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車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

𡶌部(いそべ)神社と石生の水分れ(いそうのみわかれ) in 兵庫県丹波市氷上町

2023年07月22日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・兵庫県

丹波市氷上町石生に鎮座される「𡶌部(いそべ)神社」。延喜式神名帳に記載されている式内社で、江戸時代には八幡宮と称していました。御祭神は事代主命活玉依姫の御子とされる『奇日方命(くしひかたのみこと)』『誉田別命・神功皇后・比売大神』を配祀します・

由緒「創立年不詳。和銅3年(710)の創立と伝う。式内社なり。現在の神殿は永禄年間(1558~1569)の再建。その後修復再三に及ぶ。 領主別所豊後守は、元亀・天正(1570~1591)の頃「軍神」として当社を崇敬し、燈明田高一石を寄進。 また、領主九鬼長門守は寛文6年(1666)、丹後宮津鎮撫の時、武運長久祈願のため当社に参拝。 境内に泉ありて、清水涌出せるを以て祈雨の神として、丹波地方のみならず一般の崇敬篤く、又比売大神を祀るが故に安産を祈るもの多し。」兵庫神社庁HPより

拝殿前左右より神域を守護されるのは浪花系の狛犬さん一対。阿形さんの左手の下には小さな玉が置かれています。

ご神木の夫婦檜

清らかな流れの水路に架かる神橋。鶴と亀の彫刻が参拝者を出迎えます。

標高約95メートルの「石生の水分れ(いそうのみわかれ)」は、日本列島の背骨をなす「中央分水界」のうち、本州で最も低い「分水界」です。この分水界に落ちた雨水は 北側に落ちると由良川を通って日本海へ、南側に落ちると加古川を通って瀬戸内海へと流れていきます。

「分水界」とは降った雨が異なる水系に流れる境界の事で、山岳地帯では特に分水嶺と呼ばれます。 水分れ公園内を流れる高谷川(加古川水系)の水路分岐点。直線に進む側は加古川水系で瀬戸内海へ向かい、写真右に分かれている用水路は由良川水系で日本海へ向かいます。

右の流れは由良川を経て日本海へ約70キロ。左の流れは加古川を経て瀬戸内海へ約70キロ。

水分れ公園の幸運の泉

鮮やかに色づく水分れ公園の紅葉

参拝&訪問日:2014年11月19日

 


柏原あちこちウォッチ~Ⅱ~ in 兵庫県丹波市柏原町

2023年07月20日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・兵庫県

昨日に続いての柏原町の町歩き、スタートは昭和50年3月27日に市指定文化財となった「太鼓やぐら」。藩政時代は大手門の付近に置かれていました。内部は三層で、最上層の楼上には「つつじ太鼓」と名付けられた大太鼓が吊るされています。

建立の時期は定かではありませんが、藩邸の造営が正徳4年(1714)である事から、それに近い時代につくられたと考えられています。現地に移されたのは明治時代初頭のようですが詳しい記録は残されていません。

太鼓櫓の右隣に鎮座されるのは『大年神』を御祭神とする「大歳社」

鳥居の内、拝殿前より神域を守護されるのは浪花系の狛犬さん一対。足の付け根まで伸びたゆるやかなウェーブの鬣がとてもお洒落。

「太鼓やぐら」にほど近い一画、安藤博士の生家跡地に建立された『安藤 広太郎』像。明治から昭和期に活躍した農学博士で、世界で初めて稲の人為交配による新種の作成に成功した人物です。

そこから大手通を抜けて「柏原藩陣屋跡」へ。柏原藩陣屋は柏原藩2万石の居館及び政庁として正徳4年(1714)に造営。途中火災に見舞われましたが、廃藩置県を迎えるまでその役目を果たしました。

 

現存する建物は、陣屋の表御門にあたる長屋門と表御殿の一部ですが、全国でも数少ない陣屋遺構として、また明治以降小学校として使用された経緯から幕末から近代に至る学制の変遷を考えるうえでも貴重であるとして、国の史跡に指定されています。

