在時の手紙。今時やりますか?お宅には携帯電話(メール)もFAXもないんですか、ってね。というか、それらを駆使しても尚訪問する、っていう姿勢ですがw

これが過ぎたるは及ばざるが如しで本当にウザい。

座談会や会合を開催するのは宗教活動の一環としていいとしても、その参加人数をノルマ化するのはどうでしょう。つまり「できるだけ回数を多く、長い時間」対象人物と会えるようにという営業努力みたいなものですかね。

そして創価的に今回の紹介で最も重要なものは「個人の承認欲求」という箇所ではないでしょうか。

創価学会では様々な役職があり、ヒラ会員という方は少ないと聞きます。役職がありすぎてなり手がおらず兼任するということも珍しくないとか。

この「役職」というものは、個人の「承認欲求」に適うものです。

前々回の記事でも紹介しましたが、人には周囲や社会に対して「一人前の人間である」と認められたい欲求があるといいます。まあ、そりゃそうでしょう。

しかし会社勤めなどから離れた専業主婦の方など、肩書きを持つ事は難しいといえます。それどころか社会との接点を持つことすら難しいという方も少なくないでしょう。

けれど創価学会という囲いの中でならば、それらは手を伸ばさずとも与えられるのです。

創価学会の婦人部の方々が「最凶」と称されるほどに学会活動にのめり込む心理は、こうした「承認欲求」の渇望から来ているのではと思います。

話は変わりまして、ご存知希望さん(高倉教授)のブログ「白バラ通信」が3日連続で更新されています。

創価学会の選挙活動に対して方々へ警鐘を鳴らしておられる様子を紹介されています。

「白バラ通信 パンドラの箱」 ←要チェック!!

また新たな取り組みとして「白バラ通信 第一号」としてダウンロードして、これをご覧になっている方々の周囲で配布できるようにとの行動を呼びかけておられます。

「白バラ通信 第一号」の内容を少しだけご紹介。

創価学会員は、選挙活動に取り組む義務は全くありません。

白バラ通信 第1号

 現在、創価学会が組織を挙げて取り組んでいる選挙活動は、日蓮大聖人の仏法とは全く関係がありません。創価学会の会則に規定されていない選挙活動に取り組むことは止めましょう。

内外問わずに分かりやすく、創価学会員による選挙活動の実態を批判されている内容です。

よろしければ、是非ご一読下さい。


マインドコントロールとは何か より「特定の状況に作用するルール」その2-2

2012-11-18 21:57:48 | カルト宗教
マインド・コントロールとは何か マインド・コントロールとは何か
価格:¥ 1,427(税込)
発売日:1995-08

第4章 一時的マインド・コントロールの原理と実際 より

特定の状況に作用するルール――②コミットメントと一貫性 その2

 ロー・ボール・テクニックのもっとスタンダードな形をとったセールス戦略を「フット・イン・ザ・ドア(foot in the door)」の技術と呼んでいる。この方法では、何らかの要請者は、まず誰でも応じてくれそうな小さな要求をだして応諾させる。それから、それと同じ意味を持つのだけれど、心理的な抵抗の強いもっと大きな要求をだして承諾をせまるのである。つまり、まずは、ドアのすきまに足を入れて、話だけでも相手に聞いてもらうことから、承諾を誘導していくというものである。

