(39 神仏を信じない人々 begin)
39 神仏を信じない人々
触らぬ神に祟りなし、参らぬ仏に罰は当たらぬ、と昔からいわれます。
世界で最も宗教から遠いのが日本人だ、ともいわれます。自分にとって宗教は重要ではない、という答え方をする人が多い国は、他にスエーデンなどの北欧諸国やヴェトナム、フランスなどです。
では、逆に世界で一番宗教的な人々がいるのはどこの国でしょうか?
ガーナのようです。国民の96%が信仰を実行している(二〇一二年調査 )、と答えているそうです。以下、ナイジェリア、アルメニア、フィージーの順で宗教的である、となっています。
日本も昔は仏教や神道あるいはアニミズムなど信仰深い人々は多かったようですが、現代ではまさに世界トップクラスの無宗教国でしょう。大胆にまとめれば、独断と偏見と言われそうですが、科学と経済の恩恵に恵まれている人々の割合が多そうな国および共産党政権の国々で宗教から遠い人が多いようです。
アンケート調査などで無宗教の人々の割合を算定する方法では、社会や文化による圧力がバイアスとなっている点に注意する必要があります。日本や北欧、あるいは共産主義政権の国々では、無宗教な人として分類されることで社会的に見放されるおそれが少ないといえます。このような国々での回答は無宗教が多くなることは予想できます。一方、伝統的な宗教が根付いている国々では無宗教という回答は出にくい傾向があるといえるでしょう。
実際、日本人の多くは実質上、無宗教でしょう。小銭程度のお賽銭を投げたり、おみくじや占いを買ったり、結婚式や葬式にキリスト教や仏教の形式を使ったとしても、それで宗教を信じているとはいえませんね。神仏を信じないと言うと角が立つのであからさまに宣言する場面は多くないはずですが、結局、厳密な意味で宗教の信者であるとはいえないでしょう。
昔から日本人は宗教には関心が薄かった、という説があります。江戸時代以前にも神仏混淆の状態だったし、戒律が厳しかったことはあまりない、とも言われます。一方、江戸時代を含めて過去の日本でも、祭りや祭礼は大いに行われていたし、神官僧侶階級は社会の上層を占めていたことから、十分に宗教的な社会として構成されていたとみることもできます。
江戸時代から明治時代くらいにかけて神仏を信じないという人々は現代ほど多くはなかったようです。その後、二十世紀に入ってから無宗教の割合が増えてきたようです。現代では、調査法によってバラつきますが、半数以上の人が無宗教に分類されるようになっています。
無宗教とされる人たちの中身を見てみましょう。
拙稿32章で研究した「現実に徹する人々」は、まさしく、宗教から遠い人々です。
これら「現実に徹する人々」は、現実以外信じない、神も仏もないという信念を持つ人々ですからまさしく無宗教といえますが、人口に対する割合は、たかだか二割以下でしょう。そうであるとすれば、この人々以外に三割あるいは五割あるいはそれ以上の無宗教な人々が、日本には存在することになります