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鳥瞰ニュース

空にいるような軽い気分で・・・

相撲は美を求める(相撲を観つつ思うこと:その3)

2008年05月20日 13時47分00秒 | 勝手に応援
【相撲協会は19日、ロシア出身の幕内若ノ鵬(19)=間垣部屋=に厳重注意をした。前日、安馬に敗れた怒りから国技館の風呂場で暴れて棚を壊すなどしていた。
素行のよろしくない外国出身力士は、協会にとって悩みのタネだ。
「横綱の品格」を問われた朝青龍、写真記者に暴行した露鵬、Tシャツ姿で出歩いた繁華街で通行人と小競り合いになった把瑠都、禁を破って車を運転し人身事故を起こした旭天鵬……。枚挙にいとまがない。
相撲は「スポーツ」と「伝統芸能」が融合した日本独自の文化だ。
「強さ」とともに相撲の本分をどう指導するか。国際化の進む土俵の整備は、「非暴力」とともに急務の課題だ。(吉田純哉) (asahi.comより抜粋)】

>相撲は「スポーツ」と「伝統芸能」が融合した日本独自の文化だ。
と言うが、それを二つに分裂させるべき時期に来ているのだと思われる。つまり『格闘技スポーツ相撲』と『伝統芸能相撲道』とに分けるべきなのだろう。

大相撲に対する深い知識と理解が私にあるわけではない。ただ普通のファンとしての直感からの意見だが、外国人力士総てに伝統芸能としての相撲を押し付けるのは無理があると思うのだ。

朝青龍にとって相撲は格闘技ビジネスでしかない。勝ちさえすればよく儲かりさえすればよい賞金勝負だ。儲からなくなって引退となっても、親方になるとか部屋を興すなどは先ず考えられない。モンゴルに帰ってビジネスにいそしむ手筈は整っているようだ。彼にとっての『溜め』はマネーだ。

元横綱の曙が格闘技に転じて面白さを提供しているように、朝青龍を筆頭にして露鵬、安馬、把瑠都、黒海、若ノ鵬などは『格闘技スポーツ相撲』になれば、大人気を博すだろう。日本人力士の中でも千代大海、稀勢里、雅山などはこちら向きだ。

相撲の美しさは、何といっても異形の体だ。ミスターコンテストやギリシャ彫刻などの鍛え上げられた筋肉美はあからさまな力の誇示だが、相撲取りの体は筋肉を内に覆い隠している『溜め』の美なのだ。

芸能として奉納されるのも頷けるというものだ。技の上手さ強さに身体の美しさ品のよさを上げるなら、もう一番に大鵬だ。あまりに強かったから、負けた時の方が嬉しかったけれど、あの美しさは比類ない。ロシア人の血が混じっているということだったが、全くそんなことは気にもならなかった。

柏・鵬時代などと言われ、ハワイ巡業だかの土産に当の横綱の二人がピストルを持ち帰り、『こりゃまずい』と気づいて川に捨てたという事件があった。川が浚えられピストルも見つかって、二人は大目玉を食った。こんなお茶目な一面もあったけれど。

あの当時の大関で豊山という観音像のような表情をした力士がいた。所作といい品の良さといい美しさといい、忘れられない。彼は時津風部屋を継ぎ年寄も定年になって、完全引退した。その部屋でついこのまえ時太山のリンチ暴行死事件が起きたのは誠に皮肉というか残念だった。

今の相撲取りに対して個人的な好みで言うなら、大関の琴欧州がすべてにおいて美しい。出島の真っ白い餅肌も好きだが、もう少し体が大きくて大関から落ちることがなかったら良かったのにと思う。安美錦も好きだ。彼には取りこぼしのない急激な進歩を期待している。

白鳳が歴代の横綱をビデオで研究しているそうだ。技もさることながら、美しさ品のよさを身につけようとしているのだろう。技は今場所を見るかぎり充実して隙がなく十分な横綱相撲だ。まだ、態度と表情に『溜め』の美しさが備わっていない。期待できない気もするけれど、少し期待してみようという気になってきた。