~中略~

 さらに、フリードマンとフレイザーは要請者を一度目と二度目とではちがう人にするなどの条件を設定した別の実験を行った。その実験では、カリフォルニアの住宅建築会社が、庭に安全運転の大きな看板をたてさせてもらうために、最初はダミーの小さな要求として、安全運転の小さなステッカーを貼らせてほしいと要請して、それへの応諾をしてもらったあとで、別の人が目的とする大きな交通安全の看板を建ててもらうように要請した。そうすると、直接すぐ、真の目的とする大きな要請をして承諾をえようとした条件群よりも、約三倍の効果があったという。
 こられには二つの心理作用がはたらいている。その一つは「認知的不協和」という事態である。これについては次の章で詳しく説明するが、一言でいえば、人は自分の意見の内部の矛盾を嫌う。つまり、要請が小さいにしろ、大きいにしろ、意味としては似たようなものなら、小さな要請に応じるのも大きな要請に応じるのも同じことと思ってしまう傾向にある。
 もう一つの心理とは、人には周囲の人びとや社会に「ちゃんとした一人前」として認められたいという欲求が、ほとんど自動的に作用しているということである。シュレンカーによれば、人は一般に社会に一人前として承認されたいという欲求を満たすために、自己についての印象を管理し、そのように自己を呈示しようという動機をもつという。つまり、肯定的な自分のイメージを公の場で得ようとするように、自己に関する情報を提供しようとする動機である。
 いいかえれば、人には「信頼のおける立派な人である」というイメージを皆に認めさせるよう、周囲の人に自分についての情報を提供しようとする動機がある、ということである。
 そのために人は、
時や状況を超えて一貫したスタイルで行動していることを他者に示すことによって、「信頼のおけるひとかどの人物である」と判断されやすい情報を周囲の人に呈示し、自分の印象を肯定的なものにして、維持しようとする傾向にある。
 ある破壊的カルトの勧誘では、何度もつぎの訪問を約束させ、電話や手紙で念には念を入れる。そして、彼らは、一度、訪問したら、その帰り際には、必ずつぎの訪問の約束をとりつける。多くの被勧誘人が集まっている状況では、めいめいに継続して参加する決意表明を、他者の前でさせるという。
 彼らの勧誘は、このようなコミットメントをとりながら、セールスマンよろしく、まずは、立ちどまらせる、つぎに、雑談をする、一度だけ訪問させる、勧誘話を聞かせる、臨時メンバーにならせる、そして正規のメンバーにさせるといった具合に、小さな要請から大きな要請へと段階的に攻撃してくる。ターゲットにされた被勧誘者は、自己に誠実であろうとして、また人に悪い印象を与えたくない心理がはたらき、一貫した行動をとろうとする。その結果、被勧誘者は強引な強制を感じることなく、操作者がもくろむ方向へと一歩ずつ引き寄せられていく。

まあ、一人前の人物として見られたいってごく普通の欲求ですよね。

一貫性やそれに基づく信頼性ということで言えば、日本人は特に強い傾向にあるような気がします。だって老舗と言われるお店なんかその典型ではないでしょうか。あれ?活用違う?w

創価学会でいうと、現在はこうした勧誘による一世の新規会員というのは少ないかと思います。

活用されているのは幽霊会員を会合に引っ張りだす、現活動家をもっともっと活動させる、などの場面でしょうね。

聖教新聞を取っているのだから、公明新聞も。公明新聞も取っているのだから創価新報も。学会関連書籍も、民音も、財務も・・・などなどコンテンツは盛りだくさんです。

話は変わりまして、ご存知希望さんのブログ「白バラ通信 パンドラの箱」にて新しい記事が本日アップされています。

創価学会による選挙活動の違法性の指摘で、なんともタイムリーな内容であり、今回は一時閉鎖されていたコメント欄も開放されています。

どうぞご一読下さい。


マインドコントロールとは何か より「特定の状況に作用するルール」その2-1

2012-11-11 22:28:37 | カルト宗教
マインド・コントロールとは何か マインド・コントロールとは何か
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第4章 一時的マインド・コントロールの原理と実際 より

