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蛇 日本の蛇信仰(吉野裕子著)

2012年12月26日 | ブック・レビュー

2013年は巳年。これを機に、日本の蛇神さまのことを調べようと、吉野裕子著『蛇 日本の蛇信仰』(講談社学術文庫)を読んだ。カバー裏には《古代日本は蛇信仰のメッカであった。縄文土器にも活力溢れる蛇の造形がたくさん見られる。蛇に対する強烈な畏敬と物凄い嫌悪、この二元の緊張は注連縄・鏡餅・案山子など数多くの蛇の象徴物を生んだ。日本各地の祭祀と伝承に鋭利なメスを入れ、洗練と象徴の中にその跡を隠し永続する蛇信仰の実態を大胆かつ明晰に検証する意欲的論考である》とある。
※トップ画像は「楽々はがき2009」より

著者の吉野裕子さんは、Wikipediaによると《吉野裕子(よしの ひろこ、1916年~2008年4月18日)は、民俗学者。東京都出身。1942年『風のさそひ』を上梓、専業主婦となるが、日本舞踊を習っていたことから民俗学に関心をもち、1954年津田塾大学卒業、1970年著書『扇』を刊行、1977年「陰陽五行思想から見た日本の祭り」により筑波大学(東京教育大学)文学博士号取得。在野の学者として著書多数。全集全12巻がある》という方である。

本書の目次は
第1章 蛇の生態と古代日本人
第2章 蛇の古語「カカ」
第3章 神鏡考
第4章 鏡餅考
第5章 蛇を着る思想
第6章 蛇巫の存在
第7章 日本の古代哲学

以下、本書の記載順に、私の興味を引いた箇所を紹介する。

 蛇 (講談社学術文庫)
 吉野 裕子 著
 講談社

日本原始の祭りは、蛇神と、これを祀る女性(蛇巫=へびふ)を中心に展開する。
1.女性蛇巫(へびふ)が神蛇と交わること
蛇に見立てられた円錐形の山の神、または蛇の形に似た樹木、蒲葵(ピロウ=ヤシ科の常緑高木)、石柱などの代用神や代用物と交合の擬(もど)きをすること。今も沖縄および南の島々に、祭祀形態として残る
2.神蛇を生むこと
蛇を捕らえてくること
3.蛇を捕らえ、飼養し、祀ること

縄文土器にはたくさんの蛇の文様が登場する。縄文人の蛇に寄せる思いは、次の2点である。これらの相乗効果をもって、蛇を祖先神にまで崇(あが)めていった。
1.その形態が男性のシンボルを連想させること
2.毒蛇・蝮(まむし)などの強烈な生命力と、その毒で敵を一撃で倒す強さ

埴輪の巫女が身につけている連続三角紋、装飾古墳の壁に描かれる連続三角紋・同心円・渦巻紋も、蛇の象徴であると推測される。

稲作の発達につれて弥生人を苦しめたのは、山野に跳梁(ちょうりょう)する野ネズミだった。ネズミの天敵は蛇である。弥生人は、ネズミをとる蛇を「田を守る神」として信仰したと思われる。

日本人は、蛇がトグロを巻いているところを円錐形の山として捉えてきた。それが円錐形の山に対する信仰につながる。三輪山はその名称がすでに神蛇のトグロの輪を意味し、神輪(みわ)山の意がこめられている。

 山の神 易・五行と日本の原始蛇信仰 (講談社学術文庫)
 吉野 裕子 著
 講談社

円錐形のカリヤ(仮家)を作り、ここに籠もるという正月行事がある。これは祖先神である蛇の胎内であり、年初に当たっての新生のための産屋である。カリヤはグロ(トグロの意)とも呼ばれる。

「カカ」という言葉は、蛇に通じる。カガチは大蛇(カガチ)、酸漿(アカカガチ=ほおづき 蛇の頭・目の赤さ)。カカシは大蛇(山カガシ)、案山子(カカシ=田の守り神としての蛇)。カガミは蔓植物(蘿摩=カガミ)、酸漿(カガミゴ)。香久山は香山(カガヤマ)であり、蛇山である。また鏡は蛇の目、つまりカカ(蛇)のメ(目)である。剣が蛇の尾の象徴、目の象徴が鏡で、これらが呪物として古代日本の支配者たちに珍重された。

記紀に登場するトヨタマヒメ(豊玉毘売、豊玉姫)は竜蛇(蛇体)だった。ホオリ(山幸彦)と結婚してウガヤフキアエズを産み、この皇子はおばのタマヨリビメとの間に神武天皇を産む。皇室の祖先神と蛇信仰とがつながっている。

鏡餅は、トグロを巻く蛇の造形であるとともに、カガメ(蛇の目)である。丸餅は蛇の卵。正月に各地で歳神(としがみ)として迎えられる神は、蛇神であると推測される。歳神の特徴は
1.1本足である
2.海または山から来る
3.蓑笠(みのかさ)をつけている(=案山子)

日本の神祭において、蛇縄、綱引きなど縄が蛇を象徴する場合は非常に多く、縄の中で最も神聖視される注連縄も、濃厚な雌雄の蛇の交尾の造型であると推測される。『古事記』において、アマテラスが出たあとの天岩戸には「シリクメ縄」が張られたとあり、それが注連縄の原義とされる。かつて志摩地方では、トンボの交尾を「シリクミ」といったが、これはシリクメ縄のシリクメと同じ語であろう。