陣屋長屋門の道路向かい、柏原歴史民俗資料館の北隣に、昭和28年5月に建立された「ステ像」があり、台座には『田 (でん )ステ』が6歳のときに詠んだ【 ゆきのあさ 二のじ二のじの げたのあと 捨女 】の句が刻まれています

「ステ像」の北側に建立されているのは、丹波国柏原藩初代藩主『織田 信包公』

そう言えば、木の根橋の斜め向かいには『織田上野介信勝命』を御祭神とする「織田神社」が鎮座されています。柏原藩主織田家三代当主であった信勝には子が無く織田家は廃絶。信勝の母はそれを嘆き、邸跡に霊廟を祀ったのが「織田神社」の始まりとされています。

明治18年(1885)に旧氷上郡各町村組合立高等小学校 として建築された兵庫県下最古級の校舎で、県指定文化財の「旧氷上高等小学校」。寄棟造の本体に、ペディメントを持つ二階建ての玄関ポーチが付けられた、明治初期に建設された洋風建築に多く見られる形式です。

現存する棟札には、国家的な経済破綻状況や不作などにより混乱・困窮した世情の中で「教育は国家の根底なり、学校は教育の土壌なり」の精神でこの学校創立を発起したことが記されています。改修工事と重なってしまいましたが、無事に美しい外観を見る事が出来ました。

【 雉子(きじ)鳴けり 少年の朝 少女の朝 】細見綾子

訪問日:2014年11月19日

 


柏原あちこちウォッチ~Ⅰ~ in 兵庫県丹波市柏原町

2023年07月19日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・兵庫県

丹波市柏原町柏原字松ヶ端にあるJR西日本:福知山線の「柏原駅」。駅舎は、1990年に開催された「国際花と緑の博覧会」で運行されていた「ドリームエキスプレス:山の駅」として使われていたもの・・・当時の忌々しく(笑)忘れ難い思い出が蘇ってきました(^^;)

構内のシャッターだったか何かに描かれていた木の根橋の絵

柏原町柏原、観光協会の近くにある「大ケヤキ」。樹齢1000年とも推定される巨木で、目通り幹径6、4m、樹高21m、枝張各25m。丹波市内では最大のケヤキと言われています。

本樹の根の一本が太く成長し、直下を流れる奥村川をまたいで対岸の地下にもぐり込み、長さ10mにも及ぶ自然の橋梁を形づくっていることから「木の根橋」とも称され、昭和45年3月30日に県指定文化財(天然記念物)に登録。

大ケヤキの右に見える木造の建物は旧柏原町役場(丹波市役所柏原支所)。左に見えるのは観光案内所。普通に写した筈ですが、ちょっと変わったアングルになりました(^^;)

旧町役場の敷地内に建立されていた文学碑。後で調べればわかるだろうと思ったのですが、ヒットせず(^^;)

観光協会の近くにある浄土宗寺院「天箇山:西楽寺」『阿弥陀如来』を本尊とします。

鐘楼門・向拝の彫刻は、まるで笑っているように見える龍。

七世紀、インドからの伝説上の渡来僧『法道仙人』による開創と伝える古刹ですが、詳細は不詳。

「子安観音堂」

「西楽寺」の向かい、広場の角に建立されていた碑。「任侠犠牲 一致協力」と刻まれています。

「足立重左衛門 頌徳碑」

まだまだ見所一杯の柏原ウォッチ。明日に続きます。

訪問日:2014年11月19日&2019年12月21日

 


柏原(かいばら)大神宮 in 兵庫県丹波市柏原町

2023年07月18日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・兵庫県

丹波市柏原町柏原に鎮座される柏原八幡宮の境内社「柏原(かいばら)大神宮」。御祭神は『天照大御神』。国家鎮護、心願成就、交通安全の御神徳を持ちます。

拝殿の後方、小さな水路を跨いで神橋が掛けられ、茅葺の本殿へと続きます。境内社ゆえに仕方ない事なのですが、ご由緒や創建に関するものが何もないと言うのも悔しい話。柏原八幡宮の創建が万寿元年(1024)という事なので、それに近い時期だろうと推察します。

