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競争原理が洗脳されやすい若者を生み出す

2022年08月29日 | インポート


 統一教会問題を深く考えてゆくと、私には、その奥の奥に、ある人物が見える。

 それは2500年前に登場した「孔子」だ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%94%E5%AD%90



 孔子の思想は、一括して儒教と呼ばれている。平安時代に日本にも入ってきて、家康の時代、藤原惺窩や林羅山といった人々が、徳川幕府を末永く安定させる思想として朱子学を広く社会に導入した。

 以来、江戸時代を通じた教育体制=藩校・寺子屋で論語・大学・中庸・孟子など儒教定番の四書が教科書として用いられ、全国に「儒者」と呼ばれた学者が多数登場した。

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1954.html



統一教会問題が、なぜ儒教と結びつくかというと、統一教会の思想の背景にある文鮮明のビジョンが儒教だからだ。文鮮明の家は、祖父の代まで、有名な儒家だったが、目新しさを求めるためキリスト教に改宗した。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E9%AE%AE%E6%98%8E



朝鮮に儒教が導入されたのは、日本と同時期で、日本の南北朝時代には、いわば国家思想として定着させられた。

 以下のウィキから、朝鮮儒教の一端をうかがい知ることができる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E3%81%AE%E5%84%92%E6%95%99



儒教では年齢・性別・階級による対応の差もあり、これにおいて李氏朝鮮では差別的な解釈が最も顕著な形で表れた。 通常地位が高いと徳の高い者とされ上位者には逆らってはいけず封建社会でもあった為、官職や貴族位の者はそれ以下の賤民・奴婢を自由に使い、その財産を強制的に接収等しても位が高いため庶民は訴えを起こせず搾取され続けるに甘んじる他なかった。



又、犯罪においては罪を犯した者は極悪人であり特に横暴な両班が罪により身分を剥奪されれば一斉に人々の憎悪の対象とされる、それ以外の者も殺人など重犯罪であれば酷い死か一生罪人の汚名を負い又は償い続けながら生きねばならず、それを避けるため自らの罪を認めることを頑なに拒む事になる。

 また発覚後のリスクが高いといえど犯罪が少ないわけではなく、窃盗等は非常に多くそれ故か罰も重く刑罰の目標は死に至らしめる事でもあった。



 文盲であった庶民は文字にって儒教を学ばない為例外であるが、地位の高い者の妻など両班に属する女性に対しては特に厳しく待遇も悪影響が見られ、両班の婦女子は外を出歩く際は頭から胴まで隠れる外套を被り、顔だけ出る様相でなければならず、時間も亥の刻(午後10時から2時間)の間と決められイザベラ・バードの紀行には昼間のソウルを見た事が無い女性も書かれている。



また自宅にいても見知らぬ男が訪ねてきら主人の許しなく会うことは不可能で、もし話などして最悪の場合僅か手が触れただけで切り落とされてしまう事もあり得た。 ヘンドリック・ハメルの朝鮮幽囚記に男女で刑罰に差が出ていた事が以下のように記されている



 すなわち夫を殺した妻は、多くの人々の通る道傍に肩まで土に埋められ、その傍らに木の鋸が置かれます。 そしてそこを通る人々は貴族以外は彼女の頸をその鋸で挽いて死に至らしめなければなりません。 夫が妻を殺した場合、それについて然るべき理由のあることが証明出来る場合はその理由が姦通であってもなくても、その罪によって訴えられることはありません。 --ヘンドリック・ハメル 『朝鮮幽囚記』

 これらは女性を守る為と貞淑さを求める事を規範としているからであるとされる。



 また孔子が儒教を体系化した当時から女性に対しては男尊女卑と取れる部分もあり朝鮮儒教はこれが極めて顕著であり、結婚しても夫婦は同じ血族では無いことから別姓であり、娘が生まれ嫁いでも家の姓は子孫に残らない等封建主義の体制の為男尊女卑に傾いてしまう。



