第64回大島レース 筆島事変

photo by U子さん

5月24日朝、〈ホビーホーク〉遠足号(8人乗りワンボックス)で葉山へ向かう途中、高速道路にヌンチャクと靴が落ちていました。こ、これは一体…。何かものすごいことが起きる予兆かもしれません。だって、高速道路にヌンチャクと靴ですよ!?  そして、やっぱりその通りになりました。第64回大島レースは、一生忘れることのない厳しいレースとなりました。

 伝統の外洋レース、大島レースに参加できるのは少し誇らしい気持ちです。とはいえ、85マイルの外洋レース。しっかりとした準備が必要です。カテゴリー3を改めて熟読し、安全備品や沿海仕様の装備など、準備と整備はみっちり一日かけてやりました。


行ってきまーす!この頃はこれから起こる悪夢を知る由もなく…

 さて、本番です。スタート海面は南南西の中風。この後、かなりの強風が予想されています。第1レグ、240度の初島まではポートタックでやや上りきれないくらいの角度です。風上艇がタックのアクションに入ったのを見ながら回し、ポートスタート。行ってきまーす!

 スタート直後、どうやらセールチョイスに失敗してしまったことを悟りました。すでにかなりのオーバーパワーです。早めに対応すべくNo.3にタックチェンジ。これで艇団の一番左に出ました。すでに頭から波をかぶりビチョッビチョです。先は長いので、これは厳しいレースになりそうです。
しばらくは、風軸210~220度くらいの安定した風で進みます。IRCクラス21艇中、〈ホビーホーク〉は小さい方から2番目。大型艇が引っ張る先頭集団がだんだん小さくなっていきます。午後になって風がおちはじめたので、再びセールチェンジ。このあたりから風が大きく右に振れたり戻したりで怪しくなりました。あとから思えばここがターニングポイントでした。

 岸寄りの艇団が、完全に西に振れきった風でそのまま初島へのアプローチに乗っているように見えます。ガーン!そして、〈ホビーホーク〉のところにもいよいよ280度の風が入り、待ってましたとばかりにタックを返して走るのも束の間、しばらくするとまた南西の風に戻ってしまい、酷いヘッダーに耐え切れずタックバック、また暫くすると西の風にバウを落とされてタックを余儀なくされ…と、こんな事の繰り返しでいっこうに風の境目から抜け出すことができません。のたうち回るとは、この事です。むむむ。

 この時、冷や汗かきながらでもマイナスアングルを我慢して走り、西の風のエリアにちゃんと入るべきだったのですが、うーん、ほんの1~2マイルしか離れていないのに、少しだけ沖側を走っていた〈ホビーホーク〉を含む数艇だけが、最後まで西の風を掴めず、無駄なタックを返しながらのアプローチになってしまいました。艇団から大きく水をあけられて、16:57初島回航。というわけで、第1レグはドボン。

さあ、気を取り直して第2レグ、いよいよ大島への「渡り」です。今までの大島レースで、初島回航の順位はあまりフィニッシュ順位には関係ないことも知っています。ここからが本当の勝負です。例年だと。でも今年は風が安定して吹き続けています。再びターニングポイントとなるような場面が訪れるのか? 本当にここから逆転のチャンスなんてあるのか? 一抹の不安を胸に、夕暮れの相模湾を南下します。夜は30ノット以上の強風予報が出ています。

引き続き安定した西の強風ということで、渡りはダイレクトに狙ってもよさそう。でも東に流される潮があるので、COGが大島千波崎を向くように10度右を狙う感じで走ります。そして予報どおり風がどんどん強くなってきました。
すっかり日が暮れました。そしてついに、コンスタントに25~30ノットの風が入り始め、とてもフルセールで走れる状態ではなくなってきました。もはや話をするのも叫ぶ感じ。ここで、メインをリーフし、No.4にチェンジします。船酔い気味のバウマンもずぶ濡れになってがんばってくれました。波悪く、のぼると失速してさらに流されるので、フネが滑っている様子を感じ取りながら、対話しながら走ります。AWA40度くらいが波当たりもスピードも一番いい感じですが、結局こうなるとダイレクトに千波崎は狙えず、ヘディングは元町の街明かりに向きました。

大島の沖は、都会の空と違って海も空も真っ黒です。星がきれいです。スプレーを浴びるたび夜光虫がカッパに付いてラメ入り衣装みたいにキラキラ光ります。きれいだけど口にも入っているから、みんなかなりの量の夜光虫を食していることになります。オェー。