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相撲は『溜め』が命である(相撲を観つつ思うこと:その2)

2008年05月18日 10時36分17秒 | 勝手に応援
大相撲を観ていて、つい首をかしげてしまうことがかなりある。何だか安っぽいのである。何だか総てが見え見えのような気がするのだ。それは相撲取りが感情をあらわに表現するようになったからだと思われる。

仕切り;昔の相撲取りは皆無表情だった。仕切りをする間もただ淡々と儀礼的な同じ動作をこなしていた。でもその動作の間に段々顔が紅潮してきて、体にも汗がふきだしてくる。力が漲ってくるというのか、充電完了の感じが伝わってきて観る方も一緒に気分が高ぶってくる。ところが近頃は闘争心丸出しの表情をもろに出す力士が多いからこちらは見学するだけで気持ちがシンクロすることもなく、何だか相撲に参加できない。

動作;土俵に上ってからの一連の動作のしきたりや意味は知らない。普通のちょっと相撲好きという立場からの感想でしかないのだが、パフォーマンスがやたらに多くなってきたように思う。テレビがそれを望み、観客がそれを喜ぶように思うからだろうか。私は白けるばかりだ。準備運動としての動作に違和感を感じることはないのだが、観客を意識したパフォーマンスに嫌らしさを感じてしまうのだ。昔も若秩父という、塩をてんこ盛りに持って高く撒く人気者がいたが彼には違和感がなかった。そして現代の高見盛も実は好きだ。あれは観客に対するパフォーマンスというより、自己暗示の就眠儀式のようなものに思えるから。

睨み合い;昔の睨み合いは淡々とした準備運動としての仕切り中に、ほんの一瞬目を合わせることもあって、『おっ』と思わせたりするというようなものだった。ところが、今は時間前の見合って立ち上がった時に闘志剥き出しの睨み合いをする場合がある。睨み合いというより、ガンを飛ばすという感じで品のないこと甚だしい。

勝負後;がむしゃら丸出しで勝負が決まってからも駄目押しをしてしまう力士が多く観られるようになった。負かした相手の不様なすがたを『ざまぁみろ!』と見下ろして助け起こそうともしない。手を貸すにしても『早く勝ち名乗りを受けて懸賞金貰いたいんだから、立ち去れよ』という顔つきで押しやり、礼もなにも無く実に大人気ない。

インタビュー;昔に比べたら相撲取りはとてもおしゃべりになった。昔の力士は『はい』と『そうですね』くらいしかインタビューでは言わなかった。あとは、荒い息だけをマイクに吹き付けていた。それをアナウンサーが困ったようにフォローするのを見たり聞いたりするのが面白かったものだ。今は自分で分析したり、反省したり、意気込みを示したりする力士が現れて、こちらの想像力を働かせる余地が少なくなってつまらない。

相撲は溜めなのである。腹いっぱいチャンコを食ってエネルギーを溜め込み、辛い稽古で力を溜め込み、太った顔と体に闘志を溜め込み、喜怒哀楽をも内部に溜め込み、一瞬の力技で勝負する以外はすべてを溜め込んで大きな体を静かに保ち、穏やかに寡黙。それに観客は見惚れて感嘆し拍手するのだ。相撲は『溜め』が命である。何故今のような軽薄な大相撲になってしまったのか。調べたりはしないで全くの個人的直感的意見を次回書いて見たい。
(つづく)

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相撲はベクトルである(相撲を観つつ思うこと:その1)

2008年05月17日 08時42分49秒 | 勝手に応援
相撲をテレビで観ていて、好きな相撲取りに『何であんなにもコロコロ転がされるかなぁ・・』と思ったり、勝てばその勝ち方を反芻して分析して『体の使い方が上手かった、技を覚えたな・・』などと思ったりする。

技の分析を自分なりにやってみると、技は結局ベクトルの応用なのだな・・と思い『相撲はベクトルである』という結論になる。となれば、力と技を競うスポーツはすべてそうだということになるが、相撲が一番分かりやすい。