 今日では、観光客や学者にだけ価値がある歴史的遺物や忘れられた遺物として脇に除けられないとしても、儒教の学校、孔子廟、先祖の崇拝の場所や学問の展望は小さくなった。

 しかし、儒教の価値には、恐らく未だに韓国人の精神に対する巨大な影響力がある。更に、儒教は必ずしも宗教と考えられている訳ではない。道教信者、キリスト教徒、仏教徒であっても、さらに儒教をも信仰する事が許されている。



 儒教思想の強い要素は今でも日々の政治的かつ組織的階層の中に存在するが、これらを生んだ用具と礼拝は消えた。儒教が教育カリキュラムや韓国人の日常生活から取り除かれてから、朝鮮の歴史にとって必須の何かが失われているという感覚が、1990年代後半の儒教の再生に繋がった。

 14世紀以降、朝鮮の中の新しく台頭したエリートは、結合力がある儒教の仕掛け全てに依存しており、そのエリートを守った統治の上に乗る要素として、外国の学者も韓国の儒教に対する関心を持ち始めた。



 現代朝鮮では、李朝時代に固まった朝鮮儒教により目上の者には絶対服従であり、たとえ間違っていたとしても、それを指摘して恥をかかせるような事は出来ない。

 地位の高い者が下の者を酷使するのは、大韓航空副社長の趙顕娥が起こしたナッツリターンや水かけ事件がその顕著な例である。



 また彼女らが批判を集めたのは、激昂ぶりもさることながら、その責任を他者へ転嫁し、自らの罪を認めなかった事でもある。

 これは、立場が上の者が間違っているというのは都合が悪く、また罪を認めれば犯罪者となり、不名誉な人生を送る事が確定しているからで、これは韓国の歴代大統領が、在任中の功績も無視され、いくつかの罪で逮捕される事にも見て取れ、それを恐れるあまり、国外逃亡や自殺を図る結果につながる。



 女性が虐げられる事も未だ多く、嫁が姑にご機嫌伺いを毎日するのが慣習であり、夫とも姓の違いから阻害感を覚えることもある。韓国人特有の精神疾患火病が女性に多いのも、社会で冷遇されている為と考えられている。

 儒教においては、富める者は貧しい者を助けねばならないとするが、それにより貧しい者は施しを受けるのが当然と考えるようになり、勤勉に働き稼ぐ事に消極的だった朝鮮では、他者から得られるだけの財を獲得する事が多く選択されたため、その習慣が今も僅かながら伺える。

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 一部引用以上



朝鮮社会に伝統的に根付いた儒教の実態が描かれている。

 これらの問題を一括していえば、「序列社会」という表現がふさわしい。つまり、人の身分が生まれながらに定められ、人間の序列が先天的に定められているわけで、女に生まれたら最後、それは生涯、男の奴隷を意味し、中民や白丁階級に生まれたら最後、両班階級の奴隷として死ぬまで仕えることを意味している。



 人間社会が先天的な差別社会であったとすれば、何が起きるのか?

 人々は、絶えず目上の者に怯え、目下の者を小馬鹿にして蔑む人生を送ることになる。

 こんな救いのない社会で、人々を救うものは、自分が序列の上位に向かう夢ということになる。

 だから、現代韓国社会でも、人々の救いは、序列を上げるための競争に勝つことであり、学歴を土台にした凄まじい競争社会が成立している。



 日本でも、韓国ほどの激烈さ鮮明さはないが、江戸期に定着させられた儒教の本質的な序列価値観が根付いているため、いまだに学歴身分(地位・蓄財)偏重社会が続いている。

 だから、学歴など人間の価値基準としては、まるで筋違いであるにもかかわらず、出身大学の偏差値によって、その人物を評価するような愚かな差別的価値観に洗脳されてしまっている人が多い。

