警戒区域設定に伴う被災者への支援に関する要望書
とすねっと要望書第12号
平成23年5月12日
内閣総理大臣 菅直人 殿
経済産業大臣 海江田万里 殿
南相馬市長 桜井勝延 殿
双葉町長 井戸川克隆 殿
浪江町長 馬場有 殿
大熊町長 渡辺利綱 殿
富岡町長 遠藤勝也 殿
楢葉町長 草野孝 殿
葛尾村長 松本允秀 殿
田村市長 冨塚宥■ 殿
川内村長 遠藤雄幸 殿
東京災害支援ネット(とすねっと)
代 表 森 川 清
(事務局)
〒170-0003
東京都豊島区駒込1-43-14
SK90ビル302森川清法律事務所内
電話:080-4322-2018
第1 要望の趣旨
1 国は、緊急事態応急対策の実施のために、南相馬市、双葉町、浪江町、大熊町、富岡町、楢葉町、葛尾村、田村市及び川内村(以下あわせて「関係市町村」といいます。)を通じて、日本国憲法第29条第3項に基づき、関係市町村による警戒区域設定に伴う被災者に対する損失補償がなされるよう、早急に必要な措置を講じてください。
2 関係市町村は、国の講ずる措置を受けながら、日本国憲法第29条第3項に基づき、警戒区域設定に伴う被災者の損失を補償し、被災者が早急に安定した生活をできるよう支援してください。
3 国は関係市町村に対し、原子力災害対策特別措置法第28条第2項により読替え適用がなされる災害対策基本法95条により「当該地方公共団体に負担させることが困難又は不適当なもの」として速やかに政令を定め、要望第1項の損失補償についてその全部を補助してください。
第2 要望の理由
1 当団体の概要
わたしたちは、主に都内で東日本大震災の被災者を支援する活動に携わっている弁護士・司法書士・市民等のボランティア・グループです(代表・森川清弁護士)。インターネット(ブログ)やニュースレター「とすねっと通信」を通じて被災者に必要な情報を提供したり、避難所や電話での相談活動を行ったりしております。
2 警戒区域の設定
原子力災害対策本部長である内閣総理大臣は、南相馬市長、双葉町長、浪江町長、大熊町長、富岡町長、楢葉町長、葛尾村長、田村市長及び川内村長(以下あわせて「関係市町村長」といいます。)に対し、避難指示区域(福島第一原子力発電所半径20km圏内)を警戒区域に設定することを指示しました。関係市町村長は、当該指示を受けて、平成23年4月22日午前0時、原子力災害特別措置法第28条第2項による読替え適用される災害対策基本法第63条第1項に基づき、上記避難指示区域を警戒区域に設定しました。
警戒区域設定によって、警戒区域内で従来生活していた者は、刑罰(原子力災害特別措置法第28条第2項による読替え適用される災害対策基本法第116条第2号により10万円以下の罰金又は拘留に処せられます。)をもって立入りを禁止され、警戒区域内にある財産を生活のために利用することが全くできなくなりました。
3 要点~国民全体の利益と特別の犠牲
原子力発電を含む原子力の利用は、原子力基本法に基づき、国のエネルギー政策という国策のもとで実施されているものであって、「人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与する」(原子力基本法第1条)ものとして、電力需要者である国民全体がその受益者です。
よって、原子力発電施設等立地地域の住民は、国民全体の利益のために原子力災害のリスクを負担させられ続けてきたものであって、前項の警戒区域設定による強制的な避難はリスクの現実化、すなわち内在していた特別の犠牲の発現であるといえます。
4 原子力発電の公益性
原子力の研究、開発及び利用は国策であって、その施策を計画的に遂行し、原子力行政の民主的な運営を図るため、内閣府に原子力委員会及び原子力安全委員会を設置し(原子力基本法第4条)、特に安全については、原子力安全委員会が安全の確保のための規制に係る事項を所管し(原子力委員会および原子力安全委員会設置法13条)、さらに原子炉の設置の許可については厳格に実施するものとされています(原子力基本法第14条、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律第23条以下)。
よって、電力会社という私企業が運営していても、原子力発電はその受益者を国民全体とする公益性を有するものです。
5 特別の犠牲
原子力発電施設等立地地域は、内閣総理大臣が指定するものであって(原子力発電施設等立地地域の振興に関する特別措置法第3条第1項)、そして立地の対象地域としては、そもそも電力大量消費をする大都市圏および工業集積地域を除くものとなっています(同法第3条第1項第3号)。
これに対して、例えば、火力発電所は、むしろ大都市圏および工業集積地域に所在するのが通常です。
原子力災害は、その特殊性から原子力災害特別措置法が定められ(同法第1条)、今回の福島第一原子力発電所の事故でも明らかなように長期かつ広範囲な災害を生じるリスクを有するものです。だからこそ、大都市圏や工業集積地域を避けて設置されているといえます。
そして、前項で指摘した原子炉の設置の許可についての厳格な実施に加え、核燃料物質自体が危険なものであるため、きわめて厳重な規制がなされています。