『いなす』という言葉が相撲の解説ではよく使われる。向ってくる力をよけて外したり、横から違う力をあてがって、相手の目標を逸らすことだ。ベクトルの矢印(→)から逃げることだから、あまり露骨にやると好かれない。

『おっつけ』という言葉もよく使われる。マワシを取られないように相手の二の腕を自分の脇に押し付けることだ。私の認識では、大鵬が解説をやるようになって、急におっつけという言葉が出てきたような気がする。ぐぐってみると大鵬の得意技だったらしい。思うに、大鵬が使い始めたのでは? 大鵬の言い回し(方言)が一般化したのではないかな? これは向ってくるベクトルを封じ込める技だ。

『はたき』は一番わかりやすいベクトルの合成だ。突っ込んでくる相手の力に、上からの力を加えてやると、立っていられないベクトルになってしまい、パタリと手をついたり転がったりするわけだ。『素首落とし』なんて物騒な技もある。

相撲取りの身体は丸い胴体に腕と足が生えていて、その手足で技を繰り出しているのだが、もう一つの出っ張りの頭を使うことは余り無いような気がする。頭を低くして相手の身体につけることはあっても、なぜかせっかくの出っ張りを有効に使っていないのではないかと思われる。

そこで首を補助的にではあるが最大限有効に使っての新ベクトル利用技を提案したい。実験はしていないのだが、頭の中だけのシミュレーションではバッチリだ。イメージを説明しよう。

両腕はしっかりと相手の技を封じ込めるのに使い、相手がそちらに気が行ってる状態で、自分の首から上全体を相手の肩あたりにあてがい、思いっきりの上からの力を加えながら身体を引く。そうすると、相手は立っていられないベクトルになって落ちるという寸法。

顔全体を相手の身体にあてがうのを嫌がってはこの技は使えない。自分の顔の汗をぬぐう要領と言うのか、鼻汁をダイレクトになすりつける要領とでも言おうか。顎を押し付けておいて、顎から額まで相手の身体でずるっとぬぐう感じ。首の長い力士ほど技は会得しやすいかも知れない。名付けて『洟水ぬぐい落とし』。

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サッカーワールドカップ予選、バーレーン:日本を観て思ったこと

2008年03月27日 19時39分06秒 | 勝手に応援
試合をテレビで観ていて、何だか子供のサッカーを観ているような印象を受けた。ボールがぽーんぽーんと大きく相手方へと飛んでいくだけで、ちっともパスになっていない。お互いが自分達のゴールから遠ざけさえすればいいという感じに見えた。

以前にも書いたが、サッカー観戦はイライラを愉しむ娯楽だ。究極のイライラから一気に開放される瞬間があるかないか解らないのにひたすらそれを期待しながら観るのだ。

それとは別に個別の華麗なプレイを楽しむこともできるのだが、今回はドリブルもパス回しもなにせ少なかったから、それがあまりなかった。

昨日はNHKテレビでサッカーの起源や歴史を紹介していた。19世紀にイギリスで手を使うラグビーと手を使わないサッカーに分かれたのだという。ラグビーの美しさは何と言っても高所から映される、右に流れ左に流れるパス回しだ。残像として美しい流れが残る。

サッカーにしてもそうだ。巧みにスライディングしてくる相手をかわし、ワン・タッチ、ツー・タッチでくるくる回すパス回しから、機を見てのセンタリングそしてシュートを狙う。その軌跡が美しいのだ。

もちろんサッカーの場合、その軌跡の終りはほとんど『あ~ぁ、やっぱりダメかぁ』で終わるのだ。そしてイライラがつのっていく。

今回の試合では、その軌跡(パスからシュートへ)がほとんどワン・チャンスだったにもかかわらずバーレーンに勝利をもたらした。しかもあきらかに審判の反則見落としの結果としてだ。

審判からは見えなかったのだろうが、コーナー近くで高いボールを受けたバーレーンの選手は、あきらかにトラップ・ミス、ハンドのファールを犯していた。左の二の腕内側でボールを受けていた。テレビの解説者も『ハンドですねぇ』と何回か言っていた。