 カミナリさまはなぜヘソをねらうのか
 吉野 裕子 著
 サンマーク出版

『蛇 日本の蛇信仰』全体のまとめが「あとがき」に凝縮されているので、引用する。

日本民族が縄文時代から蛇を信仰していたことは明白な事実である。原初において蛇は絶対の信仰対象であったが、知能が進むにつれ、日本民族の蛇信仰の中には、この絶対性、つまり畏敬とは別に、強度の嫌悪が含まれてくるようになる。
 
日本神話の中に描かれている蛇は、すでにこの種の絶対の信仰対象であった原初の蛇ではなく、畏敬と嫌悪の矛盾を内在させている蛇であり、しかもどちらかといえば、嫌悪の要素の方がむしろ勝っている蛇である。畏敬と嫌悪、この二要素を内在させているため、蛇信仰はこれを口にすることも、筆に上せることも避けられて、多少の例外はあるにせよ、蛇信仰はもっぱら象徴につぐ象徴の中にその跡を隠して存続をつづけることになる。

その象徴の物実は、鏡・剣をはじめ、鏡餅・扇・帯・蓑・笠などのほか、外見からはほとんど蛇となんの縁もゆかりもなさそうなものが、「蛇」として信仰されたのである。それら夥しい蛇象徴物の出現は、日本における蛇信仰の衰退を意味するものではない。強烈な畏敬と物凄い嫌悪、内在するこの矛盾が蛇の多様な象徴物を生み出す母胎であり、基盤である。蛇がもし祖神として畏敬される一方の信仰対象であったなら、日本民族はなにを好んで蛇の象徴化をはかっだろう。同様に、もし蛇が愛されるというより、少なくとも嫌悪されるものでなかったなら、なにを苦労して象徴物を創り出したろう。

蛇象徴物は、日本民族の蛇に対する畏敬と嫌悪という二元の強度の緊張の上に出現したものであって、この二者の相剋なしには到底生まれ出るはずのものではなかったのである。このような緊張・矛盾・相剋を祖神としての蛇に持たなかった台湾の高砂族は、現代に至るまで蛇そのものを露(あら)わに木に彫刻し、衣服に刺繍して、その信仰を隠そうともしない。

ところが、日本人にとって蛇信仰はけっして単純なものではかく、蛇に対する畏敬と嫌悪は、「忌み」という言葉でなんとか統一し得た宗教感情であり、他方、「象徴化」という行為で克服し得た信仰でもあった。そうして、この象徴化は、この二者の緊張が強ければ強いほど、より高度に芸術化され、洗練されてゆく傾向をもっていた。

物事の常として、洗練は洗練をよび、象徴化はその度合いをますます深めるものである。そうなれば、ついにはそれが一体、なんの象徴化であったのか、肝腎の本体は忘れ去られてしまう。本体が忘れ去られたとき蛇信仰は当然、衰退する。蛇信仰の衰退は仏教、陰陽五行思想の導入により必然的なことではあるが、それ自体の中にもその要因はひそんでいたわけである。

中国地方の荒神神楽における蛇託宣、出雲の竜蛇様、日本各地に残る蛇縄神事など、祭りの表面に現われて、明確に残存している蛇も今日なお多いが、高度の象徴化の中に蛇としての生命を消滅させられている蛇はそれ以上に多いのである。たとえば、鏡は鏡としてそれ自体、聖なるものとされ、鏡餅は神への供饌(きょうせん)としてのみ扱われることが多く、扇は神の招ぎ代(おぎしろ)として認識されている。

本書は、その鏡とか鏡餅など、象徴化の中にその本体が忘れ去られ、埋没させられてしまった蛇の発掘を主要テーマとし、併せて、多くの謎につつまれているミシャグチ信仰の考察も行なっている。

また、鏡は来るものを映し、去るものは留めず、寂然として、しかも明るい。鏡のもつこの性質から、中国では鏡に哲学的な意味を求めようとする思想があった。一方、剣は帝王の権威の象徴として捉えられ、鏡剣は単なる実用品としてではなく、特別に霊物視されていた。日本においても神器としての鏡剣がこうした中国思想に呼応するものであったことは当然考えられるが、「鏡(きょう)」にカガミの訓みを与えた当時の日本人が、このような中国思想に影響されていたとは到底考えられない。本書は、中国渡来の「鏡」を蛇の目として熱狂的に信仰の対象とした日本古代蛇信仰の解明を目的とし、中国のそれとは切り離して考察したものである。


上記「ミシャグチ信仰」は、よく「ミシャグジ様」として、縄文時代より人々から崇められているという神さまで、諏訪地方の信仰形態が有名である。吉野さんはこれを「御赤蛇」とし、蛇神であるとしている。

別の著作で吉野さんは《人間は本来、蛇であるゆえに祖霊蛇の領する他界から来て、他界に帰すべきものであって、その生誕は蛇から人への変身であり、死は人から蛇への変身である》(『日本人の死生観―蛇信仰の視座から』講談社現代新書)とも書いている。

しめ縄、鏡餅、丸餅、案山子などが蛇を象徴するものだとはついぞ聞いたことがなかったし、「人間は本来、蛇である」とは驚きだ。1月には奈良交通の「開運!巳の神さま詣で」でガイドする予定なので、このあたりのウンチクを披露しようと思っている。それまでに、日本人の蛇信仰をきちんと整理しなければ…。
コメント (3)
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