いろんなお堂を巡って、どんどん山を登って行くのですが、何処まで行くのか分かっていません。取り敢えず本堂の上の崖のところまでやってきました。
少し祠が見えていますが、これより上には登って行けません。ハチの巣があるから通行禁止になっていますが、階段がある以上登ってみたい気持ちに駆られます。でもこう厳重に柵を巡らされては私の思いは叶いそうもありません。
崖の下の狭い境内にあった遥拝所と呼ばれるお堂、このお寺の紋は笹竜胆ですね。
かなり高いところまで登ってきているでしょ。本堂の前の境内が一望できます。
こちらは奥ノ院本堂という建物、奥ノ院と名付けられている割には小さなお堂です。
ここから未だ登らねばならない階段が続いています。参拝の皆さんはこのお地蔵さんの前に1円づつ置いていました。このお寺には両替をする所が何か所もあったのが、これで理解できましたが、この階段を降りて来る時には、貯まった1円玉を回収している人がいました。
こちらは開山堂、湛海律師という人が1678年10月10日に生駒山に登り宝山寺を開いたとか、このお堂が建てられたのが1769年6月、光善和尚の代に建てられたとも書かれていました。
開山堂の後ろにあった開山廟、もう念には念を入れていますね。もう、この辺りから長男はゆっくり見ようとはせず、さっさと先に行ってしまいます。
ここが一番奥、山主代々のお墓だとか、これ以上西には行けませんでした。
ここが最上段、福徳大神の扁額がかかっていました。お祈りしているおばさんがなかなかどいてくれそうもないので、下から撮っておきました。
参拝道の途中にケーブルカーの駅への案内板、生駒山上への登山道もあるようです。
文殊堂の対面にあった観音堂、この日はホントに参拝者が多く、写真が撮りにくい日だったのですが、普段はもっと静かな所だそうです。お堂はこれで全てではありません、まだまだ沢山ありましたが、全部載せることは無駄でしょう。こんなもんかい、と読んで下さっている皆さんが感じられたらそれでいいと思っています。長男は何を思ったのか・・・エライ感嘆していました。
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