藤森照幸的「心」(アスベスト被害者石州街道わび住い)

アスベスト被害者の日々を記録。石綿健康管理手帳の取得協力の為のブログ。

変えようかなー「ブログ」の名前

2020-11-08 09:36:57 | 日記・エッセイ・コラム

 近頃、ブログの目的以外の記事しか、書く事が亡くなった。 社会全般に、石綿の事が広まって、ブログを通しての相談はなくなった。 今やこの爺は、煎餅布団の上で、ネットから得る知識だけで生活している。 嬉しい事に、頭だけはしっかりしているので、今のところ生活に不自由はない。 問題は三年後である。 果たして免許の更新ができるかどうか。 出来なかったら坂道を十五分歩いて、バスに揺られて、買い出しに行かなくてはならない事に成る。 買い出しは良いが持ち帰りが大変だとその方法を考えているのだが、・・・・。 ふと思ったのが、スーパーが宅配サービスをしてくれると、大変助かるだろうと思い始めた。 タクシーを使うと相当の金額が必要だが、消費税位の金額で宅配が出来ないだろうか、そんな行政サービスを是非とも作って欲しい物だ。 そんな事を考えながら、スマホのニュースを一晩中見ていた。 と言っても、起きていた訳ではない。 昨晩は、晩酌に梅割りの焼酎二本飲んだので、二時間おきにトイレに行った。 バイデン氏の勝利が確実になって来たニュースを見ながら、この四年間の、アメリカ政治喜劇を思い出していた。 只々パホーマンスにしか思えぬ行動に、浮かれた国民が起こした多くの事件は、戦後でも特質な物なのではなかろうか。 もともとアメリカは、他人の土地を勝手気ままに使う事から始まっている。 その歴史的精神文化は変わる事はないのだろう。 それを、法律で律して現在の形を成しているが、其の決まり事も、ご都合で直ぐに変えてしまう事が出来る。 その手段が「多数決」。 例え、道徳的に疑問が有ろうとも、「多数決」が民主主義と言う訳である。 何だか近頃、日本もそれに近い社会に成って来つつある気がし始めた。 大量の放射能汚染水の処分等、どのような議論をし結論を出そうとしているのだろうか。 一説には、学術会議のメンバー選定の裏には、この問題が有ったという噂が有る。 反対派の学者は締め出す事にしたというのである。 汚染水の処理方法が開発できない日本の学者や技術者の力の無さを嘆くべきなのだろうか。 ドイツは、電力を隣接国家から買っているそうだ。 原発を稼働するより、安くつくからだそうである。 片やフランスは、「核保有国」の看板を維持するために、原発の稼働を続けているという。 国際社会での発言力を維持するためだそうだ。 何処か北朝鮮に似ている。

コメント (1)
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