そうであれば、原子力発電施設等立地地域とする内閣総理大臣の指定自体が、長期かつ広範囲な災害が生じる「リスク」に対する損失補償といえるものです。
以上から、原子力発電施設等立地地域の住民は、国民全体の利益のために原子力災害のリスクを負担させられ続けてきたものといえます。
6 警戒区域設定に伴う犠牲の現実化と損失補償の時的基準
東日本大震災を契機とした福島第一原子力発電所の事故、そして今回の警戒区域の設定による強制的な避難は、前項に記載したリスクが現実化したものです。
そうであれば、警戒区域設定の直前における被災者の生活状況及び財産権の評価に基づいて、損失を補償するか否かを判断すべきではなく、現実に警戒区域内に被災者が生活していた本件事故前の時期との比較において、損失補償の要否を判断すべきです。
7 一般の警察目的規制との相違
今回の警戒区域設定は、被災者の生命・健康のためだから、補償は要しないという考え方もあるかもしれません。
しかし、今回の警戒区域設定は、異常な自然現象等から被災者の生命・健康を守るものとして被災者が甘受すべきものではなく、よって被災者に受忍しなければならない責務があるものでもありません。
また警戒区域内に被災者が生活のために保持していた一定の財産に由来する危険があるわけでもありません。例えば、消防法第29条第3項が、それ自体危険を有しない消防対象物・土地に対する処分・使用制限について、損失を補償するものとしていることからすれば、警戒区域内にそれ自体危険を有しない生活財産を保有する被災者に対して損失補償をもって救済することも十分可能なはずです。
8 責任集中との関係
また、原子力損害の賠償に関する法律(以下「原子力損害賠償法」といいます。)に基づき、まずは、原子力事業者である東京電力株式会社に責任を追求すべきであるという考え方もありえます。
原子力損害賠償法は、原子力事業者への責任集中を定めていることから、実質的に責任を分担する損失補償の適用を否定する考え方もありえます。
しかし、損害賠償と損失補償は、その適用場面が異なり、両立するものであり、さらに原子力損害賠償法は国が必要な援助や措置を行うことも予定しています。また仮に給付が重複する可能性があれば、求償によって解決することも可能なはずです。
むしろ原子力賠償法が原子力事業者の無過失責任を認めていることからすれば、それは原子力発電施設等の内在する危険を前提にするものであって、損失補償によって被災者を救済することは積極的になされるべきです。
9 急を要する損失補償による生活支援
原子力発電施設等立地地域の振興に関する特別措置法は、立地の振興のために様々な措置をとるものとなっています。しかしひとたび、原子力災害が生じて現実に生活を侵害されている者に対してはなんらの支援も予定していません。
また、原子力基本法第21条において、「政府又は政府の指定する者は、この法律及びこの法律を施行する法律に基き、核原料物質の開発のためその権限を行う場合において、土地に関する権利、鉱業権又は租鉱権その他の権利に関し、権利者及び関係人に損失を与えた場合においては、それぞれ法律で定めるところにより、正当な補償を行わなければならない。」と規定しておりますが、現実の事故が生じたときにはなんらの補償も予定していません。
それに加えて、東京電力株式会社による損害賠償の範囲も時期も見通しがはっきりしないものとなっています。
被災者は、自らが保持する財産を利用して普通の日常生活を営むことができなくなり、避難所などで全く謂れのない生活を強いられています。さらに警戒区域設定でその制限はますます強く明らかになってきました。
国及び関係市町村は、一体となってこの事態を解決すべく、すなわち警戒区域設定に伴い明らかになった被災者の損失を補償して、早急に普通の日常生活を回復できるようにする必要があります。
10 最終的な費用負担
警戒区域設定に伴う被災者の損失の補償の最終的な費用負担は、原子力損害賠償法に基づき、東京電力株式会社と国が負うべきものです。
また、形式的にも、警戒区域設定は、内閣総理大臣が「指定」した原子力発電施設等立地地域を前提に、原子力災害対策本部長である内閣総理大臣が、関係市町村長に対し、避難指示区域を警戒区域に設定することを「指示」したのですから、原子力災害対策特別措置法第28条第2項により読替え適用がなされる災害対策基本法95条により「当該地方公共団体に負担させることが困難又は不適当なもの」として速やかに政令を定め、損失補償の全額についてその全部を補助する必要があります。
11 結語
以上から、国及び関係市町村においては、日本国憲法第29条第3項に基づき、警戒区域設定に伴う被災者の損失を補償し、被災者が早急に安定した生活をできるよう支援するよう強く求めます。
なお、今回の警戒区域設定において補償を要するか否かについては議論がないとはいいません。ただ、本当に重要なのは、国及び関係市町村が原子力災害によって避難を余儀なくされている人々に対して早急に生活支援をすることを必要だと強く認識しているか、そして、早急に支援したいという強い意思を有しているかの問題です。
国及び関係市町村が早急に被災者に生活支援をすることが必要だと強く認識し、そして、早急に支援をするという強い意思を有するものと信じて、第1記載の事項の実現を強く要望いたします。
以上