寅の子文庫の、とらのこ日記

本が読みたいけど本が読めない備忘録

7冊のカラーブックス192~198まで。

2005年07月26日 19時21分39秒 | カラーブックス

【7冊のカラーブックス】
 
いよいよ200番まで目前に迫りました。今週は192番から198番まで掲載します。
なお、199番からは別ページ(カラーブックスNo3)に移行します。
続きはひと月ほどお休みをいただきまして後、再開いたしますが、どうぞ悪しからず。


192番【おもと入門】榊原八朗・田中直光/初版45年3月1日
193 【スタミナ料理】清水桂一/初版45年4月1日
194 【絵画に見る日本の美女】中村渓男/初版45年5月1日
195 【飛騨高山】加藤けい/初版45年4月1日
196 【花ことば】引田茂/初版45年4月1日
197 【漢方薬入門】難波恒雄/初版45年5月1日
198 【おりがみ】河合豊彰/初版45年6月1日



192番【おもと入門】の、『おもと』には、ロデア・ジャポニカと言う学名があり、韮や玉葱、野蒜などと同系のユリ科植物の一種で、万年変わらぬ緑をことほぐ気持ち、繁栄を祈念する心、あらゆる吉寿をこい願う祈りから『万年青』と書いて『おもと』と読ませるそうです。日陰のちょっと涼しいような場所に棚を作って父が丹精にしていたのを覚えています。これまでは余り関心がありませんでしたが、カラーブックスが取り持つ縁で、今も庭に残っている幾鉢かを今朝、触ってみました。この、192番を読んで面倒を見てやろうと思います。

193番【スタミナ料理】は正にこの季節、的を得たり!の1冊です。誰にでも簡単に作れて美味しいスタミナ料理で、夏本番を乗り切りましょう!我家の一番人気は44ページに紹介されてる『椎茸はさみ揚げ』です。どうぞお腹の空いてる方は今スグ、生しいたけ・とり挽肉・卵・かたくり粉、を用意してくださいね。油でさっと揚げればもう出来上がり! 風呂上りの一杯で最高! 夏バテ知らずの逸品です。

194番【絵画に見る日本の美女】はお気に入りのナンバー。女性の姿が絵画の中にあらわれ始めたのは執筆者の中村渓男さんによれば天平期頃からとのお話。本書では天平勝宝八年(756年)の、『絵因果経』より戦後の画壇まで幅広く作品を掲載しています。各時代の女性像が時として晴れやかに、また或いは哀しく時代の世相を良く写しています。今、本棚から1枚のスクラップ(2000年4月23日、朝日)を出してきました。名画日本史という記事の切り抜きに、『遊里』を描いた色鮮やかな国宝『彦根屏風』が載っています。本書にも同じ絵図が26~27頁にカラーで出ています。この絵が描かれた時代とは、関ヶ原で天下を分ける戦さが終り、世は徳川政権の中に落ち着きを取り戻した頃、社会の底辺を支えてきた庶民の暮らしにも、ほんのささやかなほどの余裕が出てきたのではないでしょうか。遊里に侍る女たちの表情は豊かで美しく、南蛮衣裳を身に纏い、ペットの仔犬を連れ立っています。恐らくは当時の流行の最先端であったに違いありません。
男尊女卑という言葉がありますが、ここに登場している女性たちを見る限りでは女たちも各時代に各々の役割分担をきちんとこなし、自らの生きる道を精一杯に貫こうとしている力強さを感じます。それを証明するかのように本書表紙を飾るのは浅井長政夫人こと織田信長の妹にして、天下一の美女と謳われたお市の方です。わずか十八才で浅井長政へ政争の道具として嫁ぎ、二男三女を出産しますがが天正元年(1573)小谷落城で浅井家は滅亡します。その後、天正十年十月、柴田勝家と再婚を果たしますが翌年四月、秀吉に攻められて勝家とともに北の庄で自害しました。二人の男児は小谷落城のとき、無残にも殺されましたが、三人の娘は母の分までも生きて生き抜き、その血は豊臣から徳川へと受け継がれていくのです。お市は乱世に生まれ、政争の手駒と使われ戦火の中に短い生涯を閉じましたが、私には長政・勝家という立派な武将の良き伴侶として、ほんの束の間かも知れませんが、幸せな暮らしをされたのではないかと思います。
お市と勝家は燃え盛る九重の天守で辞世を詠んでいます~ 『さらぬだに 打ちぬるほども夏の夜の 夢路をさそうほととぎすかな』。 共に刀を握り合う勝家の辞世は~ 『夏の夜の夢路はかなき跡の名を 雲井にあげよ山ほととぎす』
あらゆる権力、財力を以ってしても、秀吉にはお市を手に入れることができなかったのです。

長くなってしまいました。もう1冊だけ紹介します。

196番【花ことば】は見て読んで楽しい1冊です。昔、太田道灌が山中で雨に打たれた時、一軒の農家へ蓑を借りようと立ち寄ったところ、まだ年もいかぬ娘が言葉もなく盆の上に一輪の山吹の枝を差し出しますが、道灌にはその意味が分かりませんでした。後になってそれは、後拾遺和歌集に出ている、『七重八重 花は咲けども山吹の 実の(蓑)ひとつだになきぞ悲しき』という歌にかけて、貧しい我家にはお貸しできる蓑ひとつもないのです、と詫びた娘の心を知り、己が無知を恥じたのでした。その後、道灌は大いに勉強して文武両道に秀でる名将になりました。これも歴とした花言葉ですね。本文32頁には鮮やかな黄色の山吹の花が出ています。『山吹』の花ことばは【崇高】です。