特定の状況に作用するルール――②コミットメントと一貫性 その1

 チャルディーニはまた、「コミットメント(commitment)」させることが、この一貫性の自動的行動を引き出すキーであると述べている。コミットメントとは、社会心理学ではときどき用いられる用語だが、それは自分の立場を明白にする、立場に責任を持つ、といったような意味の概念である。
 チャルディーニ、カシオッポ、バセット、ミラーは、コミットメントが行動にどう影響するかを簡単な実験で確かめた。その実験では、実験者は心理学実験の被験者になるようにと要請するとき、最初から心理的コストの高い時間の「朝七時」に集まって欲しいと要請するよりも、
まず実験への参加に承諾させてから、その後で集まってもらう時間を告げるほうが、約二倍の数の人が参加したという結果を示した。
 チャルディーニらは、コミットメントの効果によって人が一貫した行動をとってしまう例を、自動車の販売方法に用いられたテクニックで説明している。それをもう少し詳しく説明しておこう。この方法は
「ロー・ボール(low ball)」の技術といわれている。それは、最初、誰でも承諾してくれそうな小さな要求をだして、それを承諾させてから、徐々に、だんだんと新しい要求を加えていって、そのたびに要求を承諾させて、最終的に計画どおりの要求をだして、それに対する承諾をえようというものである。
 つまり、最初、だれでもとれそうな低いボールを投げてキャッチさせて、だんだんと高いボールを投げてやれば、キャッチさせやすいということである。

その2に続く・・・

この「ロー・ボール」って日本的な例で言うと忍者の修行で成長の早い葦(だったっけ?)麻(11/19発売のジャンプにて麻であることが判明!)を毎日飛び越える練習をしてジャンプ力をつける、って感じですね。

「ロー・ボール」の手法は学会勧誘でも活用されていますね。

「入会しなくていいから、聞くだけ聞いて」「パンフだけでも読んでみて」「会合に出るだけ出てみて」「仮の入信でいいから」「お守りご本尊だけでも」等々・・・。

正式入会の前段階で色々譲歩させようとします。

また人間の心理として、この低いボールを一回キャッチしてしまうと「コミットメント(一貫性)」の効果と次に述べます「認知的不協和」の効果で次のボールもキャッチしなければいけないような気になってしまうんですね。

この週末もちょっと急ぎ足で簡単にご紹介です。

関係ないんですが、このところスパムコメントが非常に多い。何でだ?

矢野氏の著書や「憚りながら」のような本を紹介した記事には必ずと言っていいほど数件はつくのですが、この一ヶ月ほど全然関係ない記事にも毎日のようにスパムが・・・。

忙しいとか言っちゃうとスパムコメントしたくなるんでしょうかね?忙しさに気を取られてうっかり承認しちゃったりしないかな~とか?

スパムコメントは基本、専用のフォルダに自動的に振り分けられるのでそんな間違いはないのですが・・・。なんだろう?ヒマ?

こちらは削除の手間すらないので、ご苦労様なことです。


マインドコントロールとは何か より「特定の状況に作用するルール」その1

2012-10-28 17:37:58 | カルト宗教
マインド・コントロールとは何か マインド・コントロールとは何か
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第4章 一時的マインド・コントロールの原理と実際 より

特定の状況に作用するルール――① 返報性

 返報性とは、「相互に報い合う」という意味である。チャルディーニによれば、日本も含めて私たちの多くの社会では、価値のあるものを受け取ったら、それ相当のお返しをするということが自動的な反応となっているという。