 学歴よりも、はるかに大切な人間性が、学歴の下位に位置づけられてしまっている。

 学歴や身分が高ければ、下位に対してどんな嫌悪すべきDVでも許されるというのが韓国社会なのだ。それがナッツ姫事件の本質である。



 統一教会が、なぜ社会問題になるかというと、それは、統一教会の根本思想が競争原理と深く関係しているからだ。

 文鮮明の教義は、韓国の恐ろしいほどの競争原理社会の価値観から生まれた思想を土台にしている。

 つまり、「競争のなかで、自分が一番になりたい」という上昇志向である。



 いわば、朝鮮・韓国社会では、人々が序列価値観に完全に洗脳され、上下関係への絶対服従が求められる人間関係の土台の上に、統一教会の教義が作られている。

 だから、日本での布教でも、統一教会に騙されて洗脳されてしまう人たちの大半が、序列価値観に洗脳されて、学歴を価値の基準にしているような封建的人物であって、当然、自民党保守の人脈が多いのである。



 彼らは、幼いころから、教育体制の「競争原理」のなかで育ってきた。同じ年齢どうしで競争して、相手を出し抜いて、自分が上位に向かうことが「生きている理由」であるかのように洗脳されてしまっているのだ。

 このことで、人生観世界観が、「自分が競争に勝つ」という上昇志向だけが絶対原理として刷り込まれてしまっている。



 今の日本社会(政府のあり方)が、滅多矢鱈に「一番を目指す」という上昇志向ばかりに染まっている事情は、官僚たち、議員たち、そして保守自民党支持者たちの大半が、「競争原理」に洗脳されているからである。

 https://diamond.jp/articles/-/28488



 自民党支持者や統一教会信者=国際勝共連合も、ほとんど、競争主義である。

20年以上前から、私への誹謗中傷が数十名によって繰り返されているが、「らぶらぶMAC」という名を使って私を誹謗し続け、私の個人情報のデマを流し続けているアカウントがある。

@2003jpLove2m 不言実行なのだ!!!!!!!☺︎💉💉💉🎊✨ 🇺🇦 



 この男の誹謗内容には、必ず私が「中卒」という蔑視があるので、おそらく序列社会である韓国の関係者だと予想していた。

https://love2mac2002jp.blog.fc2.com/blog-entry-89.html



 私のブログへコメントを書き込んできたので、IPアドレスを調べると、ジョニストやちあきと同じアドレスであり、それが自民党本部の統一教会系出版社からのものであることを確認していたので、この男が韓国人統一教会員であることを確信した。



 つまり、統一教会員の価値観では、「中卒」は嘲笑侮蔑の対象であって、無価値なものという強固な信念がある。

 こんな思想は、今の日本では、ほとんど韓国人移住者のものなのだ。これが自民党の底辺を支えているといってもいい。



このような精神のドロドロに腐敗した競争・序列主義者は、世界観・人生観が非常に矮小なので、実に洗脳されやすい。

 序列を重んじることが絶対視されているので、序列を前提にした統一教会の思想を容易に受け入れてしまうのだ。

 

 文鮮明も、自分の序列にこだわり抜いて、「自分は世界の帝王だ。世界中の女は自分のもの」 「韓国は世界最高の国」 「やがて世界は韓国語を標準語に採用し、韓国を中心にした社会に変わる」 などと妄想を繰り返して死んでいった。

 こんな妄想に、自民党員が容易に騙された理由も、彼らが身分や序列を重んじる差別主義者だったからである。



現在、日本に帰化したYouTuberのWWUK TVのウオーク君も、韓国社会の異常な洗脳を批判しているが、その本質が序列にあることを、まるで理解していない。

 https://www.youtube.com/watch?v=JEXlRn1IT6Q

 それは、彼の日本での立位置が、おそらく序列と競争が大好きの自民党支持だからだろう。だから自民党の原発政策を支持している。

 彼が、韓国の序列と差別を批判できないうちは、彼自身の洗脳から解放されることもないだろうと考える。

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