「神誠」と題された拝殿額。残念ながらこれを読み解く才能がありません(^^;)

奉納絵馬は柏原八幡宮:厄除大祭の様子を描いたもの。毎年2月17日、18日にかけて10万人の人々が参拝に訪れると言われる、中北部近畿最大規模の「厄除大祭」、さぞかし壮観な事でしょう。

同じく厄除大祭の様子を描いたと思われる奉納絵馬で、こちらには奉納者のお名前が記されています。

奉納者である『長野晴璋氏』。実はこのお名前、2015年の広島方面の車泊旅の際、大竹駅前でお見掛けしています。弥栄ダムの工事で採取された岩を使った鯉のぼりのストーンアート。その作者が『長野晴璋氏』でした。有名な方なのだろうから、多方面で見かける事は不思議ではないかもしれませんが、それでもその事実は私を充分に喜ばせてくれます(⌒∇⌒)

柏原八幡宮「境内社:淡嶋神社」。御祭神は『少彦名命』。病気平癒、医薬の神の神徳を持ちます。

柏原八幡宮:一の鳥居後方に「境内社:白比賣社」、御祭神は『白比賣大神』。病気平癒・怪我平癒の御神徳を持ちます。

一の鳥居近くに建立されていた歌碑二基

「八幡社頭 少年の日は物に感せしや 『上田 三四二』【 蝉声のしげき人なき社頭には 受験少年の わがまぼろしあゆむ 】【拝殿の 石に蜥蜴のはしるさえ 昔日に似て うつつなきかも 】

【 名さえ目出たい入船山に 町の守りの八幡宮 】野口雨情

一の鳥居から見上げる参道・・いかにもな坂道に参拝を断念した事が未だに悔やまれてならない・・丹波佐吉の狛犬・・・重文の本殿・・ああ・・本当に悔しい。

参拝日:2019年12月21日

 


石見(いわみ)神社 in 兵庫県丹波市柏原町

2023年07月17日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・兵庫県

丹波市柏原町大新屋に鎮座される「石見(いわみ)神社」。御祭神は『谷垣岩見守』

現地案内板に「祭神は、隣村との長年の紛争を解決した谷垣岩見守です。新山(石戸)は永正六年(1509)に米百俵、銭百貫を代償として大新屋他四ヶ村の領有となりますが、以後百年にわたって山争いが絶えず、これを元和年間に石見守が囲碁の勝負で解決したと伝えられます。郷人はこれに感謝し、文化五年(1808)新井神社の境内に石見大明神として祀ったのが石見神社の始まりです。その後、大正三年(1904)現在地に移されました。1992に日本一の石造の大碁盤が奉納されました。」

「日本一の石の大碁盤」とjさん。通常の碁盤と私。大きさの対比が面白い(笑)

鳥居の内より神域を守護されるのは・・・何と形容すればよいのか悩んでしまう狛犬さん一対。これまでずいぶんと沢山の狛犬さんを見てきましたが、浪花でも江戸でも丹後でもない、ある意味(笑)新種の狛犬さんです。

正面から

小さなお社ですが丁寧にお掃除が行き届き、とてもきれいな空気に満たされているのが感じられます。耳を澄ませて目を閉じると、石を打つ音が聞こえてくるような・・・。

参拝日:2014年11月19日

 