結果、折り返しのセンタリングをキーパー川口が中途半端にはじき、その先に詰めていたバーレーン選手の苦し紛れの、ほとんど偶発的なヘディングがふわりと日本のゴールに入ってしまったのだ。

川口にしてみれば、当然笛が吹かれるだろうと思っていた筈だ。そこにスキができてしまったのかも知れない。本人はそのことを決して言い訳にせず、自分のミスとして反省を口にしているようだ。何たって、審判は公正で絶対だ。今回の主審は公正だった。この見落としさえなければ完璧だったのに・・・。

わたし、直ぐにマラドーナの『神の手』と言われた、手を使ってのゴールを思い起こしました。今回はアシストの選手だから取り上げられることはないだろうが、あれは奥の手と言うのだろうか、神の手というのだろうか、そうですね『アラーの腕』でした。

戦いの後で岡田監督のインタビューがあった。前回は大人気ない態度だった。でも今回は無表情ではあったが、キチンと質問に応え、冷静な分析と今後の課題を述べていた。反省したのかも知れない。身近な人に諭されたのかも知れない・・などと私は勝手な想像をしている。

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サッカー 東アジア選手権の三戦目

2008年02月24日 02時20分02秒 | 勝手に応援
日本:韓国戦を、またまたテレビで観ました。
結果は1:1の引き分け。
優勝は出来ず。
しょうがない。優良可不可の、可の下ですね。
後半の40分過ぎあたりから、すごく期待をもちました。
イライラ感が過剰な程の期待感にすり代わり、もしも・・・という予想をせずにはいられませんでした。
悪い方からいくと、点を入れられて敗色濃厚になってしまったら・・・
もうがっかりして、今まで見てきた1時間半は何だったんだ!と不満憤懣大噴火という感じに・・。
良い方の、追加点を入れて逆転勝利濃厚になったら・・・
もしかして、不整脈のあるわたしは、あまりの興奮に、大発作を起こしてしまうんじゃなかろうか・・・
結局、双方点を入れることが出来ず引分けで終わったら・・・
やはり、イライラに逆戻りして納得の平静さに戻れるのではないか・・・
と思いました。
とどのつまり、サッカーはイライラを楽しむスポーツだという私の持論を証明する結果でした。

今回の観戦で一番印象的だった事。
『岡田監督のインタビュー』でした。
かなりの高視聴率だろうと思われる放送で、
残念な結果だった・・・という短いコメント以上の内容な無くて、
最後に、自分から吐き捨てるように
「もういいですか」と言って画面から消えた。
勝てなかった!くそ!くそ!という感情丸出し。
全日本代表チームの監督でも広報能力は全く期待されていないんですね。きっと。
ワールドカップ・フランス大会での選手最終ふるい落とし発表時の彼の決然とした表情には凛々しさを感じたものでしたが・・・。
いろいろご不満もありましょうが、監督がそうそうブスッとしていたら、引いてしまう方々も多かろうと心配してしまう今日この頃。
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サッカー 東アジア選手権の二戦目

2008年02月21日 00時09分52秒 | 勝手に応援
日本:中国戦をテレビで観ました。
結果は1:0の勝ちで、勝ち点3。
まぁ、優良可不可の良ですね。

何だかすごくやりにくいグランドみたいでした。
足元は滑るし、ボールは転がらないし・・・。
ボールが転がらないことを生かしたプレーを見たかったけど、なかなかそうは切り替えできないんですかねぇ。
あまり見せてもらえませんでした。
北朝鮮戦よりラフプレーが多くて、審判も中国に何となく甘くて、最後の方になったら日本の選手はシミュレーション気味に転んでは痛がって休んでましたね。
これで引き分けたり負けたりだったらさんざんでしたが、よくぞ0点に抑えてくれました。
あーイライラした。
やはり、サッカーはイライラを楽しむものなんでしょうか。
キーパーがよく頑張った。
向こうさんは跳び蹴りなんかしてたけどね・。
ところで私、楢崎正剛好きなんですよねぇ。
シレッとしてるとこが。
19歳の内田もいいなぁ・・・シレッと感が。