 ~中略~

  人は、自分が相手に支払ったコストと相手から得られた報酬のあいだでうまくバランスがとれていないとき、不快な感情になるものである。つまり、人は一般に相手にだけ得をさせると、相手に対してずるいとか損をした思いになりやすく、不満になる。それとは反対に自分だけ得をすると、相手に対して悪いと思いやすく、罪悪感を感じてしまう。そうした自分がもたらした相手の不満を解消させたり、罪悪感の気持ちから逃れようとして、人は自動的に相手の要請に応えるというような返報的な行動に出やすい。このように相手に返報するという行動は私たちの社会の中で常識化しており、他者から恩恵を受けたときの自動的な反応となりやすい。
 返報性のルールを、セールスの世界で承諾を誘導するテクニックとして応用したのが、試供品を配るとか、個別訪問して親切にふるまうとかであるといえよう。
 とくに、「ドア・イン・ザ・フェイス(door in the face)」の技術などは、その原理を利用したきわめて巧妙なセールス技術である。
 それは、最初、受け入れがたい大きな要請をダミーの要請として用意し、まずはそれを要求し、相手にいったん拒否させる。そうしたら、要請者は譲歩して目的の要求を出すというものだ。この方法は、
「相手に譲歩させた」という認知が社会的交換法則にのっとり、その相手に対して、何らかの「お返しをしなくてはいけない」という気持ちを生じさせることを利用する。
 破壊的カルトの勧誘は、一般に優しくて非常に親切である。親身に相談にも応じてくれる。「楽しい」場や、「ためになる」イベントや集いに招待してくれる。また彼らの勧誘は、真剣で真面目で一生懸命であり、誠意を尽くしてくれる。ターゲットにされた被勧誘者は、こうした誘いに対して返報性のルールをはたらかせて、話くらい聞いてもいいのではないか、断るのは一度だけ参加してからにしよう、という気持ちになりやすい。
 またドア・イン・ザ・フェイスのような方法は、「知覚のコントラスト効果」といわれる心理状況も含まれているために、特に有効なのである。人は軽いもののすぐあとに重いものをもつと、非常に重く感じるものである。あるいは長いものの隣に置いた短いものでもよい。安いものと高いものでもよい。つまり、対比になるものが対で呈示されたときに起こる、錯覚現象なのである。この効果を破壊的カルトは勧誘話にもちこむことがある。彼らはメンバーに加わる際に、非常に無理な額の寄付を要請しておいて妥協してみたり、無理な行動を要請しておいてから、妥協して少し簡単な行動を要請するのである。
 あるいは、
きつい冷酷な言葉の内容と優しく甘い内容とを巧みに呈示して、コントラスト効果をもたらすことがある。たとえば、宗教的な装いをした破壊的カルトは、人間の罪や地獄といった恐い話のすぐあとに、天国や救済の話を説くのである。もう少し具体的にいうと、ターゲットの被勧誘者を複数で囲んで、一人の強面の男性勧誘者が「このままでは地獄に落ちるぞ」などと恐怖に満ちたアッピールをする。そしてもう一人の優しい女性勧誘者がやさしいものごしで、「でも言うとおりにすれば大丈夫よ」とフォローする。

なんだか久しぶりの本の紹介です。

現在の創価学会では今から入信する一世は少なく、ほぼ産まれたとき自動的に入信させられた二~四世が多いので勧誘のテクニックはあまり関係ないかと思いましたが、上記の返報性やコントラスト効果というのは学会から心が離れるのを引き止めるためにも効果があるようなので紹介します。

多くの人は創価学会で真面目に活動すればするほど、何かしら損をした気分になるでしょう。実際損してますから。うまくラッキーな出来事が重なれば、それを報酬と受け取ることもできますが、そうそうタイミングが合うものではありません。

ギャンブルと同じで、その「損」を取り返そうとますますのめり込むような負のスパイラルが学会活動にも当てはまると言えるでしょう。

しかし「損」を最も少なく抑えるのは、今すぐここで、辞めてしまうのが一番なのです。この踏ん切りが人間にはなかなか難しいものです。

そして支払ったコストと報酬のバランスが取れていないという不快な状態が続く。学会に身を置いて精神の安定を得られるわけがありません。

全員が全員とは言いません。中には頑張って活動すること自体が楽しく生甲斐のようにやっている方もいらっしゃるでしょうから。

そしてコントラスト効果というものは、話に聞くだけですが創価班などの特殊な訓練(指導?)の場で使われているんじゃないですかね。

結構キツイ指導をされると聞きますが、フォローする人もちゃんといて逃げ出しづらい状況であるというようなことを、そこここのブログで拝見します。

また退会しようとする人に対しても、使われそうですよね。

そして「落として上げる」という手法は、池田氏の人心掌握術にも見てとれます。矢野氏などが著書でよく書いていますね。

こうした心理に陥ることを、知識として頭に入れておくだけでいざその場面に出くわしたとき、対応は違ってくるでしょう。


マインドコントロールとは何か より「情報処理過程をゆがめる情報」その2

2012-09-02 18:07:16 | カルト宗教
マインド・コントロールとは何か マインド・コントロールとは何か
価格:¥ 1,427(税込)
発売日:1995-08