新井(にい)神社 in 兵庫県丹波市柏原町

2023年07月16日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・兵庫県

丹波市柏原町大新屋に鎮座される「新井(にい)神社」。御祭神は『高皇産靈(たかみむすび)神』

「欽明天皇在位の頃(6世紀)の創建といわれ、郡内にある延喜式内17社中の一つ。古来より、旧新村の内五ケ部落の総社として崇敬されてきた。もとの社殿は今の社殿より約500m奥の滝ヶ谷に祀られていたが、天正7年(1579)明智光秀の高見城攻めの時、兵火にかかって焼失。後に再建されたものが現存する社殿である。 寛文年間(1661~1672)には神宮寺日吉山王鎮護寺と称し、比叡山の守護神・近江坂本の山王日吉大社の分霊を祀っている。」兵庫神社庁HPより

 

「県指定重要文化財の社殿は茅葺きで妻入。三間社春日造様唐破風造。蟇股の備え、三猿その他木鼻の彫刻などからして、江戸時代中期頃の建築と思われる。拝殿両側に『中井権次正貞』作の一対の猿の木彫像がある。」丹波市HPより

前面一杯に張り渡された注連縄。本殿扉の前より神域を守護されるのは、一対の木彫りの神猿。

両掌に如意宝珠を戴く吽形。御幣を肩に捧げる阿形。その表情の暖かさと優しさは、すべての参拝者の心を包み込むように穏やか。ただ穏やか。

脇障子の彫刻は「鯉の滝登り」と「竹林の虎」。

明治十一年初夏の奉納絵馬。騎馬武者の戦いの様子が描かれていますが、それが誰なのか、何の戦いの場面なのかは不明。

三本杉の御神木は幹周:8. 80m、樹高:40m。根もとをまたぐと子授けの利益があると伝えられています。

心地よい気に満ちた湯の森の一画。深い緑の木々の中央に聳える一回り太い巨木は、幹周:3. 40m、樹高:23mのアラカシの巨樹。

参拝を終えて立ち去る前にもう一度振り返って見上げた社殿。こんなにも心地よい気持ちにさせてくれる神社に出会えると、神社巡りが更に楽しくなります。

参拝日:2014年11月19日

 


ご当地マンホール in 兵庫県旧柏原町(丹波市)

2023年07月15日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・兵庫県

旧氷上郡柏原町(かいばらちょう)は兵庫県中東部の盆地に位置した町です。山南町、氷上町、春日町、篠山市に隣接。慶長3年(1598)に織田信長の弟・信包(のぶかね)によって柏原藩が立藩。その後慶安3年(1650)に幕府領となりましたが、元禄8年(1695)に再び織田家の系譜が領主となり、明治2年(1869)の版籍奉還では、第10代藩主:信親が知藩事を任命されました。町域には「柏原藩陣屋跡」が残されており、国の史跡に指定されています。「町の木:ケヤキ」「町の花:バラ」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により、氷上郡柏原町・新井村(にいむら)が発足。

1955年、氷上郡柏原町と新井村が合併、改めて柏原町が発足。

2004年、氷上郡氷上町・青垣町・春日町・山南町・市島町と合併し、丹波市となりました。

マンホールには、兵庫県天然記念物として指定された「木の根橋(きのねばし)」と、周囲に「町の木:ケヤキ」がデザインされています。

兵庫県天然記念物「木の根橋」

昭和39年9月1日制定の町章は、「柏原の「か・い」を図案化したもの。」

丹波市観光協会かいばら観光案内所前にあった顔出しは、初代柏原藩主:織田信包と姪の江姫。長政の死後、お市と三人の娘は、兄である信包の庇護を受け、清州城で9年余りを過ごしたといいます。

撮影日:2014年11月19日

 


お菓子の里・丹波 in 兵庫県丹波篠山市

2023年07月10日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・兵庫県

丹波篠山市東吹にある、お菓子をテーマにした観光施設「お菓子の里・丹波」。広い敷地内には多くの施設が立ち並び、しかも入場は無料という、何ともお財布にやさしい施設。・・で、つい、あれこれと買っちゃうんですよね(笑)