本日一番気になったこと。
実況アナウンサーが、中国のラフプレーとアウェーのことを語るついでに、
「耐え難きを耐えて・・・」と言ったこと。
言った本人も直後に『しまった』と思っているかも知れません。
問題にならなければいいけどね・・・。
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サッカー 東アジア選手権の一戦目

2008年02月18日 20時51分25秒 | 勝手に応援
日本:北朝鮮戦をテレビで観ました。
結果は1:1の引き分けで勝ち点1。
3点は入れられた試合だったのにねぇ。
先取点1点入れられたのは、相手が上手かった。
Jリーグでやってる選手らしいし、あれはしょうがないですね。
で、成績をつけるとしたら
3:1 なら文句なしの 優
2:1 で納得の    良
1:1 で不満ありの 可
0:1 だったら  不可
ということで、かろうじて可で合格って感じでしたね。
北朝鮮選手がかなりのラフプレイをするかと思ったら、おおむね紳士的でよかった。
お互いシミュレーションもあまりなかったみたいに見えたしね。
わたしは、シミュレーションばかりの寝転んでナンボみたいな選手はどうしたって好きになれない。

サッカーってのは本当に観ていてイライラするスポーツだ。
もう少し点が入るようにルールを変えたらいいのに・・といつも思うんであります。
ハンドやオフサイドなどの反則ルールはそのままでいいけれど、
ゴールをもう少し巾を広くしたらいいのになぁといつも思う。
両サイドをもう1mずつ広くしたらいいのに。
PK戦の時だけ衝立立てて今のサイズにしたらいい。
どんなもんでしょうか?こういう案。
フーリガンが発生して騒ぐのだって、あれは点が入らないからイライラがつのるんですよ・・たぶん。
それで、点が入った時はもうとんでもないエクスタシーになってしまう。
本当にサッカーは困ったスポーツだ。
観たくないと思いつつ、日本代表の中継となると、いつだって観てしまう。
あ~イライラする。
いつ来るんだ我がエクスタシーよ!
でも奇跡の大逆転勝利なんかが起きたら心臓が耐えられないかも・・知れない。
もう観たくない。
でも観るから、頑張れニッポン。
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相撲技の革命

2008年01月19日 19時09分55秒 | 勝手に応援
安美錦×琴欧州を観ていて『あれ?』と思いました。
立ち合いで琴欧州が右から張り手をやって、いわゆる張り差しをしようとしました。
それに対して安美錦がクッと頭を下げてよけたのです。
まんまと空振りさせたところでふところに入り込み、安美錦が寄り切りの楽勝というかたちでした。
相撲の張り手というのは最近の上位の力士は当たり前のように下位に対してやります。
腕を突き出す突っ張りやのど輪はいいけれど、横からの平手打ちはいただけない。
あれは卑怯な手だ。
今日も上位の力士が押し込まれて、大慌てで張り手を使い劣勢打開を図ってました。
子供のケンカみたいな張り手のやりあいも観た事があります。
それで思ったんだけど、今日の張り手をボクサーの様にかわした安美錦。
これは画期的なんじゃないでしょうか?
突っ込んでくるのを、左や右にかわるというのはあるし、突っ張りを下から手をあてがってかわすという技もあるけれど、首を動かすというのは初めてみました。
安美錦いいですねぇ。彼は相撲界に新風を起こすかも知れない。
一瞬の避け技、彼のかわし技は相撲界を救うかも知れない・・・かな?

ちなみにトビーは琴欧州のファンで、あの憂いを含んだ端正な顔とよさげな性格?が好きなのです。
だから敢えて琴欧州に言いたい。
姑息な張り差しなんかやめ、長身を生かして上手を取ったら片方でも両上手でも
振り回してしまうという豪快な相撲取りになって下さい。

ああ、そうして安美錦と琴欧州で次の時代を作って欲しい。
安琴時代!
が来たらいい。そうなって欲しい・・・。頑張れ安琴!

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