第3章 マインド・コントロールとはいかなる技術なのか より

情報処理過程をゆがめる情報――感情の操作 (2)

 また一方、快という感情を与えることは、説得にどういう効果をもたらすだろうか。ジャニスとクイとキルシュナーは、エール大学二一六人を実験の被験者とし、癌の治療性、軍隊の規模、月世界旅行、立体映画について説得的なメッセージを読ませた後、何年後に実現するかを評定させた。その際、実験条件群ではスナック菓子を食べながらメッセージを読んだ。また対照群の被験者は、何も口にすることなくメッセージを読んだ。その結果では、メッセージの内容とは明らかに関係ないが、スナック菓子を提供されたほうがそうでないほうよりも説得効果が高かった。つまり、快につながる状況をつくることで、説得効果が高くなる。
 破壊的カルトのマインド・コントロールでは、
入会決意の前や入会したてのときは、まるで特別な客人のように優しく手厚く接してくれるといわれている。ある破壊的カルトは勧誘の説得的メッセージを与えるときに食事を提供し、なごやかな雰囲気をつくろうとするという。また操作者は、自分たちの組織のメンバーであることが、他のどこの集団に属するよりも高い価値のある存在であると説得して、メンバーの自己愛を高める。つまり心地よい気持ちにさせることが説得をスムーズにさせることにつながる。

という小難しい表現になっていますが、ごく簡単にたとえるならば「接待」がそういうことでしょう。

美味しいお酒やご飯、きれいなおねえちゃんとのお喋り。そういう心地よい状況をつくって説得する(商談をまとめる)というのが、まさに今回言ってることですね。

また創価学会では熱心な活動家の方に限らずオルタナティブ派の方でさえ、「選民意識」が高いということもよく言われます。根底にあるのか、無意識的な発言にそういう意識が表れていることもしばしばです。

これは創価学会が「絶対正義」の言葉に示されるように、排他主義にあることからも伺えることです。

自分たちが唯一絶対の正義で、その他に正しいものはないとする考えは、前回の記事に出てきました「思考停止」の状況に持っていくにも、とても都合のいいものとなりますね。

「その他」というものは膨大な数にのぼりますがそれを一つ一つ考えていくことは大変です。それを一緒くたに「その他」にしてしまえるのが、「唯一正義」です。

またこれには「他のどこの集団に属するよりも高い価値のある存在」と思わせる効果もあります。

聖教新聞の論調などを見ていますと、創価学会以外にまともな平和活動をしている団体などこの世に存在しないかのような書きっぷりですからね。

そもそも、まともな平和活動をしている団体に創価学会は含まれないと思うわけですが。

また世界の知性が尊敬するという「池田(自称)博士」( ´,_ゝ`)プッ を師匠にできるというのも、優越感をくすぐる要因かもしれません。

学会員さんが思うほど、ほんとーに思ってるほど池田氏は有名ではなく、世間的には無関心の対象です。胡散臭いと思われているのがせいぜいです。アンチの言いがかりではないですよ。

ほぼ外部の感覚で育ってきた私の経験上の評価です。

私的にはもっとこの人物が注目されてほしいと思っている位です。

ネットの検索ランキング上位に入ってほしいと願ってやまない位ですが、なかなか関心が持たれないようで残念な限りです。

おそらくは池田氏や創価学会が最も有名になっていくのは、その存在の真の姿が公になる時なのでしょうね。

その時が今から待ち遠しいです。