お土産の品定めが終わったら、さっそく広い園内に・・木々の緑を写しこむ池の向こうにポツンと見える茅葺屋根なんて、もうそのまんま水彩画の世界。

小川に架かる石のアーチ橋

唐突に展開される西洋風の館は、旧・神戸市警垂水署を移築改装した、大正初期の洋館ミオール館(旧・ウィーンの館)。 1階は千鳥屋宗家系列の洋菓子ミオールのスイーツカフェになっています。

あまりにもお洒落すぎて、中に入る根性が無かった二人(^^;)・・こんな素敵な場所だと知っていたら、もう少しお洒落をしてくるんだったね・・

ハーブで埋もれた建物は「ドイツ館」。ヨーロッパ各地のビールや、レンガ造りの石窯で焼かれたピザ、黒豆パンなどが販売されています。

嘉永7年(1854)築の古民家を移築した「茅葺きの家」

屋内では囲炉裏を囲んで和菓子や日本茶などを頂くことができます。

古いかまどに掛けられたピカピカの羽釜(はがま)。かまどに架けるためのツバを羽根に例えた名称ですが、言い得て妙です。

茅葺民家から見る「ミオール館」

ラストは、右手の小高い山の上にある「薬師山山荘」。安政4年(1857)に建てられた商家を移築したもので、閑静な佇まいは雰囲気も調度も全てが別世界。

自然に囲まれた山荘でいただく、地元名物のぼたん鍋やしゃぶしゃぶ鍋。私はどれも無理だけど、御亭主殿なら贅沢な一時が過ごせそうねと言うと、一人でこんな所に来てもつまらん!と笑って却下。

訪問日:2017年9月4日

 


篠山市内~ふらっと街歩き in 兵庫県篠山市

2023年07月09日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・兵庫県

篠山市北新町。篠山市街歩きのスタートは、城下町篠山観光の拠点施設として活用されている「大正ロマン館」から。

建物は、大正12年(1923)に旧・篠山町役場として竣工され、1992年に役目を終えた後、内部の改修を経て翌1993年に「大正ロマン館」の名称で開館。

歩兵第70連隊の兵舎にならったレンガの腰台、屋上にそびえる火の見櫓。大正モダニズムの面影と、丹波篠山の特産品が味わえる場所として観光客に人気の場所です。

車寄せ玄関で愛想を振りまくのは、日本六古窯の丹波焼で作られた「デカンショモニュメント:デカ坊」。デカ坊は篠山名産の黒豆から生まれたキャラクター。毎年8月15日、16日に篠山城跡周辺で開催される「丹波篠山デカンショ祭」が楽しみで仕方ないのです。

「河原町妻入商家群」として、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された河原町地区・・・・歩いた筈なのに記憶が・・画像が少ない(^^;)

丹波篠山市呉服町に店を構える「鳳鳴酒造(株) ほろ酔い城下蔵」。築210余年の本社蔵と蔵元の西尾邸を改装、整備して、2001年に酒蔵見学施設としてオープン。2003年には、鳳鳴酒造本社の主屋・仕込蔵などが国の有形文化財に登録されました。

随分と立派な、神功皇后と武内宿祢の武者人形に出迎えられて、いざ、酒蔵へ。

丹波杜氏の伝統を今に伝える酒蔵見学、展示された道具や歴史を重ねた酒蔵の佇まい。完全下戸の私ですが、目に映るものすべてが貴重で興味深く、心に残る時間を体験させていただきました。

丹波篠山市魚屋町に店を構える「小西のパン」。今回はこちらで美味しいと評判の「黒豆パン」をお土産用に購入。お土産用の筈なのに、あまりの良い匂いに負けてつまみ食いをし、もう一度買いなおしに戻る羽目に(笑)

黒豆パンにも使われる「丹波黒大豆」。古くから“川北黒大豆”“波部黒大豆”の2系統があり、時の幕府や宮内省御用達品として知られていました。篠山市黒岡のJA丹波篠山の直営店の一角には「丹波黒大豆発祥の地」碑が建立されています。

