遠くへ行くレースのこと。

雑誌 KAZI 2014年6月号の「ディスタンスレースのススメ」という特集に記事を書きましたのでここにも載せておきます。マジメな文章久しぶりに書いたので、自分で読むとこっ恥ずかしいですね。
(この号が発売になってすぐに、大荒れの大島レースで大変な目に遭ってしまったわけですが)

外洋を何百マイル、何千マイルと走り続けるような冒険レースじゃなくても、普通のセーラーとして、一歩一歩身の丈にあった等身大のチャレンジをしたいなーと思います。


20年くらい前、葉山のクラブレースで、夜スタートして初島を回って戻るというレースがあった。当時末席クルーとして乗せてもらっていたチームで参加したのだが、たぶん、それがわたしにとって初めてのオーバーナイトレースだったかもしれない。

その夜は穏やかな波と丁度良い風で、流れ星を数えながらハイクアウトするゴキゲンなセーリングだった。そして、オーナーの鼻歌がいつのまにかカーペンターズから賛美歌(い~つくしみふか~き~)に変わっていることに気付いてしまい、口を曲げて必死に笑いをこらえたのを思い出す。今でも秋の夜に、その時と同じような乾いた風を感じると、楽しかったあのレースが蘇ってくる。

わたしがディスタンスレースに参加するのに、あまり難しい理屈はない。楽しくて(時々辛くて)、チャレンジングで、インショアレースでは味わえない特別な時間を持てるからだ。

わたしたちチームの主たる活動は、何と言ってもインショアレース。月2回ペースで年間通して20レース以上、”体育会系草レース”とでも言うべき葉山のクラブレースで一年じゅう黄色いマーク目がけて走り、ぐるぐる廻ってエキサイティングな週末を過ごしている。
インショアレースを通して学ぶものが、速く走らせるためのセーリングの基本や戦術だとすれば、ディスタンスレースはそれに加え、その時々の海況やレースの大局を見極める判断力、ナビゲーション、荒天を走りきる技術など、セーリングの全ての要素を学ぶ総合学習のようなものだと思っている。でも実のところ、ロングもインショアも分け隔てなく、レース大好き、セーリング大好きなわたしにとって、そんな教科書に書いてあるような事はどうでもよくて、本当は、なんというか、心沸き立つ海のスケールのようなものを感じ、小さな冒険心を満たしてくれるところが魅力なんだと思う。

外洋を何百マイル、何千マイルと走り続けるような過酷な冒険レースでなくても、身の丈にあった挑戦しやすいレースは幸いまわりでいくつか開催されている。わたし自身は、皆さんにここで紹介するほどの大そうな経験や知識を持ち合わせているわけではないけれど、年に何回かはそういったレースに挑戦し、ディスタンスレースならではの面白さ、難しさ、厳しさなどを堪能している。


60年以上の歴史がある「大島レース」は、ワンオーバーナイトという程よい距離、島廻りという変化に富んだコース、複雑な地形が生み出す潮、風など、ロングの魅力がギュッと凝縮されたレースだ。毎年、レース序盤から終盤まで逆転に次ぐ逆転で、最後まで何が起こるかわからないドラマッチックな展開になることが多い。無風でのたうちまわっていたと思ったら、大島の裏で強烈なガストに吹き倒されたりと、一晩のうちにコンディションがめまぐるしく変わるので、夜中に何度もセイルチェンジするのが常だ。そして、一晩走るうちにバウチームではいつしか「へさき労働組合」が結成されていたり、後ろの方では何かとよく気が付く人が出てきたりして(例えば絶妙なタイミングでバナナを配ったり!)、ムードメーカーとして一気に存在感を増したりする。そして、フネの上には一晩ですっかり小さな社会ができあがり、レースが終わる頃にはチームの結束がぐっと深まっていたりする。
これからディスタンスレースに挑戦してみようというチームは、まずはしっかり船の整備をし、安全規定を満たす装備やそれらの取扱いについて皆で勉強し、個人装備をしっかり整えて臨めば、大島レースはチャレンジしやすい身近なレースと言えるのではないか。


ちょっと特別ではあるけれど、わたしにとって別の意味でとても思い入れがあるのが「初島ダブルハンドヨットレース」だ。逗子沖をスタートして初島を回って帰ってくるコースを、その名のとおり2人だけで走りきるレースである。なにか人とは違う挑戦をしてみたかったわたしは、大変なのを承知で7年ほど前から毎回女性コンビで参加している。これがとてもチャレンジングで面白い。初島と言えどもインショアレースとは違い、時には荒天の中をオバケ波と闘ったりしながら二人で力を合わせ50マイル弱を走りきらなければならない。女二人でも、セイルチェンジもするし、スピンも上げるしジャイブもする。成績は良いに越したことはないけれど、とにかくベストを尽くして安全に帰ってくることが目標なので、ヨットを始めた頃のように、とても謙虚な気持ちで臨むことができる。いつもより少しだけ困難なことに挑戦するという刺激や緊張感の先に、走った人にしか味わえないさわやかな達成感が待っている。


そして関東のセーラーにとっての定番のディスタンスレースと言えば、やはりパールレースだろう。三重県五ヶ所湾をスタートして利島を回って江の島でフィニッシュする180マイルのレースへ参加するためには、サンデーセーラにとってそれなりの準備、時間、労力が必要だ。でも、仲間と良い時間を持ち、貴重な経験を積んでいくことは、セーラーとして何にも代えがたい宝物になる。わたしはここ7~8年、ヨットクラブの僚艇に合流させてもらい参加してきたが、これまでに一生語り草になるであろう出来事がたくさん起こり、もう、おばあちゃんになっても間違いなく思い出し笑いをしてしまうようなネタが心の引出しにぎっしり詰まっている。

東の空から昇った大きな赤い月、落っこちてきそうな天の川、水平線から昇り水平線に沈む太陽、夜光虫をかきわけ、光る引き波を従えて走る新月の夜。どのシーンも目に焼き付いている。わたしのようなサラリーウーマンにとって、セーリングをしていなかったら、絶対に経験することのない非日常的な時間だ。
もちろん楽しいことばかりじゃない。至近距離からバケツで水をかけられたような波を受け、レース序盤でカッパの襟から大量に浸水してしまい、その先2日間ずっとビチョビチョだったこともあるし、真夜中に恐ろしいブローチングを何度もしてケチョンケチョンになったこともある。寒くて眠くて気持ち悪くて、「ああ、なんでこんなレースに出てしまったんだろう」とその時は大いに後悔するのに、何故かフィニッシュした途端にそんなことはすっかり忘れてしまい、次もまた必ず出ようと思ったりする。そして、とてもラッキーなことだけど、優勝トロフィーで回し飲みするちょっと金属臭いビールの味も知っている!

時を経て、船の性能やテクノロジーは進化しても、海や波や風は太古の昔からずっと変わらない。その中で得るこのような経験はお金で買えるものではない。そして、自分の週末がいかに充実して素晴らしいものだったかを、職場で語ろうと思っても誰にも通じない。わかんないだろうなーと、心の中でニヤっと笑い、やっぱり引出にしまっておくことにする。ディスタンスレースを通じて、セーリングの楽しみの幅が格段に拡がるのは間違いない。

(KAZI 2014年6月号)
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