今、新書が売れている。03年の『バカの壁』(新潮新書)に始まり、昨年(05年)だと『さおだけ屋はなぜ潰れないのか』『下流社会』(いずれも光文社新書)、最近では『ウェブ進化論』(ちくま新書)、『国家の品格』(新潮新書)などがベストセラーになっている。
ブログを立ち上げている者としては『ウェブ進化論』が刺激的だったが、これは稿を改めるとして、今回は累計100万部を突破したという『国家の品格』を紹介したい。
※『ウェブ進化論』で読み解く「Web2.0」の世界(JanJan)
http://www.news.janjan.jp/business/0604/0604041908/1.php
著者は、作家の新田次郎・藤原てい夫妻の次男、藤原正彦氏(数学者 お茶の水女子大学教授)だ。最近はテレビにもよく登場するので、ご存じの方も多いだろう。父・新田次郎そっくりの風貌だ。
戦後の日本人は、古来の「情緒と形」を忘れ、欧米の「論理と合理」に身をやつしている。今こそ我々は「国家の品格」を取り戻し、祖国への誇りと自信を取り戻さなければならない、と著者は主張する。
本書の新聞広告では、ポイントを8つに絞って紹介していたので、並べてみる。なお( )内は私の補足である。
1.論理より、情緒(論理の出発点は仮説。仮説を立てるには情緒が必要)
2.大事なことは押しつけよ(大事なことは、子供が幼いうちから押しつけよ)
3.「卑怯」を憎む(「いじめは卑怯」と徹底的に叩き込め)
4.たかが経済(尊敬されるのは、貧しくても品格のある国家)
5.日本は「異常な国」であれ(日本は有史以来、特異な国だった)
6.国民が戦争を望む(ヒットラーを産んだのは民主国家)
7.日本人は独創的(日本人の普遍的価値は、美しい情緒と武士道精神)
8.英語より、国語(小学校から英語を教えると、日本は滅ぶ)
「1.」では、論理を徹底しても人間社会の問題は解決できないという。なぜなら、
・人間の論理や理性には限界がある。
・人間にとって重要なことの多くが論理的に説明できない。
・論理には出発点が必要だが、それは情緒によって選ばれる。
・一般に、論理は長くなり得ない(長い論理は危険である)。
論理や合理を「剛」とすれば、情緒や形は「柔」。硬い構造と柔らかい構造を兼ね備えて初めて、人間の総合判断力は十全なものになる。論理とは、数学でいうと大きさと方向だけで決まるベクトルのようなもので、座標軸、つまり道徳(=行動基準・判断基準となる精神の形)がないと、どこにいるのかわからなくなる。
このような精神の形として復活すべきものが「武士道精神」である。武士道は、鎌倉時代以降、多くの日本人の行動基準、道徳規準として機能してきた。そこには慈愛、誠実、忍耐、正義、勇気、惻隠(そくいん)の情(=相手の不幸を思いやる心)などが見事に盛り込まれている。
本書の最終章には、「品格ある国家」の4つの指標が掲げられている。
1.独立不羈(日本は、自らの意志に従って行動できる真の独立国であれ)
2.高い道徳(日本人の道徳心の高さは、世界一である)
3.美しい田園(日本の田園は、市場原理のせいで荒らされてきた)
4.天才の輩出(天才が輩出するためには、精神性や美、ひざまずく心が必要)
戦後の日本は高い経済成長を遂げてきたが、その代償は大きい。日本が国家の品格を取り戻すには、自由と平等より、日本人固有の情緒や形の方が上位にあることを示さなければならないのである。
『国家の品格』は刊行当初(05年11月)から世評が高かった。丹羽宇一郎氏(伊藤忠商事会長)は05年の「私の3冊」に選び、次のようにコメントしていた(ちなみに他の2冊も新書だった。中公新書『西太后』、同『働くということ』)。
「『素直な良識』によって書かれた日本人論。民主主義が空洞化すれば日本の将来はない。現代の迎合社会において、論理と気合、エリートの必要性、こころの経営を説く私にとって、共感するところが多い」(05.12.25付 日本経済新聞)
私も読後、自信と希望が湧いてきた。「今の日本、何かおかしいぞ」と漠然と思っていたことが明確に指摘され、胸のつかえが下りた気分だ。読者層は中高年ばかりだと思っていたら、意外と30~40歳代の男性読者が多いそうだ。「国家」より「個」重視と思われる年代に広く支持されているとは、興味深い現象だ。
本書のもとは講演録(城西国際大学・東芝国際交流財団の共催)である。「女房に言わせると、私の話の半分は誤りと勘違い、残りの半分は誇張と大風呂敷」だそうだが、ユーモアたっぷりでとても読みやすい本である。上記論点のいくつかに同感された方は、ぜひご一読を。
※参考:新渡戸稲造著『武士道』の要点整理(当ブログ内)
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/d37b97b8676d8c2be032062a79a8dbd7
※写真は氷室神社(奈良市)の桜。
本書・第4章(「情緒」と「形」の国、日本)には「日本人の感性の鋭さの一例が、例えば桜の花に対するもの。(中略) 3、4日に命をかけて潔く散っていく桜の花に、人生を投影し、そこに他の花とは別格の美しさを見出している。だからこそ桜をことのほか大事にし、『花は桜木、人は武士』とまで持ち上げ、ついには国花にまでした」とある。