丹波篠山市の冬の味覚は何といっても「ぼたん鍋」「ぼたん=猪肉」の事ですが、では何故ぼたんと呼ぶのか。実はこれ、獣肉禁制の名残なんですね。寺社の彫刻:絵画に使われる「唐獅子ぼたん」。この唐獅子のししと猪(イノシシ)のししを勝手にイコールにして、「獅子に牡丹」が「猪肉=ぼたん」となったのです。

「ぼたん鍋」の発祥の地として有名な丹波篠山市、メイン通りには、猪肉を売るお店、食べさせるお店が沢山あります。

私は間違っても食べる事はありませんが(笑)、美味しく食べられたいのししさんは、「猪突猛神」様として、大切に祠に祀られています。

こちらには「子孫繁栄・安産」の御利益があるという「おいのし様」が鎮座されているそうです。祠の扉は固く閉ざされており、御神体は拝見できません。

丹波篠山市東吹上の篠山川に架かる「渡瀬橋」は、通称「イノシシ橋」。季節に応じた花飾りやしめ飾り姿に遭遇する事があり、私のようなもの好きを喜ばせてくれます(笑)

丹波篠山市安田、国道173号線と372号線が交差する左端に空を覆うようにそびえる巨木。篠山方面に来るたびに気になりながらも一度も立ち寄る事のなかった場所でしたが、やっとその機会を得ました。

「県指定文化財:安田の大杉 この杉は「甚七森」と言われる杉の大樹で、川原の住吉神社の末社貴船大名神の境内をおおい、遠くから見ると森のように見える。高さ33m、根回り13.2m、目通周囲幹周8.4m、推定樹齢700~1000年、樹勢旺盛で学術的にも価値が高いと言われる」現地案内より

訪問日:2007年7月7日&2009年5月30日&2017年9月4日

 


篠山市立歴史美術館 in 兵庫県丹波篠山市

2023年07月08日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・兵庫県

丹波篠山市呉服町の一画に建つのは、明治24年(1891)に「篠山地方裁判所」として建築され、昭和56年(1981年)6月まで使用された「篠山市立歴史美術館本館」

日本最古の裁判所を重要建造物として末永く保存するため、外観および旧法廷を従来の姿で残し、その他は美術館にふさわしく内部を改築。

中央に玄関車寄を置き、左右に法廷を配置。平面はE字型という、明治時代初期の木造官庁舎の典型的な構造を受け継いだ造りとなっています。

門を入ってすぐの場所に保存されている織部灯籠の棹石。上部は十字形で、その下正面にマリア像を浮彫りにした、いわゆる「切支丹灯籠」と呼ばれているもの。

館内には裁判所の法廷の様子が、使用していた当時そのままの姿で公開されており、ドラマや映画などで見るのと同じ景色が目の前に繰り広げられています。光の差し込む窓ぎわ、並んだ椅子は傍聴人の為、彼らの前で真実、もしくは嘘八百を並べる被告人(^^;)

裁判官席には私一人、時間も無いというのに裁判長はどこに雲隠れ?。

書記官を前に体を縮めているのは、犯した罪の重さゆえ?それとも無実の罪に震えているから??

そんな被告の訴えを信じて弁護するのは弁護人の仕事。ですが・・「赤ちゃんをあやす為に首に紐を巻き付けたら死んでしまったので、ドラエモンに助けてもらう為に押し入れに隠しただけ」とか、
昨今なら「彼は外見は男で○○も残したままですが、心は女なので女性用の公衆浴場に入る権利があるのです」とか(-"-)、そんな話を臆面もなく言って無罪を主張する〇ソ弁護人は、被告以上に許せません。

館内には、篠山城主・青山家の家蔵品を中心に、城下町篠山に伝わる武具、漆芸、絵画、蒔絵などの美術品、それに篠山藩の御用窯「王地山焼」の名品の数々が展示されています。撮影は不可なので興味を惹かれた方は是非とも現地へ。

訪問日:2009年5月30日