 元町沖でショートタックをし、千波をかわし徐々にバウダウンして竜王崎へ向かいます。まわりにフネはなし。この風が続いているのなら、先頭集団はもうとっくに竜王を廻って、もしかしてトップ艇はそろそろフィニッシュだったりして。
 だいぶ風が落ちてきたのでワンポンを解除し、ヘッドセールもチェンジ。そして、気づけばジェネカーが上がる角度です。うーん、冒険するか、安全に行くか。色々なことがあたまの中をよぎりますが、竜王でジャイブが入るので、やっぱり思いとどまりました。思いとどまって良かったです。なぜなら竜王ではジャイブを断念し、タック廻りをしたくらいまた吹きあがってきたので。21:35、大島竜王埼回航。

 ようやく大島の東側に出ました。風はクォーターリーくらいの角度ですが、まだスピンをあげるには危険な感じ。この先、風が落ちてあげるチャンスがあればあげよう、ということでひとまずジブ帆で北上開始です。しばらく走ると強烈な三原おろしが吹いてきました。大島の東側、筆島を過ぎたあたりです。風速35ノットを越え、おいおいヤバイぞーと言っているうちに、あっという間に40ノットになりブローチング。ヒャー!

 あわててヘッドセールを下ろしている最中に更なる突風(55ノット!)を受けどうにもならず、再び吹き倒されてしまいました。この時、ヘッドフォイルからジブのラフが抜けてしまい、ジブが半分海の中へ流れてしまいました。バウチームの2人がなんとか引き揚げようと必死の形相で回収を試みたけれど、水をはらんでいて重く、逆に人間が引きずり込まれそうです。このような状況下では、もはや人力では無理。
フネは切れ上がってヘディングを岸に向けたまま、なかなか立て直せません。このままでは非常に危険です。ジブをウインチで引き上げるような時間的猶予もなく、苦渋の決断でジブタックを外し、ジブハリをナイフで切断しました。
あぁ、一張羅のレーシングセールがダイオウイカみたいになって、黒い海の中に消えていきました。メインセールはバーストし、ジブは海の藻屑となり、ヘッドフォイルが壊れ、ジブハリとジブシートも失いました。ここで、レースのリタイヤを決定。

 その後も経験したことのない風が続きました。三原山を駆け下りる、ダウンバーストみたいな風です。みんなでテザーを短く固定し、コックピット内に小さく固まってしのぎます。
風速50ノットを超えると、もはや白波は立たず、波頭が風で飛ばされて一面白いスジになっていきます。そのスジが航海灯に照らされて緑の水煙になって飛んでいきます。こういうの、雑誌とかで見たことあるなーとぼんやり考えます。しがみついている間、風速計の数字が瞬間60ノットになるのを見ました。恐ろしい世界。目の錯覚だと思いたい…。

 葉山への帰り道は、かなーーーり辛かったです。でも本船航路でもあるので、なんとかシャキッとしてワッチして、無事に帰らなくてはいけません。トラブルの処理でバカ力を出したので、もはや腕が上がらず、寒くて眠くてすっかり憔悴しきってしまいました。
午前4時すぎ、ほうほうの体で葉山マリーナへ入港。ダメージ多く意気消沈ですが、乗員みなケガなく無事だったのが何よりです。
あらためて、大島は厳しかったです。このレースがカテゴリー3である所以がわかりました。自然のパワー、夜の海の怖さを思い知らされるレースでした。


片付けが終わり、クレーンが動き出すまでひっくり返っているところ。


殆ど戦死…

 参加艇の多くが艇のダメージやセール破損に見舞われ、非常に怖い思いをした方も多かったようですが、あれだけの風が吹きながら大きな事故なく走りきった皆さんには心から敬意を表します。完走した皆さんの、満ち足りた日に焼けた笑顔がまぶしいです。85マイルを11時間8分27秒という速さで走り抜け、コースレコードを樹立した〈ESPRiT〉の皆さん、そしてIRCクラス〈ESMERALDA〉、ORCクラス〈TICTAC〉の皆さんも優勝おめでとうございます!まさに、歴史に残るレースとなりました。完走できなかったけれど、またひとついい経験を積むことができました。一生忘れないレースとなりそうです。

 帰宅途中、道ゆく人々は晴れた休日の爽やかムードでいっぱいです。なんて平和な朝なんでしょう。でもわたしはヨレヨレになって朝帰りです。また強烈な週末を過ごしてしまいました。明日、仕事に行けるんでしょうか。

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ビーサンネタはバルクヘッドマガジンにも連載中です。
BULKHEAD MAGAZINE「連載 ヨットレース繁盛記」

 
 
 
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