特捜最前線日記

特捜最前線について語ります。
ネタバレを含んでいますので、ご注意ください。

第430話 昭和60年夏・老刑事船村一平退職!

2008年08月22日 03時57分15秒 | Weblog
脚本 塙五郎、監督 天野利彦
1985年8月28日放送

【あらすじ】
昭和60年夏、心臓の不調が深刻化していることを悟った船村は、自身の刑事生活を振り返るべく、30年前に初めて犯人を逮捕した思い出の坂を訪れる。かつては勢い良く駆け上がっていた名も知らぬ坂の中途で息が切れてしまう自分に気づいたとき、船村は密かにある決意を固める。
同じ頃、ある小学校で宿直の用務員が殺害される。第一発見者である女教師は、警察に通報せず、まず校長に連絡していた。捜査に当たった特命課は、その理由を追求するが、彼女はただ「怖くて・・・」と答える。犯人は返り血を浴びており、被害者の衣服を奪って着替えたと推測されたが、脱ぎ捨てた着衣は見当たらなかった。犯人の着衣を捜すべく、船村は吉野とともにゴミ集積場を捜索する。
そんななか、今度はおでん屋が殺害される。現場に脱ぎ捨てられていた血まみれの着衣が用務員のものだったことから、同一犯人の犯行と判明。事件前夜、おでん屋は巡回の警官にあった際、「城西署の船村刑事」と名乗る男と一緒だった。現在、城西署に船村という刑事はいないが、船村は30年前に勤めていたのが城西署だった。
一方、船村はゴミ集積場で犯人が捨てたとおぼしき血まみれの背広を判明。そのポケットから、坂の名前ばかりが綴られたメモを発見する。犯人が坂道に執着を抱いていると見た船村は、叶とともに坂道を回って歩き、周辺の旅館を当たる。ある旅館の宿帳に「船村一平」の名を発見する船村。だが、応援を頼もうと向かった電話ボックスで突然の発作に倒れ、その間に犯人の逃走を許してしまう。その後もドクターストップを隠して捜査を続けようとする船村だが、桜井や神代に捜査を外れるよう忠告される。
なおも単身で坂を回り続ける船村に、神代の命を受けた高杉婦警が同行。たまたま出会った坂上りの愛好者は、犯人のメモの字に見覚えがあるという。それは、仙台刑務所に服役中の囚人から受け取った「坂のことを教えて欲しい」という手紙の文字だった。その囚人とは、船村が30年前に初めて逮捕した犯人だった。高杉の制止を振り切って、仙台に向かう船村。犯人が出所する半年前、一度だけ面会に来たという女の名前が、船村の記憶を呼び覚ます。その女とは、30年前の事件で犯人が殺害した男の娘であり、用務員殺しの第一発見者である女教師だった。
「犯人はあんたに会いに来たんじゃないか?」と問い質す船村に、女教師は衝撃の事実を語る。犯人は女教師の実の父親だった。母親の遺言で事実を知った女教師は、実の父に会うべく面会に訪れたが、母の死は告げたものの、自分が娘だと打ち明けることはできなかった。犯人はかつて愛した女の死が信じられず、その行方を知ろうと女教師を訪れたのだ。「あんた、実の父親をかばおうとしたんだね?」船村の言葉に「違います!あんな男の娘だと、誰にも知られたくなかったんです!」と反論する女教師。「もっと凄いこと教えてあげましょうか・・・」30年前の事件の真犯人は、母親だった。「あなた、無実の人間を捕まえて、それを手柄にしてたんです・・・」女教師の言葉が船村の胸を突く。
同じ頃、特命課でも背広の元の持ち主の線から、犯人の素性、そして船村との関係を突き止めていた。言葉を失う刑事たちを前に、船村は犯人の心境を語る。「奴が独房の中で唯一見つけた楽しみは、地図の中の坂道を上ることだった。生涯で唯一愛した女が、坂の好きな女だったからだ。私が30年前に奴を逮捕したのも、奴が女と逢引していた坂の上の旅館だった。追い詰められた奴は、きっとそこに現れる」「あいつに、そんな人間らしい心が残っていますかね?」吉野の疑問に、船村は答える。「私が30年の刑事生活でわかったことは、たった一つだ。人間っていうのはね、ずるくて汚くて、浅ましくて卑しくて嘘つきで、恐ろしくて、そして、弱くて哀しいものだったことだ・・・」
蝉の声が響くなか、汗だくになりながら、ひたすら坂の前で張り込む刑事たち。「この坂を駆け上がれなくなったときが、あたしが刑事を辞めるときだ。そう思ってきたんだよ」やがて、現れた犯人を追う刑事たち。一人、息が切れて遅れる船村。「もう、やめるんだ」30年前、無実の罪で逮捕した男に、船村は再び手錠を掛けた。「私がこの凶悪な男にしてやれることは、この男にも哀しい心があると信じることと、手錠を打つことだけ。30年間私のやってきたことは、結局、そういうことです・・・」こうして、船村の刑事生活は終わりを告げた。
その夜、特命課に別れを告げた船村は、その身を案じ続けた娘に電話をかける。「これでお前も安心したろう。本当のことを言うとな、あたしゃ、辞めたくないんだ・・・辞めたくない・・・」こらえていた涙が堰を切ったように溢れてくるのを、船村は止めることができなかった。
後日、その坂を神代とともに歩く船村。「私たちは坂っていうと、駆け上がることしか考えなかった。しかし、こうやってゆっくり上がることもできる。そうじゃないかね」いたわりを込めた神代の言葉を、複雑な思いで受け止めながら、船村は振り返る。そこには、船村の30年にわたる苦難と充実感に満ちた道のりがあった。
昭和60年夏 警部補 船村一平 特命捜査課を退職。