ブログを立ち上げている者としては『ウェブ進化論』が刺激的だったが、これは稿を改めるとして、今回は累計100万部を突破したという『国家の品格』を紹介したい。
※『ウェブ進化論』で読み解く「Web2.0」の世界(JanJan)
http://www.news.janjan.jp/business/0604/0604041908/1.php
著者は、作家の新田次郎・藤原てい夫妻の次男、藤原正彦氏(数学者 お茶の水女子大学教授)だ。最近はテレビにもよく登場するので、ご存じの方も多いだろう。父・新田次郎そっくりの風貌だ。
戦後の日本人は、古来の「情緒と形」を忘れ、欧米の「論理と合理」に身をやつしている。今こそ我々は「国家の品格」を取り戻し、祖国への誇りと自信を取り戻さなければならない、と著者は主張する。
本書の新聞広告では、ポイントを8つに絞って紹介していたので、並べてみる。なお( )内は私の補足である。
1.論理より、情緒(論理の出発点は仮説。仮説を立てるには情緒が必要)
2.大事なことは押しつけよ(大事なことは、子供が幼いうちから押しつけよ)
3.「卑怯」を憎む(「いじめは卑怯」と徹底的に叩き込め)
4.たかが経済(尊敬されるのは、貧しくても品格のある国家)
5.日本は「異常な国」であれ(日本は有史以来、特異な国だった)
6.国民が戦争を望む(ヒットラーを産んだのは民主国家)
7.日本人は独創的(日本人の普遍的価値は、美しい情緒と武士道精神)
8.英語より、国語(小学校から英語を教えると、日本は滅ぶ)
「1.」では、論理を徹底しても人間社会の問題は解決できないという。なぜなら、
・人間の論理や理性には限界がある。
・人間にとって重要なことの多くが論理的に説明できない。
・論理には出発点が必要だが、それは情緒によって選ばれる。
・一般に、論理は長くなり得ない(長い論理は危険である)。
論理や合理を「剛」とすれば、情緒や形は「柔」。硬い構造と柔らかい構造を兼ね備えて初めて、人間の総合判断力は十全なものになる。論理とは、数学でいうと大きさと方向だけで決まるベクトルのようなもので、座標軸、つまり道徳(=行動基準・判断基準となる精神の形)がないと、どこにいるのかわからなくなる。
このような精神の形として復活すべきものが「武士道精神」である。武士道は、鎌倉時代以降、多くの日本人の行動基準、道徳規準として機能してきた。そこには慈愛、誠実、忍耐、正義、勇気、惻隠(そくいん)の情(=相手の不幸を思いやる心)などが見事に盛り込まれている。
本書の最終章には、「品格ある国家」の4つの指標が掲げられている。
1.独立不羈(日本は、自らの意志に従って行動できる真の独立国であれ)
2.高い道徳(日本人の道徳心の高さは、世界一である)
3.美しい田園(日本の田園は、市場原理のせいで荒らされてきた)
4.天才の輩出(天才が輩出するためには、精神性や美、ひざまずく心が必要)
戦後の日本は高い経済成長を遂げてきたが、その代償は大きい。日本が国家の品格を取り戻すには、自由と平等より、日本人固有の情緒や形の方が上位にあることを示さなければならないのである。
『国家の品格』は刊行当初(05年11月)から世評が高かった。丹羽宇一郎氏(伊藤忠商事会長)は05年の「私の3冊」に選び、次のようにコメントしていた(ちなみに他の2冊も新書だった。中公新書『西太后』、同『働くということ』)。
「『素直な良識』によって書かれた日本人論。民主主義が空洞化すれば日本の将来はない。現代の迎合社会において、論理と気合、エリートの必要性、こころの経営を説く私にとって、共感するところが多い」(05.12.25付 日本経済新聞)
私も読後、自信と希望が湧いてきた。「今の日本、何かおかしいぞ」と漠然と思っていたことが明確に指摘され、胸のつかえが下りた気分だ。読者層は中高年ばかりだと思っていたら、意外と30~40歳代の男性読者が多いそうだ。「国家」より「個」重視と思われる年代に広く支持されているとは、興味深い現象だ。
本書のもとは講演録(城西国際大学・東芝国際交流財団の共催)である。「女房に言わせると、私の話の半分は誤りと勘違い、残りの半分は誇張と大風呂敷」だそうだが、ユーモアたっぷりでとても読みやすい本である。上記論点のいくつかに同感された方は、ぜひご一読を。
※参考:新渡戸稲造著『武士道』の要点整理(当ブログ内)
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/d37b97b8676d8c2be032062a79a8dbd7
※写真は氷室神社(奈良市)の桜。
本書・第4章(「情緒」と「形」の国、日本)には「日本人の感性の鋭さの一例が、例えば桜の花に対するもの。(中略) 3、4日に命をかけて潔く散っていく桜の花に、人生を投影し、そこに他の花とは別格の美しさを見出している。だからこそ桜をことのほか大事にし、『花は桜木、人は武士』とまで持ち上げ、ついには国花にまでした」とある。