MASQUERADE(マスカレード)

 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

『幸せを追いかけて』

2016-07-23 00:34:37 | goo映画レビュー

原題:『Kvinner i for Store Herreskjorter』 英題:『Women in Oversized Men's Shirts』
監督:イングヴィル・スヴェー・フリッケ
脚本:イングヴィル・スヴェー・フリッケ/グンヒル・オイエハウグ
撮影:マリアンネ・バッケ
出演:インガ・イブスドッテル・リッレオース/ヘンリエッテ・ステーンストルップ/ハルヴァルド・ホルメン
2015年/ノルウェー
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2016

「クリシェ」から逃れるために

 主人公の23歳の女子大生のシグリ・オウガと42歳のパフォーマンス・アーティストのトリーネ・ヨングと23歳で処女作を出版して以来40年も作品を発表しておらず、今は倉庫の商品管理に携わっているアグネス・カルバッテンの3人の生き様が描かれている。シグリも自作の詩をライブで朗読しているので3人に共通していることは「表現者」という点にある。
 3人はそれぞれクリシェという陳腐な決まり文句に陥らないように独自の表現方法を探している。それ故にアグネスは書けなくなってしまったのであろうが、それは3人に限らず監督自身が目指しているものであろう。
 例えば、シグリが恋に落ちてしまう詩人のコーレ・トリブレの新作は『KOM』というタイトルの私小説でいわゆる英語の「COME」である。日本語では「行く」という意味になるので分かりにくいのであるが、シグリがコーレと性交し「イク」時と、トリーネが出産時に「イク」時を「KOM」を介して繋げているのである。
 やがてトリーネはマスターベーションのパフォーマンスの代わりに「母乳出し」のパフォーマンスを披露することになり、アグネスは、彼女が出版した唯一の小説を手掛かりに自分の実の母親を探し出した、養子に貰われていた息子と再会を果たすのであるが、まだ若いシグリは相変わらずコーレに対するこだわりから抜けられず、恋人でミュージシャンのヴァンダに対するメッセージを自分に対するものと勘違いしてコーレに会いに行ってしまうのである。しかし観客には既に分かっているようにヴァンダに全く頭が上がらない不甲斐ないコーレを見たシグリは自分が詩人という「クリシェ」に囚われていることにようやく気付き、再びゴッホの「ひまわり」を目指すことになるのである。
 それにしてもノルウェーの首都オスロにある「アストルップ・ファーンリ現代美術館」やハンス・ニールセン・ハウゲというノルウェーの信徒伝道者やノルウェーの作家のヘンリック・イプセンの『ヨーン・ガブリエル・ボルクマン』という戯曲、さらにノルウェーのロックバンド「ハイセカイト(Highasakite)」など、本作を面白がるには私のノルウェーに対する知識は致命的に足りない。ポール・ゴーギャンの墓に小便をかけたアーティストとは誰なのか?


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