【感想など】
中村雅俊の名曲「ふれあい」のメロディーに乗せて綴られるおやっさん最後の事件簿(そして塙氏最後の特捜脚本)は、30年にわたる刑事生活で培われた刑事としての手腕や矜持、さらには犯人に対する深い人間洞察力が遺憾なく発揮されると同時に、そのキャリアの出発点が、取り返しようのない失敗であったことが明らかになるという、いかにも塙脚本らしい味のある展開でした。
おやっさん退場編という事実にまず心を動かされ、情感溢れる台詞や、おやっさんへの想いに満ちた刑事たちの重厚な演技(ただし、なぜか紅林だけが出番が少なく、そんな描写に乏しいが・・・)が胸を打つものの、冷静になってみるといろいろと粗が目立ってしまうのも事実です。たとえば、犯人が坂にこだわる理由が薄弱であり、無意味な殺人を重ねる理由も明白ではない。さらには、おやっさんが犯人の素性を知るプロセスが偶然に頼りすぎているなど、プロット面でのマイナス要素も少なくありません。また、これは意図的なのかもしれませんが、女教師の犯人に対する心情や、過去の過ちに対するおやっさんの感情、退職を決意した理由などが、ごく表面的にしか語られてなく、その内面にある本心は、視聴者の判断に委ねたのかどうか、深く描きこまれていないように感じられ、やや残念に思えました。

これまで「裸の街」「檻の中の野獣」「哀・弾丸・愛」「対決の72時間」「死体番号6001」「レジの女」など、刑事ドラマ史上、いや日本のドラマ史上に残る傑作の数々を生み出してきた塙・おやっさんコンビの最終章ゆえに、期待が高すぎたという側面もありますが、これらの傑作群に比べれば、やや見劣りがするのも確かです。しかし、逆に言えば、おやっさんの刑事生活で語るべきドラマは、これまでの傑作群で描き切ってしまったことも事実であり、すでに燃え尽きていたとしても仕方ないかもしれません。
とはいえ、本編に節目の作品という以外の価値がないかといえば、そんなことはありません。特命課を去るおやっさんへの刑事たちの想いを、あえてラストではなく中盤にもってきたシーンは、各刑事の熱演もあって、胸に迫ります。
・・・「これ以上、刑事を続けていたら命取りになる」ドクターストップが掛っていることをひた隠し、事件を追うおやっさん。事情を知りつつ、医者に口止めしてまで現場にこだわるおやっさんに「外れてください」と迫る桜井。「年寄りはすっこんでろって言うのか」「いいから休んでください」険悪な雰囲気をなだめようと「いいじゃないですか。事件を追ってばったりなんて、格好良いじゃないですか」と茶化す吉野に、「黙ってろ!」と声を荒げる桜井。「おやじさん、今回はどうかしているよ。焦りすぎている」課長の言葉で場は収まり、休息を取るおやっさんを残し、出動する刑事たち。きつい言い方をしてしまった自分を悔やむ桜井を、黙って見つめる叶。腑に落ちない様子の吉野に、事情を語る橘。桜井は、おやっさんの体調に触れないために、あんな言い方をするしかなかったのだと。「辞めたくないんだよ。現場を離れたくないんだ。好きなんだな、この仕事が・・・」
ちょっと吉野が可愛そうな気もしますが(加えて紅林だけ蚊帳の外ですが)、おやっさんの刑事という仕事への愛着と、その仕事を満足に続けられない自分に対する苛立ちや諦念、それらを分かった上で、それでも身を案じずにはいられない。そんな不器用な桜井の優しさや、それを理解する橘や叶。言葉どおりに単純に受け取るしかできない吉野も含めて、各刑事の持ち味が活かされた名シーンではないでしょうか。

後日一度だけ再登場の機会はあるものの、特捜の魅力の重要な一部を担った名優の退場エピソードだけに、語り出すと切りがありませんが、今は、見る者の胸を打つドラマを紡ぎ続けた塙五郎氏に、誰にも代わることのできない唯一無二の刑事像を演じ続けた大滝秀治氏に、そして、この二人が中心となって創り上げた船村一平という愛すべきキャラクターに、心からの敬愛の念を込めた言葉を送りたいと思います。「ありがとう、そしてお疲れ様でした」と。